「──よしっ!」
桜内梨子は、自室でグッと両手を握った。
「今から沼津まで行って、予約したケーキを受け取ってくる。善子ちゃん、花丸ちゃんと合流して、戻ってきたら志満さんに空けてもらった大部屋を飾り付ける。夕方には全部終わらせて、主役を呼びに行く……完璧ね!」
本日は、Aqours率いるリーダーの誕生日。当然梨子もその事は把握していたが、サプライズパーティーを計画するにあたり、なるべく知らないフリを貫いてきた。つい先程も窓越しに本人から、
「ねーねー梨子ちゃん。今日が何の日か知ってる?」
とさりげないアピールをされたのだが、
「歌詞の締め切り日よ」
心を鬼にして突き放した。歌詞の締め切り自体は本当なのだが。
今頃は部屋で缶詰め状態だろうし、念の為監視員として制服大好き衣装担当を派遣してある。
何しろ、パーティーの会場は本人の自宅なのだ。悟られないように万全の態勢を敷かなければならない。
「少し可哀想だけど……歌詞も早く仕上げてもらわないとだし!」
梨子は窓の外を尻目に、自室のドアを開けた。
「──やっほー梨子ちゃん!」
「きゃぁぁぁぁぁぁっ⁉︎」
目の前に立っていた人物に、梨子は人生最大の悲鳴を上げた。
「──っう!」
そして尻もち。
「痛たたたた……」
「わわ、大丈夫? なんか凄い音したけど……」
「う、うん、そこまで酷くは……じゃなくて!」
梨子は慌てて立ち上がると、
「何で千歌ちゃんがここにいるのよ!」
すぐ隣の建物に軟禁されているはずの人物に詰め寄った。
「歌詞行き詰っちゃって、ちょーっと息抜きしたいな〜って思って」
「曜ちゃんは⁉︎ 見張っててもらってたはずなのに!」
「あそこ」
示された指先。振り返ったそこには、向かいの窓からやや申し訳なさそうな笑顔で、見慣れないミリタリーな服を着て敬礼するクラスメイトの姿が。
「こんな時の為に、鞠莉ちゃんに頼んでおいて良かった〜」
「…………」
要するに買収されてしまったのだ。梨子はガックリ肩を落とす。そういえば忘れていた。曜は基本的に、千歌には甘い。シャイニーな理事長も余計な秘密兵器を用意しないで欲しい。
「ところで梨子ちゃん、お出かけ?」
千歌の言葉で、梨子は我に返る。
「そ、そうよ。これからとっても大事で絶対に外せない用事があるの。だから千歌ちゃんは大人しく歌詞の続きを──」
「じゃあ千歌も一緒に行く!」
「──え?」
「梨子ちゃんの絶対外せない大事な用事、千歌も手伝う! 二人ならきっとすぐ終わるもん!」
「いや、だから千歌ちゃんは歌詞を──」
「外で待ってるね! 早く来ないと置いてっちゃうから!」
梨子の言葉を聞く事もなく。千歌はバタバタと階段を降りると桜内家から駆け出していく。
「…………」
何故自分が置いていかれる側なのか。中途半端に伸ばした右手を下ろしながら、梨子は諸々を諦める。
「千歌ちゃんを連れてケーキの受け取りは……できないわね」
バス停へ向かう背中を見下ろしながら、梨子は苦笑。出発前から予定が狂ってしまった。やはりこの隣人さんは、全てがイレギュラーだ。
早速無くなってしまった絶対外せない大事な用事をどう埋めようか頭で考えながら、梨子はクルリと窓へと向き直る。
「──曜ちゃん」
「な、何でありましょう?」
「ケーキの受け取り、代わりに宜しくね?」
「よ、ヨーソロー……」