僕の灰色アカデミア   作:フエフキダイのソロ曲

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第11話

……という真実の出来事をそのまま話すにはやはり少し難があるので適当にお涙頂戴風の話に作り替えてぺらぺら喋ると、モサモサはその話に興味深そうに相槌を打ちながら、幼馴染かぁ……。とどことなく複雑そうな顔で呟いた。

 

「彼は幼馴染みとはどうなったの?」

 

 

「さあ?詳しくは知らないけど多分絶交したんじゃないかな」

 

 

嘘。詳しく知ってるし、多分どころか完全に絶縁状態である。まあ幼馴染みなんてそんなもんだ。いや僕にはいないからわかんないけど。

 

そう言うとモサモサは少し悲しげなやり切れなさそうな……まあ要するに複雑な感情の入り交じった顔をしたのでその表情を観察した後、僕は本題に入ることにした。

 

「どうしたの?そんな顔して」

 

「え?い、いや。その…ただ、僕と中島くんは似ているなぁって思ってただけ」

 

無個性なとこと幼馴染みがいじめっ子なとことか?僕は神妙な顔をして首を傾げた。

 

 

「似てる?…もしかして君のその傷、幼馴染みにやられたの?」

 

「え、あ、あはは……まあ、…いや、えーっと……」

 

 

聞くと、モサモサは気まずそうに目をそらして言外に肯定した。あまり話したくなさそうな雰囲気だ。だが僕は諦めない。さあモサモサ君。僕の好奇心を満足させてくれ。手当てと中島の分はキッチリ取り立てさせてもらうよ。

 

僕は立ち上がって川に向かって一歩踏み出し、その場にしゃがんで手をちゃぽんと水につけてバシャッと小さく水飛沫をあげた。

 

 

振りかえると突然のその行動にモサモサがやや不思議そうな顔をしているのが目にはいる。さて。前置きはもう十分だろう。そろそろ本題に入りたいな。ここまでくればあとは楽だ。警戒心も緩んだ頃だろうしこのまま優しい顔したまま質問をさりげなく繰り出そう。

 

そんなことを思いながら内心ほくそ笑んで言葉を続けようとした時、河原の端に立っている柱時計が目に入って僕はふっと口を閉じて考えを変えた。なんだ、もうすぐ4時になるのか。うわ、もうそんな時間?たしか今日の夜は家に親戚が来る予定だったはず。

 

となると早めに帰路につかねばならない。うーん、いいひとヅラしてぬるりと心の隙間に入り込んでちょっとずつそれとなーく話を聞き出すにはちょっと時間が足りないなあ。仕方ない。少々強引な切り口でもいいから質問攻めにしよう。どうせこいつとはもう会うこともないだろうし問題は無いだろう。

 

僕は今までの努力をあっさり放棄して本題に入った。

 

 

「ところで僕はちょっと前からこの河原にいたから実はさっきの一部始終を見ていた訳なんだけど」

 

「え?」

 

 

突然の僕の発言に、頭をかいていたモサモサの動きが止まりパチクリと目が瞬いた。当たり前だろう、僕が現れたタイミングを考えてみろ。あんな都合よく助けてくれる通行人が現れるわけないだろ。いや、もしかしたら現れることもあるのかもしれないが、残念ながら君の元に現れたのは善人面した僕だった。運がなかったね。

 

 

「…え?えぇ!じゃあ最初から知ってたってこと!?知ってたのに知らないフリしてたの!?」

 

「なにを」

 

「なにをって僕の怪我の原因とか、かっちゃんのこととか!」

 

「いやその怪我の原因は途中から見てたから知ってたけど、かっちゃん?…ああ、あの金髪の子の名前?じゃあひょっとして彼が例の幼馴染み君なのかな」

 

「あ、うん、そうだけど……じゃなくて!」

 

 

はぐらかすように答えるとモサモサは腰を浮かし気味にする勢いで身を乗り出した。僕はそんな彼を無視して川に石を投げて遊ぶ。ほーれ。水切りはそこそこ得意だ。石は3度水面で飛び跳ねて沈んだ。2個目の石を持つ。

 

 

「へぇ。彼がねぇ。中島と同じだな、お前いじめられてるじゃん。無個性が原因って訳だ」

 

「いや僕は……って待ってよ、はぐらかさないで」

 

「違うの?」

 

「ちが、わないけど……」

 

 

投げられた3個目の石はかけられた僕の個性によって途中から弾丸のようなスピードで対岸に飛んでいき、川べりに立っていた木の幹にめり込んだ。それをバッチリ目撃したモサモサの顔が少し青ざめ彼の勢いが削がれる。少々幼稚な手段ではあるが、まあいい。会話の主導権を乱暴に奪い返した僕はそのままにっこりと笑いかけた。

 

 

「細かいことはなんでもいいじゃないか。なにはともあれ僕はさっきの一部始終を見ていて、そのうえで君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

 

「き、聞きたいこと?」

 

「うん。ひとつ聞かせて欲しいんだ。見ていてずっと不思議だったんだけど、君はあれだけボコられてたのに何で懲りずにずっと彼を追いかけようとしてたの?」

 

 

ズバリ答えはなんでしょうか。モサモサはその質問に少し虚をつかれたようだった。きょときょとと大きな目を左右に動かしたあと、覚悟を決めたかのように大きなため息をついてから顔を上げる。

 

「……君がなんでそんなことを知りたいかは知らないけど」

 

 

言い淀み、無言で先を促す僕に気づいてギュッと唇を引き結んだ。そして少しの間首を傾げて考えていたが、やがて口を開く。

 

「そう改めて聞かれると僕にもよく分からないけど、これだけは確かだ。かっちゃんはたしかに嫌な奴で、悪い所もいっぱいあるよ。すぐに手が出るし口は悪いし自信満々でいつも人を馬鹿にするし、でも……」

 

「最低な奴だね。ははっ、たしかにさっき見た感じじゃ自信だけは人一倍凄そうだったな。でもまあ、少なくともヒーローにはなれなさそうだよね。向いてない」

 

「そんなことないよ!」

 

 

正直な感想を言った途端モサモサが語気を強めて僕を見据えてきて、先程までの引っ込み思案で気弱そうな彼とは思えないほど強い光が宿ったその瞳に僕は虚をつかれた。そんな目もできたんだ?案外肝が据わっているのかもしれない。ていうかなんで地味に怒ってるんだろう。最低って言ったのがダメだった?自信だけはありそうって皮肉が気に入らない?それともヒーローに向いてないって言ったから?イマイチ彼の怒りのポイントがわからない。眉を顰める僕にモサモサは強い目を向けた。

 

 

「最後まで聞いて。たしかに最低だよ。すごく嫌な奴だ。でも、それでもかっちゃんは凄いんだ!嫌なところが全部霞んじゃうくらいすごい!自信満々になるのもまぁ分かる気もするくらいに…。昔から僕に無いものを沢山持ってて、どんどん先に進んでいくんだ。同じ夢を持ってるはずなのに、背中が遠くて、必死で追いかけても追いつけなくて、そりゃあ会う度に嫌なこととか言ってくるしたまにぶっ飛ばされるしそういうところはホントに嫌だけど、でも……」

 

「…………」

 

 

そこまで感情に任せて一息に言い切るとモサモサは少し落ち着いたようで深呼吸をして気持ちを沈めると、結論を言う。

 

 

「……かっちゃんは身近にいるすごい人なんだ。僕は必死に追いかけるけど追いつけなくてバカにされて……。でも、それでも追いかけるのをやめられないくらいその凄さが鮮烈だから、僕は何度拒絶されても追いかけるのかもしれない」

 

「同じ夢って?」

 

 

「ヒーローに……最高のヒーローになる夢だよ!」

 

 

静かに問いかけると、ぐっと両手の拳を握りしめてモサモサが高らかに宣言した。

 

 

「………………は?」

 

 

 

耳を疑った。聞き間違いか?ヒーロー?

 

目の前の少年に先程までのオドオドとした様子は微塵もなく、ただただその瞳は力強く何かを見据えている。彼の中に何か、1本筋の通った折れない芯のようなものを感じた気がするが錯覚だろう。そのはずだ。万が一錯覚じゃなかったとしたら、きっとそんなものがある彼の頭がおかしいのだろう。だって、何をそんなに自信満々に宣言してるんだこいつは?

 

僕は呆気に取られてモサモサを見つめた。ちょっと待って。整理しよう。今こいつはなんと言った?

 

モサモサがあたかもDV被害者のごとく何度もぶっ飛ばされても幼なじみの後を追うのは、そのかっちゃんとやらが凄いから。同じヒーローになるという夢を追いかける彼の背中には追いつけないけどそれでも尚追いかけてしまうほど彼がすごいから。

 

 

……は?

 

 

 

「お前が何を言っているのか理解できない」

 

「え?」

 

 

え?じゃないよ。こっちのセリフだよそれは。そもそもお前は無個性だろう。ヒーローになる?ヴィランの獲物になるの間違いじゃなくて?いや、……いや、そこじゃない。まあ無個性なのは置いておくにしても……。

 

僕は目の前の少年を頭の上から爪先までジロジロ観察した。

 

緑色のモサモサした髪。そばかすの散った気の弱そうな顔。不健康に白い肌。筋肉のきの字も見えない貧弱な体。

 

はっきりいってもやしだ。家で引きこもってそうな…ていうかインドア派代表みたいな。とてもヒーロー志望には見えない。無個性でもヒーローになるために努力しているようにも見えない。少なくともパッと見たかんじでは、全くそのように見えない……、いやでも待て。まだ僕達は子供だしいくら鍛えてもか細い時期なのかもしれない。そんな時期があるかは分からないけども。だが知り合いのヒーロー志望(轟)と比較すると天と地の差がある。轟と比べては可哀想かもしれないけどそれにしても……。

 

 

「……何か、習い事はやってるの?」

 

「へ?習い事?……えっと、近所の塾に通ってるけど」

 

「塾」

 

 

塾。質問を変えよう。

 

 

「えーと、かっちゃん、だっけ?その子を追いかけてるって言ってたね、確か。その子はヒーローになるために具体的に何をしてるの?」

 

「え、かっちゃん?えーと、詳しくは知らないけど毎朝走ったり筋トレしたり個性爆発させたりしてると思う」

 

「そうなんだ。じゃあ君は?彼に追いつくために何かしたりしてるの?」

 

「僕は…その、将来のためのヒーロー分析、をしてるかな…」

 

「へぇ。どんなの?」

 

「た、大したことじゃないよ……。でもこんな僕だけど、できることはやっておきたいと思って…」

 

 

ほぉ?分析とな?そういえば姉もやっていた気がする。詳細について聞くとやや照れたようにモジモジと言い淀み始めたのでなだめすかして聞き出すと、やっと答えてくれた。

 

 

「その……ヴィランの事件とか起きるとそこに行って活躍するヒーローの一挙手一投足を記録して、分析してるんだ。こういうヴィランにはこんな攻撃が有効、あのヒーローはこんな特徴があってそれを活かすためにこうしてる、とか」

 

「それが、将来のためのヒーロー分析ノート?」

 

「うん。っていう題名で、今6冊目」

 

「へぇ…そう。それ以外には?」

 

「え、えっと、それだけ……。で、でも結構大変なんだよ!まあそれが楽しいからいいんだけどさ」

 

「………………」

 

 

それは果たして無個性というハンデを背負いながらもヒーローを目指す人間が他をそっちのけにして熱中する事として正しいのだろうか。

 

僕の脳裏に先程の河原での光景が甦った。怒鳴るツンツン頭の少年を罵倒されても尚追いかけようとするモサモサ頭の少年。

 

そりゃあ幼馴染みを必死に追いかけても追いつけないはずだよ。なぜなら今の話から察するに、モサモサは幼馴染みを文字通り物理的にしか()()()()()いないのだから。なんてこった。

 

驚きの事実である。先人は正しかった。やはり世の中には色々な人種が存在しているらしい。それが知れただけでも収穫はあったのかもしれない。

 

 

 

 

 


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