小学生に逆行した桐山くん   作:藍猫

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第二十手 応援してあげたい子

 

 私は、私の家族のことが大好き。

 優しいお母さんに、穏やかなおばあちゃん、厳しいふりして孫に甘いおじいちゃんに、最近すこし背伸びをしだした可愛い妹、いつも笑っているお父さん。

 

 

 

 皆、みーんな、大好きなはずだったんだけどなぁ……。

 

 お父さんの様子がおかしくなり出したのは、ある日突然塾の先生を止めた時だったと思う。

 その少し前から家では愚痴をこぼすことも多くなり、私やまだ小さかったひなに構うことはめっきり減った。

 寧ろ疲れてるんだから、そっとしておいてくれよ、と突き放されることが多くなった。

 

 塾の先生じゃなくて家庭教師を始めようとしたけど……それも上手くいかず……他の仕事を探してる風だけど、どうにも本気に見えなかった。

 

 そして、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがしていた三日月堂を手伝いはじめたんだけど……それも長くは続かない。

 完璧にお祖父ちゃんと合わなかった。

 私は、お祖父ちゃんが言ってること間違ってないと思うし、最初は失敗することの方が多いから、叱られるのも当然で、だからもうちょっとだけ頑張ってくれたら良いのにな……って少しだけ思った。

 

 それから、しばらくは家に閉じこもっていた。

 私が学校に行くときも帰る時も家にいて、ずっとテレビを眺めていた。

 

 お母さんは、今お父さんは次に頑張れることを探してるんだよ。だから少しだけお休みの期間なの、と困ったように笑っていた。

 そして、パートと、三日月堂の手伝いと、家計をひとりで支え続けていた。

 

 この春から高校生になった私は、外で働くお母さんのかわりに、家の出来ることは何でもやった。

 料理は同い年の子よりも上手な自信がある。

 小学校に上がったばかりのひなは、洗濯物を取り込んだりたたんだり、簡単なことを早くも手伝ってくれるようになった。

 可愛くて、やさしい、自慢の妹だ。

 

 この頃、父は家にいることの方が少ない。

 仕事をさがしている、と言っているけど……本当かどうかは、怪しいと思う。

 でもお母さんはその言葉を信じて送り出していたから、何も言えなかった。

 どれだけ、自分が大変だろうとも、どれだけお父さんがふらふらしてても、お母さんだけは信じ続けていた。

 時々やってくる、お母さんのお姉さん、私からしたら伯母さんにあたる人は、あの人はどこか変だと、お母さんに忠告していたけれど、お母さんが、それに耳を貸すことはなかった。

 

 父が不在のことが多い川本家だったけれど、かえってその方がうまく回っていた。

 お祖父ちゃんが不機嫌になることもないし、お祖母ちゃんやお母さんが困ることもない。ひなはすっかり父親の存在を敬遠していた。私と違って、優しかったころの父の思い出がほとんどないのだから、仕方ないことだと思う。

 

 

 


 

 高校二年生のある冬の日の事だった。

 私はその日、学校の帰りに三日月堂にきた大口の注文の詳細を聞きにいつもとは違う道を帰った。

 お祖父ちゃんと懇意にしている方で、私も良く知っている人だったから、ほとんど身内からの依頼に近い。

 注文の確認もスムーズに終わった。

 親しい人の依頼だからといって、お祖父ちゃんが手を抜くことは絶対にない。むしろより一層の注意と手間をかける。

 わたしだって、この仕事をちゃんとこなさないと、という使命感があった。

 

 

 

 いつもと違う帰り道、暗くなってきていて、少しだけ注意しながら家路を急いでいた時だった。

 道の横の植木に、不自然にリュックが掛かっていた。まるで、投げ捨てられたように。

 

 いったい誰のリュックだろう? 忘れ物にしては、様子がおかしかった。

 不思議におもって、周囲を見回した私の目に、この先の歩道でうずくまる小さな影が見えた。

 

 慌ててリュックをもって、駈け寄る。

 血が出ているのをみて、手が震えてしまった。

 

 意識が無い? 大丈夫だろうか? 救急車を呼んだ方がいい?

 こわごわと声を掛けてみると、少しだけ身動きをして反応がみられた。

 すこしだけ、安心して、今度はもう少し大きな声で声を掛けた。

 

 パッと起き上がったその小さな男の子は、すこしボーっとしているみたいだった。

 意識がはっきりしていないのだろうか?

 幼い顔立ちに、妹のひなを思い出した。

 この子は小学校高学年くらいだろうけど、男の子だからまだ成長期がきてないのかとても小柄だった。

 

 起き上がったときについた手が痛むみたいで、なんだかとても心配になった。

 目立つのは額の傷だけど、他は大丈夫なんだろうか……。

 

 固まった血と泥によごれた顔を見ていられなくて、手持ちのハンカチでぬぐうと、それが汚れるからと遠慮がちに言われた。

 そんなこと気にしなくていいのに……。

 

 状況を確認したくて、差し出したリュックはやっぱりこの子のものだった。

 冷静に中身の確認をして、財布がとられていることに驚きもしていないその様子に、こっちがビックリしてしまった。

 

 私が小学生のとき……こんなに落ち着いていたかしら……? と疑問に思っていたら、その子は慌ててリュックをあさって青い袋を取り出した。

 大事なものの一つは無事だったらしい。

 けれど、キーホルダーが壊れてしまったととても落ち込んでいた。

 

 妹さんと同じキーホルダーをそんなに大事にしてるなんて、凄いなぁと思った。

 このくらいの子だったら、そういうのを嫌がりそうな時期なのに。

 仲の良い兄妹なのだろうと思って、すこしお節介をしてしまった。

 トップが外れたくらいなら、私にも直せるから。

 そう告げたときの笑顔が、とてもかわいくて、思わず抱きしめてしまいそうになった。

 

 

 

 

 

 それからその子に付き添って、交番まで行った。

 ついた先の交番の警察官さんはとても親切だった。

 でも、驚いたのはその途中で年配の警察官に代わった時。

 

 この男の子は将棋のプロらしい。

 大人の世界で戦っていて、自分でもう稼いでいる一人前。

 

 そこまで聞いてわたしはようやく、最近テレビのニュースや情報番組でとりあげられている凄い小学生のことに思い至った。

 

 飛ばされた眼鏡や怪我にばかり気を取られていたけれど、この子のことをテレビで見たことがある!

 お祖父ちゃんが大興奮でテレビにかじりついていた、将棋界のとても強い人との対局にだって勝っていた子だ。

 

 道理で落ち着いていて、大人びているわけだ、と納得できた。

 この子はもう大人の世界で闘っているのだから。

 

 

 

 保護者への連絡の時が一番動揺して、ともすれば嫌がっているようにみえた。

 でも、こうなっては仕方ないだろう。

 迎えに来たのはご両親じゃなくて、桐山くんの面倒をみているお師匠様だった。

 

 とっても彼を大事にしているのだろう。

 怪我に憤慨していて、でも大きな怪我がないことにとても安堵していた。

 車の運転をしてきた幸田さんという方もとても、怒っているようだった。

 私にはとても、丁寧に接してくれた紳士な方だったけど、実行犯がもしここにいたなら、一発殴ってそうだなーと思った。

 

 

 

 遅くなったからと私も車で家まで送ってくれた。

 夜道は危ないからだそうだ。

 こんなことがあった後だしお言葉に甘えておく。

 

 私の帰りがおそいと心配していたお祖父ちゃんは、玄関に迎えにでるなり、固まって動かなくなった。

 

「ふ、藤澤九段! いったいどうして……」

 

「うちの弟子が、お宅のお嬢さんにとても親切にして頂いたのです。本当にありがとうございました。見つけて頂いたのが、こんな優しい方だったのは不幸中の幸いでした」

 

「本当に助かりました。僕に付き合わせて、遅くなってしまって……ごめんなさい」

 

 藤澤さんの言葉につづいて、桐山くんがぺこりとお祖父ちゃんに謝った。

 そんなこと気にしなくて良いのに、ほんとうにしっかりしてる子だ。

 おじいちゃんはそこで、やっと桐山くんにも気づいて、小学生プロ棋士! 感嘆の声を上げた。

 興奮して、血圧が上がりすぎないと良いんだけど……。

 あまりに騒がしいから、奥からお祖母ちゃんもお母さんも心配して出て来ちゃった。

 

 軽く事情を説明すると、こんな子どもになんてことを!とお祖父ちゃんも相当頭にきているようだった。

 

 それから、少し話した後、良かったら上がっていきますか? というお祖父ちゃんの申し出を、もう夜も遅いですからと藤澤さんは辞退して、桐山くんを連れて帰って行った。

 

 別れ際に私は、キーホルダーは直しておくから、いつでも三日月堂に取りに来てねと声をかけた。

 桐山君はどうかよろしくお願いしますと何度も私に頭を下げた。

 

「あかり……そのキーホルダー桐山四段のなのか?」

 

 私と桐山くんのやりとりをみていたお祖父ちゃんが後からそっと声を掛けて来た。

 

「うん。そうだよ。妹さんとおそろいのキーホルダーだったんだって、壊れちゃったってとっても落ち込んでたから……、なんとかできたらなって思って。妹さんと仲良いんだろうね」

 

 私の言葉にお祖父ちゃんは少しだけ迷ったようだけれど、そっとつづけた。

 

「あーーあのな、桐山四段のご家族はみんな交通事故で亡くなっちまったそうで……おそらくそれは、妹さんの形見なんだろうよ……」

 

「え!?……そうだったんだ。

 どうしよう……私、変な事言ってなかったかな……」

 

 お祖父ちゃんの言葉に驚いて、同時に彼になんて声を掛けたか振り返ってみる……。たぶん、余計なことは言ってなかったとは思うんだけど……。

 おそろいのキーホルダーだった、と過去形で言っていたことに気づくべきだった。

 

「あの子は、インタビューでもその辺はっきり答えておるし、もう何年もたっておるから、自分の中での折り合いはある程度ついとるんだろう……。さっきもあかりに嬉しそうにお礼を言っておったし、直してくれることを純粋に喜んどるよ。そこは大丈夫だろう」

 

 お祖父ちゃんはそう言った後、何処かに雑誌があったかなと桐山君の記事を探してきてくれた。

 こんなことなら、もっと前にちゃんと読んでおいたら良かったな……と今更ながらに後悔する。

 でも、まさか道端で倒れている小学生を助けたら、それが史上初の小学生プロ棋士でした、なんて事が起きるとは思わないだろう。

 

 

 

 記事を読み進めて、目に入った一文。

 

 小学三年生の時に、事故で家族を失って、東京の施設に預けられた。

 

 もうそれだけで、充分に強烈だった。

 

 3年生? たった9歳? 今のひなたの年齢とそう変わらないくらい。

 どんなに寂しくて、哀しくて、心細かっただろう……。

 私はお父さんがちょっと変わってるけど、お母さんもお祖母ちゃんもお祖父ちゃんも、妹もいるし、そして伯母さんだって良くしてくれている。

 

 その大切な人全員をいきなり失うことを想像して、とても怖くなった。

 ううん。想像すら出来なかった。こんな事、考えてみたこともなかった。

 

 もってきた形見の品は、お父さんの将棋の駒と、お母さんの扇子と、妹さんとおそろいのキーホルダー。

 

 あぁ……これがそうなんだな。

 財布がとられたことよりも、怪我をしたことよりも、このキーホルダーが壊れたことにとても傷ついていた桐山くんの様子を思い出した。

 私はやっとその心中を察することが出来た。

 

 大切に決まってる! 一生だって大事にしていきたい物だ。

 

 絶対にきれいに直そうと思った。

 なるべく既存の部品でもとのチェーンに似てるものをさがして、つないであげたい。

 手持ちの道具で直すのは辞めた。明日にでも手芸屋さんに行こう。

 

 記事の続きを読むと、今は先ほど迎えに来た藤澤さんの元で、暮らしているらしい。

 たった数時間、彼らの様子をみていただけだけど、桐山くんにちょっとだけ遠慮がみられるくらいで、関係性は良好そうだった。

 兄弟子の幸田さんからも可愛がられているようで、大人二人からは、ただただ彼を慈しみ、大切に見守りたいという暖かな感情がうかがえたから。

 

 

 

 数日後桐山くんは三日月堂に高そうなお菓子をもって、訪れた。

 この間のお礼だという。

 お祖父ちゃんはそんな風に気を使わんでいいと、かわりに三日月焼きを大量にあげていた。

 桐山君はそれをとても嬉しそうに受け取っていて、大事に食べますと喜んでいた。

 

 いつ彼が来ても良いようにと、お店においておいたキーホルダーを渡す。

 よーくみないと分からないほど、かわりなく直せたと思うけれど……。

 

 受け取った桐山くんはパッと花が開くように笑ってくれた。

 とっても大切そうに両手でうけとると、すごい! 前と全く一緒ですねと、何度もお礼を言ってくれた。

 胸がキュッとなるくらいに、かわいい笑顔だった。

 

 可愛いなぁ。

 弟がいたらこんな感じなのだろうか?

 テレビの中で対局している様子は、年下と思えないくらいの雰囲気を持った子だったけれど、今私の目の前にいるのは、まだ12歳の小学生の男の子だった。

 

 是非また遊びにおいでねと約束して、連絡先も交換した。

 

 遠慮がちな桐山くんが本当にきてくれるかは賭けだったのだけれど、彼は少しずつお店に顔を見せるようになる。

 

 想像できないような遠い世界で頑張るあの子を少しでも応援できたらなぁと思い始めるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 




あかりさんまだ高校生で、お母さんもご存命です。そしてあの男もまだ出て行っていません……。
逆行した桐山くんがどう関わって、それにより何が変わるか……。



次は年末年始のお話。
青木くんも久々に登場。
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