大海原には鬼が棲む 作:目玉焼きは醤油派
あれから少したったあとに制服を手渡された。
どうしても和服は外界では目立つということと、身だしなみから統一感を作ることで組織の連帯感をより強固になどとゼファーが言っていたので「じゃあ、なんでお前スーツなの?」と素朴な疑問を問いかけたら殴られた。
極薄ではあるが流桜による防御膜を展開していたのに、それを突き破られて殴られた。
そのジジイ以来の衝撃に驚きながら、鼻から垂れ流れる血を親指で拭って正面に立つ男を凝視する。
どうやら海軍に入ったのは正解と言えるだろう。
「えーと、ゼフィーその腕を黒くするやつどうするんだ?」
しっかりと制服を着て……。となるはずだったが、あまりに若すぎる入隊で制服のサイズがあっておらずに、ダボダボのポロシャツを裾結びしズボンは5回ほど裾を捲る事になり、足先が非常に厚い。
そんな制服に着させられている新兵を見てゼファーは苦笑をこぼすかと思ったが、大将である自身の名前を間違えるという失態を見逃すことなく。
「ゼファーだ、お前の使っている覇気の硬化だ」
「……ガープの時から思ってたんだがよ、その覇気ってのは何なんだ? 流桜じゃねェのか?」
「ワノ国ではそう呼ぶのか? 少なくとも海軍では覇気と呼んでいる。今お前が使っている覇気を武装色、他にも感知に長けた力を見聞色、そして世の中に一握りしかいないが、それを手にすることが王としての資質を他にしらしめる覇王色」
「なるほどな、なら俺ァ武装色は出来てるってことになんのかい?」
「ああ、それも武装色の中でも更に高度な衝撃波を常に放出している。はっきり言って天才の領域だ」
そう言われてもピンと来ない焔丸。
なぜなら産まれた時から出来ており、習得よりも制御の訓練を物心着いた時からジジイに教わっていたのである意味煩わしいものと捉えている。
焔丸にとって流桜はできて当然とも呼べるものなのだ。
別に大した自慢にもならない。
このせいで実母の腹を突き破ったという経歴に比べれば……。
「ゼファー先生!」
焔丸がゼファーと話していると、同じくらいの背丈の少女がゼファーに駆け寄った。青色の髪をしており、何かしら同種の気配を感じる。
「アインか……どうした?」
「いえ……用というわけではないのですが……稽古をつけて貰おうかと」
「おいゼハァー、そいつなんかヤバい感じがするぞ」
「ゼファーだ……同じ能力者故に感じるものがあるのか?」
同じ能力者。
それだけでは説としては成り立たないだろう。なぜなら既にワノ国で数人、そしてついさっきにセンゴクという能力者にあっているのに、アインにだけ何かとてつもなくヤバい気配を感じる。
「おいバイン、おまえ能力は?」
「アインよ! 私は超人系のモドモドの実を食べた能力者、触れた対象を数年戻す能力よ。詳しくは解明されてないから分からないけど」
「分かんねェもんなのか? 自分の妖術が」
焔丸は何も考えることなく疑問を口に出す。
自分の場合は体を鬼に変えることと火を出すことの2つを本能的に感じ取れたのだが……。
「ようは限界の問題だな。例えばお前の……確か鬼だったか? その姿に人のまま変わるのか、それとも大きさすら変わるのか。はたまた1部分だけの変化は可能なのか? 巨大化は……などの精密な測定なのだが、如何せんモドモドの実は珍しく、そして強力だ。もし能力の重複が可能だった場合、歳が0やマイナスまで行った場合、対象にどんな影響を及ぼすのか。それこそ対象を胎児にまで戻すのか、それとも存在そのものを無くすのか。はたまた自分に換算されるのかの研究が進まない限り難しいといえるだろうな。死刑囚はインペルダウンから呼び出せるのだが、最悪の場合を考えた時、アインにもう少し年齢を上げておきたい」
「……なるほどな、全然分かんねェわ」
ガクッと項垂れるアイン。
わざわざ自分の敬愛する先生が長話をしてまで自分のことを教えてくれたのに、清々しい顔で言い切ったこの相手に呆れる。
「つか難儀な妖術……じゃなかった、能力だな。能力に振り回されてるみてェだ」
「ハハ! 言い得て妙だな、アインそういう事だ。悪魔の実の能力への依存はしてはいかんぞ」
「分かってます!」
恐らく耳にタコができるほどに聞かされているのだろう。
能力者は能力を振り回されてはいけないと。あくまで自分が使っている側なのだと。
「そういえばホムラマル、おまえ歳は?」
「俺ァ多分10だ」
「ほう! アイン良かったな初めての同期じゃないか」
海軍の募集はもう少し歳を重ねてからされるものなのだが、悪魔の実を食べてしまった場合は異なる。
名目上は保護という形になるが、最低限他人を傷つけないよう制御を教えて貰い、なし崩しに海軍入隊というのが少し黒い部分と言えるが。本人たちは気にしてはいない。
「あァ? こいつも10歳なのか? …………なら俺ァ11だ」
「なんでよ!?」
どんな理屈だと叫んでしまう。
いい意味でも悪い意味でも自由な男なのだろうということは、ここ数分で分かるが長くいると疲れると思ってしまう。
「残念だがセンゴクが書類を既に提出しているはずだから歳は変えられないぞ」
そんな提出されていなければ変更出来るとでもいいたげなゼファーの言葉にアインは動揺を隠せない。あの堅物のゼファー先生が冗談混じりなことを言うということに。
実の所、同期達と会ったことによって気分が高揚しているのも理由の一つだろう。
「……ならしゃーねェか、おいペチャン構えろ」
「だからアイン……って! どこ見てその擬音にした!?」
「うるせェよ」
そんな傍から見れば微笑ましい光景を見ながらゼファーは思った通りにことが進んで笑う。
見て分かる戦闘狂が同期を見つけて挑まないはずがない。自分たちの世代も同じようなものだったと遠い目をしながら思う。
「相手してやれアイン、いくら能力者と言っても相手は素人だ。海軍で数年戦ってきたお前の厚みはちょっとやそっとでは破れない」
「……分かりましたゼファー先生!」
そう沸き立たせたがゼファーは何となく勝敗は見えていた。
確率で言うなら9割9部焔丸であろうと。確かに両者とも悪魔の実を食べた能力者であるが、アインは使用が上手く出来ずに使いこなせてはいない。しかし焔丸は2年間空を飛びながら生活していたとセンゴクから聞いている。詰まるところそれはある程度までは悪魔の実を制御できていることになる。更に言えば動物系。アインに焔丸を倒し得る切り札のような物はなく身のこなしはそこそこだが、攻撃……腕力を上げれば年相応の女の力しか出せない。
アインは二本のナイフを構えるが、焔丸はそれを見て手を刀の形にする所謂手刀と呼ばれる形を作り相対する。
そしてその不真面目さにアインは焔丸に罵声を浴びせた。
「舐めてるの!?」
「──大マジだ」
途端に焔丸からの威圧が尋常ではないものへと変わる。
それに本能的に察するアインと、驚愕の色を見せるゼファー。
アインは自分にその威圧を向けられているということでまだ分かる。
だが、ゼファーにとってこの程度の威圧などグランドラインで腐るほど見てきた程度のものだ。
よくて新世界に入る前、それか入ったすぐあと程度の威圧しか感じない。なのに…………だ。
この既視感は────。
知っている。
ロジャーよりも前の最低最悪の海賊団の副船長。
その気配と唯ならない程に似通っている。
先手を取ったのはアインだった。
ナイフで斬りかかり、いつでも銃も抜けるようにしている二段構え。ここで銃を使うのはとも思ったが、今の威圧で出せる全てを出しても大丈夫な相手だと思ったのだろう。何せタフさが売りな動物系の能力者、銃弾1発や2発では死ぬことは無い。
眼前まで迫ったナイフを焔丸は避けるでもなく受け止める動作をする訳でもなく焔丸はただ見ていた。
「──このっ!」
アインはそれに苛立ちを隠そうともせずに斬り掛かる。
急所では無いものの、それなりに手傷を負わせられる二の腕を狙い柔らかい身体を潜り込ませる。
その動作を焔丸は視認して印を結んだ。
焔丸の漏れ出す流桜が見違える程に噴出させてオーラの放出が可視化されるほどに溢れ出す。
「え?」
そんなものアインには分からない。
アインの目の前で起きたことと言うのは振り下ろしたナイフが突然虚空で止まったということ。そして見えない壁のようなものに弾かれたということ。
焔丸は両手の流桜を体外ではなく、体内に取り込みアインに触れられるように調節して手首を掴む。
アインはそれに応戦しようとするが、性差の出やすい年齢でアインに勝てるところではなく壁際へと投げられてしまった。
何故床に叩きつけなかったと聞かれれば、流石に気が引けたのであろう。
その事に少しばかりゼファーは溜息を零すが、紳士的じゃないかとやや呆れながら言う。あの既視感の正体とは似ても似つかない優しい子供であることに安堵をしている。
そして投げられたアインはと言うと、空中で体勢を立て直して壁にぶつかる前に足でブレーキをかけて止まる。
そして手に持っているナイフを焔丸の方へと投げつけて、腰にある銃を二丁取り出しすぐさま発砲する。
非力な自分のナイフ攻撃ではなく、強力な火薬の力を使った攻撃ならと……。
しかし火薬とは火を使うもの。
火に属するものならば、焔丸に操れない道理はない。
焔丸の悪魔の実の真髄はタフネスでもなければ身体強化でもない。
真の力は自由に火を作り出せる発火と周囲の火を自由に操れる2つを兼ね揃えた【煉合】。
焔丸はナイフを流桜で受け止めてから迫る銃弾の火を操作してその場に固定する。
銃弾が空中に止まっているという摩訶不思議な体験を初めてしたアインは一瞬ほうけてしまい足を止めてしまった。
そこに焔丸は銃弾そのものを操作して打ち返す。
「……何よそれ……」
反則では無いか。
そんな消え入りそうな声がアインから漏れた。
ーーーーー
「随分と叩きのめしたなホムラマル、アインが凹んでるぞ」
「知るかよ」
接近では触れることさえ出来ない、攻撃はことごとく防がれ、最後には利用されて帰ってくる。
そんな無理難題にもアインは取り組んだが、先に心が折れた。
ああ、私じゃこの人には勝てない……。
と、アインの自尊心は折られてしまった。
戦いが始まるまでは、自分が胸を貸そうと思っていたのにだ。何せアインは同世代というのを海軍では見たことがない。そしてそんな幼少期から海軍の最高戦力とも呼ばれる大将に稽古を少しだがつけて貰い、自分は少なくとも同世代ならば最強という自負がアインにはあったのだ。
だがどうだろう。
手も足も出ずに不真面目そうな同世代に負けてしまった。
自分のこれまでの訓練とはなんだったのか……。
そう思えてしまうほどに情けない気持ちになった。
何より自分に良くしてもらっているゼファーに顔向けができない。
「落ち込むなアイン、お前も努力しているがアイツも何もしてないという訳では無いということだ。海は広い、早めに気付けた事は良かった事だ」
「…………」
ならばアイツは私以上に努力しているということなのだろうか?
それはないと即座に否定する。あんな不真面目な人が努力を続けられるわけが無い。
「ねぇ、アナタいつから訓練してるの?」
「訓練なんだそれ?」
声を荒らげ無かったのが唯一の救いだった。
どうせ手を挙げても腕を捕まえられて転がされるのがオチだと深く刻まれたから……。
「強くなるために鍛えたり……そういうのよ」
「あー……ンなことかよ、そんなの一日に少しだけだよ」
「へぇ? ちょっとだけでもして──」
「一日の中で少しだけ、武から離れる」
何も無く言ってみせたが、それが本当なら自分では足元にも及ばない。そして嘘だと断ずることは先程ので出来なくなった。
一日に数時間から半日くらいしか費やしていない自分とは違い、焔丸はまさに武に生きるという。
「……はは」
変な笑声が出てしまった。
(そうか…………それは勝てないな……)
これまで常に自分が一番になろうとしていたアインは、初めて自分よりも上の存在というものを認識することになった。
そして恐らく、この出会いは何か予感めいたものを感じさせられた……。
モドモドの実ってはっきり言ってドチートだと思う。
年齢以上になったら問答無用で消滅とか半端ないし、老兵を全盛期に戻すとか控えめに言ってチート。
ハンターハンターなら「神の不在証明」と合わせたら王にワンタッチで勝てるというブッ壊れ。
正直Zで一番チートしてた
【注意】(オリ設定)
映画の設定とは違い、アインの入隊時期が異様に早いです。