小学生に逆行した桐山くん   作:藍猫

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第五十一手 我が校の有名人

 俺の通う中学は、都内でもそこそこの規模と学力を誇る進学校だ。

 自分は、それほど頭は良くなくてスポーツ推薦枠を利用して進学した。

 小学校の頃からやっていた柔道で、俺はそこそこの成績を収めて、一応ながらに強化選手の認定も受けている。

 俺はこの道でやっていきたいと思っているし、できる限り柔道にだけ集中していたかったから、私立を選んだ。

 打ち込める環境がそろっているし、一般の中学と違って、既になにか目的を持っている奴も多く、周囲の雰囲気も向上心があるというか、悪くない。

 クラスメイトには、俺の他にも、別のスポーツの強化選手も居た。何かの大会で優勝した奴もいた。今度海外に行くからとしばらく学校を休む奴もいる。

 中々に興味深い奴が多い。

 

 そんな、俺たちの中学で、頭一つ飛び抜けた有名人がいる。

 名前は桐山零。俺の同級生でクラスメイト。

 将棋のプロ棋士だ。

 

 後から思えば本人は本意ではなかっただろうが、入学式の時から、目立っていた。テレビの取材があった上、そもそも入学式の一年ほど前から、テレビで頻繁にその顔をみていたのだから。

 正直、同じクラスだった事も、え? って感じだった。

 テレビで見ていた桐山は、すっごい大人びていたし、同い年に思えなかったから。

 詳しくは知らないが、将棋界のいろんな史上初を成し遂げているらしい。

 将棋には柔道みたいに、重量別のクラスがあるわけじゃないし、大人だろうが子どもだろうが、同じ土俵で戦っている。

 素直に尊敬できたし、同い年の奴が大人に勝って、負けましたと言われている姿は、単純に格好いいと思えた。

 一体どんな奴なんだろうと、少しワクワクした。

 

 少人数制を売りにしている、この中学の一クラスは20人程度。担任の林田先生は良い具合の距離感を知ってくれている教師という印象だった。

 クラスで初めの自己紹介の時、おーい中学生プロ、出番だぞ! と桐山に声をかけていた。少しの緊張感と浮き足だったそわそわした雰囲気だったクラス全体が、その言葉で適度に緩んだ。

 

「桐山零と言います。千駄谷小学校の出身です。趣味は将棋で、一応職業が棋士です」

 

 人前で話す事に、もう既に慣れているんだな。と一言しゃべっただけで分かった。

 

「対局の都合上、お休みすることが多くなると思いますが、仲良くして頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」

 

 自然体だった。そして、テレビで見るよりも柔らかく、穏やかな雰囲気だった。本当に、仕事中とは全然雰囲気が違う。対局をしている時の映像では、もっと近寄り難い感じだった。

 その後、歴史の教科書に出て来そうなインパクト抜群のクラスメイトの出現もあり、初日から色々と面白いことが多い日になった。

 

 桐山の印象はというと、真面目で静かな人って感じ。

 公立中学にいったダチが見たら、驚愕しそう。このクラスはなんだか落ち着いた奴が多いけど、ふつう中学生ってこう、もっと落ち着き無いよな?

 俺としてはこのクラス、過ごしやすくて良いけどさ。

 

 入学して少しして、担任とのちょっとしたやりとりや桐山の様子から、師匠宅を出て一人暮らしをしている事が分かった。

 本人はあまり知られたくないようだったので、俺たちはうっすらそうだろうなと思っていても、触れ回ったり、口外したりは勿論しなかった。

 ただ、大変そうだなぁとは思う。

 働いて、メシ作って、掃除して、そして自分で起きて学校に来る。

 考えただけでも、気が重くなる。

 いつも大量の飯を作ってくれる母さんに、すこしは感謝すべきだろうか。

 

 

 

 

 


 

 桐山はどんどん勝って、ますます有名になって、中一の夏頃、タイトル戦というものに挑む事となった時、世間の熱量はまさにピークだったと言って良い。

 でも、意外とこの学校の上層部はきちんとしていて、煩わしい取材やテレビは滅多な事では入れなかったし、桐山の意思を第一に尊重しているようだった。

 

 知り合いが有名になっていくのって、少し誇らしくて、なんか少し寂しくないか?

 ただ、ちょっとだけ自慢できるとするなら、中学生をしている桐山零を一番よく知っているのは、このクラスの俺らだって事。

 

 朝は基本的に余裕を持って登校して、自分の机で棋譜か本を読んでることが多い。

 でも、対局の日の翌日は、極稀にギリギリに駆け込む時もある。

 対局がたてこもうと、どんなに忙しくても、課題を忘れたことは無く、授業についていけないような様子はみられない。野口からよくノートのコピーを貰っていた。

 でも、運動は苦手みたいだ。体育の授業はいつもすこし、困ったような雰囲気で俺らの後ろの方にいる。

 疲れている日の翌日は、見学している事もあった。

 日付が回るまで対局をしていた翌日に、走り回れなんて、確かにきついだろう。

 フケて保健室で寝てても文句言う奴なんていないだろうに、桐山は真面目で体育館の端でちゃんと座ってみていたし、何かあとで教員にレポートのようなものを出していた。

 選択授業でとっていた書道は達筆で、俺はその字がめちゃくちゃ好きで、道場に飾りたいからと、一筆すきな言葉を書いて貰った事がある。

 あと、俺らのクラスは一般クラスなのに、定期テストのクラス平均が高い。

 さすがに進学クラスの奴らには負けるが、平均点をグッとあげる奴が一人いることと、何を聞いてもわかりやすく答えてくれる奴がいるから。

 まぁそいつは同一人物なんだけど。

 桐山は本当に頭がいいから、たまに進学クラスのやつが図書室で唸っていると、その問題にヒントを出すことがあるそうだ。

 入学早々の定期テスト、数学の1位だけ、進学クラス内の聞き込みで見つけられなかったらしい。

 張り出したりしないから、本人が言わなければ迷宮入りだ。

 俺はそれ、きっと桐山だったんじゃないかって思っている。テスト返却の時、解説も行われるけど、あいつはその日珍しく、棋譜を眺めているようだった。

 直すところがあるのなら、ちゃんと聞くのが桐山だ。つまり、何処も間違いはなかったのだろう。

 どんなに、成績が良くてもそれを触れ回ったりしない奴だ。というよりも、興味が無いというのが正しい。成績は自分と向き合うもので、桐山が勝ち負けにこだわるのは、将棋に関してだけだった。

 

 部活に割く時間なんて無いようにみえるが、いつの間にか将科部なんていう、コアな部活に入っていた。

 野口が部長らしいし、面白そうな活動をしているし、すこし興味がある。

 たまに実験の成果だといって、匂い袋だったり石けんだったりを持ち帰っているのを見ることがある。その時の桐山の顔は、同い年っぽくて親しみやすい。

 そういえば、部員の一人が、いつからか先生達が将棋をしにくる、と笑っていたっけ。

 実験の邪魔にならないように隅の方で、桐山に多面指しされているらしい。

 目撃情報によれば、面白いけどヤバイ絵面と評判だ。

 

 

 

 

 


 

 桐山はなんでも卒なくこなすし、人生きっと簡単なんだろうなぁと、漠然と考えていた俺が、その認識を改めたのは、一年の秋のこと。

 桐山は夏休み前くらいから、タイトル戦という棋戦に挑んでいた。いくつかあるうちの一つの挑戦権を取ったらしい。

 それ自体がもう異例のすごさらしい。この言葉も何度きいたか分からないけど。

 きっとまた、あっさり勝っちゃうんじゃないかって、一般人代表の俺たちは思っていたわけ。

 ところが、そう簡単にトップは落とせないらしい。

 宗谷名人のラスボス感は半端なかった。

 最初の対局が終わって出た記事で、酷いものでは、悪手で自爆、惨敗、なんて言葉まで踊っていた。

 手のひらを返したみたいなその記事に、は? ふざけんなよって思ったし、俺は内容が気になって、将棋は分からないくせに、いろんな人の解説を読んだ。

 確かに、桐山の失着? というものだったらしい、でも本人は指した瞬間気づいていたという事だった。集中力の乱れ、一番あいつに足りていなかったのは長時間の対局に耐えうる体力だったらしい。

 その解説は少しだけ納得できた。桐山、いっつも体育へろへろだもんなぁ。

 インタビューの内容も何度も流されていた。

 本当に悔しそうだったから、次は頑張れよって心の中で応援していた。

 第二局目は鮮やかに勝って、そしてその後の対局も自分なりに打開策を見つけながら、食らいついていた。

 だけど、新学期早々にあった対局で宗谷名人の防衛は決まった。

 

 惜しかったなぁと思った。でも、お疲れ様って言ってやりたいと、桐山ならまたすぐ次の機会があるだろうと、そんな風に軽く考えていた。

 

 体調を崩したらしく、それから二、三日、学校を休んだ桐山がはじめて登校してきた。

 その時の姿に、掛けようと思っていた言葉は霧散した。

 ビックリする位痩せていた、体調は戻ったと言うけれど、なんでそんな顔白いんだよ。

 どれくらい、消耗して、すり減らして、あの対局に臨んでいたのか一目瞭然だった。

 そして、これ程かけても届かなかったのだ。

 あの桐山零が、負けたのだと、俺はやっと理解出来た。

 

 担任や、野口たち、比較的交流がある人達は色々声を掛けていたし、校長を初め先生達も一言ねぎらっていた。

 でも、俺には何も言えなかった。

 勝負の世界に身を置いて、多少は戦っている身だったから。

 かけるものの重さと、届かなかったものの大きさと、身につまされるような現実の厳しさを感じて、息がつまった。

 

 人生簡単……? そんなわけあるか、馬鹿。

 極めて行こうとするからこそ、上を目指せば目指すほど、苦しいのだ。

 もっと、楽に生きられたかもしれないのに、桐山は自ら激戦区、ひょっとすれば地獄のような、抜け出すことの出来ない混沌の中に、飛び込んでいっている。

 

 

 

 


 

 なんとなく勝手に気まずくなって、あと少しの畏怖もあって、俺はあまり桐山と話さなくなった。

 年が明ける前くらいだったと思う。

 俺は、柔道の試合中に負傷して、その怪我が無理をすると良くないということで、しばらく練習が出来なくなった。

 勿論、出来ないなりにやることはあるんだけど、それでも、毎日していた事がこなせない。

 その間に、ライバルたちはどんどん、先に行くのではと焦燥が募った。

 

 何時もならホームルームが終わったら、さっさと帰るのに、教室にだらだらと留まって、どうしたもんかと考えていた。

 

「あれ? 珍しいね。まだ残ってるなんて」

 

 そんな時、静かに教室のドアを開けて入ってきたのが桐山で、あいつは俺をみて目を丸くしていた。

 

「桐山も珍しいな、今日は対局なかったのか?」

 

「うん。だから、久々に部活に顔を出してたんだ。佐伯くんは今日は、練習はいいの?」

 

「俺は、しばらくは練習が出来ないから。本当はリハビリの方に行っても良かったんだけどなぁ」

 

 気分が乗らなかった。というと、桐山は少し不思議そうにした。

 

「……復帰の試合はいつになりそうなの?」

 

「年明けに一つ、大きな大会がある。それには、なんとか間に合わせたいと思ってる」

 

 ただ、出たところでどうなるのだろうか。

 勝負勘が戻っていなければ、散々な成績になるかも知れない。

 選手層が厚い柔道では、それだけで強化選手から外れることもある。

 いや……寧ろそれすら待たずに、年末には外れてるかもな。

 俺の他にも期待が掛かってるやつなんて、沢山いるし。

 

「そっか。じゃあまた年明けからは、忙しくなりそうだね。試合が多くなるなら、顔合わせること少なくなるかも。頑張ってね」

 

 桐山は、俺の復帰が遅れるなど、微塵も思ってないみたいだった。

 

「……間に合うと思うか?」

 

「え? 違うの? 佐伯くんがそのつもりなら、きっとそうなるんだろうなって思って。君、何時も粛々と有言実行してる印象だったから」

 

 武道家の人って、そうなのかな? ストイックだよね。だってさ。

 おまえがそれを言うのかよ!? って吹き出しちまった。

 まぁでも、悪い気はしない。

 そうか、やるかどうか決めるのは俺だ。

 そして、間に合わせてみせる。

 医者だって、経過の事はあるから絶対とは言えないが、それだけあければ、問題ないと言っていたのだ。

 

「桐山は、また最近対局数増えてるな。年明けは、もっとなのか?」

 

「うん。棋神戦のときに、ほとんどのトーナメント落としちゃったけど、そろそろまた次の予選、本戦が始まっていくし」

 

 負けて、無くして、また積み重ねて。

 俺と同じだ。

 勝負の世界で生きていくというのはおそらくこういうことなんだろう。

 

「お互い来年も頑張るかぁ。桐山の中継がまたテレビで取り上げられるの楽しみにしとくわ」

 

 タイトル戦とか、大きい棋戦は、ダイジェストとかで放映されることも多い。つまりはそういうことだ。

 

「ありがと。じゃ、今日も寒いらしいから帰るときは、気をつけてね」

 

 桐山は、そう言ってなにかを机から取ると、教室をあとにした。

 必要なものを取りに来ただけで、まだ帰る訳ではないらしい。

 ……俺も、そろそろ出るか。それで少し遅くなったけど、帰りはちょっとリハビリにでも寄っていこう。

 気分がどうとか言ってられねぇ。

 積み重ねるしかないのだ。

 今の最善を積み重ねなければ、俺が行きたい場所には辿りつけないのだから。

 

 年が明けても、俺は強化選手のままだったし、復帰戦は完勝……とまでは、いかないがそこそこ上手くいった。

 相も変わらず、今も柔道三昧の日々だ。

 

 

 

 進級して2年になったが、偶然にも桐山とは同じクラスだった。

 年度末に、七冠になりラスボス感を増していた宗谷名人を、公式戦でやぶって優勝してからも、彼は相変わらず、淡々と日々を積み重ねることを止めない。

 そして、ついにまたタイトルの挑戦権を手にした。

 それも、将棋界の中ではなかなかに、意味の大きいタイトルらしい。

 

 あまり騒いで本人が居づらいといけないし、基本的に俺らはほどほどに声を掛けるのがいつもの感じ。

 外で散々言われてるだろうから、学校くらい気兼ねなくいたいだろ?

 頑張れよ。とか見るからなぁとか。その辺、軽く言うくらいだ。

 でも、珍しく将科部の人間がちょっとした、応援もかねて手ぬぐいのようなものに、寄せ書きをしていた。

 桐山が対局で休みの日に、教室で作業をしていて、たまたま見かけた俺に、よかったらどうか? と声をかけたのは野口だ。

 校長とか、先生も書いてたし、個人的に桐山と面識がある奴も書いていて、かなりの数になっていた。

 

 俺は、少しだけ迷った。

 けど、せっかくだから一言だけ書いた。

 もう一年半も一緒に過ごしてきたんだし、あの日、背中を押してくれたのは桐山だ。

 あいつはあの時、そんなつもりは、無かっただろうけど。

 

 ”積み上げれば、届く。”

 

 ただそう一文。

 俺からの最大の激励だ。

 期待していた、俺が見たかった。

 見せてくれよってそう思った。

 お前には、それが出来るだろう? それを見たら俺もこの先、積み続ける事が出来るよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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