小学生に逆行した桐山くん   作:藍猫

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第十七手 重なる連勝記録

 10月に入って新しく始まる予選はないけれど、聖竜戦と朝日杯は二次予選が始まっている。

 これに勝ち本戦出場となれば、来年度一次予選は免除される。

 シードと呼ばれるものだ。

 上位の棋士ほど対局は忙しくなるから、このシード枠を上手く確保しておかないと、あとあと大変なことになる。

 特に僕はこれから対局数は増えるだろうし……。

 

 

 

 

 

 一度、島田さんの研究会へも顔を出した。

 僕の予定が合わず、島田さんも昇級していろいろ忙しかったので、話が出てから初回が行われるまで、すこし期間が空いてしまったのだ。

 

「こんにちは。お邪魔します」

 

「おう、桐山お疲れ様。よくわかったなぁ。最初は迎えに行った方が良いかと思ってたんだけど……この辺分かりにくいだろ?」

 

 千駄木の趣のある街並みが続く地区。その坂の途中にある見晴らしの良い場所にこの家はある。

 島田研究会はやはり島田さんの家で開催されるらしい。

 家の場所は以前と変わっていなかったから、僕としては随分なれた道だ。

 

「大丈夫です。学校からくるのにそれほど不便じゃなかったですよ」

 

「あーなるほど。直接きたんだな」

 

 と、島田さんは僕の姿をみると少し噴き出す。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、ランドセル背負ってるの久々にみたと思って。記録係をするときもそのまま背負ってきてたよな。

 あーそうしてると、ほんと小学生なんだなってよくわかるよ」

 

「確かに対局ある日は学校を休みますし……会館に背負って行くことは減りましたね」

 

「大人にばっかり囲まれてるとこしかみてないから、ずっと小さい気がしてたんだけど、奨励会に入った頃よりはちょっとは成長したなー」

 

 島田さんは僕の頭に手をおいて、優しくなでた。

 なんだかとても、むずがゆい感じがする。

 

「親戚の人の台詞みたいですよ」

 

 僕が笑ってそう答えると、一瞬目を丸くしたあとに、桐山の健やかな成長を見守ってるからなと、言われた。

 

「あんまり大人数集まれないから、とりあえず一人声をかけといた。桐山、初対面だよな? 重田盛夫くん、俺の同期だよ」

 

 いつもの部屋に通されて、重田さんを紹介された。

 最初に会ったときとまったく同じだ、ちょっと睨んだような顔で凝視されて、ぺこりと無言でお辞儀をされた。少し懐かしい。

 

「はじめまして、桐山零です。よろしくお願いします」

 

 僕も名乗って、深々と一礼した。重田さんの反応は薄い。

 

「えーと、まぁこんな感じであんまりしゃべらないんだけど、将棋に関してはよく話すし、悪い奴じゃないから。ほら、重田くんも、年下の子なんだから、仲良くしてよ! 先輩なんだからね、君!」

 

 彼の無口な性格も知ってるし、打ち解けてきてぼそりと吐き出される毒にも慣れている。

 また一からになるけど、はやくそういう関係に戻れたらいいなって思った。

 

「あの……二海堂は呼ばないんですか?」

 

「お! 桐山はあいつがいた方が嬉しい? 年も近いもんな……最初は俺も慣れてからって思ってたけど、あいつも様子みて声かけようかと思ってる」

 

 桐山がいるって知ったら絶対断らないと思うけど、と島田さんに言われて、少しほっとした。

 小さい研究会はプロ同士でやることが多い。若手の研究会や同門で行われる研究会なら、奨励会員が混ざってくることもないわけではない。

 正直言って、4人じゃないのは落ち着かなかった。

 

「僕は……彼が良いなら来てくれたらって思います。えっとこの前初段になってましたよね?」

 

「そーなんだよ! ぼちぼち二段も見えてる。上手くいけば、来年度の4月からの三段リーグに入れるって本人もやる気だった。桐山が知ってるとはなぁ……」

 

 しみじみとつぶやく、島田さんに、迷ったけれど小さな声で答えた。

 

「……待ってるって約束しましたから」

 

 そう。彼がプロになるのも、またタイトルを僕から奪いにくるのも、ずっとずっと待っている。

 

「伝えとくよ。たぶん何よりの応援になると思う」

 

 島田さんは力強く頷いた。

 

 

 

「さて、とりあえず一局指すか。3人とも一巡しよう。初回だから早めで持ち時間は30分くらいでいいな」

 

 島田さんとの対局も重田さんとの対局も楽しかった。

 二人の対局をみるのも久々だ。

 

 あと、なんだか上手く言えないんだけれど……こう、この部屋でまた集まって研究会をしている事が、たぶん僕は嬉しかった。

 そして、はやく、4人になったらいいなと思う。

 

「重田さんは、振り飛車を良く指されるんですね」

 

 相変わらず、今日対戦した僕との対局も島田さんとの対局もそうだった。

 

「何? 文句あんの? 桐山は居飛車も指してたな……おまえ、生意気にオールラウンダーなわけだ」

 

「生意気かどうかはともかく。その方が色々できて僕は好きなんです。でも……このゴキゲン中飛車良いですね。やっぱり急戦に強い。危ない所でした」

 

「後手で時間もそんななかったしな。手始めには良いだろ。お前の穴熊堅くて崩せなかったけど」

 

 フンと鼻で笑われた。

 あーこの感じ、ここに二海堂もいたら何時ものやつがはじまったのになとちょっと思った。

 

「よしよし。仲良くしてね。俺と桐山の対局も検討するかー、終盤あそこまで、詰め寄られるとは思わなかったし」

 

 島田さんとの対局は僕の負けだった。後手だったのと、珍しく彼からの猛攻を受けた。

 すこし慎重に応じすぎて、ギリギリまで僕の形勢は不利……後半なんとか盛り返したけど、すこし及ばずって感じだ。

 

 どういう意図で、何故そこに指したのか。僕は言葉にするのが大分苦手だったんだけど、解説の仕事も本当に沢山こなしたし、この研究会でも相当お世話になったから、今はそんなことはない。

 

 検討はスムーズに進んだ。

 帰り際に島田さんに声をかけられる、来月も予定あわせてやろうなと、かなり有意義な時間になった。

 

「意外だったよ。桐山たぶん宗谷みたいなタイプだとおもってたんだよな。あいつとの感想戦チラッとテレビに出てたし。でも、今日はやりやすかった」

 

 宗谷さんとの感想戦は不思議だ。

 たぶん僕らふたりは頭で考えたり、先を読んだりするよりも、感覚でなにか分かっているところがある。

 先に違和感があるのだ。そこから立ち止まって考える。

 そして、彼との感想戦では、その感覚が不思議と共有されたりする。

 

 でも、それがちょっと特殊なのはちゃんと分かってるから、言語化することも重要だ。

 

「僕も今日はとても勉強になりました。また、来月に」

 

 以前あった繋がりが、どんどんまた繋がる事が出来て、僕にとって幸せだった日常が少しずつ戻ってきている。

 プロになってから充実しているし、毎日が楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 11月 聖竜戦2次予選決勝。

 これに勝てば本戦出場という大事な一局。僕の対局相手は藤本さんだった。

 

 藤本さんと言えば、関西に所属している棋士である。

 こういう場合下座に座る方の棋士が一般的に移動することになる。

 

 大阪へは新幹線を使っていくことにした。学割もあるし、飛行機より荷物検査とかが無い分この距離の移動なら、此方の方が良い。

 小学生には少し遠めの移動になるから、師匠は最初ついてこようとしてたけど、遠慮しておいた。

 これから何度もこっちに来ることはあるのだ。その度についてきてもらうわけにもいかないし。

 

 でも、やっぱり心配だったのだろう。同じ日たまたま幸田さんの対局が関西であった。

 前の日、僕の学校が終わるのを待ってくれて、同じ新幹線で大阪までいき、ホテルも一緒に泊まった。

 前泊したほうが楽だし、こういう時は大人が一緒の方が、宿が取りやすい。

 

「それじゃ、お互い良い対局にしてこよう。帰りも出来たら、ついていたいが……私の対局が長引きそうなら先に帰りなさい。明日、学校だろう」

 

「はい。ありがとうございました。おかげで次からは大丈夫そうです!」

 

「君は本当にしっかりしてるから、一人でも大丈夫だろうけど、それでも心配してしまうんだよ。たぶん同じ日に門下の対局があったら、誰かしらついてきてくれるさ」

 

「いえ、本当に助かってます。……小学生が平日の昼間からうろうろしてると……ちょっと目立ちますから」

 

 子供の身だと、不便なことは何かと多い。

 

 

 

 さて、今日の藤本さんはどんな感じだろう。

 たぶん、相変わらずだと思うんだけど……。

 

 いつものようにお茶とレモン水を横に準備して、対局の開始を待つ。

 

「よう、小学生プロ。ちゃんと来れたんだな」

 

 5分前にやってきた藤本さんは、ドカッと座ると早速ぼくにそう声をかけた。

 

「幸田八段が連れてきてくれました。今日はよろしくお願いします」

 

「幸田? あーあいつも対局だったのか。ふーん可愛がられてるんだな、同門から」

 

「はい。有り難いことに」

 

「いいんだよー子どもの特権だろ。先輩に甘えとけ」

 

 うんうん。と頷いたあとに彼は続ける。

 

「で、桐山おまえ、まだたしか負けなしだよな?」

 

「え? あぁ……そうですね。公式戦ではまだです」

 

 今日でそろそろ20局目? くらいだっただろうか、とにかくまだ負けてはいない。

 

「かー! なっさけねーな。どいつもこいつも。今日は俺が引導渡してやるからな」

 

 たく、下にいつもより記者は来てるわ、全くこんな小学生相手に……。と、藤本さんのガンガンなトークは通常運転。

 

 でも、そろそろ対局開始の時間である。

 記録係の声がかかって、駒を並べだしたときも、まだしゃべっていた。

 

 今時は静かに指す人が多いので、とても珍しいことだけど、藤本さんとの対局は何度もしてきたから、耐性はある。

 適当に返事をしつつ、半分は上の空で、僕は自分の将棋へとのめり込んでいった。

 

 今日僕は後手だった。

 戦局は序盤、横歩取りとなる。

 

「小学校とかさーもう俺にとったら、遠い記憶すぎるんだけどどうなの?あの、給食の時間とか、掃除の時間とかさ、面倒じゃない?」

 

「そうですねー。とにかく全部団体行動だから、ちょっと大変ですねー」

 

「でもあれだろ? もう今年入って何回かは休んでるんだろ。その辺大丈夫? クラスで浮いてないの?」

 

「施設で仲良かった子が同じクラスにいてくれて、その子がその日あったこととか、出された宿題とか連絡くれるから助かってます」

 

 ずっと何かしら、話しかけてきながら、藤本さんは軽快に打ち込んでくる。

 このままじゃジリ貧である。

 うーん。

 ちょっと一発なにかやって、静かにしたい。

 

 僕は少しだけ、迷ったのだけれど、24手目で浮いた飛車に飛車をぶつけるというあまりない一手を指した。

 

「は? なんだこりゃ?」

 

 藤本さんは長考に入る。

 うん。是非そうして欲しい。このまま安易に指されても面白くない。

 そこは流石にA級棋士だ。慎重になるところはちゃんと見定める。

 

 そして、藤本さんの手から、飛車の交換が成立した。

 

 ここはぼくの読み通り、むしろそうなってくれないと困る。

 僕は再び2筋に飛車と打ち込むとそこを拠点に、先手陣に切り込み、攻める。

 

 そのまま藤本さんは受け切れずに84手で投了した。

 

「かーーーーー生意気。ほんとなんだよ、もう。次はねぇからな」

 

「ありがとうございました」

 

 さて、少しはやめに終わったし、感想戦が終わったらそれなりの時間には東京につくことが出来るだろう。

 ……と、思ったのだけれど……。

 

「よーし。桐山、時間あるし、オジサンが良い所に連れて行ってやろう。お前もプロになったんだしなー飲めなくても、変な事覚える前に色々知っとくべきだ」

 

 ん? なんだって? なんだか、とても嫌な予感がする……。

 

「え……。大丈夫です……。僕、明日学校あるので、帰りたいです」

 

「遠慮するなって、大丈夫! ちゃんと良い時間には返してやるよ。藤澤のおっさん怒らすと怖いからな」

 

 藤本さんは、会長や藤澤さんが全盛期の頃をみてるから、色々知ってるんだろうけど……怒らすと怖いなら、そんなことをしないでくれると助かるのだが……。

 

「ちょっと待った、藤本九段! 何いってるんですか、絶対だめです!」

 

「そうですよ。こんな純粋な子をどこに連れて行く気ですか?」

 

 そこで、片づけに入った事務の人たちが止めに入ってくれた。

 本当に有り難い。

 

「俺の行きつけの店、変なとこじゃねーって」

 

「どうせキャバクラでしょ! 子どもをだしに使わない。桐山くんが今有名だからってそんな……」

 

「キャバクラ……?」

 

 あーそういう事かと思いながら、小さく僕が呟くと、そばにいた事務の人たちがギョッとした。

 

「わー!! 桐山くんが変なことば覚えちゃった。忘れて! すぐに! まだ知らなくて良いから」

 

「どうしてくれるんですか! 藤本九段!」

 

「いや、俺のせいじゃないだろ? 今言ったのお前じゃんか!」

 

「あーあ。関東の奴らに怒られますよ……“桐山くんを見守る会”の奴らになんていわれるか……」

 

 え、ちょっとまって! 何その会? 誰がはいってるの? いつから出来たの?

 

 阿鼻叫喚になった部屋のふすまがスパンっと開いた。

 スッと入ってきた、その人の姿にシンッとその場が静まり返る。

 

「対局……終わったんですよね? 彼、借りても良いですか?」

 

「宗谷名人……、え、どうして?」

 

 今日は対局は無かったはずと動揺する事務の人の横を素通りして、かれは僕の前にたった。

 

「こんにちは。あの時以来かな? 今日の対局も面白かったよ」

 

 びっくりして固まる僕に彼は穏やかに声を掛けた。

 

「宗谷名人が見てたなんて……恐縮です……」

 

「なんだ、宗谷観に来てたのか。珍しいな。俺の対局気になったの?」

 

 藤本さんの言葉に、彼は僅かにうなずいた。

 

「はい。藤本さん相手に桐山くんがどう戦うのかとても興味がありました。

 ね、あの飛車、すっごい良かった。検討したい。駄目かな?」

 

「大丈夫です! 時間あります! 作ります!」

 

 学校に間に合う時間に起きられるように、帰れば良いのだ。まだ全然時間はあった。

 もっといえば、幸田さんの対局が終わるまで居てもよいのだから。

 

「おい、桐山おまえ……「宗谷名人どうぞ、場所提供しますよ。そのかわり、良い時間になったら声かけさせてもらいますからね。会長からも言い含められてますので」

 

 なにか言おうとした藤本さんの言葉を事務の人がすかさず遮った。

 彼らとしても、会館で将棋を指してくれていた方が、絶対に良い。

 

 僕は藤本さんにすいませんと一応謝っておいた。

 大人になったらいつか付き合った方がよいのかもしれないけど、まだいいよね?

 

 宗谷さんとの検討は相変わらず楽しくて、時間を忘れてしまう。

 結局それから3時間後、対局が終わった幸田さんがその場に現れて、お開きとなった。

 

 時間的には充分だ。10時には藤澤さんの家に帰れるもの。

 と、思ったんだけど、幸田さんには注意された。自分がいるからいいけど、日が暮れてからの移動は危ないのだから、重々気を付けなさいと。

 

 帰り際、宗谷さんから連絡先を教えてほしいと言われた。

 僕は、彼が携帯を持っていることにまず驚いたけど、当たり前か。仕事の連絡とかもあるだろうから……。

 

 交換した番号をみて、彼がなんだか満足そうに見えたのは目の錯覚だろうか?

 

 帰り際、新幹線の中で届いたメールに、朝日杯、勝ち上がってくるのを待ってると書かれていた。

 

 今月末で朝日杯の2次予選が終わる。突破すれば、本戦入りだ。

 勝った本戦のどこかで宗谷さんと対局できる。

 

 

 

 

 

 


 

 11月からは密かに新人戦トーナメントも開始していた。

 様々な対局の合間をぬって、一年かけてゆっくりと行われる。

 参加資格に年齢とか、段位とかも関係してくるトーナメントだ。

 年齢制限は10年くらい余裕なんだけど、段位のほうはどうなるか微妙だ……。

 正直に言わせてもらえば、今回のみの可能性は充分にありえる。まぁできたらとれたらいいなーくらいの気持ちでいきたい。

 僕としては、そのタイトルよりも、優勝者はだいたいその時の名人と記念対局ができるので、その方が目的だったりする。

 

 

 

 僕の朝日杯二次予選の突破を決める一戦の相手はスミスさんだった。

 

 勝ちたい。

 あのメールのせいかもしれなかったけど、僕は本戦に出たいと強く思った。

 

 相当数スミスさんの棋譜を集めて、出来るだけ時間を作ってさらっていく。

 

 夏休みにパソコンと棋譜を管理するためのソフトを買った。

 対局料は既に結構入っていたし、藤澤さんの家にいるとめったに使うこともないから、お金はたまっていく一方だった。

 いつまでも御厄介になるのもなんだから、一人暮らし用にためだしてもいるんだけど。

 周りの人に止められる気がするので、だいぶ先の話になりそうだ。

 

 最新の棋譜や、歴代の気になった棋譜などを時間があるときに、データに起こしている。

 戦法や対局者の名前など色々タグ付けして管理しておくと、本当に便利なのだ。

 

 こういう事をしてる棋士はまだ、ここ最近では少な目みたいだけど、若い人は少しずつ取り入れ始めている。

 実際僕がタイトルを取り出した10年後くらいは、研究手さえソフトを使って考える人がいたほどだ。

 

 僕はそこまで、ではないけれど、データ管理くらいはしていた。

 あー居飛車の棋譜ばっかり見たいなとか、誰々さんは角換わりを最近指してたっけ? とかその辺がぱぱっと導きだせるのは意外と助かる。

 

 こまめなデータ整理と収集が必要になるけれど、僕はこの辺は結構まめなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 対局当日、スミスさんはいつもと変わらず声をかけてくれた。

 でも、すこしだけピリッとした感じもある。

 

 今日の対局は僕が先手。

 

 序盤は横歩どりを目指す形から、静かにはじまる。

 そこから、右の銀を立てて自陣に「美濃囲い」を築く体勢に入っていく。

 

 と、此処で、スミスさんは僕の角の強襲にかかる。素早く模様を動かしはじめた彼に対して、僕は壁銀を解消する手段をえらんだ。

 

 スミスさんが飛車を伸ばそうとしている意図がみえたので、4筋に角を打ち込み牽制する。

 この手に対してスミスさんは、格言どおりに「角には角」を合わせてというわけで、角交換を成立させてきた。

 盤上から角が消えることになる。

 

 しかし、彼が自陣に低く構えていた歩のうち6筋が浮いた状態になった。

 まだ小さな傷である。

 でも僕は腹を決めた。

 ここでいく。

 

 浮いていた歩をターゲットに左右の桂馬を跳躍させる。

 ついでに、行き場をなくした飛車を僕の飛車と角で挟み込み、捌いていく。

 

 これに対してのスミスさんの思いきりもよかった。

 飛車を潔く手放し、飛車交換を成立させる。

 

 細かい攻めだけれど、確実に攻めている僕に対して彼も流石だ。

 軽くて。はやい。思いきりもある。

 

 でも、ごめんなさい。

 今回は僕が貰います。

 

 3筋の歩で彼の陣をえぐり、寄せに入った。

 柔軟に受け手にも出られたが、間違えることなく猛攻を続けた僕に、115手目でスミスさんが投了した。

 

 

 

 感想戦を少しした後に、スミスさんが小さく呟いた。

 

「この戦法さ。一年くらい前に使ったんだけど……もしかして知ってた?」

 

「え? あ、はい。棋竜戦2次予選の対局ですよね? 入江五段との」

 

 少し似た流れの対局だったが、その時勝ったのはスミスさんだった。

 とても興味深い対局だったし、今回研究させてもらった時に目にとまって、僕も色々考えたものだ。

 

 スミスさんがまた使ってきてくれたのは、僕にとっては幸運だった。

 研究成果がハマるのはやっぱり少し嬉しい。

 

「はぁーそうかー。一瞬どうしようかとは迷ったんだよね。でも、あの時はいい感じに指せたから、その記憶があって。うーん、しっかり対策されちゃってたか」

 

 まいった、まいったと笑った彼は、俺の代わりに本戦がんばれよと言ってくれた。

 

 僕はしっかりと頷いた。朝日杯本戦は、12月末ごろからだ。

 二次予選の勝ち抜き者の8名と本戦シード者の8名、計16名のトーナメント戦。

 

 まだ、予選通過者が全員決定したわけではないので、トーナメント表は出ていないが、一回戦から宗谷さんに当たることも充分ありえる。

 

 12月を目前にして、僕の連勝記録は24勝までのび。

 巷では、いつまで続くのか、誰が止めるのかと話題らしいが、僕はただただ、目の前の一戦に集中していた。

 

 

 

 

 




島研のメンバー本当に好きなので、はやく4人になって欲しい。

次は藤本さん視点。
この方はなかなか癖が強くて…書きやすいのか書きにくいのか自分でも分かりません。
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