小学生に逆行した桐山くん   作:藍猫

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第十一訓 窮余の一策

 決まった直後は、実感が無いなんて言っていたものの、その翌日からの慌ただしさは、俺に自覚を促すには十分だった。

 ケータイには山形の家族、親戚、将棋倶楽部のメンバーからのお祝いのメールが大量にきた。あの宗谷冬司と名人戦をするということを、俺以上に喜んでくれていた。

 

 合間をみて、師匠と二海堂にも挨拶に行った。

 

「兄者! 名人の挑戦権の獲得おめでとうございます!」

 

「おぉ、坊。元気そうで良かった。お前も、おめでとう。ついに奨励会抜けたな」

 

「はい! でも、これからですから。いつか兄者とも公式戦で対局がしたいです」

 

 桐山を迎えるとなったときに、師匠からおまえはしっかり自分の弟子を見ろ、わしの弟子は、わしが面倒をみると言われて、それほど構ってやれなかったのが気がかりだった。

 

 結局桐山のプロ入り、タイトル挑戦、俺自身もA級いりして、今年度は順位戦にかかりきりで他に回せる余裕はほとんどなく。そうして駆けまわっているうちに、二海堂はしっかりと勝率を重ね、三段リーグを抜けた。桐山に続く中学生のプロ棋士だ。まぁ既に二冠の桐山のために、めちゃくちゃ注目されたわけではないのだが。

 

「良かったら研究会にもくるか? すまんが、名人戦が終わってからになると思う」

 

「良いんですか!? もちろんお願いしたいです。奨励会員からしたら島田門下の研究会なんて憧れですよ」

 

「そうか? まぁおまえたちの世代からしたら桐山の快進撃には、良くも悪くも影響をうけるか……」

 

 宗谷でさえ中学生でタイトルは持っていなかった。そんな奴が同世代にいたら、気になってしかたないだろう。

 

「桐山はもちろんなのですが、兄者も今年はすごかったです。順位戦全勝ですよ。オレ、全ての対局の棋譜を何度もみました」

 

 坊が、本当にキラキラした目で俺を見てくるから、少し照れくさかった。本当にこの子はよく慕ってくれている。

 

「ほれほれ、そのくらいにしなさい」

 

 興奮する坊に少し落ち着くように師匠が言った。

 

「おまえたち二人とも躍進の一年じゃった。特に開、本当におめでとう。お前ならいつかその日がくると思っておった」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「だがな、名人戦は一味違うぞ。ましてや、相手はあの宗谷だ。気が付いたらあっという間に終わっておった、なんてこともあり得る」

 

 会長とタイトル戦をこなしてきた師匠の言葉は重かった。

 

「そうならないように、心して挑みたいと思います」

 

 宗谷と実戦で対局出来る機会があまり無いことは気がかりであった。タイトルのほとんどを保持している宗谷とは、NHK杯などの全棋士参加のトーナメントくらいしか当たる機会が無い。

 

「ここ一年で、随分と指し方が変わったように思える。……弟子が良い影響を与えたのかもしれんな」

 

「はい。桐山と指すのは、とても面白いです」

 

 桐山の夢に出てくる棋譜のストックは未だ途切れていなかった。突拍子もない手もあったりするが、そこから意外な一手の発見があることも。

 なにより桐山は、去年宗谷と二回のタイトル戦をしている。元々差し回しや、視点の広さが似ていたが、宗谷さんならこんな手もあるかも、と言えるくらいにあいつの視点に近づいていた。

 

「うむ。ただ奇抜な手ばかりでは、足をすくわれることもある。おまえさんの将棋を忘れないように気を付けなさい」

 

「はい、肝に銘じておきます」

 

「お前は懐が広い。桐山がのびのびやれておるのは、お前のおかげもあるじゃろう。師弟、二人三脚でこの先も頑張りなさい」

 

 師匠は激励してくれた後、対局のために新しい着物を誂えに行くぞと、有無を言わさず俺を馴染みの呉服屋に連れて行った。あれもこれもと、新調してくれたため、大変な額になったと思うのだが、一銭も出させてはくれなかった。

 

 二海堂も自分が力になれることは何でもするからと凄い勢いだった。対局の移動も大変だろうから、リムジンでもヘリでも出すという。取りあえず、丁重に断っておいた。

 

 地元の皆からは、前祝いだなんだと大量の野菜や特産品が贈られてきた。そのあまりの量の多さには桐山と少し頭を抱えた。すぐに桐山が、川本家の皆さんに連絡をとって、貰ってもらえるものはお裾分けした。すると、保存がきくたくさんの料理になって返ってきた。桐山は他にもレシピを聞いておきますから、と一緒に料理をしに伺っているようだった。

 バタバタと慌ただしく準備しているうちに、3月は過ぎていき、4月がくるのはあっという間だった。

 

 

 

 


 

 将棋の名人戦の第一局は東京都文京区にある庭園が立派なホテルで行われるのが最近の恒例だ。

 東京ということで、関東を拠点にしている棋士には訪れやすく、その年度の開幕をつげる大事な一戦ということもあり、特に自分に仕事が振られていなくても訪れて観戦することは毎年の事だった。

 

 いつか自分が挑戦者としてこの場に立ちたいとずっと思っていた。

 けれど、いざ立ってみるとその重圧に気圧されそうになる。数あるタイトル戦の中でもスポンサーの数は段違い。また将棋ファンも当然注目する対局だ。

 

 恒例の前夜祭も動員できる棋士の数が多いということで、会長が大変はりきっていろんなイベントを企画したため、大盛況であった。

 宗谷に次ぐ……というか、最近では宗谷と並ぶくらい人気の桐山獅子王も、当然駆り出されている。新年度は学校も忙しいから、勘弁してやってくれと言ったのだが、どうせ師匠の事が気になって付いてくるだろう? と会長に一蹴された。

 

 同門の棋士は公平を期すために、立会人にはならない。桐山はタイトル戦の経験があるがまだ若いから流石に頼まれないだろう。その他対局に絡む仕事も当然頼まれにくい。ただ、前夜祭のイベント等は対局には直接関係ないため、会長は嬉々として桐山を呼んだわけだ。

 

 前夜祭で改めて感じるのは、宗谷と桐山の人気である。

 

 宗谷は中学生プロ棋士としてデビューし、当初から人気もあり、プロ入り後もその圧倒的強さが人を惹きつけた。決して愛想が良いわけではないし、極まれにおかしな発言はあるものの、勝負の世界である以上、あの強さは絶対的だった。七冠の時に巻き起こした将棋ブームは俺たちのなかではまだ色あせていない。

 

 桐山も同じく、小学生プロ棋士としてのデビューはもちろん、昨年の衝撃的なタイトル奪取から、新規のファンを多く呼んだ。若い層の興味を促し、中堅層や年配層には幼さと強さのギャップが受けた。今も多くの人に囲まれて、サインをせがまれている。

 

 俺はというと、もちろん挑戦者としてきちんとスポンサーたちには挨拶し、取材にもしっかり答えたが、最低限行えばあとはお役御免である。正直その方が助かった。桐山なんかは、その辺を見越して、進んで客の相手をしてくれている節があった。

 今回宗谷は、名人戦五連覇の偉業も掛かっている。世論的には宗谷に勝ってもらいたいだろう。それでも良い。この場に立てただけでは、俺は満足しない。まずは第一局、大切に指していきたいところだ。

 

 

 

 

 


 

 

 翌日、春先の散歩をしたい程良い天気だった。それなりに睡眠もとれ、胃の調子も悪くない。

 第一局は振り駒で、手番を決める。運が良い事に先手は俺だった。

 

 もし、先手をとれたら初手は決めていた。

 飛車先突く2六歩から、俺の名人戦ははじまった。宗谷も同じく二手目に8四歩と返してくる。そして、角換わりを目指す進行になった。

 

 8手目、宗谷が3四歩としたのをみて、俺は定跡を外して、角道を止める6六歩とした。角交換を拒むことにしたのだ。

 

 お互いに居玉のまま駒組みが進んでいく、宗谷は角道を通したまま20手目に桂馬を跳ね上げ、7三桂として牽制してきた。この手を受けて、21手目に6九玉として、居玉を解除する。

 

 これを見て、宗谷も6筋の歩を突き、24手目に4四歩として角道を止め、持久戦を示唆する。

 25手目に3七銀、26手目に宗谷が4三銀と銀をたて角頭を守ったのをみて、27手目3五歩とした。

 

 ここで、宗谷が長考する。

 

 まさに俺が仕掛けていこうとしたそのタイミングでのおよそ2時間におよぶ長考だった。二日制の名人戦は持ち時間が9時間と長い。

 その持ち時間を贅沢に使って、互いの意図を読もうとする。

 嫌な時間だった。先に仕掛けたのはこちらだが、全て読まれているのではないかとすら思うほどの長さだった。

 

 28手目、宗谷の答えは6三銀。同歩とは応じてくれず、居玉のまま銀を立て、雁木に構えてきた。そこから、3筋の歩を突き合わせたまま緊張が続き、36手目に6筋に桂馬を跳ね上げてきた。

 8筋で歩を交換した後、宗谷の42手目8三飛としたのをみて、俺が封じ手となった。

 

 二日制の対局では封じ手がある。おおよそ18時を基準に、その時手番を持っていた棋士が次の一手は指さずに、紙に書いて封筒へと封じる。これは次の一手が分かっていた場合、相手が一晩中その続きを考えることが出来てしまうため、持ち時間の不公平を無くすために設けられた制度だ。

 

 この封じ手だが、多少の駆け引きなんかもあったりする。あまり自分の番でしたくない棋士もいるだろう。俺も苦手意識は持たないようにしているのだが、どちらかと言うと封じ手をする側にはなりたくなかった。

 そうは言っても自分の番だったので仕方がない。ここで強引に指す事も別に禁止はされていないのだが、流れ的に俺の番だったのを押しのけてまで、封じ手を嫌がる場面でも無かった。

 

 紙に次の一手を書き込んで、封筒に入れる。この一手を一晩知っているのは俺だけである。

 あっちにすれば良かったとか、こっちだったかなんて布団の中で考えるべきじゃないのかもしれないが、どうしても頭をよぎるのが常だった。

 

 

 

 


 

 翌日、封じ手は7九玉。宗谷の43手目は9五歩、端からの攻撃がはじまった。そこから鍔ぜり合うようにじりじりと指しあって、俺の49手目2五歩と飛車先から反撃に転じる。

 宗谷はここで50手目を随分と長く長考した。

 封じ手は特に奇をてらったものではなかった。いや、それ故にその先の手が読みやすかっただろうか? 二日目開始直後の長考は珍しいことではないのだが、それでも随分と長かった。

 そして、ついに指したのが、3五歩だった。手堅いが足場をしっかりと整える重い一手だった。

 53手目に俺が3五銀と銀を払ったところで、54手目9七歩成と、9筋の歩を成り込んできた。

 流石にここは長考する。ここで、間合いを間違えてしまうと一気に持っていかれる気配がした。

 じりじりと踏み込んでくる宗谷に対して、67手目を4四銀。なんとか宗谷の自陣を乱そうと銀をぶつける。銀を交換し、盤上はいよいよ混戦極まってきた。

 しかし、宗谷はこういう終盤にこそ強い。

 淡々と、確実に、俺の自陣は締め上げられていった。そこから、起死回生の一手を見出すことはできなかった。

 

 110手目2七角にて、おれはこれ以上は無理だと投了をつげた。

 

「負けました」

 

「ありがとうございました」

 

 決して、悪くなかった。

 むしろ序盤は良かったほどだ。だが中盤の掛け合いで地力が足りなかったように思う。この敗戦から学べることは多くあった。落ち込んでばかりはいられない。 次の対局へ意識をむけなければ。

 

 

 

 

 

 


 

 島田さんの名人戦がはじまった。

 僕が出来る事と言えば、自分の事は自分で管理をして、対局に集中してもらう事だろう。

 

 進級をして中学二年になり、クラス替えもあったが、担任は林田先生のままだった。私立とはいえ、学校側の便宜も若干感じつつ、対局との調整がし易いため、有り難いことだった。

 

 年度はじまりは対局はほぼ無いため、名人戦の第一局はぼくも集中して観戦できた。会長には前夜祭では働いてもらうと言われたものの、対局当日は役割が何もふられていなかったからだ。

 

 残念ながら、第一局は黒星だった。その後の検討会で、いくつか流れをもっていかれた点は考えられたが、どれも大きな失着とは断言出来ず、宗谷さんの安定感の高さを再確認した。

 

 タイトル戦はなかなかの過密スケジュールであり、次の対局までの間は二週間程度しかない。

 続く第二局でも島田さんは、宗谷さんに惜敗した。

 

 なにかが……あと一歩がたりないのだ。けれどそれを明確に示すことは僕にはできなかった。

 

「宗谷がさ。第二局の感想戦の後に言ったんだよね。まだ、君の将棋じゃないみたいだって。……これ、どういう意味だと思う?」

 

 自宅で、その第二局の棋譜を検討をしている最中に島田さんがそんな事を言った。

 

「えっ……。どうなんでしょう。僕は内容は良い将棋だったと思います」

 

「オレの将棋ってなんなんだろうなぁ。まだって何だよ」

 

 宗谷さんがどういう意図でそんなことを言ったのかは分からない。けれど、考えても仕方ないのではないだろうか。

 

「あまり気にしなくて良いのでは? 各々にその人らしさがあるのは分かりますが、あの棋譜を、誰かにみせたら島田さんだって分かる程度にはそうでしたよ」

 

「はぁ……。そうだよなぁ、なんかあいつ時々意味深なこと言うんだよな」

 

 島田さんは天井を見上げて大きく息をはいた。

 

「あっと言う間に二敗だ。一年かけて積み上げてきたっていうのに」

 

 各タイトル戦は一年に一回しかない。次またその挑戦権を取るにも、相当な気力がいる。名人戦の重圧が島田さんにのしかかっているようだった。

 

「……島田さん、第六局の開催地は山形の天童市です」

 

 僕はあえて言ってこなかったことを口にした。

 その言葉に彼はハッとしたように大きく頷く。

 

「そうだな。分かってる。ここ数年宗谷の名人戦は4勝0敗とか4勝1敗とかで6戦目は開催されていない。せっかく開催地になってるんだ。そこまでオレが行かないでどうするよ」

 

 天童市は人間将棋というイベントがあるくらいに将棋が盛んで、そのご縁でタイトル戦が行われる事も多い。

 けれど、長い繋がりと信頼がある分、どうにも後ろの方の対局があたる事も多い。開催されなければ、棋士や関係者の部屋の予約は当然キャンセルされる。

 せっかく準備を色々としてくれているだろうにそれは少し寂しい。

 

「桐山は獅子王戦の時、1日目の夜何を考えてた? どうにも二日制のタイトル戦ってのは難しい」

 

 痛いほど良く分かった。そもそも将棋の七大タイトルのうち二日制をとっているのは、名人、獅子王、玉将、棋神の4つしかない。何期もタイトルを持っている宗谷さんは何度も経験しているだろうが、そうそう無いのが普通なのだ。

 

「僕は……結局翌日の対局のことばかり考えてしまいます。頭の中で、もし封じ手がこうなら、次はこうとか、ずっと考えて気が付いたら寝てる感じです」

 

「だよな? 普通考えるよな? なんかあんまり考えすぎも良くないから、飲んで寝るって人もいてさ。オレは胃にきても困るからそれは無理だし」

 

「お酒は、会長とか柳原さんくらいじゃないと飲まないのでは……、昔の方は飲んだりもしてたみたいですね」

 

 今と昔を比べてはいけないが、なかなか凄い逸話が残っていることもある。

 

「宗谷が、オレらしくないって言うのちょっと分かる気もするんだよな。色んなことに頭をとられて、集中できてないっていうか。なんかもっと出来るだろうってそんな感じ」

 

「はい! もっと出来ると思います。特に二日目ですよ! 一日目は二局とも良い感じだったんです」

 

「おまえさんも、はっきり言うよなぁ。悪いな、ここ最近ずっと対局につき合わせてる。川本さんの所とか予定ないの? 大丈夫か?」

 

「何も問題ないです。今、最も優先したいのが名人戦ですから」

 

 幸い昨年度のタイトルを2つとった事でそのタイトル戦がある月以外はすこし余裕がある。他の棋戦もシードや本戦からの参加になったものも多い。また、若手に参加資格がある棋戦も獅子王になった時点で権利は無くなった。その分、少なくなったところもある。

 

「第三局はまたオレが先手だ。どうするかな……」

 

 島田さんは随分と思い悩んでいるようだった。

 

「島田さん、もし負けてもまだ第四局があります。思い切りいきましょう」

 

「そうは言ってもなぁ。角番になっちまったら、それこそ追い込まれる」

 

「僕はそこからでも四連勝できると思ってますよ」

 

 島田さんは僕の言葉に、目を丸くしたあと、笑ってこう言った。

 

「そんな風に思ってくれてるの、桐山だけだよ。まぁでもそうだな。勝ち星ばかり気にしてても結局一緒だ。どんな対局でもあと二局は絶対に宗谷と指せる。悔いが無いようにしないと」

 

 そう言ったあと、島田さんはまた盤へと向かった。

 どれほど、準備しても足りたと思うことなどないだろう。勝負は水物とも言うし、その時になってみないと分からない事もある。

 何時間でも何局でも付き合うから、彼が満足する将棋を指してほしいと思った。

 

 

 


 

 じりじりと時間は過ぎて、あっという間に第三局がやってくる。

 大阪で行われる対局のために、島田さんについて行ったものの、当日になるとなんと声をかけていいか分からず、当たり障りのない会話ばかりが続いた。

 

 救いがあるとするならば、島田さんの体調はそれほど悪くなさそうな事だった。 前世ではしばしば胃痛に苦しめられていたのを見てきたから、それは良い点だろう。

 

 しかし、大阪といえば宗谷さんの地元京都のお隣である。どちらかというと彼のホームといった感じだ。

 世間ではこのまま、またストレートで宗谷名人の防衛ではと言われているのも知っている。それでもそんな声を少しでも跳ね返したくて、僕は引っ付いてきているのだ。

 

 第三局は再び島田さんの先手となる。

 

 初手の飛車先を突く、2六歩に対し、宗谷さんの二手目は3四歩と角道を開く一手だった。続く三手目に島田さんも角道をあけたが、宗谷さんの4手目は9筋の歩を進める事。ここで、最短手ではこなかったことが、何か考えがあることが予感された。

 

 その手をみて島田さんは慎重に居玉を解除して、2筋で歩を交換。そうすると同じように飛車先で、宗谷さんも歩交換を成立。

 

 島田さんが2筋に浮いた飛車を使って、隣の3筋の歩を確保したところで、宗谷さんはついに角交換を決行した。

 

 序盤からせわしない攻防となった。

 

 宗谷さんは交換した角を使用し、すぐに駒組を開始し、島田さんも局面を落ち着いてみながらじわじわと駒組を進めているようだった。

 

 正直この段階では、どちらが良いとはまた言えない状況だった。

 

 拮抗した局面が続き、封じ手を行ったのは宗谷さんの方だ。いくつか手は考えられるが、どの手を選んだかは、本人以外誰も分からない。

 

 一日目が終わったあとの夜は長い。対局者にとっては尚更だろう。

 

 一人の観戦者に過ぎない、僕にここで出来ることは無い。

 むしろ不正を疑われてはいけないので、島田さんに会う事も控えていた。普通の日常の会話だと言っても、それは当事者にしか分からないことだ。夕飯は気にしてかまってくれるスミスさんたち若手棋士とすませて、自分で予約した対局場とは別の宿泊施設に泊った。

 待つことや見守ることがこれほど落ち着かないものだとは思わなかった。これなら、自分がタイトル戦する方が幾分かマシだとすら感じる。島田さんはすこしは眠れているだろうか? 明日の対局にむけてしっかり休めていることを願った。

 

 

 

 翌日、することもないのではやく会場入りし、雑用を手伝ったりと、旅館の中をウロウロしていると、偶然、朝食後の島田さんと廊下で会った。

 

 近くには別の棋士もいたから、二人で会話したことにはならないだろうと、僕は一言だけ声をかけた。

 

「島田さん! 絶対、大丈夫ですから!」

 

 周りに聞こえるくらいの大声だったし、中身は皆無と言って良い。

 根拠も無ければ、何に対しての大丈夫なのかもさっぱりだ。けれど、何か言いたかった。

 島田さんは答えなかったけれど、手を少し上げて頷いた。

 第三局の二日目がはじまろうとしていた。

 

 

 

 

 

 


 

 世間は僕の事を将棋をすることしか興味が無い人間だと思っている。概ね間違ってはいない。

 

 おそらく将棋に出会っていなければ、僕の人生はもっと難解で、生き辛いものだったのではないかと思う。サラリーマンとして、働く自分の想像は微塵も出来ない。会長にもおまえは将棋に出会って良かったなと言われているし。

 

 飽きもせず毎日指し続け、強い相手を求め続けて、気が付けば名人になっていた。

 

 よく最強だなんだと言われているらしいが、負けることもあるし、将棋にはそのときの巡り合わせもあるから、絶対に勝てるなんて無いと思っていた。

 

 七冠を達成したあとも勝ち続ける原動力は何なのか、と聞かれたことがあるが、そんなものは無い。将棋を指すのに、意味や意欲はいらなかった。

 僕はただ、これが一番面白いと思うから続けて来たし、これからもそうだ。

 

 けれど、将棋には相手がいる。面白い対局や新しい発見には、指す相手が必要だった。

 確かに同い年の土橋くんとはよく指してきたし、彼がいることで将棋を飽きずにいられたかもしれない。 

 

 圧倒的な経験値を積んだ会長たち世代との対局は、その時間の重みが良かった。

 

 だが、プロになって長くなればなるほど、タイトル戦を上がってくる面子は決まってきて、最近は少し停滞なんかも感じていた。

 

 

 

 いきなり現れた若い才能は、そんな僕の膠着した状況を壊すには充分だった。 

 昨年、桐山零としたタイトル戦はどれも記憶に新しい。全力で準備してきた研究の結果を余すことなく見せつけられた対局だった。若さ故の青さを感じず、なんなら同世代くらいの成熟すら感じられる不思議な棋風だ。

 

 神様がくれた新しい将棋の相手に僕はとても興味があった。

 

 そして、彼に集中しているうちに、知っていた筈の人間がこれほど変わるとは思っていなかった。

 

 A級順位戦全勝はそうそう出来るものではない。去年の順位戦で指した島田の棋譜は何度も読みこんだ。

 

 そこには、僕の知らない彼がいた。

 

 僕と島田との名人戦が決まった時、同い年対決なら土橋九段の方が見応えがあっただろうなんて声がちらほらあったらしい。

 僕はそんな声に興味はなかったのだが、今の島田の将棋の面白さが分からないなんて、将棋を見ていて本当に面白いのだろうか。

 

 内弟子にとった桐山くんとほぼ毎日指しているらしいと耳にしたとき、羨ましいと思ったのが本音だ。研究できるほどの棋力の相手がすぐ隣にいるとは、どんなに楽しいだろう。

 

 

 

 

 期待していた名人戦の内容は、悪くはないのだけれど、そこまで止まりだった。

 

 あんなに彼の棋譜をさらって、対策を練ったにも関わらず、無難な対局だったと言わざるを得ない。なんなら順位戦の時の方が、面白い内容だった気がする。

 

 第二局が終わったあとに、会長にだけこっそり文句を言うと、島田はさすがに緊張もあるだろうからな、と言われた。

 

 どこか一歩足りないぎこちなさの原因はそれなのだろうか。

 こればかりはどうしようも無いのかもしれない。

 僕にとっては何回目かの防衛戦だ。極論、面白い将棋が指せればタイトルを失ったとて、惜しくないとすら思っている。

 

 けれど、島田にとっては初めての名人戦だ。平常心では指せないのかもしれない。

 

 でも、それじゃあつまらない。土橋くんとの順位戦最終局の棋譜はあんなに素晴らしかったのにと、恨みがましい気持ちにすらなった。

 

 

 

 

 大阪で開催された第三局。関西での対局になると移動が楽でいい。土橋くんと違って、あちこちに移動させられるのはあまり好きではなかった。

 

 第一日目、角道をあけた島田に対して、あえてすぐには角交換に応じなかったのは、それまでの二局への不満だったのかもしれない。

 

 島田の対応は落ち着いていた。きちんと僕の手に応えてくれた。ヒリヒリするような攻防の繰り返しで、一日目は終わった。

 

 第三局の二日目、僕の封じ手は7二銀だった。

 さて、島田の予想はどうだっただろう?

 

 美濃囲いを作り、自陣の右側の守りを築いた僕に対して、8筋にどっしりと拠点を構えてきた。昨日も散々揺さぶったけれど、こういうところは一本しっかり通してくる男なのだ。

 

 50手目、手持ちの角を9筋へと打ち込む。

 

 島田はこの手にも動揺は見せなかった。何度も敵陣へと切り込む一手を指したが、どうにも決め手には欠けた。

 

 粘りに粘って、互いに持ち時間を使い果たし、秒読みになっても指しあった

 あとで見返せば、決して美しい棋譜ではないだろう。

 

 ねじれにねじれた終盤戦だったが、その泥臭さが悪くなかった。

 

 深夜にまでおよんだ対局は僕の言葉で終局する。

「負けました」

 

 

 

 今日の勝ちは君のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一筋縄ではいかない名人戦、島田さん1勝2敗となりました。
この先の対局の行方はどうなるか。 

次の更新は19日金曜日の0時の予定です。
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