小学生に逆行した桐山くん   作:藍猫

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第十二手 親友の忘れ形見

 良い奴ほど、先に逝ってしまう。

 どうして、世の中ってそうなんだろうな。

 一揮の訃報を聞いた時、そう思った。

 

 あいつと知り合ったのは、大学生の時だ。同じ大学の法学部と医学部だった。

 大学のサークルで将棋を一緒にやっていたのがきっかけ。

 もっとも、あいつは奨励会員だったし、アマでやっていた俺とは腕が違ったけど、俺も将棋は好きだったから、話もあって、長い付き合いになった。

 

 学生の頃から、苦労している奴だった。長野の病院の跡取り息子。それだけ聞いたら、恵まれてるように思えるけど、一揮には別の夢があったんだから。

 

 あいつは、本気でプロになりたかったんだ。そして、それだけの力もあったらしい。同じくその時奨励会で、同門だった幸田も言っていた。

 ただ、あいつを取りまく周囲の環境がそれを許さなかった。

 

 あいつの妹はちょっと、変な奴で、まぁいわば、劣等感と嫉妬をこじらせちまって、道を踏み外しかけてる。旦那に医者を捕まえることに必死らしい。

 そんな奴が婿をとって、病院を継ぐのは心配だろう。

 親父さんも一揮には、とても期待をかけていた。

 

 優しいやつだったから、自分の希望よりも、家族のことを、地元の事を優先するのは当然だった。

 

 あいつが長野に帰ってからも、連絡は取り合っていたし、学会で東京に出てくる事があれば、一緒に飲んだりした。

 無事プロになった幸田との交流も続いていたそうだ。

 

 酒の席だっただろうか。万が一自分に何かあったとき、家族のことが心配だからと、遺産の手続き管理などを念のため、俺に任せたいと言ってきた。

 妹のことがあるしな、と思い俺もそれには賛成で、その辺の手続きを簡単ながらにしていたのは、まさに不幸中の幸いだっただろう。

 

 事故死だった、一揮には息子が一人残されていた。

 葬儀場で姿がみえず、心配していたら、案の定親戚たちの間でたらい回しにされていた。

 あいつには色々世話になったから、せめてこの子の希望を叶えてあげるくらいは、俺がするべき事だろう。

 

 口を挟もうと思ったその時、それまで人形みたいに動かなかったその子の瞳に光が宿って、あの妹相手に、果敢に意見を主張し始めた。

 

 気弱そうな子だと思っていた。

 でも、ちゃんと一揮の息子だった。

 小学生とは思えないほど、はっきりと筋が通った主張をしていて、妹に一発くらわしているものだから、笑ってしまいそうなほどだった。

 この子の方が、よっぽどしっかりしている。

 

 

 それから、俺はちゃんと零くんの援護射撃をして、彼が長野を離れる手伝いをした。

 慣れた地元の方が良いのではないかと、何度もきいたのだけれど、零くんの意思は固かった。

 分からない事も無い。

 ここには、想い出がありすぎる。

 どこに行っても、両親のことを、妹のことを思い出してしまうだろう。

 住んでいた家のことだけ、どうにもしてやれなかった事が悔やまれた。

 小学生に管理を任せるのは難しい。ましてや、本人は東京だ。

 あの妹に権利を渡すことは、なるべく避けたかったので、一揮の父に任せたかったのだが、あのお祖父さんは、もう抜け殻のようになってしまっていて、全く頼りにならなかった。

 零くんが大人になって、買い戻したくなったとき、力になってやれると良いのだが。

 

 東京の施設に零くんを置いてくるとき、彼は本当に普通だったから、俺はかえってまだ現実が受け入れられていないのでは、と心配だった。

 彼のたっての希望だったから、後見人になったわけで、一応携帯くらいは渡して連絡は取れるようにしておいたら、それを凄く感謝される始末。

 

 この子なら、このまま独りでに育っていきそうな勢いだった。

 俺も仕事があったから、そう頻繁に連絡は取れなかったが、零くんからは月に一度は、こんなことがあったと連絡のメールが来ていた。

 同室の子とは仲良くしているようだったし、施設の人に聞いても、皆の中心として、慕われていると聞かされていた。

 

 このまま、受験の時とか、節目のときにまた相談にのるくらいかな、と暢気に構えていたけれど、その予想は裏切られる。

 

 忘れもしない春の日のことだった。

 

 親友の忘れ形見は、小学生名人になったと連絡をしてきた。

 将棋は指せるらしいと聞いていたし、一揮の駒を形見に持ち出すほどだから、好きなんだろうと思っていたが、まさかだ。

 

 施設の人は、お金が掛かるらしいが、このまま大会に出させてあげていいのか? と俺に一応確認してきたが、俺からしたらどんどん出たら良いと思った。

 

 俺も将棋を囓った身だ。零くんの才能が人並みのものでは無いことは分かった。奨励会に入り、一揮の夢だったプロにいくことも夢じゃない。

 これから先、親に頼れず自分で生きていかなければならない彼に、一芸あるなら、それはとても強みになる。

 将棋に打ち込むことで、悲しみや寂しさが薄れているといいな、とも思った。

 そして、零くんは奨励会員となり、俺の心配をよそに、勝ち続け、異例の成績を残す。

 記録係の仕事に熱心だったことも、施設の人から聞いていた。

 彼は俺を煩わせないようにと、あまり連絡を取らなかったが、俺は暇があれば将棋連盟のホームページで零くんの成績を確認していた。

 面白いぐらい白星が重なった。

 そして、只の一度も黒星がつくことはなかった。

 そのまま、彼はプロになってしまったのだから。

 

 小学生プロ棋士だとさ。

 

 一揮、おまえ、とんでもない子を残していったんだな。

 そうして俺が手をかす事も無く、彼はプロになり、幸田とも知り合い、師匠兼、保護者を見つけた。

 

 藤澤氏は素晴らしい方だ。将棋の腕も申し分ないし、人柄も問題ない。

 零くんがより将棋に打ち込むために、彼の人の家に行くことは、俺も大賛成だった。

 

 ついでに、彼のことを見守る大人も随分増えていた。

 藤澤氏や、幸田、同門の棋士の方々に、会館の方々。

 これも良い傾向だろう。

 子どもはそうやって、慈しみ育てていかなければ。

 

 東京に来てからは、ほとんど何もしてあげられなかったと思うのだが、零くんは、俺に恩義を感じているようだった。

 いつか恩返しをします、と言われて、そんなこと気にしなくていいのにと思った。

 

 未来のタイトルホルダーと知り合いなのは、一人の将棋ファンとしては光栄なことなんだよと茶化すと、あの子は少しだけ考えた後、数年後にはそれを本当にしますから、と笑ったのだ。

 

 俺は、それをとても楽しみにしている。

 

 

 

 

 




 弁護士の菅原さん
 大切な親友が突如亡くなったと思ったら、桐山家のごたごたに巻き込まれてしまった人。
 叔母さんの露骨な立ち回りにも腹がたったし、それを止められるはずの祖父が茫然自失で全く関与してこなかったので、見かねて桐山くんの援護をしてくれた。
 実際、桐山父から親戚間での折り合いの悪さは耳にしていたので、生前から何かあった時は代理人を頼まれていた。
 幸い本拠地が東京にあるので、何かあったら連絡するようにと、携帯を買い与え、連絡先を交換した。
 その後も様々な手続きで桐山くんの手助けをする。


次回から小学生プロ棋士編です。
(……サクッとプロにするつもりが、ここまで長くなったなぁと。もう少し削れたのではと思わなくもない。)
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