僕の灰色アカデミア   作:フエフキダイのソロ曲

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第16話

 

「結局あそこまでしたってのに目的は半分しか果たせずじまい。災難だったのは僕の方だと思うんだ」

 

「ほんと堂々と言うよなお前。陥れられた挙句に裏取り引きのダシにされた爆豪もいい勝負なんじゃねぇの」

 

「いやいやいや。あいつは自業自得だろ。今まで好き放題やってたツケが回ってきたんだよ」

 

「そりゃあそうなんだけどよ。なんか哀れでさ」

 

 

復原が肩をすくめ、僕はそんな復原に胡乱な眼差しを向ける。この男、何も言っていないのにどこまで悟っているのか。

 

 

「ていうか相変わらず聡いよね、お前。どこまで分かってんの?」

 

「大したことは知らねぇよ。ただお前があの状況で矛を収めたってのは不自然だからな。わざわざ爆豪フォローしてああいう形で終わらせることにした見返りに何かは得たんだろうなとは思ってる」

 

「それだけ?」

 

「校長って今何歳だったっけ?」

 

 

目を細めて意味深にこちらを見やる復原に僕は両手を上げた。さっすがぁ。そこまで思い至ってたか。半分正解。

手を下ろしながらふふっと笑う僕が何かを言う前に、いいかそれ以上何も言うなよ、俺は余計なことは知りたくないからな。と、復原が嫌そうな顔で制してきた。

ハイハイ分かってますよ。警戒心が強くてなにより。僕はその意を受け入れて会話を流すことにする。取引の話題はもう出さないから安心してよ。

 

 

「まあそれにしても、思ったよりも軽傷だったのと僕らの年齢がねぇ。来年まで待ってからもうちょっと派手にやってもよかったかもしれないな」

 

「無理無理。自分の胸に手ぇ当てて聞いてみな。来年までお前が爆豪に耐えきれたと思うか?」

 

「思わない」

 

「そうだろうよ、1ヶ月も持たなかったんだから」

 

 

いやそうなんだけどさ。そうなんだけれども。

 

その時横に置いてあった僕のスマホが鳴って着信を告げた。手に取って画面を見ると先ほど話題に上がった人物の名が。あれ、わざわざ何の用だろう。……あー、もしかしてあれかな。今日のことかな?それはそれは。仕事が早いことで。

 

僕は復原に断ってスマホを持って部屋の外へ出た。

 

 

***

 

僕の腕の火傷は全治2週間で軽傷と診断された。水膨れが酷いものの、痕は残らないそうだ。火傷はその深さによってⅠ度からⅢ度に分類されるが僕の場合はⅡ度らしい。いやめちゃくちゃ痛かったんだけど、そんなもんだったの?もっとこう、あれかと思ってたのに。少し残念だ。

 

医師には運が良かったねと言われたが僕はそれには同意しかねた。だって肌を直接爆破されてこの程度で済むなんて明らかにおかしい。運なんてもんで片付けてたまるか。絶対に何か理由があるはずだ。

 

理由はあるはずなのだが、あの時渦中にいた僕に場の状況を細かく把握するだけの余裕なんてものはなく、残念ながら心当たりがない。

仕方が無いので付き添いの教師による事情聴取がおわったあと、僕はスマホを手に取って復原に連絡を入れた。

 

学校が終わってすぐに病院を訪れてくれた復原に開口一番、思ったよりも軽傷だったのだが心当たりはあるかと聞いたところ、彼はやっぱりわざとだったか、とでも言いたげな顔をして溜息をつきながらも心当たりを話してくれた。

 

現場を横から見ていた復原によると、爆豪の掌は僕の腕に当たった時ではなく当たる直前に爆発したとのことだった。おそらく爆豪は突然軌道が変わった自分の腕が僕の顔面を直撃しそうな事に寸前で気づき、だがしかし個性を解除するには遅すぎるタイミングであったため咄嗟に爆破の発動を無理やり早めたのではないか、とのこと。

 

その結果、顔を庇った僕の腕にぶつかる前に爆豪の掌は爆発し、その時発生した熱風やら火やらが超至近距離にあった僕の腕を焼いたのではないか。そして僕が爆風に吹き飛ばされたのが結果的に、爆発時に生じた火から素早く距離をとる形になり、その程度の火傷で済んだのではないか。

 

その推測を聞いた僕は数秒沈黙したあと忌々しげに舌打ちをした。なるほど。無駄に運の良い奴め。そう言われてみればたしかに腕に直接爆豪の手が触れた記憶はなかった。なるほど、触れる前に爆風に吹き飛ばされたというわけか。謎が解けた。

 

……まあいいだろう。軽傷で済もうがなんだろうが奴が僕を傷付けたことには変わりは無い。変わりは無い以上、むしろ軽傷ですんだ自分の運の良さに感謝するべきか。

 

そう結論づけた僕は復原に礼を言って別れると、ちょうどその時面倒くさそうな顔で僕を病院まで迎えに来た姉の元へと歩いていった。

ああ、なぜ姉が来たかというと保護者の代わりである。今僕の両親は学会でスイスにいるからね。帰国は2日後の予定だ。

 

とりあえずその日は帰宅して、学校からの電話に対応した姉曰く諸々の事項は僕の両親が帰国してから……つまり週末を挟んだ月曜日にということで今日はとにかくゆっくり家で休んでくれとのこと。あと、爆豪の親が今すぐにでも謝罪に訪れたいそうだがどうするかと聞かれたので、親もいないし今日のところは遠慮してもらった。

 

ちなみに勿論姉が僕を心配なんてするわけがなく、それどころか、あんた今度はどんな悪巧みなの?と胡散臭そうな顔で聞かれた。えー悪巧みだなんてそんなまさかまさか。僕がそんな姉さんみたいなことするわけないじゃないか。

姉は僕の答えを聞き、はんっと鼻で笑ったあと、今日迎えに来させた代わりに腕が治ったらパシリ3日ね。と言い捨てて自室に引っ込んでいった。まあいいだろう。貸しにされるよりはマシだ。パシリでもなんでも好きにするといい。今僕は全てが上手くいったことで機嫌がいいんだ。

 

 

「こんばんは。夜分遅くにすまない」

 

 

だがそんな僕の上機嫌は次の日の夜、何故か僕の家にやってきた意外な訪問者によって木っ端微塵に砕けることになる。

 

 

 

 

「それで、校長先生がわざわざこんな時間にうちに何の用ですか?ご存知かどうかは知りませんが生憎今両親は不在です」

 

「突然すまないね。いや、今日はご両親じゃなく君に用があってきたんだ」

 

 

僕に?何の?

 

リビングのソファーに座って出されたお茶を優雅に口に運びながらそうのたまう白髪混じりの男の名前は色彩 量介。今年新しく赴任してきた折寺中学の校長だ。校長が来るなんて、心当たりは昨日の事件のことしかないのだが、それにしたっておかしい。話は後日じゃなかったのか?

 

校長はまず今回の事件について被害者である僕に労りと気遣いの言葉を述べたあと学校の監督不行届を詫びた。はいはいそれはどうも。そんな社交辞令はいいから早く本題に入ってくんない?

僕のそんな気持ちが伝わったのか校長は苦笑して話を進めた。

 

 

「すまない。本題に入ろう。私が今日君に何を伝えに来たかというとだね、まあ単刀直入にいえばこのままだと君も停学になりそうだということなのだが」

 

 

「はぁ!?」

 

 

豪速球で飛んできた予想の斜め上の変化球に、驚きで思わず声が裏返った。

 

は!?僕が停学!?何言ってんだこいつ?頭ボケてんじゃないのかこの野郎。言うに事欠いて何を抜かしてるんだ馬鹿じゃないのか。

 

殺意に満ちた目で校長に冷たい視線を浴びせる僕に彼は、説明するから落ち着いてくれ、それにまだ決まったわけじゃない。と慌てて付け加える。

 

ソファーから身を乗り出しかけていた僕はその言葉に冷静さを取り戻して息を吐くと座り直して無言で先を促す。落ち着け自分。とりあえず話を聞こう。わざわざ処分が決まる前に僕にそれを伝えに来たってことは何か意図があるんだろ?

 

校長は穏やかな顔に似合わず意外と鋭い双眸をゆっくりと細めた。

 

「そうだな、どこから話そうか……。少し長くなるけど構わないか」

 

「ええ」

 

「ありがとう。それでは遠慮なく。そうだね、君は疑問に思ったことはないか?何故あの爆豪くんが昨日まで何事もなく大した問題をおこしてこなかったのか、と」

 

「ありますよ。そして僕としては、彼が本格的に問題になる最後のラインは越えないようにギリギリ踏みとどまってきた、かつ運が良かった。この2つのお陰ではないかと考えていましたが」

 

 

何だ?何を言おうとしている。僕は即座にそう返しながらも訝しげに目を眇めた。校長はその答えに満足気に頷くと言葉を続ける。

 

「そうだね。その通りだと思う。だが君もそれだけでは完全に説明がつかないことくらい分かっているだろう」

 

「まあそうですね。では他に理由が?」

 

「ああ。彼の伯母だよ。彼女は教育委員会のお偉いさんでね。子供がいないせいか彼のことを実の息子のように可愛がっていると専らの噂なんだ」

 

校長はあっけらかんと裏事情を披露した。僕は心の中で眉をひそめる。

 

 

「これは教師の中では有名な話なんだが、この折寺では爆豪くんはいわゆるアンタッチャブルな存在なんだ。彼が中学に上がる時に折寺小学校の方から特に要注意人物として名をあげられるほどに」

 

そう言って校長は話を続けた。初めて聞くその話はなかなか興味深い話で、僕は深く納得する。

 

そもそもとして、今まで爆豪の周りの大人が誰一人として彼を矯正しようとしなかったというのは、よく考えてみれば不自然な話だ。なぜかというと、それは彼がただの問題児ではないからである。

 

ただ口が悪くて態度が粗暴で友達をいじめるレベルの問題児だったらそんなに珍しくはないし、それこそ周りの人間によっては見て見ぬふりで見逃されてそのままの場合もあるだろう。

 

だが彼は違う。何が違うかって、彼は他と違い強力な個性をもっていて、1歩間違えば大惨事になる力を平然と常用していじめを行っていたからだ。

 

前に『変な所で小心者の爆豪は爆破の個性を直接人に当てることはせず、個性を使う時は手のひらで爆発を起こして人を威嚇する目的が主であり、酷い場合でも相手の体の近くで爆発を起こすことで、生じた爆風を上手く使い相手を軽く吹っ飛ばすレベルで留まっている』と言ったと思う。そのため、いままで何事もなくやってこれたのだと。

 

だが正直それだけでは説明しきれないところもあると思ってはいたのだが、これまでの僕はそれ以上の理由は思い付けなかった。まあ思い付けないはずだよ。そんな裏事情があったなんてね。でも言われてみれば納得だ。

 

校長が言うには、入学当初は折寺小学校でも爆豪勝己のことは問題だと認識していたらしい。他の保護者からの苦情もそれなりにあったそうだ。そりゃあそうだよ。誰だって爆発で脅されたら怖いし爆風で吹き飛ばされたら怖いし、しかもただ怖いだけでなく実際一歩間違えたら大惨事なのだから。

 

無論、これを問題視する大人は存在した。爆豪を矯正しようとする教師も何人かいたという。だがなにしろ相手は“あの”爆豪であり、あれだけ鼻っ柱の強い奴がそう簡単に大人の言うことを聞くはずもなく、当然彼らは酷く苦戦することになる。

そして、そうこうしているうちに家でその事について文句を言う爆豪から母に母からその姉…つまり爆豪の伯母に話が伝わり、結果、伯母から圧力をかけられた当時の校長によってそういった教師たちは遠回しな警告を受け、それでも聞かない場合は人事異動の際に辺鄙な所へ軒並み飛ばされたという。

 

そんなことが何回かあって、かつ爆豪自身たいそう優秀な子供であるのに加えて、危険はあるがなんだかんだいってこれまで大事に至ったことが無いということもあり、自然と保身に思考が傾いた周りの大人たちは見て見ぬふりをすることになったそうだ。

 

ふーん、なるほど。そんな漫画みたいなことって本当にあるんだな。まあ現実は小説より奇なりともいうし、そんなもんなのか?よく分からないけどまあいい。

 

うん。で?

いやそれは分かったけど、それが僕となんの関係が?おおかた昨日のことが爆豪のモンペの耳に入ったのだろうが、今回はその伯母とやらがことを揉み消そうと裏工作しようにもちょっとばかり事が大きすぎやしない?それにそれがどうして僕の停学に繋がるのか。……ん?いや、……まさか。

 

そう言うと校長は頷いた。そして次の話題に入る。

 

「ふむ。では続けようか。そう、君ももう分かっていると思うが、この件を耳にした彼の伯母が早速動いてね」

 

曰く、当初学校側としては僕と爆豪2人の供述を聞いて、爆豪に全面的に非があると判断した。僕の目論見通りに。

 

爆豪側としては、突然手の軌道が狂った、速坂が個性を使ったんだ、あいつは俺を見て笑った、俺は陥れられたんだ。と主張していたらしいが、当然の事ながらそれを信じる者はいなかった。

それどころか反省の色が見られないことで罪が重くなった。心の底から反省している様子があれば、情状酌量の余地ありとして厳重注意と相手側への真摯な謝罪だけですんだかもしれないが、ここでも爆豪の態度の悪さが彼自身の足を引っ張ったのだ。さらに常日頃からの問題行動もそれに拍車をかけた。

 

怪我をするのを分かっているのにわざわざ個性を使ってまで自分から当たりにいく馬鹿はいないだろう。それに百歩譲ってもし速坂くんがわざと当たりに行ったとしてもだ。そもそも先に攻撃を仕掛けたのは君の方だよ。というか君は普段から個性を常用し危険行動を繰り返している。

今回こうなったのも何ら意外性もない。

 

君を見て笑ったと言うが、生憎それを見たのは君だけでねぇ、著しく信憑性に欠けるな。被害妄想なのでは。

というかそれ以前にどんな事情があろうとも加害者は君だよ。

 

と、このような感じで日頃の行いがものを言いまくったそうだ。常日頃から素行は最悪かつ個性を使用して緑谷をいじめたりしている爆豪が何を言おうと、苦し紛れの言い訳にしか聞こえない。

 

まして相手は優等生かつ素行もよく教師からの覚えもめでたいこの僕なのである。爆豪の言うことなんて誰も信じなかった。

 

普通は子供同士の喧嘩で相手に怪我をさせてしまった場合、それが初めてであれば別に停学まではいかない。私立なら話は別だがここは公立だ。

事件発覚後、すぐに相手方に謝罪をし、治療費や慰謝料などを支払うことで大体の場合手打ちになる。

 

今回の場合、簡単に言えば、僕と爆豪が口論をした末に爆豪が僕に手を上げて怪我をさせてしまった、ということである。しかもその怪我は軽傷だった。普通その程度ではたいした問題にはならない。謝って慰謝料払えばそれで終わりの場合がほとんどだ。

 

だがそこは爆豪である。自分の非を認めるどころか僕に陥れられたんだ!と主張し反省の色が欠片も見られないばかりか、そもそも普段からの素行も酷く悪い上に教師からも煙たがられている。それに個性を使ってケガをさせたという点も問題だった。

 

当然彼の主張は一笑にふされた上に、学校側は爆豪に全面的な非があると判断し、かつ反省の色もなく態度も悪いことから罪を重くし、出席停止処分を下す方針でいたらしいのだが、そこで待ったをかけたのが彼の叔母だという。

 

 

「先程電話がかかってきてね」

 

校長は不愉快そうな表情でそう言った。

 

「いや……その人そこまで干渉できるんですか?」

 

「あー、そうだな。うん。まあうちが私立なら問題はなかったんだが、生憎公立でね。そして公立では基本的に“停学”というのはないんだよ。あるのは“出席停止”かな」

 

「何が違うんですか」

 

「少し難しい言い方をすればだ。出席停止の規定について今回の場合に当てはまるところだけを述べるとだね、市町村の教育委員会は、他の児童に傷害、心身の苦痛を与える行為、個性を用いての危険行為、施設や設備を損壊する行為を繰り返し行うなど素行不良であって

他の児童の教育に妨げがあると認める児童がいた時には、その保護者に対して児童の出席停止を命ずることが出来る、とあるんだよ」

 

そうなんだ。それは知らなかったけど、爆豪……役満じゃないか。これで将来の夢がヒーローだなんてとてもじゃないが信じられない。

 

 

「まあ当然それに則って私たちは爆豪くんの出席停止を求めることをしようと思ってね、教育委員会に報告をあげたのだが」

 

ちなみに折寺の教員の中には常日頃から苦々しく思っていた爆豪に対して罰を与えるチャンスだと歓喜する者も少なからずいたらしい。不謹慎ではあるけど教師だって人間だしね、しょうがないね。みんな僕の味方なようだ。日頃の行いって大事だよ、ほんと。

 

だが。校長が苦々しい顔で言った。

 

「なんと奴らは、ちゃんと調べたのか、もう一度調査をやり直せと言ってきてね」

 

 

爆豪伯母の息がかかった担当者曰く、報告書を読ませてもらいこちらでも独自に調べたが、先に口論を吹っかけたのはたしかに爆豪くんではあるがそれに乗っかって彼を煽った速坂くんも速坂くんだ。

そもそも速坂くんと爆豪くんは日頃から対立していたようで、速坂くんがわざと爆豪くんを陥れようとした可能性は高い。彼の個性を使用すれば十分可能である。そしてその場合、速坂くんは極めて悪質であるといえる。

 

そもそも爆豪くん側の意見を一切聞き入れないのはおかしい。彼は成績優秀で能力が非常に高く頭がいい。彼の言葉は信じるに値する。

つまりことの真相はそうなのだろう。爆豪くんは加害者でもあり被害者でもあるのだ。

 

それに1か月前に速坂くんは爆豪くんと個性を使用してやりあったことがある。つまり彼らは個性を用いての喧嘩を常日頃からしていた疑いがあり、今回においてもそうである可能性は高い。

これは彼らが個性を用いての危険行為を繰り返していたということであり、それに今回の件をあわせれば速坂くんも十分出席停止の条件を満たしている。それなのに彼には一切お咎めなしなのはどういうわけなのか。

 

速坂くんが本当に爆豪くんを陥れようとしていないと言いきれない以上、爆豪くんだけが全面的に悪いとは言えない。故に仮に彼を出席停止にするならば当然速坂くんもするべきだ。と。

 

 

いや…………。無理矢理じゃない?色んな箇所に目を瞑れば一応筋が通っていると言えなくもないけどさ、ちょっと無理があるんじゃない?

 

 

「いや何の言いがかりですか。僕が陥れようとした証拠なんてひとつもない上に怪我させられたのはこっちですよ」

 

「正論だね。だが世の中常に正論がまかり通ると思うのは間違いだよ。君はそれを理解していると思うが」

 

「というか爆豪は緑谷に対しても危険行為繰り返してるじゃないですか。そんな奴の言葉に何の信憑性が……」

 

「問題はそこじゃなくてね。彼らは爆豪くんの出席停止には反対していない。まあ庇いきれないしね。問題は彼らが君をも道連れにしようとしている点だ。もちろんその場合でも君より爆豪くんの方が罪は重いよ。君には証拠がないし目に見える形で被害にあったのは君だから、出席停止期間は彼の方が長くなるだろう」

 

そんなことが許されるのか。いや…愚問だな。許されるのだ。そんな無理矢理な言い分がまかりとおるか!理不尽にも程がある!なーんていうのが通っちゃうのが現実。権力とは恐ろしいね。力さえあれば大抵の事は通ったりするらしい。

たしかに普段のニュースを見ていても、いい大人がやることなのか?と言いたくなる冗談のような不祥事を目にすることは普通にある。あれはきっと世の中に溢れる馬鹿げた理不尽のほんの一部なのだろう。実際表に出てこないだけで、そういうのは世の中にありふれているはずだ。

 

だけど。

 

「確かに教育委員会と学校の中だけでこの問題を処理するなら裏でそういう動きがあっても表に出なければ問題は無いでしょう。でも」

 

でも。そういうのは相手を見てからやるべきだと思うんだ。まあ大概の奴は憤慨しながらも渋々従うのだろうが、まさかこの僕が泣き寝入りするとでも?

 

「別にこっちは出るとこ出たっていいんですよ。警察に被害届出してあげましょうか。ことを第三者に託せば爆豪くんは不利ですよ。余計な忖度なしに今までの言動やら何から全て調べられますからね。彼の言うことにはなんの信憑性もなくなる。彼に不利な証人も沢山いる」

 

「そこだよ、問題はそこなんだ」

 

校長は重々しい口調で僅かに身を乗り出す。うん。校長はわざわざ僕にこんな裏話を伝えに来た理由をそろそろ話すべきだと思う。まさか善意でそんなことをするはずがないだろうし。

 

「君がそれで泣き寝入りするはずがないんだ。必ずや裏での動きに勘づいた上で報復行為をすることだろう。なに、爆豪くんと叔母の話は折寺の教員内では有名だ。ちょっと聞き込んでみればすぐにそんな情報は手に入る。そこから裏でのやりとりを推測するのは君にとっては容易い事なはずだ」

 

「はぁ」

 

 

いや、なんかさっきからやけにこの人僕のことを高評価してるけど、話したの今日が初めてだよね?何でそんなことが分かるんだ?確かに言ってることは合ってるけどさ。

不信感をおぼえる僕をよそに校長はずばり思惑を話し始めた。

 

「ところで私はあと2年で定年でね」

 

「……ああ、なるべく問題は起こしたくないと」

 

「その通り。停学程度であればそこまで問題は無いが、さすがに警察沙汰になるとマズイんだ。定年になったあと、いいポジションにつけなくなると困ってしまう。せっかくの今までの私の根回しが台無しな上に、校長にまで上り詰めて円満退職で天下り…まあ正確に言えば天下りでは無いのだが、ともかくそんな私の素晴らしい人生計画が狂ってしまう。たった1人の凶暴なガキのために人生を棒に振るのはごめんだよ」

 

穏やかな顔の校長の鋭い双眸がこの瞬間、ギラりと強く輝いた。本性を表したな狸め。なるほどなるほど。まあ嫌いじゃない。この人は多分、僕と同類だ。

 

 

「では教育委員会のいうことを無視すればいいのでは。彼らがどう首を突っ込んでこようが、最終的に誰を停学にするかなどの処分を決めるのは貴方でしょう」

 

「とぼけないでくれたまえ。爆豪くんの伯母がそれを分かっていないとでも?逆らえば定年後どうなるか分かっているのかと遠回しに圧力をかけられたんだよ。忌々しいが彼女はそれだけの権力を持っていてね。今の私ではどうしようもないんだ」

 

「ふーん、つまり板挟みって訳ですか」

 

その通り。

 

校長は穏やかな仮面を脱ぎ捨てて不敵に笑った。だから速坂くん。私は君と取引をしたい。後悔はさせないと約束しよう。

 

 

 

 


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