何処にでもいる、人よりも少し将棋が得意で、将棋が好きな男の話だ。
俺は、小学生の頃に奨励会に入会し、そこそこの成績を収め、特に大きく躓くこともなく、高校二年生になる時に三段リーグに到達した。
だが、そこからが長かった。
1期は無理でも、高校生のうちには抜けてプロになれたらいいなと漠然と思っていた。
それがいけなかったのかもしれない。
結局4期経って、高校三年生が終わっても、三段リーグを抜けられずにいた。
親に頭を下げて、大学には進学せずそのまま奨励会にいさせてもらった。
今更、将棋以外に何が出来るというのだろう。
同級生が大学を選び、受験勉強に励んでいたその時間の全てを将棋に捧げてしまったのだから。
アルバイトをして奨励会の会費くらいは稼げるように頑張った。
働くということは自分の想像よりもずっと大変で、将棋の研究がおろそかになることもあった。
けれど、余計にプロへの想いは募った。
将棋以上に熱を費やせるものは無かったし、他の職についたとしても、大した貢献は出来ないだろうという予感があったから。
そうした焦りは、じりじりと俺の首を絞めていた。
決して、勝率が悪かったわけではない。三段リーグに入ってからの勝率は5割前後をキープしていた。
そして、3位になり惜しくも昇段は出来なかった者に与えられる次点の成績こそ残せていないものの、それに迫る成績だったこともあった。もちろん、降級点がついた事も無い。
それが余計に俺に諦めさせてくれなかった。
後もう少し、もう一歩で届きそうで。退会する気にはとてもじゃないがなれなかった。
その後の一年、5期、6期でも俺は三段リーグを抜けることは出来なかった。
来年は二十歳になる。流石にこのままというのは座りが悪く、俺でもなんとか入学できる文系の私大を受験し、入学した。
奨励会を辞めなくてもいい。けれどせめて、大卒にはなれるように入学して卒業しろという親心だった。
学費は親が出してくれた。
自分で稼ぐといったものの、私大の学費はそれなりに高く、そのために将棋の時間が減るのはいかがなものかと諭された。
幸い適当な奨学金を借りることは出来たため、それで半分ほどはまかなえそうではあった。
ただ、一つ約束をした。
留年することになればその時は奨励会も退会するようにと。
ここまでしてもらっているのだから、頷くしかなかった。
理系と違い実験や実習などの拘束時間は少なく、その代わりレポートが多かったがなんとか友人をつくり、上手くやりくりしていった。
大学2年生までは、単位を賢く取ればそれほど苦労はせず進級できた。
どの教授が厳しく、どの教授は試験が緩いか、そのリサーチは欠かさなかった。
データや傾向をとるのは得意だったので、学生生活はそれなりに負担にならなかったと思う。
返ってどこかに所属しているという事が、フリーターでふらふらしていた時よりも、地に足のついた感じがした。
なにより、駄目だったときの保険があるという事が、少しだけ俺の精神を安定させた。
次こそは、なんとか大学生のうちには……。
そう思う俺の前に、あいつは現われた。
大学三年の秋、俺にとって12期目の三段リーグが始まった時だった。
凄い小学生がいると噂が流れてきた。
入会以来一度も負けていないらしい。
級位の時はそんなこともあるだろうと、それほど気にもとめなかった。
級位差があるものとの駒落ちでの対局が増えれば、そのうちその連勝も止まるだろうと。
年が明け、今期の成績は悪くなくひょっとしたら、昇段もありえる位置にいた。
その時俺たち奨励会員の中の話題は、もっぱらその桐山という負けなしの小学生の話だった。
2月についにあいつは30連勝のまま1級へと昇級していた。
聞けばまだ、小4らしい。
そしてそのまま勝ち続けて、3月には初段になっていたのだ。
末恐ろしいなんて言葉じゃ足りなかった。
奨励会には年齢制限がある。満21歳の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を迎える三段リーグ終了までに四段に昇段できなかった者は退会という規則だ。
逆に言えば、21歳までは初段になるのを待ってくれるという事にもとれる。
実際20歳までかかった人もおり、それでもそのあと急速にのびて一気に三段リーグを駆け抜けていった人もいる。
それが、まだ10歳の小学生が初段になるのだ。しかも一度も負けることなく。
異常事態だった。脅威でしかなかった。
仲間内では、段位ではそうはいかないさ、と自分を誤魔化している奴もいたが、そんなレベルの話じゃないのは、ちょっと考えれば分かる。
なにより棋譜をみて何も思わなかったのだろうか。桐山は、ほぼ指導対局しか指していない。
そうでなければ、あんなに整った棋譜になるとは思えなかった。
何より、奨励会という限定された舞台で、多少なりとも緊張するこの場で、勝ち続けるというその精神力がそもそもおかしかった。
相当な余力を残しているという事だ。
そして、それが段位者との対局でも揺るがないことくらいは理解できた。
俺は大学4年生になった。
結局前期の三段リーグは3位で終わった。一期前の成績が響き昇段は逃したのだ。
今期こそはと思うし、もう一回次点を獲るのでもいい。
新四段にはなれないが、2回次点をとった者には、フリークラスの四段に昇段する権利を得ることが出来る。
フリークラスは、名人への挑戦権を争うA級からC級2組までの順位戦に参加しない棋士が所属するクラス。
宣言によって転出した棋士や順位戦・C級2組からフリークラスに降級した棋士も所属をする。
フリークラス棋士は、フリークラスへの編入後10年以内、または満60歳の誕生日を迎えた年度が終了するまでに、新四段などが所属するC級2組へ昇級できなければ、引退とされてしまう。
それでも、10年の猶予が得られるのだ。
もちろん、2位以上で新四段になれれば一番いい。けれど、無理ならそのチャンスを手にしたい。
意気込む俺のすぐ後ろに、天才児の足音が迫ってきていた。
予想通り桐山は一敗もせず、初段と二段を駆け抜けて、秋からの三段リーグ入りを決めた。
対して、俺の成績は前期から考えると目も当てられないものとなった。
5割は保てているものの今期は順位を酷く落とすだろう。
これは来期にも響いてしまう、ましてや秋からは桐山が参戦する。
昇段の一枠はもう決まったようなものだと、まともな判断が出来る奴らは分かっていた。
ただでさえ、少ない二枠のうちのたった一つを争わなくてはいけなくなる。その事に随分と気が重くなった。
そして9月から始まった三段リーグ。
俺にとってはもう14期目だ。そして、桐山にとってはおそらく最初で最後の1期。
当たるな、あたってくれるなと願った思いは通じなかった。
17戦目、大事な最終局のあたりで、俺は桐山と対局する予定になっていた。
自分の運の悪さを恨むしかない、三分の一は桐山と対戦せずに済むというのに、俺はそれを掴むことは出来なかった。
成績は13期の時よりは悪くなく進んだ。
もしかしたらがあるかもしれないくらいの成績だった。
16勝0敗という全勝で、残り2局を残して既にプロ入りを決めた桐山がいなければ。
現在の俺の成績は10勝6敗。
今期の三段リーグの枠は桐山の除くとあと一枠。
それを現在11勝の数人が、残りの2局で争っている。俺はたとえ、後の2局勝ったとしても難しいだろう。
何より、次の対局で桐山に勝てる見込みなど、さらさら無かった。
対局室に、あいつは誰よりもはやく入っていた。師匠の家に移ったと、風の噂できいたけれど、それでも会館から遠くはない所に住んでいるらしかった。
目の前に座って、対局の開始を待つ。
桐山は一度俺に軽く一礼したものの、後は静かに盤上を見ていた。
その何も映していないような澄んだ目が、気に障った。
此方の事など眼中にないのだろう。
「君って、今何歳だっけ」
小さく、ほんとに小さい声でそう聞いた。
応えないならそれでも良かった。むしろ応えてくれるなとさえ思った。
「今、10歳です」
「そう、俺はもう23歳だ。今年で大学を卒業する」
桐山は、少し怪訝な表情でこちらをみた。
「7年だ。7年も三段リーグにいる。それなのに、期限は後2年だ。ほんとどうしてこうなったんだろうなぁ」
気まずそうに目を伏せて、桐山は返事をしなかった。
全勝でプロ入りを決めているこいつからしたら、消化試合でしかない。それも含めて、癪にさわった、大人げない男の盤外戦術。
それでこいつが揺らぐわけはないと分かっていたけれど。
対局が始まった。
桐山の棋譜なら全部覚えるくらい並べた。
そして、思い知らされた、こいつに苦手な戦法なんて存在しない。
いつだって、相手に合わせている。それを可能にするだけの、ポテンシャルがある。
気が付けば、あっという間に戦局は畳まれていた。
もう見事としか言いようがない。
いたずらに粘って、盤上を荒らす気にすらならなかった。
これを相手にできるのは、プロの、それも上の方の人たちだけだろう。
ふと、宗谷名人が奨励会を抜けるときも、こんな感じだったのだろうかと思った。
俺が入会したときはもうあの人はプロ棋士になっていたから。
当時、いつもより多くの人間が奨励会を退会したらしい。
でも、それも納得がいく。こんなものを見せつけられて、それでもと思える根性があるやつはなかなかいないだろう。
桐山は感想戦にとても丁寧に応じてくれた。
納得がいく対局だった。万に一つも、今の俺では勝てなかった。本当に強い、そして上手く、綺麗な対局だった。
「悪かった」
検討した駒が並ぶ盤上を見つめつつ、顔をあげることが出来ないまま、俺はただ謝った。
「え? 何がですか?」
「対局前に、集中を乱すようなことを言ってしまった。それぞれに事情があるのは当たり前なのにな」
お前には、この先も長い時間があるだろう、俺にはもうあと数年なんだ、という意味が滲み出た言葉だった。プロ入りが決まっているお前の一勝を譲ってくれてもいいだろうともとれる。
とても、気分の良いものでは無かっただろう。
「……僕、忘れません。一生覚えています」
その言葉に、俺はふと顔をあげて、桐山を見た。
「貴方の貴重な半年を踏み越して、プロになったことを。絶対に忘れません。あんな奴に敗けたのかって、貴方が思われる事が無いように、これからも精進します」
「……ありがとう、頑張ってな」
「はい、こちらこそありがとうございました」
緑の瞳がまっすぐに俺を見ていた。
このまま、まっすぐに勝ち進み、プロになっても上りつめるのだろう。
桐山と対局できて、良かったのかもしれない。
それくらいばっさりとあいつと俺の違いを突き付けられた対局だった。
結局桐山は全勝でプロになった。
もう一人は、13勝5敗で松本が昇段した。あいつも20歳になる頃だったし、丁度いい時期だっただろう。
同じようにすんなり昇段できなかった者としては、同期が凄すぎるが、是非頑張って欲しいと思う。
……もう、辞めるべきだろうか。
仮にプロになったとして、俺が華々しい成績を残すことは難しいだろう。
多くのタイトルホルダーは20歳になる前にはプロ入りを決めていた。
まして、俺が勝ち抜き、プロになったとしても、桐山がいる。そして、宗谷名人もまだまだ現役だ。
ギリギリでプロになったところで、対局料だけでは生活が苦しい棋士になる気がしていた。
それならば、すっぱり諦めて、次の何かを探すべきではないだろうか。
その〝何か〟が分からないまま、かといってこのまま続ける決意も出来ず、俺はただずるずると留まっていた。
大学はなんとか卒業できたものの、当然就活なんてしていなかった俺は、また4月からはフリーターである。
両親は俺の大学卒業をただ祝ってくれた。
奨励会については、聞かれなかった。
留年せずに4年で卒業出来た俺に、まだやる気があるなら、プロ棋士を目指すことを止めないつもりらしい。
我が親ながら、気が長い方だと思う。
どっちつかずで、迷っていた俺に決断させたのは、やっぱり桐山だった。
あいつの昇段会見なんて、観る気はさらさら無かったのだが、やはりどこか気になってしまって、なんとなくチャンネルを合わせる。
うっすらと知っていたが、彼はなかなか厳しい環境で育っていた。
記録係の仕事をする回数は一年余りの期間を考えれば、とても多かったし、おそらく会館にいる方が桐山には楽しかったのだろう。
そして、それは紛れもなく強さの源だ。普通の小学生が費やせる全ての自由を桐山は将棋につぎ込んだ。
変な話だが、勝ってくれてよかったと、今なら思える。
プロになれるような素質を感じられなければ、内弟子という選択肢も無かっただろうし、なんなら施設の人にはやめに諦めるように諭されただろう。
それに比べれば、俺なんかは親の庇護下でぬくぬくと将棋のことだけ考えていれば良かっただけ、恵まれていた。
小学生の時に、自分で身を立てるにはどうすればいいかなんて考えもしなかった。
ぼーっと眺めていた俺に、ふとあいつの声が届く。
「三段リーグで沢山の人を見てきました。皆さん僕以上に将棋が好きで長く将棋を指して来られた方々です。敗けてくれるなと言って下さった人がいっぱいいました。だから僕は、勝ちたい。いずれはタイトルが欲しい」
これからの意気込みを聞かれた桐山は、そうはっきりと答えた。
「自分が敗けたのは一介の棋士ではないと、タイトルホルダーのあの男に敗けたのだと、いつか誰かに言ってもらえるように。これは、僕が自分で選んだ道ですが、誰かの夢でもあったのだと。それを忘れずに、歩んでいきたいと思います」
気が付けば、涙が出ていた。
俺のやるせなさや悔しさが決して無くなるわけではないけれど、それでもどこか救われた気がしたのだ。
そして、それ以上に、まだ、……まだ諦めたくないと切実にそう思った。
大学を卒業したから、何だというのだ。
今年24歳になるからなんだというのか。
俺にはまだ、あと丸2年ある。
この先、また桐山と本気で対局するにはプロにならなければ。
俺はまた、あの擦り切れるくらいの対局をしたい。
盤上で、命のやり取りを、想いのやり取りをしたい。
勝てなくても構わない、上に行けなくてもいい、ただあの日のような対局をまた指したい。
このまま適当な会社に入ったとしても、絶対に後で後悔するとそう思った。
もしたとえ、なれなかったとしてもギリギリまで粘った結果なら諦めがつく。
心に火がついた想いだった。
改めて両親に頭を下げて、俺はほとんど稼ぎにも出ず、年齢制限までただひたすら四段昇段を目指す決意をした。
これは、何処にでもいる、人よりも少し将棋が得意で、将棋が好きで、そして諦めの悪い男の話だ。
奨励会編をまとめる際に書き下ろしたもの。時系列に挿入しました。
桐山くんと対局してプロ入りを諦めた人は書いたので、あえて逆にしてみました。
彼がプロになれたのかどうかは、いずれ書くかもしれないし、このまま皆さんのご想像に任せるかもしれません。