小学生に逆行した桐山くん   作:藍猫

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第四十八手 魔法の手

 

 魔法使いっているのかな?

 分かってる。おとぎ話の中だけの登場人物。

 でも素敵だよね。困っているお姫様を王子様の舞踏会にいけるように、魔法をかけてあげる人。

 勿論、悪い魔法使いだっていたけど、私は物語の登場人物の背中を押す、優しい魔法使いが好きだった。

 

 そんな魔法使いみたいな人だと思ったの。

 何度だって、出会った日からずっと私を、私の家族を助けてくれた魔法使い。

 最初のきっかけは、お姉ちゃんが零ちゃんを助けたことだったらしい。

 ある日、手伝いで出かけてからの帰りが遅くて心配していたら、零ちゃんと零ちゃんの師匠と一緒に帰ってきた。お爺ちゃんは大興奮で、私はその時、零ちゃんと話すことは出来なかったから、その日の印象は薄い。

 

 だから、私の中で最初の零ちゃんの印象は、テレビの中の凄い子だった。

 しゃんとした綺麗な姿勢で、バッサバッサと大人を倒していく様子がよく取り上げられていたし、将棋が大好きなお爺ちゃんが、熱心に応援していたから。

 零ちゃんは、お爺ちゃんのお菓子を気に入ってくれたらしくて、よくお店に顔を出すようになった。

 将棋の中継で、三日月焼きが写った事も何度かあって、そのおかげで注文も増えたらしい。

 将棋のファンの中には、私にはよく分からないけど、大御所と言える人も多く、そして、そんな人の目に留まると大口注文も入った。

 いつだったか、零ちゃんが人気の密着ドキュメンタリーに出た日から数日は、注文が殺到して一時、受け入れを止めた事があったくらい。

 お爺ちゃんは、礼のつもりなら気にしなくて良いんだぞ。って言ったけど、零ちゃんは本当にうちのお菓子が好きらしかった。いっぱい注文が入っても、僕の分も少し残しておいて下さいね、なんて冗談めかして笑うくらい。

 

 勝利がずっと続く訳では無く、ついにそれが途切れてしまったり、いつの間にか一人暮らしをしていたり、タイトル戦という大事な棋戦のためにガリガリに痩せてたり、大変な事もいっぱいあったと思う。

 けど、いつもまっすぐに前を向いて、一歩一歩、進んでいた。

 歩みを止めること無く、自分の力で進む道を切り開いていた。

 

 憧れたんだ。格好いいなぁって。

 そして、そんな姿を見る度に、お父さんへの言い様のない焦燥感が募った。

 去年の秋にそれは爆発して、父は家を去ることを選んだ。

 今でも時々思ってしまう。

 もっと早くにぶつかるべきだったのかもしれない。もっと早くにお父さんの心の移ろいに気付けたんじゃないかと。

 でも、選んだ道は間違いじゃ無かったと思う。

 私達は、このまま私たちで協力して生きていく。

 ちゃんとした手続きをとるということは、今後のために重要な事らしく、そして時には厳しい判断も必要なのだと、零ちゃんの紹介してくれた弁護士さんが言っていた。

 だからこそ、それまではほとんど会っていなかったお父さんの両親、私達のもう一人のお爺ちゃんとお婆ちゃんにも連絡をして手続きをした。

 お父さんは、もともと勘当のような扱いだったらしく、連絡をとられることに猛反対していたけれど。

 

 そして、それは確かに後々、私たちを助けてくれた。

 お母さんの出産の時、お姉ちゃんの進学の時、お爺ちゃん達がそう話していたことを知っている。

 

 叔母さんから聞いたけど、菅原さんというその方は、中々手広くお仕事をされている、所謂売れっ子だったらしい。本当なら、お礼の一つもするべき所に、あの方はそれを請求せず、そして受け取ってもくれなかった。

 お金以外の何かで、零ちゃんがお礼をしたそうだ。

 将棋関連のことだろうと、お爺ちゃんが言っていた。

 人脈をつくるにしても、話の種にしても、プロ棋士桐山零、本人に会えるとなれば、それはお金以上の価値を生むことがあるらしい。

 大人の世界は複雑だ。

 そんなやりとりを平然とこなせる、零ちゃんもまた、私よりもずっとずっと大人だった。

 

 

 

 


 

 どうして、そこまでしてくれるの? 何度か尋ねた事があった。

 その度に、零ちゃんは僕がそうしたいからだよ。と答えた。

 ひなちゃんが思っているよりもずっと、此処は僕を救ってくれて、癒やしてくれる場所なのだと、照れくさそうに小さく教えてくれた。

 

 そしてたぶん、あの日一緒に餃子を食べた時からだ。

 それまでは、ほんの少しだけ、遠慮をみせていた零ちゃんがうちに来ることをためらわなくなったのは。

 こちらから声をかけないと、来なかった零ちゃんがたまにフラッと寄るようになった。

 その時はいつもお土産があるのが零ちゃんらしいけど。

 何も無くても寄って良いっていつも言ってるのになぁ。

 私たち、家族はその変化を大いに喜んだし、みんな零ちゃんが来てくれるのが嬉しかった。

 

 零ちゃんの事を知っていくと、将棋の世界でどれだけ、零ちゃんが凄いのかも少しずつ分かってきた。

 もう、お爺ちゃんだけじゃない。川本家は全員が零ちゃんのファンだもん。

 記事のスクラップも、番組の録画も自然と増えていった。

 その内容には、いつも最年少記録、史上初という言葉が踊った。

 

 一番好きな表現がある。

 ある対局の零ちゃんの一手が、魔法の一手と表現された時だ。

 それを生み出す彼の手は、”魔法の手”だと賞賛されていた。

 お爺ちゃんは、それだけ凄い一手だったんだと、解説もしてくれた。

 その一手は、劣勢だった状態を一転させたし、その一手があったから、その対局は名局になったそうだ。

 いったいどれだけの人間が、その一手に魅せられた事だろう。

 

 そうか。零ちゃんは、魔法使いだったのか。

 突然、私達の前に現れて、大変な時にいつも助けてくれた。

 選んだのは、私たちだ。

 でも、選べるようにしてくれたのは、選択肢はあるのだと教えてくれたのは、零ちゃんだった。

 父の時も、母の出産の時も、お姉ちゃんの進学の時も。

 そう、まるで物語の主人公を支える魔法使いのように。

 

 何故だか、ストンッと納得してしまった。

 同時に少しワクワクもしてくる。 

 ずっと、見ていたいなぁと思った。零ちゃんの将棋も、その生き様も。

 きっと、苦しくても楽しくて、厳しくても優しい、そんな物語みたいな日々が紡がれているのだ。

 

「楽しかったね。零ちゃん」

 

 夏祭りのあと、皆でカレーを食べながら呟いた私に、

 

「……うん。そうだね。とっても楽しかった」

 

 零ちゃんは、優しく笑ってくれた。

 本当は、忙しい大事な時期だって知ってた。

 だから、チラッとのぞきにだけ来てくれたら、それで充分だと思ってた。

 でも、零ちゃんはいつも私の想像より一歩先にいて、手を伸ばしてくれる。

 手伝いに来たいって言ってくれたこと、すっごく嬉しかったんだよ。

 

 お父さんが家を出て、ももが生まれてから初めての夏祭りだった。

 去年はうちも、色々あったけどそれを吹き飛ばすくらい楽しいものにしたかったし、お世話になったご近所さんたちに、変わらず元気な三日月堂を見せたかった。

 私とお姉ちゃんもいっぱい手伝って、すこし大変だったけど、想像の何倍も楽しかった。

 お母さんはももの世話もあるし、新商品を中心になって考えたのは私たちだ。

 これから先も、この大切な場所を守っていきたいから、出来ることは何でも挑戦したかった。

 

 零ちゃんとそのお友達も手伝ってくれたおかげで、随分と回転がよくなったから、最後の方は品切れになるほど。

 にわか雨に降られたけど、お母さんも、お婆ちゃんも、お爺ちゃんも、お姉ちゃんも、ももだって、皆楽しそうに笑ってた。

 前から好きだったこのお祭りが、もっともっと好きになれるんだって、驚いたくらい。

 私の隣に座って、ゆっくりカレーを食べている零ちゃんを横目でそっと見つめた。

 

 最近、びっくりするくらい背が伸びて、そして大きな棋戦を終えるごとに、また一つ遠くにいってしまうような気がしていた。

 でも、零ちゃんはまるで、此処に帰って来ることが当然のような顔をして、うちに遊びに来てくれる。

 

 それがどんなに嬉しいか、ちゃんと伝わってるといいなぁ。

 だから私はいつだって、とびきりの笑顔と美味しいご飯で迎えてあげたい。

 最近は、料理の味付けだって覚え始めたんだよ?

 

 格好いい、魔法使いさん。

 その手で、いっぱいの棋譜を残して、沢山の人を魅了させて、魔法をかけ続けて下さい。

 私は、ずっと貴方の魔法を見ていたいし、そんな貴方を応援したいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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