僕の灰色アカデミア   作:フエフキダイのソロ曲

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第15話

正直ナメていた。認めよう。爆豪勝己は想像以上に厄介な男であり、僕は自分が緑谷出久に生まれなかったことを心の底から感謝した。

爆豪に目をつけられたところでどうにでもなるだろうと簡単に考えていた僕が馬鹿だったよ。軽くあしらえるなんてとんでもなかった。

 

「うんざりだ」

 

初邂逅から1ヶ月を経て、僕は頭を掻きむしってそう吐き捨てた。甘く見ていた。まさか爆豪勝己の存在自体が僕にとって劇薬だったとは。もうこれ以上は1秒たりとも耐えられない。胃に穴があく。

生理的に受け付けない人間とはこのことだろう。僕は彼のことを見誤っていた。百聞は一見にしかずとはよく言ったもんだよ、やっぱり先人は正しかった。直接接してみないと分からないことは沢山ある。

 

というのも、直接話す前までは僕は別に爆豪のことは嫌いではなかったのだ。好きでもなかったけど。彼が緑谷を嫌いになる気持ちは理解できなくもないかなとぼんやり思っていた程度であり、要するに大して興味がなかった。まあ爆豪からしてみれば緑谷はどんなにいじめても完全には折れずに思い通りにならないからムカつくんだろうなー、あと折れないその意志の強さが不気味なんだろなー。くらいの感想しか持っていなかった。

 

彼と全く接点がなかった僕にとって爆豪の悪い噂はわんさか聞こえてきてはいたものの、特に自分に害がなかったので極めてどうでもよかったというのが本音である。積極的に関わろうとも思わなかった。

 

彼は別に緑谷のように複雑な構造はしていない。どちらかといえば酷く単純な人間だといえるだろう。緑谷のようにわざわざ接触して分析するまでもなく、爆豪勝己という人間に僕は緑谷出久に抱いたような関心は持てなかった。

 

それでも一応緑谷を分析するにあたって彼の存在は不可欠であったため、彼について考えてみたことはある。結果、なかなかいないタイプの人間であることだけは分かった。大して面白くもないが、一応その分析をここで軽く述べておくとしよう。

 

まず、一言でいえば、彼は幼稚な人間だ。

聞こえてくる噂や緑谷の話などを総合して鑑みるに、行動が小さい子供のようであるということがわかる。まあ良い言い方をすれば、裏表がなく自分の感情を素直に相手にぶつける性格、と言えなくもないが。

 

周りの目を気にしない。周囲の意見なんて気にしない。空気を読むことをしない。他人に気を遣わない。自分さえよければそれでいい。つまり、驚くほど協調性がない。

 

気に入らなければ気に入らないと切って捨てる。すぐに手が出る。嫌いな相手には嫌いと言うし、物事が思い通りにならなければ癇癪をおこす。つまりはイヤイヤ期…。

 

自分が1番だと思っている。何だって出来るし何にでもなれると思い込んでいる。感情のコントロールができない。TPOをわきまえず、すぐ怒る、喚く。プライドが異常に高く基本的に人を見下している。つまり自分以外はほぼ全員ゴミ…モブだと思っており、全く他人を信用していない。

そしてその結果、周囲の人間からは煙たがられ良好な人間関係を築くことが難しく、関係が長続きしない。どんなに苦しくても高いプライドが邪魔して心から人を頼ることができない。

 

緑谷が前に爆豪の怒りポイントについて話していた時に、心配するとなぜかめちゃくちゃブチギレると言っていたことがあるが、これはつまりそういうことだ。ついでに、自分が最も見下している人間である緑谷が心配すると通常の何倍も怒ると思われる。

 

 

以上。僕が簡単に分析してみた結果だ。ああ、ちょっと悪く言いすぎたかな。でも別に貶すつもりは無かったんだよ。なぜからこの悪い所が回り回って爆豪の良いところに繋がっている点もあるし、こんなことになった全てが爆豪の責任というわけではないのだから。

 

幼稚な精神構造をしてはいるが、幸か不幸か爆豪勝己は無駄に才能に溢れている上に頭の悪い人間ではなかった。

そのため彼は才能に胡座をかいているだけでは1番を維持することは出来ないということを無意識のうちに理解しており、プライドを維持するために努力を重ねることをしている。理由はともかく努力家なところは長所だ。

 

また、絶望的なまでに世渡り下手ではあるのだが越えてはいけない最後のラインというものを本能で察知しており、そこを踏み越えることはしない。彼がみみっちいと言われる所以だ。つまりギリギリのところで踏みとどまることが出来る。

 

更に……さらに……、良い所……は大して親しくもない僕にはこれ以上思いつかないので割愛するが、まあ彼の短所に関していえば同情すべき点も見受けられる。それは周囲の環境だ。

 

本来爆豪と似たような人間は数少ないとはいえそれなりにいるはずだ。だが、実際には爆豪みたいな人間は珍しい。それはなぜか。大部分の人間は幼い頃に大人がきちんとそういった短所を矯正してくれる、または、様々な面で挫折を経験することで自分で気づいて成長していくからだ。

だが爆豪はなまじ才能があるだけに自覚することも無くここまで来た、かつ、それを矯正するべき大人に恵まれなかった。

 

この2つの要素が重なったことによって今の爆豪が爆誕したのではないかと僕は推測したことがある。

 

まあそれはともかくだ。客観的に爆豪を分析するのはここまでとして、本題に戻ろう。

 

僕と爆豪は致命的なまでに相性が悪かった。もう、とにかくもう、存在が無理だ。受け付けられない。本当に嫌だ。

 

何が嫌ってまずうるさい。声がうるさい。ついでに顔もうるさい。無駄に怒鳴る。そして口が悪い。それも普通じゃないくらい悪い。口を開けば、死ね、カス、クソ、殺す、のオンパレード。

 

僕は今までの人生でここまで口が悪い人間を見た事がなかった。というのも、いや、そりゃ爆豪の口が悪いことは関わる前から知ってたよ?でもね、僕が見かけたことがある爆豪ってのはだいたい誰かに向かってキレてる時だったから、キレてる時の口の悪さが半端じゃないだけなのかと思っていたのだ。それもそれで嫌だけれども。

 

噂では、あれは通常モードだなんて聞こえてきてはいたけど、てっきり誇張されたものだと考えていた。だが違った。噂は正しかった。さすがの僕もまさか起きてる間常にキレてる人間が存在するとは思ってなかったよ。副交感神経死んでんのか。

 

ついでに爆豪と関わるようになって、汚い言葉というのは一定数を超えて聞かされ続けるとこんなにも不愉快な気持ちになるものなのかと、実際に体験したことでしみじみ実感した。出来れば一生知りたくなかった。

 

真面目にイライラが止まらない。不快感が半端じゃないんだよホント。罵詈雑言なんて普通に聞くだけでも嫌なのになんとなんと爆豪は怒鳴るのだ。わかる?怒鳴るの。怒鳴り声ってさ、普通の怒鳴り声でも聞いてていい気はしないだろ?つまり相乗効果なわけ。緑谷は今までどうやって生きてきたんだろうか。よく耐えたねお前。

 

僕なんて1ヶ月でもう限界だ。適当にあしらってればいずれ爆豪も飽きて去るだろうとも思っていたのだが今のところそんな気配は皆無であり、僕は自分の甘さを再認識した。まあ考えてみれば緑谷を10年もいじめてきた奴だしな……。

というか爆豪の親の顔が見てみたい。一体どういう教育をしたらこんな子供に育つんだ。

 

僕は爆豪とクラスも全然違ったしこれまで全く接点がなかった。たまに怒鳴っている姿を遠目から見かけるのがせいぜいで、実際に自分が関わるまで実物がこんなにも酷いとは知らなかったのだ。むしろ知りたくなかった。

 

そして1ヶ月が過ぎ去る頃には僕は忍耐が我慢の限界を超えたことを悟り、自分の生活から爆豪勝己を排除することをその場で決意したのである。何としてでも早期に駆逐するのが世のため人のため僕のために違いない。

というか僕のことを抜きにしたって爆豪が常日頃から宣言するように、将来ヤツがオールマイトをも超えるトップヒーローなんてものになってしまったら日本はもう終わりだ。世も末だ。そうなる前に誰かが何とかしないと。そう、これは私闘ではない。慈善事業だ。

 

 

……と、まあさすがにそこは半分冗談だが、それくらい僕は彼の存在に我慢ができなかった。一刻も早く僕に絡むのをやめさせないと。

ところが、そう決意をしたのはいいものの問題はそこからだった。この時になって初めて僕は爆豪勝己の駆除法を真剣に考えたのだが、そこで自分が今まで使ってきた得意分野が彼に全く通じないことに気が付いたのである。これは誤算だった。

 

中島いじめの解決法を見てもわかる通り僕の得意分野は掌握した学校内の人間関係を上手く利用する搦め手である。正直同じ学生相手にはこの手を使うのが1番効果的で、かつ手っ取り早くリスクも少ないため今まで重宝してきたのだが、こと爆豪勝己においてはそれが通用しない。

 

例えばだ。一般的な例を示そう。僕が排除しようとしているのが爆豪ではなく普通の人間であると仮定する。その場合僕はどうするかって、まあまずは警告する。

面と向かって、悪いんだけどもう僕に近付かないでくれる?と、簡潔に伝えるのだ。すると大体の人間は僕の威圧感と背後に見える権力に恐れをなして引き下がるが、それでも引き下がらない奴もいるので、その場合は次の段階に移る。

 

まあ次の段階と言ってもやりようは色々あるが、簡単なのでいうと、付きまとわれて困っている、というような事を周囲に“相談”する、とかかな。するとそいつにはストーカーというレッテルがはられ、あいつ速坂に付きまとってるんだってー、え、きもい。迷惑なの分かんないのかな?最低じゃん。などという噂が全体に周り、僕に近づこうにも周囲の人間に阻止されたり無視されたり悪口を言われたりして心が折れて諦めるのだ。

 

まあ例外もいるけど一般的にはこんなもん。要するに社会的制裁を下し圧力をかけるわけなのだが、爆豪勝己にはそれが一切通用しない。

 

悪い噂を流して精神的に追い詰めようにも既に爆豪の悪口なんざ溢れている上に本人はそんなことでダメージを受けるようなヤワな精神をしていない。周りの人間を盾にしようにも、そんなものは存在しないかのように跳ね飛ばして近付いてくるだろう。

 

というかそもそも爆豪自身がカースト外の存在なのだ。嫌われてはいるもののなまじ能力が高い上に個性も強く、周りの目なんざ一切気にかけない。極めつけにその性格は傍若無人で凶暴ときているため、生徒からは怖い存在として認識され、疎まれながらも恐れられている。そのため、そんじょそこらの人間では爆豪に対する駒として使えないのだ。よって、そんな爆豪相手に今まで使ってきた手で対抗することは不可能なのである。

 

 

じゃあどうするのか。いつもの手が使えないなら諦めるのかって?そんな訳が無いだろう。頭を使うのだ。普通の人間にいつもの僕の搦め手が通じるのはなぜかって、それはその人間にとって世間体やら風聞やら他人の目やらが大事だからである。大事だからこそそれが脅かされるとダメージを受けるのだ。

 

では爆豪は何を脅かされればダメージを受けるのか。それは既に彼自身のみみっちさが証明している。

 

僕は段取りを頭の中で確認すると、次の日に備えて早めに就寝した。さよならだ爆豪。

 

 

 

 

段取りとか偉そうに言っておいてなんだが、計画自体は実に単純である。タイミングさえ掴めれば、必要なのは度胸だけだ。

 

思うに、今までこんなにも粗暴な爆豪が何事もなくやってこれた理由は運と実力だ。

 

運は運だ。それ以外の何物でもない。だが実力とは何かというと、簡単に言えば運動神経か。個性で人を脅しても致命的な怪我を負わせる事がなかったのは爆豪がそうしないように神経を使ってきたからだ。

爆発が人に直接当たることがないように計算して精密に個性と体をコントロールしてきたからこそ、今まで大した問題にはならなかった。

 

ではなぜ爆豪がそんなみみっちさを発揮して気をつけてきたかというとそれは問題を起こしたくないからであり、なぜ問題にしたくないかというと、問題になると自分の素晴らしい経歴に傷が付くと思っているからだ。

 

じゃあそれに気付いた僕が今から何をするかって、もうここまで言えば皆分かるんじゃない?そう。奴が問題にしたくないのならば、無理やりにでも問題にしてしまえばいい。

 

つまり、こういうことだ。

 

 

「調子乗んのも大概にしろよ潰すぞクソが!」

 

 

BOOM!!

 

よかった。どこで今日爆豪と遭遇するかは未知数だったけど、僕は運がいい。場所は中庭。次のクラスに向かう最中の僕と、授業を終えて体育館から戻ってきた爆豪がちょうどそこで鉢合わせた。

 

始まった口論は僕がほくそ笑みながらいつも以上に煽ったこともあってかなりヒートアップし、ついにはぶちギレた爆豪が右手を振りかぶって爆音とともに振り下ろす。ここまではいつも通り。いつもと違うのはここからだ。

それにしても爆豪って芸がないよね。いつも右の大振りじゃんお前。ま、見慣れてるから軌道が読みやすくて便利だしいいんだけど。

 

さあ、目撃者も沢山いるし、因縁をつけてきたのも爆豪から、更には個性を使って攻撃してきたのも爆豪が先。うん。最高だ。全ての条件が整っている。あとは……

 

「…っぐっ!!」

 

爆豪の腕の速度を操りその勢いで軌道を変更させると同時に横に僅かにずれて位置を調整する。そして顔面目掛けて迫った手の平から顔を腕で庇って吹き飛ばされた僕は、歯を食いしばって呻き声を噛み殺しながら地面に転がった。そのまま起き上がることも出来ずに爆発が直撃した腕を庇って苦痛に喘ぐ。

っあー、くそ!痛い!!冗談抜きで痛い。覚悟はしていたものの想像以上の痛みだった。痛がる演技とかするまでもなかった。本気で痛い。死ぬほど痛い。マジで痛い。頭がおかしくなりそうだよくそったれ。

 

ああでも。

僕は痛みに呻きながらも笑いが込み上げてくるのを感じた。よかった。これで成功だ。

 

 

『…………………………』

 

 

束の間、恐ろしい沈黙が場を支配した。僕以外の誰もが、加害者である爆豪でさえ、たった今起こった出来事に愕然として動きを止めていた。そして数秒後、周りの人間が状況を理解すると共にそこかしこから悲鳴が上がり、一気にその場が慌ただしくなって半ばパニックに陥る。

 

「速坂!!おい、返事しろ!大丈夫か!?」

「速坂くん!!きゃああ!!腕が!!皮が!!いやぁあ!」

「大変よ!誰か先生呼んできて!早く!!」

「保健室の先生もだ!火傷が酷い……!!」

 

騒然とした中庭で何人もの人間に声をかけられながらも、僕は痛みを堪えて爆豪がいた方向に目をやった。いた。見つけた。

 

ドタバタと様々な人が走り回るなかで、爆豪は青ざめた顔で自分の手を呆然と見つめていた。何が起きたのかさっぱり分からないといった様子で放心している。そりゃあそうだろう。直撃しない完璧なコースだったはずなのに気付けばこの惨状なんだから。あっははは。ざまぁみろ。

 

その時中庭に教師が何人も駆け込んできた。僕の周りに集まる教師と、生徒から報告を受けたのか立ち竦んでいる爆豪の元へと一直線に向かう教師。

 

僕は自分の周りに集まった教師へなんとか受け答えをしながらも、爆豪の方をさりげなく確認する。教師に怒鳴られてようやく我に返った様子の彼は暫く動揺に瞳を揺らしていたが、不意にその顔が僕の方へと動いて正面から目が合った。

 

込み上げてくる笑いを堪えて僕は最後の仕上げを終わらせる。

 

 

「……っ!!?テメェまさか!!」

 

 

ばぁーか。小さく口を動かした僕を見た爆豪の目がゆるゆると大きく見開かれて、次の瞬間事態を悟ったらしい彼が愕然とした顔で声を上げる。

 

 

「速坂くん、立てる?」

 

「っ、はい。大丈夫です」

 

肘をとって支えられながら僕は何とか身を起こすと校門前に到着した救急車に乗り込むために移動を開始した。向こうから救急隊員が駆けてくるのが見える。

 

中庭を出る直前に僅かに振り返ると、青ざめた顔の爆豪が信じられないものを見る目で僕の背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 


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