小学生に逆行した桐山くん   作:藍猫

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第十一手 君と僕は似ている

 

 僕はたぶん将棋が無ければ、今日まで生きていなかった。

 将棋との出会いが、僕の人生に色を与え、活力を与え、ただそこに「在る」のではなく、「生きる」と言うその意味を教えた。

 

 もうほとんど覚えていないし、顔も声も忘れてしまったが、僕にも両親と呼ばれる人たちがいた。

 彼らは、世間では俗にいうエリートで、どちらもある分野で一流のとても有能な人たちだったらしい。

 

 ただ、仕事は一流でも家庭には、とんと向かなかった。

 

 本当になぜ結婚し、子どもをもうけたのか謎である。

 後からいわれたが、周囲が独り身でいることにうるさく、それを黙らせるための半ばビジネスのような結婚で、子どもが出来てしまったのは事故のようなものらしい。

 

 本当に煩わしそうに、別にほしくなかったのに……と呟いた女の言葉を覚えている。

 

 彼らが家にいたのを観るのは週に数回、僕の養育のほとんどはベビーシッターや家政婦そのた雇ったひとたちに任されていた。

 それが普通のことだと思っていたし、親というものは、そういう生きるための最低限の援助をしてくれる存在だと認識していた。

 家族とか、愛情とか、そんなものは存在しなかった。

 

 家庭教師も付けてくれた。英才教育極まれり。

 幼児に与えるような教育量ではなかっただろうに、僕はそれを当然のようにこなしていたし、疑問にも思わなかった。

 ただ、人とはほとんど関わらず、仕事で自分の世話をしてくれている人達しかいなかったせいか、どうにも会話は苦手だし、情緒というものを育てていくその時期に、あまりよろしくは無かったのだろう。

 今も、人の気持ちをくんだり、自分の感情を発露するのは苦手なままだ。

 

 薄氷の上に成り立っていた、そのハリボテの家庭が壊れるのは簡単だった。

 もともと、仕事の関係で、僅かな時間さえも家庭にとられるのも嫌がっていた2人のサイクルが決定的に合わなくなった。

 離婚の合意まではすぐに至った。

 

 けれど、子どもをどちらが引き取るのかという話になった時、盛大に揉めた。

 どちらも養育費は幾らでも払うと良い、そのかわりそっちが引き取れと譲らなかったのだ。

 両者弁護士まで駆り出して、大事になった。

 

 その様子を僕はずっと、扉の影からみていた。

 そんなに、もてあますくらいなら、最初から作るなよって今でも思う。

 

 結局旗色がわるくなったのは、女性の方だった。やはり父子家庭よりも母子家庭の相対数は多いし、この国の制度や習慣的にそうなるのはまぁ仕方ない面もある。

 彼女は考えに、考え、既に絶縁に等しかった自分の母親の存在を思い出した。

 

 引き取ることになった僕をつれて、京都へ行き、その母親、つまりは僕の祖母にあたるその人の家に、大量のお金がはいった通帳とともに置いていった。

 

 別に、そのことに対してなんの気持ちも沸かなかった。

 ただ、あぁ次に僕の世話をしてくれるのは、このおばあさんになるのだなってそれだけだった。

 

 夢をひたすら追い続け、家にもかえらず、もうとっくに自分の事を忘れたであろう、娘が突然おいていった孫。

 祖母からしたら、いい迷惑だっただろう。

 

 けれど、その人は、あの娘はほんとしようのない……と頭を抱えたあと、おいで一緒にご飯を食べようと、僕に声を掛けてくれた。

 

 そこからの生活は不思議だった。

 祖母はぼくにも料理や掃除を手伝えと言った。

 必要があるのかと聞くと、あきれた後に、一般的にこういうことはなんでも経験しておくべきだといわれ、一から全て教えてくれた。

 失敗しても怒らなかった。何が悪かったのかを教えてくれた。上手く出来たら褒めてくれた。

 

 一緒にご飯を作って、一緒にたべて、片づけて、なんだか前よりずっと美味しく感じたし、胸が暖かくてすこしこそばゆかった。

 そういう感情を「嬉しい」ということを、祖母から教えてもらった。

 

 他にも、何度やっても上手くいかなくてイライラする感じが「怒り」、せっかく育てていた花が上手くいかず枯れてしまったときの気持ちが「哀しい」、沢山たくさん教えてもらった。

 

 そして、祖母家にあった、将棋盤と駒をつかって、初めて将棋を指したときの、わくわくとしたその気持ち。

 それが「楽しい」という感情だと僕は初めて知ったのだ。

 

 良く分からないけれど、これだという気持ちがあった。

 

 僕は駒を握り、盤上に美しい軌跡を残すことに、一瞬で魅せられてしまったのだ。

 

 ルールはあっという間に覚えてしまった。

 早くに亡くなったという祖父が残していた、将棋本を貰って読み漁った。

 祖母はすぐに相手にならなくなった。

 

 近所のお爺さんたちを紹介してもらって、指しまくった。

 半年もすれば、そのあたりで一番強いのは僕になってしまった。

 

 その人たちから紹介してもらった将棋大会にでて、その場で歳の近い、同じように将棋に魅せられてた子たちに出会い、僕はこの世界にのめり込む。

 

 特に、土橋くんとの対局は最高だった。

 はじめて将棋に出会った時のような新鮮さと衝撃があったし、何より同い年の子とこのレベルで指せるということに心が躍った。

 その後も、なぜか大会にでると決勝は僕と彼。

 でも、彼と指すのは楽しいから、それで満足だったし、そのあと感想戦をするのも楽しみだった。

 

 将棋を通してだと、僕はとてもすらすら話せたし、相手の考えていることや、感じていることがよく分かるのだ。

 

 将棋を通さないと、全てが遠くてめまぐるしくて、良く分からなかった。

 

 僕にとっての将棋は他者との交流手段であり、他人と繋がれる唯一の方法だった。

 

 だから、プロになるということに、何の疑問も抱かなかった。

 将棋以外でしたいものなどなかったし、他に生きていける世界はなかった。

 

 

 

 プロの世界というものはもっと、楽しいものではないかと思っていたけれど、そうでもなかった。

 将棋にすべてを掛けていて、本気で望んでいる人ばかりではなかった。

 対局してみてとても落胆して、こんな風にしか指せないのに、将棋をしている意味があるのか? と問いかけたくなる時もあった。

 いや……ひょっとしたら口にだしていたかもしれない。

 

 美しい棋譜、記憶に残る名局、新しい一手、そういうものを渇望し続けていたし、自分がそれを生み出す存在になりたかった。

 

 順位戦やトーナメントを勝ち上がりその先で待っていたのは、まさに求めていた世界。

 

 A級棋士、タイトルホルダー、彼らとの対局は僕の将棋に衝撃をあたえ、そしてまた進化させてくれた。

 とくに21歳の時の名人戦、神宮寺名人との対局はいまでも忘れることが出来ない。

 惜しむらくはその後、僕が名人を奪取してから、会長の強さにかげりがみえはじめ、再戦をのぞめなかったことだろう。

 

 その後数年のタイトル戦は面白く、年上の将棋界の牽引者たちと繰り広げる激戦は、僕を魅了した。

 四六時中将棋の事を考え、棋譜を並べ、研究し、新手を考え続ける日々。

 他者とは違うスピードで自分が駆け上がって行っていることは何となく知っていたけど、あまり気にしていなかった。

 

 でも25歳の時、七冠を達成してこの世界の頂点に立った時。

 愕然とした。

 僕の前にたち、将棋界を作っていた人たちは、皆引退したり、クラスを落とし始めていた。

 僕を除く若手はまだまだ育っている途中で、しばらくは宗谷名人の時代が続くだろうとどこのメディアも書きたてた。

 

 僕の……時代?

 そんなものは、求めていない。

 僕は、同じくらいのレベルで将棋をさし、美しい棋譜を残したり、意表を突かれる一手を示されたい。

 相手を知って、同じ空間と瞬間を共有し、一つの世界を創りだす。

 それが醍醐味なのに、そうしたいと思える相手を僕はほとんど失った。

 

 その上、良く分からない雑務が増えた。

 

 神宮寺名人はいつの間にか会長になっていた。

 僕が動きやすいように色々、気を使ってくれるけれど、それでもやっぱり将棋界の顔といわれる名人位に在位するということは、仕事は避けては通れない。

 スポンサーのご機嫌をとらないといけない時もある。

 世間の注目を集めるための企画に出ることもある。

 その合間に、免状も書かないといけない。

 

 以前は全ての時間を研究にあてられていたのに、それが少しづつ削られていく。

 

 絶対知らない人なのに、知り合いだと言ってくる人が増えたり、自分の娘や親戚を嫁にどうだと薦めてくる人もいた。

 色んな雑事と、その他の雑念が煩わしくてしかたなかった。

 

 だからまぁそれがストレスになっていたと言えばそうなのかもしれない。

 

 

 

 

 ある日突然、僕の耳は外界の音を拾うことを拒んだ。

 

 

 

 

 最初は今日はやけに静かだなって思っていた。

 でも、その日免状のために会長室にいって、声を掛けられてやっと気づいた。

 何度も何度も、会長が何か言っているのに、まったく聞こえなかった。

 口元の動きでだいたい、何を伝えたいのかは分かったけれど。

 

 とりあえず、大事にはしたくなかった。

 病院にも一応いって検査をしたけど、結局原因はわからずじまい。

 一応治療だなんだと投薬を試してみたり、色々したけど、通う事すら面倒だし、全く効果が見られなかったので止めてしまった。

 会長は散々、心配してくれて、医者を探してくれたり、僕のために動いてくれたりしたので、悪いなとは思った。

 

 でも、静かで実害がほとんどなかったから、別にいいやって思ってしまったのだ。

 

 将棋を指すとき、秒読みが聞こえないのだけは困るけど、それも自分の体内時計を鍛えれば問題なかったし、そもそも秒読みまで行くこと自体が少なかった。

 それに、駒音だけはやたらと拾えたり、タイトル戦のまさに指しているその時は都合よく将棋関連の音は良く聞こえたりした。

 

 将棋以外いらない。

 結局はそういう事なんだろう。

 

 それから、しばらくして、土橋くんがタイトル戦に現れるようになったり、島田がちょくちょくトーナメントを勝ち上がってきたり、僕の周りは少しだけにぎやかになってきた。

 

 気合いがはいる対局がまた少し増えてきて、やっぱり将棋は楽しくて、耳の調子はいまいちだったけど、僕自身はあまり気にしてはいなかった。

 

 

 

 

 

 ある日会長が次にプロになる子と対局するテレビ企画の仕事を持ってきた。

 正直、あまり興味はなかったし、やる気もなかった。

 でも、やたら会長が推してくるから、まぁ受けても良いかなって思った。

 

 気のない僕の様子が分かったのだろう。

 同じくメンバーに選ばれていた島田が、一枚の棋譜を見せてくれた。

 

 おそろしく整った。

 終局までの筋書きがみえるような棋譜だった。

 高度な指し回しもみえるから、両者の力がある程度あるのは分かる、そのうえで片方が明らかに戦局をリードしている。

 

 これが、奨励会員同士が指した棋譜だって?

 

 僕は土橋くんと初めて対局したときの高揚感を思い出した。

 ひょっとしたら、新しい波がくるのか?

 その波は、僕を脅かしてくれる存在になりえるのだろうか。

 

 桐山零というその次にプロになる子の棋譜を島田経由で少し流してもらって、対局の日までに眺めた。

 その他の棋譜は残念ながら、相手との棋力に差がありすぎる。あまり参考にはならなかった。

 けれどそれが、彼のより一層の強さの証明のように思えた。

 

 第一局の島田戦、第二局の隈倉戦をみて、その気持ちはさらに高まった。

 新人とは思えない。

 隈倉さんは少し油断したようだけれど、それでも中盤それほど悪手だったわけではない。でも、それを見逃さない洞察力。

 島田との対局は見事としか言いようがない。

 島田は彼のことをよく見て来たようだったから、それなりに準備をしていたが、それ以上に彼は島田のことを研究しているのが良く分かった。

 

 

 

 

 

 そして、迎えた対局の日。

 幸い耳も調子が良かった。

 

 彼との対局は、とても心地よかった。

 ちゃんと僕の問いかけにたいして、響くような最善手が返ってくる。

 

 あまりに楽しくて、すこし変化をつけてみようと指した2八銀。

 さっと受けられて、そこから一気に流れを持っていかれた。

 

 その後、思いつくままに、あの手この手で揺さぶってみたけれど、全く動じない。

 静かにそこに流れていた川に、僕は流されるだけだった。

 

 惜しいことをしてしまった。

 もっとやりようもあったが、あの2八銀……あれは彼に対しては指すべきではなかっただろう。

 

 その後の感想戦も良かった。

 何故か僕が言わなくても、どこの手の話をしているのかついてきているし、突然別の一手の流れが気になって、話を飛ばしてもそれすらも共有してくる。

 彼が何が言いたいのか、言葉にされなくても指し手をみればわかった。

 これほどスムーズで、深く没頭できた感想戦は久しぶりだった。

 止めにきた会長が怨めしいくらいだ。

 

 その時、会長に言われて初めて、彼の姿をまじまじと眺めた。

 

 小さい。

 とても細くて小柄だ。

 そう言えば、駒を指す手も小さかった。

 

 将棋しか見えていていなかったが、その時初めて桐山零という個人を認識した。

 

 まだ小学生だという。

 あと4年も義務教育がある。

 難儀なことだ。僕は早くそれを終わらせて将棋だけをしていたかったので、あのジレンマを思い出した。

 

 なんとなく、この子は僕と同じ人種のような気がする。

 将棋をとおして、他者を見ている。

 将棋にかけている想いと熱量と時間が、桁外れな気がした。

 

 

 

 


 

 

 それから、しばらくして会長室で雑務をこなしているときに、島田と話す機会があった。

 

「お疲れさん。今日は調子いい日か?」

 

 コーヒー片手にそう問いかけられて、頷く。

 

「お疲れ様。イベントの打ち合わせの時以来かな。桐山くんとの対局とても興味深かった」

 

「あーよせよせ。まったく、ずっとあいつを見てきたのに立つ瀬がない。わりと本気で勝ちにいったんだけどな」

 

「彼の方も君に勝ちたかったんだろうね。相当研究して、準備してきてるのが分かった」

 

 島田の方はプロになってから数年分の膨大な記録が残っているのに対し、桐山くんの方は、情報になりえるような棋譜が本当に少なかった。

 

「そういう心構えが子どもぽくないんだよなーあいつは。普通まいあがってそれどころじゃない。A級棋士と名人とテレビ中継対局なんてな」

 

 そういえば、僕はあまり子どもが得意ではないのだけれど、彼に対しては全くそんな風に思わなかった。

 

 あぁ……だから、会長に小学生といわれたときに違和感があったんだ。

 あの子の将棋に子どもらしさは微塵もなかった。

 将棋を通して見ている僕としては彼は子どもではなく、こちら側の同じ次元にたっている一人の棋士だった。

 

「なんだ? 桐山の話をしてるのか。あいつとは、またちゃんと指したいものだなぁ……タイトル戦の挑戦者争いなんかしたら、最高に面白そうだ」

 

 隈倉さんが、会長になにか提出する書類をもって現れた。

 

「隈倉さんも気がはやいですね……言っておきますけど、あの子これから一年目なんですからね」

 

 島田はあまり、プレッシャーをかけすぎないようにと言っていたけれど、僕からしたらそれは杞憂だと思う。

 

「来るよ、彼は。一年目だとか、子どもだとか、そんなことは関係ないんだ。

 待っていると言った僕に、長くは待たせないって答えたんだから」

 

 当然のようにすっぱりとそう言い切ると、二人は驚いたように目を丸くしてこちらを凝視した。

 

「何? なんかおかしいこと言った?」

 

「いや……お前がそこまで言うのも珍しいなって」

 

 困惑したような様子の島田にこう続ける。

 

「僕とあたる機会は、挑戦者にでもなるか、トーナメントの決勝とか、本当にそれくらいだ。どこかで来てくれないと困る。

 僕はそれほど気が長くないんだから。……個人的にも指したいけど、それほど親しくもないし……」

 

「そういや……、島田は研究会に誘ったんだって?」

 

 隈倉さんの言葉に、僕は驚愕して島田を凝視する。

 

「なにそれ……ずるい」

 

「いや、ずるいってなんだよ! もともと桐山とは奨励会の時からの付き合いだし、師匠の打診を断ったこともあったから、良かったらと思って。門下は違うからちょっとは無理にとは言わなかったんだけど……」

 

「門下……。そういえば、彼、誰に師事してるの?」

 

 下手な師匠についているのは、マズイとおもった。あれだけの完成された才能だ。弄りまわされたくない。

 

「藤澤さんのところだよ」

 

「藤澤さんのところの誰?」

 

 答えた島田にさらに問いかけると、隈倉さんが答えた。

 

「いや、本人がとってる。最後の弟子だってよ」

 

 少なからず驚いた。藤澤さんは僕が名人位の奪取をする前に、現役だった会長と肩を並べるほどの棋力を持っていた、尊敬できる棋士だ。

 ただ、もうお年だし、弟子はとらないものと思っていたのだけれど……。

 

「藤澤さん自身が動くなんてめずらしいね……島田か、会長が繋いであげたの?」

 

「いや、幸田さんが動いてくれた。なんでも桐山の父さんと親友だったらしい。今は藤澤さんの家で内弟子になって、生活も安定してるみたいで良かったよ」

 

「内弟子? 今時珍しいな」

 

 数十年前ならいざしらず、今は師匠の家に入ってまで修行をつむような子供は少ない。

 

「あー……宗谷はその辺も知らないのか。東京の将棋会館に出入りしてるやつの間じゃ有名な話なんだけどな……」

 

 島田は、すこし困ったような表情でそう告げた。

 

「これでも、読んだらどうだ。結構詳細に答えてる。本人はあまり自分の境遇を隠す気はないんだろう」

 

 隈倉さんは、会長の机のあたりにあった、少し前に発売された雑誌の見本を僕に差し出す。

 

「おまえ、何気ない顔して地雷踏み抜くからな……その辺一応デリケートな話題なんだから、桐山と話す時は気を付けてくれよ」

 

 おもむろに雑誌を開いて読み始めた僕に、島田がそう声を掛けた。

 

 失礼な。その辺の事は弁えてる。

 僕が地雷を踏みぬくときは、自分がそうしたい時にわざとそうしているのだ。もっとも周囲は天然ゆえの無意識だとおもっているみたいだけど。

 

 彼の人生も若くして波乱万丈だな……。良くこれで小学生でここまでのぼって来れたものだ。

 

 でも、これで一つ分かった。

 将棋しかないのだ。

 将棋に掛けるしかなかった。

 

 僕と彼との共通点。

 そして、強くなるためになにより必要な資質。

 

 

 

「よー! お疲れ、何だ何だでかい奴らがたむろして。

 ん? おい宗谷、免状全然すすんでないじゃない。頼むよー今日の分が終わるまでは帰らせないからね」

 

 免状が進んでないのは、別に僕のせいじゃない。二人が面白い話題を振ってきたせいだ。

 

「何?お前が雑誌読んでるなんて珍しい……って桐山の記事か。いやー良かったよかった。天下の名人様まで興味をもつとは、桐山きゅん流石だねぇ」

 

「記事読みましたけど、桐山本当にしっかりしてますね……。俺も、もっと広報も頑張らないとなって思いましたよ」

 

 島田の言葉に、会長が勢いよく頷く。

 

「俺もビックリ。性格的にこういうの嫌がりそうかと思ってたんだけど、必要ならやります。仕事だって分かってますからってさ。いやーほんとこどもらしくない」

 

「あいつは、学校だってあるんですからね。ほどほどにしてやって下さいよ」

 

「わかってるよ。その分もっと宗谷名人さんが積極的に動いてくれたら、こっちもたすかるんですけどね」

 

 島田の苦言のせいで、会長がこっちまで話題を振ってきた。

 

 僕だって、やりたくもない仕事それなりにこなしてるつもりなんだけど……。

 でも、そうか彼はあの面倒な学校まで毎日あるし、大変かもしれない。

 

「そうですね。もう少しだけなら、受けても良いですよ。そのかわりちゃんと厳選してくださいよ。妙なのだったらしばらくは、受けませんからね」

 

 僕の返事に会長が口をぽかんと開けて固まった。

 

 なんだ、人がせっかくやる気になっているのに。

 僕の表情はほとんど変わらないらしいけれど、この人はきちんとそれを読み取る。

 目を細めて不機嫌になったのを感じ取ったのだろう、あわてて答えた。

 

「驚いた……。お前最近はこの手の話題になっても聞こえてない振りでガン無視じゃん。仕事です、ってはっきり突き付けたら流石にこなしてくれるけど」

 

「話題性抜群で、人気だってすぐ出る。引っ張りだこになるのは、可哀想だ。僕らは将棋を静かに指しているのが、一番幸せだから。

 彼が早く上ってきてくれないと僕も困るし……。まぁ少しくらいなら風よけになってあげても良いかなと」

 

「うおー桐山くん様々だわ。よーし言質とったからな。お前指名の仕事だって山ほどあるんだから」

 

 会長は相当テンションが上がったようだ。

 がさがさと会長席の書類を早速漁り始めている。

 

「そういえば、お前最近体調どうなんだ?」

 

 隈倉さんが自身の耳のあたりをかるく指さしながら聞いてきた。

 

 耳……最後に聞こえなかったのはいつだろう。

 

「あぁ……なんか最近は調子が良い。前あった酷い耳鳴りもしないし、頭が痛いこともないし」

 

「え? 何? お前そんな症状まででたの? もう頼むよ。マジでやばかったら病院ちゃんと行けっていつもいってるのに……」

 

 会長のお小言がまた始まりそうだったので、軽くはいはいと頷いておく。

 これが医者にかかって治るような類でないのは自分が一番分かっていた。

 

 あぁ……そうだ。

 色々煩わしくなったり、無音の世界でふと音が恋しくなった時、思いだしていた。

 

 彼といた静かな白い世界で、淡々と響き続けた美しい駒音を。

 

 そうすると、なんだか落ち着いてきて、気が付いたら周りの音を拾うようになった。

 

 やっぱりいいな。彼との対局は。

 

 僕がまた、あの駒音を忘れてしまう前に、もう一度目の前に座ってほしいと、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




宗谷さんの過去に関しては完全に捏造。
だけど原作のどこか浮世離れした雰囲気がついつい深読みさせてきますよね。
いつか原作でも描かれる事があるのでしょうか。

次は掲示板回

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