小学生に逆行した桐山くん   作:藍猫

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かつての家族で、親友で

 

 青木継(あおきけい)、僕の名前。

 職業は作家。

 幼い頃は自分が、夢を叶えて作家になるなんて、考えもしなかった。

 

 残念ながら、恵まれた家庭に生まれたと言えない僕は、誕生日すら曖昧で、気が付けば施設で生活していた。

 幼少期の楽しかった事を思い出せと言われると、とても難しい。逆に、記憶から消した思い出の方が沢山ある。

 

 けれど、幸運な事に僕は出会った。

 間違いなく、人生を変えるほどの出会いだった。

 桐山零。かつての僕の大切な家族で、今は親友だ。

 

 いつも俯いて、すぐに泣いていた僕に、顔をあげる事の大切さを教えてくれた人。

 環境を言い訳にせず、ひたむきに努力する事の意味をみせてくれた人。

 何かを好きになれば、どんなに辛くても、少しだけ息がしやすくなるのだと、笑ってくれた人。

 

 彼は凄い人だった。

 天涯孤独の身となって、僕と同じように、施設にやってきた。

 人見知りな僕は、はじめて声をかけてくれた時、ペコリとお辞儀を返すことしかできなかった。

 せっかく一人部屋だったのに、また二人になるのかと、複雑な気分だった。なんなら、だいぶ失礼な態度だったと思う。

 

 本当に気が弱かったから、誰かと同じ部屋だったら絶対に僕が譲ることになるのだ。この前まで一緒にいた年上の子はあまり無茶を言わない人だった。というか僕に興味が無かった。

 大きくなった今なら、分かる。

 たぶん施設側が気を使ってそういう人を、相部屋にしていてくれていた。

 

 だから、同い年の男の子と一緒なんてどうなるだろうって、本当にドキドキしていた。

 

 桐山くんは、「ベッドの上と下、どっちを使ってるの?」って聞いてくれた。

 僕は小さく「上……」って一言だけ答えた。

 二段ベッドは上が好きな子が多い、譲ってって言われるかなって思った。

 でも、彼は、「じゃあ下を使わせてもらうね」ってあっさりそれだけ。

 

 会話はいつも彼からだった、最初は施設の細かいルールをたずねてくれた。

 今更だけど、あれはわざとだったんだろうなぁ。職員が説明しないわけないし、桐山くんが聞いてなかったわけがない。

 

 ただ、決まっている答えがあるから、僕は返事がしやすくて、そして、新しい子に教えてあげる事があるということは、僕へ彼への警戒心を解きやすくした。

 

 静かで落ち着いていた彼は、僕と波長があった。

 合わせてくれてたんじゃないなら良いなぁって思うけど、たぶん本当に合ってたんだと思う。

 同じ小学校へ通うようになって、学校なんて嫌いだった僕に、そこでも居場所をくれた。

 

 桐山くんがいなかったら僕はもっと虐められていたし、そして、たぶんそれに抵抗するすべをもたなかった。

 先生にだって言えなかっただろう。誰も助けてなんてくれなかっただろう。いや、ひょっとしたら気づかれてすらいなかったと思う。

 それくらい、僕という存在は薄く、軽いものだった。

 何をしたって、誰も文句なんて言わない。守ってくれる人なんていない。

 唯一無二の守護者である筈の親がいないとはそういうことだった。

 

 だからね、怒ってくれて、嬉しかったよ、本当に。

 

 いや、叱っていたの方が正しいかな。声を荒らげることもなく、ただいたずらっ子を諭した。

 たぶん、向こうも本気じゃなかったんだ。子どもって結構残酷だから、悪ノリで越えちゃいけない一線も越えてしまう。

 教師では、意固地になってしまう。教師や施設の人の前では、起こらない諍いも沢山ある。

 それを諫めるのが本当に上手だった。

 

 品行方正で優等生の彼は、教師への印象も大変よく、そして彼の横にいる僕への印象も良くなった。

 彼が教えてくれるから、勉強も出来る方に分類されるようになった。

 そもそも、出来ません、分かりませんと大人に聞けるようなタイプじゃなかったから、同い年の彼が教えてくれて本当に助かった。

 

 桐山くんは空気の舵取りが上手な人だった。

 だから、施設でも学校でも、なんだか過ごしやすくなって、僕は生きるってこんなに穏やかなものだっただろうかと思った。

 

 随分と経ってから、君は僕に、人生が二回目なんだって教えてくれたよね。

 あれ実は今でも、結構本気で信じている。だって君は、あまりに大人すぎた。カッコよすぎたんだよ。

 大袈裟じゃなくて、僕の人生を救ってくれた。

 

 桐山くんには、将棋という生き甲斐があった。

 そして、それは思ったよりずっとはやく彼を施設から卒業させてしまった。

 

 僕に一番に教えてくれたよね。聞いた瞬間、僕が何を言ってしまいそうになったか、分かる?

「置いていかないで」って叫びそうだった。

 でも、次の瞬間に全部飲み込んだ。

 優しい君は、僕が泣いたら、此処にいてくれるかもしれない。

 もっと先延ばしにしようとしてしまうかもしれない。

 それだけは絶対にしたくなかった。

 お師匠さんの所なら、桐山くんは図書館にいかなくても、将棋が出来るだろう。

 ちびっこたちの相手をせがまれる事も、僕らに勉強を教える手間もなく、全部将棋に捧げるだろう。

 あの公園で、もう家族には会えないからって困ったように笑っていた彼の事を、僕はずっと誰かに守ってほしかった。

 ずっと、僕を、僕らを守ってくれていたのは、桐山くんだったから。

 

 弱虫な僕は、泣かないって決めたのに、君が施設を旅立つ日に泣いてしまった。

 大丈夫、置いて行かれるのには慣れてるじゃんって言い聞かせてたのに、あぁまた僕は残るんだって、そう思ってしまって。

 

 ねぇ、だから、「また此処に、遊びにくる」と君が約束してくれて、たとえそれがその時だけだったとしても、救いだったんだよ。

 そして、君がくれた詰め将棋の本は、僕の宝物になった。

 

 

 でも、僕のヒーローは約束を破らない人で、本当に頻繁に遊びに来てくれた。

 対局の日は、流石に来ないけれど、短い記録係の仕事の時などは、帰りついでに施設に顔を出すことも多かった。

 そして、いつも桐山くんはお土産を持ってきた。

 気をつかわなくていいのに、とどんなに職員の人に言われても持ってきた。

 お菓子だったり、ちょっとした軽食だったり、食べ物が多かった。

 お腹がいっぱいになるって幸せなことだ。

 施設のご飯は精一杯頑張ってくれていたけれど、おやつって子どもにとったら特別だ。

 桐山くんが持ってくるおやつは、スーパーの特売で買えるものでは当然なかった。

 箱すらキラキラしていて、高そうってああいうのの事をいうのだろうと、幼心に思ったものだ。

 なんというか、そういう商品があることを知るきっかけになった。もちろんチロルチョコもすきだし、ポッキーも美味しい。

 でも、そうじゃない特別な日に贈ったり貰ったりする、お菓子があることを、僕たちは彼のお土産で知っていった。

 

 まだ、奨励会員だったころは、貰い物だからと持ってくることが多かった。

 でも、プロ棋士になってからは、自分で買ってきてくれるようになった。

 三日月堂のお菓子が多くて、桐山くんだけじゃなくて僕たちも好きになった。

 地方にイベントに出かけたら、その地域のものを買ってきてくれた。

 

 施設にいる僕らは、学校の旅行で初めて他県へ出かけることが多い。

 学校と施設という小さい世界しか知らないし、そこで生きることが精一杯のぼくらは、その時になって世界の広さに、驚く。

 感動する子もいるけれど、だいたいはその途方のなさに怖じ気づくらしい。

 

 桐山くんが外から持ってくる様々なものは、僕たちにゆっくりと、確実に外の世界を教えていった。

 なんで、施設にインターネットの設備が整ったのか。どうして、パソコンが増えたのか。

 各部屋につく卓上ライトだったり、エアコンだったり、少しずつ整っていく環境。

 その資源がどこから来ていたのか、当時の僕たちは知らなかった。

 彼は知らなくて良いと思っていたのだろうし、たぶんそのまま知らない子の方が多いと思う。

 

 

 小学校を卒業してからは、桐山くんと会う機会は減った。

 でも、節目に施設に遊びにきてくれるし、メールでのやりとりもずっと続いていた。

 それに、将棋の成績をずっと追いかけていたから、疎遠になったとは思わなかった。

 

 詰め将棋の本の内容を覚えて、将棋のルールも覚えて僕はちゃんと将棋を指せるようになった。

 施設の子たちの間でも少し流行って、半分くらいの子が指せるから対局の相手には困らなかった。

 でも、大会に出たいとか思うほど、がつがつはしてなかったから、同好者の間でゆっくり指すくらいがちょうど良かった。

 

 そうするうちに桐山くんはプロ棋士の中でも、すごく強い人と言われるようになった。

 テレビのニュースにだって出ることが増えた。

 僕たちはそれが誇らしく、そして、そんな君の活躍をみることが好きだった。

 

 初めてのタイトル戦の後。すごく大変だっただろうに、ほとんど間をあけずにまた、うちに顔を出してくれた。

 

 桐山くんを誘って、いつもの公園にいった。

 この公園で、幾度となく交わした彼との会話を僕は、これから先もずっと大事にしていくと思う

 

「あれ? 青木くん、背が伸びたね」

 

 ふと、目線があった桐山くんが、驚いたようにそう言うんだ。

 

「あ! 本当だね。桐山くんを追い抜いた。皆、成長期だし、今だけかもしれないけど」

 

 発育が悪く、細く小さかった僕が、桐山くんの目線よりも高くなった。

 

「桐山くんの影響で、支援者増えてるって、園長先生が言ってたよ。君は園を離れた後も、ずっと僕らを助けてくれてるね」

 

 この頃の僕は、まだ君が、どれほどのことをしてくれていたのか、本当の意味では知らなかった。ただ、園長先生からよく感謝するようにと度々言われるから、きっと沢山なんだろうなぁと漠然と考えていた。

 

「皆の応援も、僕を助けてくれてるよ。本当は、勝ってタイトルを獲るところを見せたかったけどね。がっかりして無かった?」

 

「うーん、少なくとも僕らはそんな事なかったよ。だって、最高にカッコよかった。色々言われてたのも、もちろん知ってる。でも君、ただの一度も諦めてなかったし、勝ちを捨てなかった」

 

 ネット中継だけでは読み取れない、苦労の一端を僕たちはみてきた。一部分でしか放映されないニュースでは分からない、君の努力を知っている。

 

「でも、桐山くんどんどん有名になって注目されてるからさ。結果だけみて、がっかりする人もきっといるんだろうね」

 

「それも、含めてプロの仕事だからね」

 

 割り切っている君は大人だ。だからこそ、僕は釈然としなかった。

 

「でも、勝敗は君だけのものだ。戦ってるのは君なんだから。ごめんね、僕らは勝手に君に夢を見て、君が活躍するのを喜んでる。この期待が君の重荷になってて欲しくない」

 

 身近な君の活躍に自分がみられない夢を重ねる子は多い。でも、それってすごく重たくはないだろうか。

 

「自由に将棋を指しててほしい。せっかく君が大きく羽ばたいてるのに、心無い声が、それを阻んで欲しくない」

 

 いい声だけ聞けたら良いのに、届けたい声だけが届けば良いのに、そんなことは到底むりで、時に百の称賛よりも、たった一つの批判に人は傷つくこともある。

 

「ありがとう。人気商売な所もあるから、色んな声があるのは、仕方ないんだ。大丈夫だよ、僕は自分が持てるモノだけ、大事に抱えて生きていくから」

 

 自分が持てるモノを大切に……。

 

「君たちの声援は、追い風だったよ、そんな声があるから、何があっても、また飛べる時があるんだ」

 

「僕たちは、声は負担じゃない?」

 

「もちろん。僕が勝っても負けても、全部、観ててくれるんだよね?」

 

「うん。そんな君の生き方に、憧れたから」

 

 負けたっていいんだ。むしろそこから前を向ける君にこそ、僕は憧れを抱いた。

 

「桐山くんに、一つだけ聞いて欲しいことがあったんだ。忙しそうだったから、いつでも良かったんだけど」

 

「どうしたの?」

 

「僕ね、母の手のぬくもりは忘れないけど、もう、待つのは辞めたよ」

 

 いつか母親というその人が現れてくれやしないかと、淡い期待を抱いたことを、僕は桐山くんにだけは打ち明けていた。

 

「信じたかったけど、誰かに縋ってるだけだと、足元が覚束なくなる。あのままじゃ、駄目だってずっと分かってた」

 

 待っているだけじゃ、何にもなれない。そんな生き方はたぶんつまらない。

 

「僕にも夢ができたからさ、それに向かって、まっすぐ突き進んでいく。何度でも諦めないで、戦ってる君をみて勇気をもらったから」

 

 何も持っていなくても、全部なくなっても、身一つで未来を切り開いた後ろ姿をみてきたから。

 

「青木くんが高く飛べるように、僕もずっと応援してるよ」

 

 穏やかにそう言う君の目はいつも優しい。

 どうして、そんな眩しいものをみるみたいな目で、僕をみてくれるんだろう。君は、僕らをいつも、尊いものをみるように、優しく慈しむように見守ってくれている。

 大切に思われることが少なかった僕らにだって、大事にされる価値がある、とそう思わせてくれた。

 

 桐山くんは一度だって、僕の夢を否定しない、僕らの未来を信じてくれていた。

 そんな君に、誇れるような事をいつかきっと成し遂げたいと思っている。

 

 

 

 

 

 


 

 

 僕は、地元の公立高校に進学した。

 

 桐山くんから高校に進学するつもりだって相談を受けたとき、駒橋高校のことを考えなかったと言ったら嘘になる。

 奨学金を借りたら行けただろう。でも、僕がそこに進学する理由はただ、彼と一緒に高校生活をしたいってそれだけで、夢や目標に関係あるかと言われるとそうじゃなかった。

 だからそれは止めにした。

 

 駒橋高校は通常クラスもレベルが高い。勉強には一応ついていけるだろうけど、それよりも僕は、何か書きたかった。

 今はWEB小説をあげるサイトはたくさんあった。

 自分のパソコンはないけれど、施設のパソコンは増えていて、時間は決められていたけれど、考えていた文章を打ち込むのには充分だった。

 

 書いた小説に誰かがコメントをくれるのは嬉しかった。好きなもので、見知らぬ誰かと繋がれた瞬間だった。

 

 小説を書く傍ら、僕は小さなブログサイトで、桐山くんの将棋の感想のようなものを書くようになった。

 これは、施設のちびっ子たちに、この前の対局がいかに凄かったかを、簡単に伝えるために、毎回将棋の内容について、抽象的にまとめていたことがはじまりだった。

 

 そのサイトは、割と読みやすいと評判で、最初は1桁だった閲覧者数が、年を経るごとにじわじわと増えていった。

 桐山零獅子王のファンだと公言して書いているから、少し彼びいきで記事を書いても、何も言われなかった。

 対局の相手についても桐山くんから聞いていた事もあって、僕は桐山零に関係するプロ棋士の関係性にも無駄に詳しかった。

 私的な観戦記ではあったものの、何年も続けるうちに、一定の読者がつくようになる。

 

 大きな図書館に興味があって、都立大学に進学してからも、その趣味は続いた。

 大学に進学する時には、さすがに施設を出なければならない。

 けれど、以前より施設と連携している支援制度が充実していて、孤児の僕たちでも一人暮らしが出来る程度には、お金を貸してくれた。

 しかも全額返還では無いらしい。今後続く、後輩たちのためにも、返還は頑張りたいと思う。

 

 大学は楽しかった。

 本を読むのが好きで、文字を書くのが好きな僕は、たくさん出されるレポートの課題も苦にはならなかった。

 人数が多い大学だったから、将棋のサークルとかもあって、そこで将棋が好きな友だちもたくさん出来た。

 

 そして、ありがたいことに、在学中にWEBで書いていた小説が出版社の目にとまり、僕は小説家としてデビューすることになる。

 ジャンルは、ずっと大好きな冒険小説だった。

 

 桐山くんに報告したら、想像よりずっと喜んでくれた。絶対読むからって、感想もおくるって宣言してくれて、そして本当に長い感想をくれた。

 青木先生のサインがほしいなんて言われて、僕はようやく、僕らにそれをねだられた時の彼の気持ちが分かった。嬉しいけれど、なんだか照れてしまう。

 

 執筆に集中しすぎて、単位が危うくなった僕を救ってくれたのは、将棋サークルの仲間たちだった。

 友人の協力を得てなんとか、留年せずに卒業をする。

 そして、ありがたい事に一作書き終えたあとも、小説の仕事はちゃんと貰えていた。

 

 

 

 

 

 


 

 プロ棋士桐山零についての本を出したい。そのライターを頼めないか? という依頼が来たのは、僕がお世話になった大きな出版社からだった。

 僕と桐山くんが25歳になる時のことだ。

 ちょうどこのとき、桐山くんは七冠を狙えそうでそれを、宗谷名人他、A級棋士たちに阻まれていた時期だった。

 あわよくば、七冠達成時に、もし無理でも充分売れるとの見込みで企画だろう。

 

 彼は賢い人だから、自叙伝くらい書いてみせそうだ。本人に依頼しないのかときくと、将棋に関する本でないなら難しいと断られたらしい。

 では、筆者は別で、監修だけしてくれないか? と食い下がると、あまり時間はさけないけれどと言いつつ、断られはしなかったらしい。

 そして、ふと僕のブログのことを言ったそうだ。

 編集者の人は、それを気に入ってくれたらしかった。

 

 全部読んだと言われた。中学の頃から10年にわたり僕が書き続けてきたその記録を。

 そして、これだけ長く、桐山先生の側で、彼と彼の将棋を観てきた人に是非お願いしたいと言われた。

 

 一度は断った。大事な友人との事だ。ちゃんと本人と相談したかった。

 

「え? あの話、本当に青木くんの所にいったの?」

 

「そうなんだ。桐山くんノリ気じゃなかったんだよね?」

 

「嫌だったって言うよりは、時間を取られたく無かったんだよね。でも、そうか。青木くんなら、話もはやいし、将棋の事も分かるし、良いかもしれない」

 

 この先も、そういう話はくるかもしれないけど、一冊出していれば断りやすいし、と頷く。

 

「青木くんの今の仕事の邪魔にならないなら、お願いしたいかも」

 

 君が書くことだったら信頼できる、なんて言われたら、もう断れない。

 ちょうど、一本小説をあげたところで、次の案件は構想中だった事もあり、僕はこの話を受けることになった。

 

 彼が寄せてくれた信頼には絶対に応えたい。

 その上で、もっと世の中に桐山零を知ってほしいとも思った。

 

 

 

 彼の生い立ちの事も書いていいかは、よくよく本人に相談した。

 桐山くんは、誰かの希望になるなら嬉しいからと、施設での生活について書くことも止めはしなかった。

 僕は、自分の事も含めて当時のありのままを書いた。

 

 桐山零は、決して恵まれた環境で将棋に打ち込んでいたわけではない。

 藤澤さんのところに引き取られるまでは、本当にいつ落ち着いて勉強できていたのだろうかと思うくらいだ。

 それでも、彼は諦めなかった。才能ももちろんあったのかもしれない。

 でも、その彼の苦労をそんな二文字だけで片付けたくなかった。

 

 改めて振り返り、他の施設の状況を聞くと、ひまわり園は良い園だったと思う。

 慈善事業のように園長は本当に子どもの事を思って営業していた。

 

 でも、だからこそ、お金は増えない。

 国や都からの援助にだって限界はある。

 寄付は大切な収入源だった。

 そしてその収入源に大きな貢献をしていたのが、同い年だった桐山くんだった事を、僕は園長先生のところに取材に行き、初めて知った。

 

 企業には、社会奉仕や地域への貢献活動といったものに力をいれるところも多い。イベントの協賛だったり、セミナーやスクール開催などその方法は多岐にわたる。

 

 桐山くんは、最年少でプロ棋士になってから、多くの企業と仕事をしてきた。獅子王のタイトルを獲得してからはなおさら。

 イベント、CM、テレビ番組、それこそ社長や会長といった役職の人と話すこともあった。

 報酬の話になったときに、自分個人への報酬を断るかわりに、園との繋がりをもってほしいと希望したらしい。

 直接的な寄付の話ではない、例えば食品を扱う企業であれば奉仕の一環としての商品の寄贈を。例えば、機器の会社であれば、小さな備品の寄贈を。一回の寄付ではない、出来れば、断続的に続き、双方に無理がない関係を築ければと、多くの企業に頼んだらしい。

 

 このネットワークは、ひまわり園だけに止まらない。恵まれない子どもたちの保護と養育に関わる多くの施設が恩恵をうけた。

 彼はもう何年もそうやって、僕らの後の子どもたちが困らないような環境作りに尽力していた。

 

 子どもが夢をみられる社会であってほしい。自分に娘が出来てからは特にそう感じるそうだ。

 本当に出会った頃から変わらない

 そのスケールはどんどん大きく広くなっているけれど。

 

 

 

 彼は今年七冠を目指す。

 それはなみ大抵の事ではない。

 

 高校3年生の時に、初めて名人を獲得し五冠となった。その年は聖竜と王将の防衛に失敗するが、獅子王と棋匠の防衛は成功する。

 これによって、5期連続の獲得となり、彼は高校生で永世獅子王となった。

 この獅子王のタイトルは、それ以降も桐山くんの代名詞となる。一度21歳の時に宗谷名人に奪取されるが、翌年に取り戻し、今日までまた保持している。

 

 そして、桐山くんは20代ながらすでに4つの永世資格を持っている。

 

 永世獅子王の次に獲得したのは、棋匠。はじめて獲得した15歳の時から21歳のときまで保持していたため、連続5期の獲得条件を達成した。一度島田九段に奪還されるものの、昨年再び獲得している。

 

 そして棋神。初めて挑戦したタイトルで、そこから長らく挑戦権の獲得には至らなかったものの、19歳で獲得すると、5期連続で保持に成功する。それにより条件を達成。

 

 最後に聖竜。これは、通算5期の獲得で永世資格を得られる。桐山くんは18歳のときに一度、土橋九段に奪取されたものの、その後21歳の時に獲得して保持しているので、すでに通算7期となる。

 

 連続5期か通算10期が獲得条件の王将も、とってとられてと連続では持っていないものの、昨年の奪取で7期獲得している。近い将来、永世資格を得るだろう。

 同じく連続5期か通算10期が条件の名誉棋竜は、昨年の獲得で通算4期の獲得になる。

 

 一番縁がない……と言っては語弊があるかもしれないが、獲得数が少ないのは名人だった。

 これまでに18歳と21歳と22歳の3期を獲得している。

 やはり名人を一番持っているのは宗谷名人だった。そして、その挑戦権を得るためにA級順位戦を勝ちぬくのも至難の業なのだとよく分かる。

 

 25歳になる今年度、彼は再び宗谷名人に挑む。

 冬に棋匠と王将をとったことで、桐山くんは現在六冠。もしこの名人戦で奪取すれば、宗谷名人以来の七冠達成者となる。

 

 僕はその偉大な記録への挑戦を側でみて、書かせてもらう権利をもらった。

 なんだか恐縮だとこぼすと、

「青木くんは同志だからね」

 

 桐山くんは、そう言ってくれた。

 

「同志? ぼくは一緒には戦えないよ」

 

「そんなことないよ、ずっと一緒に戦ってきた。それこそ、いろんなものとね」

 

 あぁ、そうかもしれない。

 思えば、君が共犯者になってよって笑ったその日。

 頼るばかりじゃなくて、非力な僕にもなにか出来ると知った日。

 たぶん、その日、僕は君を応援すると決めた。

 それからもう、15年あまりか。

 ずっとただ、応援してきただけのつもりだったけれど、君は、ずっとそんな気持ちだったんだね。

 

 桐山零は、僕のかつての家族であり、親友であり、そして、人生を生きていく同志だ。

 

 

 

 

 

 




青木くんも随分と成長しました。
観戦記を書いてくれたらきっと楽しいだろうなぁと、いつかこの設定も書きたいとおもっていたので、出せて良かったです。
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