14歳になった。将来の夢はまだ決まっていないが、やはり金とそれなりの地位がある方がいいだろうとは思う。まあ僕はそれらを手に入れられるだけの力はあると自負しているので、そこらへんはあまり心配していない。
とはいえ何になるかなんてまだ決める必要は無いんだけどね。僕中学生だし。でも夢は決まっていないけど、決めていることもある。
それは独り立ちだ。とにかく独り立ちは早くしたい。とっととこの家から出ていきたいと思っている。なるべく早く出ていきたい。そのためには何が必要かって、そう。金だ。金がいる。金がないと何も出来ない。金こそが全て!!……とまでは言いきらないが、お金が重要なことにかわりはない。
つまり中学生という暇な身分の僕は今の時間を無駄にすべきではないということで、僕は中一の夏あたりから復原に誘いをかけてチャレンジしてみることにした。何事も経験だ。
詳細は省くが復原の、無機物から汚れ(その定義は広め)を一瞬で落とし新品同様の状態に戻すことが出来る個性を有効に使い、準備期間を終えた中一の終わり頃から始めた転売は、中二がもうすぐ終わる今、様々な失敗もあったが努力の結果、状態がめちゃめちゃ良いのに安い!という強みを使ってそれなりに軌道に乗っている。
僕の役割とか、復原との金の分け方の詳細とかはまた今度言おう。今はとりあえず置いておく。
まあそんなこんなで金儲けに終始した僕の中学二年生はあっという間に過ぎ去り、僕はついに最終学年になった。
***
15歳になって僕の生活に1つ、大きな変化があった。姉だ。去年ついに雄英高校ヒーロー科を優秀な成績で卒業した姉は、プロヒーローとしてデビューして寝る間もないほど忙しい日々を送っている。そのため事務所に寝泊まりすることもしばしばで、なかなか家に帰って来れなくなったのだ。つまり僕と姉が顔を合わす時間も減ったのである。ヒーロー万歳。
まあそもそも僕自身、金儲けで忙しくなってから復原の家に寝泊まりすることも増えたので去年から既に姉とは顔を合わせる頻度が減っていたのでそこまで変わる訳では無いのだが、なにはどうあれ頻度が更に減るのは嬉しい。
姉は早くもチームを組む相手を見つけてペアを組んで活動を開始しており、世間の注目度は新人にしては中々のものである。ヒーロー名は
ちなみにそのペアの相手とは姉が高1の時から敵視していた、例の体育祭の決勝戦で姉を抑えて優勝した男である。それから3年間姉は彼に一度も勝てたことはないらしい。僕も何度か会ったことはあるが、僕の見る限り彼は性格にはかなり難があるものの極めて優秀な男だ。
それにしても僕の知らない間に彼らの関係にどんな変化があったのだろうか。と、最初にそれを聞いた時は不思議に思ったが、よく考えてみれば敵視していたのは姉だけで彼の方はそんな姉を気に入っていたような。なので変化したのは姉の心境の方なのか。あー、もしかしてデキてんのかな。え、あいつと?正気か姉。
というのも彼がなぜ姉に勝てたかって、個性も身体能力もずば抜けて高い上に頭もキレるという要素以前に心が歪んでるからなんだよね。まあ僕に言われたくないかもしれないけど。
姉曰く、戦う時に姉が彼の自分に対する心のカテゴリを恋人同士という極めて近いラインにまで放り込んだのにも関わらず、彼は一切姉に対する攻撃を躊躇わなかったそうだ。躊躇うどころかむしろ嬉々として攻撃してきたらしい。
僕もその理由は気になっていたので前に会った時にそれについて本人に聞いてみたことがある。すると彼はこう答えた。
たとえ自分の恋人を愛してても…いや愛してるからこそ俺は躊躇わないよ。だって敵意を持って攻撃してくる彼女とかすっげぇ可愛くない?俺はさあ、ほら、誠実な男だからさ、当然彼女のどんな気持ちにも全力で応えるんだ。
そんでね、同じだけの大きさの気持ちでもって死なない程度に叩き潰してから、落ち込んだ彼女を慰めてやんの。殺したいほど俺が好きだったんだね、でも大丈夫、君のその気持ちは伝わったから。俺も君と同じ気持ちだってこれで分かっただろ?ってね。彼女の気持ちを優しく包み込むんだよ!これぞまさに理想の関係だと思わないか弟くん。
自称『包容力のある男』は恍惚とした目でそう語り、その歪んだ表情はせっかくのイケメンを凄まじい勢いで台無しにしていた。そしてそれを聞いて僕は密かに彼と心の距離を置いた。
うーん、まあ奴らがデキてようがなかろうがどうでもいいけど、とりあえず彼らがチームを組んだのは間違いない。そして意外と姉と彼はお似合いかもしれない。性格が歪んだ者同士仲良くやるといいさ。あーでもアレが義兄になるのはちょっと……。
というかこんな奴らがヒーローだなんて日本は大丈夫なのだろうか。まあたしかにヒーローなんて実力があって表面上問題なければ誰でもいいんだろうけどさ。
と、そこまで考えた時、先の教室から爆豪と緑谷の声が聞こえてきて僕は反射的にスマホを取り出して撮影の準備をした。爆豪の弱みは常に握る。これ鉄則。
気付かれないように気配を消してそっと近づくと、その教室の中には緑谷と爆豪とその取り巻き2人がにやにやして立っていた。よし、撮影開始。あ、でももう充電無いや。そういえば昨日の夜充電満タンにするの忘れてたんだった。とりあえず撮影が終わるまで充電持ってくれよ…!
僕が気づかれないようにベストポジションを確保して撮影を開始した直後、教室内で新たな動きがあった。爆豪が緑谷のノートを爆破して窓からそれを投げ捨てたのだ。おお、ベストタイミング。まるで僕の撮影に気をつかってくれたかようなちょうどいいタイミングで事を始めてくれてありがとう。ツイてないねお前。
……ていうか緑谷、雄英ヒーロー科受験するんだ。へぇ、記念受験?…あーいや。ちょっと違うかな。おそらくこれで自分の思いに決着をつけるつもりなのだろう。目に見える形で自分の夢にきっぱりNOを突きつけられることで、完全に諦めて心機一転、違う道を目指そうと思っているのかもしれない。まあ頑張れよ。
ちなみに僕はサポート科なんて緑谷に向いてるんじゃないかと思うけどね。人を助けるヒーローを助けるという形で人助けにもヒーローにも関われるし、なにより今燃やされたヒーロー分析ノート。こんな敵にはこれが効く、このヒーローの個性はここが弱点でここが強み、とか分析して書いてあるんだろ?それってサポートアイテム考えるのに役立つんじゃない?今までの努力がいきるのでは。
と、そこまで考えたところでスマホの充電が5パーセント以下になり、強制的にカメラモードが終了された。あーあ、ちくしょう。ツイてないのは僕の方だったか。……まあいい。とりあえず完全に電源が切れる前に撮れた動画をパソコンに転送しておこう。
「そんなにヒーローになりてぇんなら効率良い方法あるぜ。来世は個性が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!!!」
そして電源が切れる寸前のスマホを弄っていた僕の耳に次の瞬間とんでもない発言が飛び込んできた。え。今のって自殺教唆!?
ちくしょう!なんで昨日充電しとかなかったんだ僕!!今のを撮れないだなんて一生の不覚だ。せっかく爆豪が自分から特大の弱みを僕にくれたというのに!!
歯ぎしりする僕をよそに、さすがの緑谷もそれを聞いて怒りが込み上げたらしく凄い形相で爆豪を振り返る。…と思ったら爆豪の威嚇の爆破に気圧されてグッと言葉を飲み込んだ。爆豪一味はそれを嘲笑いながら教室を出ようと動きだし、僕は特大の魚を逃した失態にイラつきながらも静かに隣の教室に身を隠した。
それにしても今の発言は凄かった。本当に、データに残せなかったのが心の底から悔やまれる。ちくしょう、やはり無駄に悪運の強い奴だ。
ていうか自殺教唆って。今までみみっちく一線は越えなかったというのにどういう風の吹き回しなのか。……ああ、もしかしてあれか?ひょっとしたら爆豪は僕との一件の影響で人を爆風で吹き飛ばすという手が使えなくなった代わりに、口での攻撃を強化したのかもしれない。ということは、あれ?今の発言って回り回って僕のせいだったり……いやいやそんな。まさかまさか。さすがにそこまで責任は取れないって。
そのまま保存した動画をパソコンに送信していると、重い足取りで誰かが去っていく音が聞こえてきた。ああ緑谷か。ノートを拾いに行くのかな。まあアイツも意思は強い事だし、さすがに今の言葉を真に受けて自殺することもないだろうし大丈夫だと思う。強く生きろよ。
「………………」
……いや、大丈夫だよね?まさかとは思うけど来世に夢みたりしてないよね?学校の屋上からワンチャンなんてされた日には校長は吐き気頭痛めまいその他症状に悩まされてぶっ倒れ、かつ失脚しかねない。そうなったらその人脈が使えなくなるわけで僕としてもまあ面白くはない。あと若干僕の夢見も悪くなりそうだ。
僕は先程まで緑谷たちがいた教室に入ると開いた窓から下を覗き込んだ。すると緑谷が力なくノートを拾っている姿が目に入る。声をかけようかとも思ったがそこで僕は動きを止めた。うーむ、果たして僕はなんと言えばいいのか。
自殺教唆された人間にかける言葉なんてそうそう思いつかない。下手になにか言って逆効果になっても困るし…。教室で僕が悩んでいるうちに緑谷は校門に向かって歩いていき、それを見て、とりあえず学校内での自殺というのはないかなと一旦胸を撫で下ろした僕は、そこで自分の当初の目的を思い出した。
しまった。校長に呼ばれてたんだった。やばい時間過ぎてる。早く行かないと。あと校長にさっきのことは報告しておこう。何か手は打ってくれるだろうからここは大人に任せるんだ。
**
「すみません、遅れました。速坂です」
「ああ、速坂くん。よくきたね。さあ、そこに座ってくれたまえ」
校長室に入ると、校長は穏やかな顔で書類に走らせていたペンを止めて僕に机の前のソファーを指し示した。
遠慮なく腰を下ろした僕に頷いて、校長は腕を組むと椅子の背もたれに体重を預ける。
「それで、何の御用ですか」
「うん。それなんだがね、手短に済ました方が君にもいいだろうから単刀直入にいおう」
「はい」
「雄英高校ヒーロー科を受験してくれないか?」
「は?なんで僕が」
早速本題に入った校長が言ったのはまさかの僕の進路に関してだった。は?やだよ。僕ヒーローとかなりたくないから。この世の中はやけにヒーローに憧れる熱狂的ファンで溢れているが、生憎僕は生まれてこのかた、ヒーローに憧れたことなど1度もない。
断固拒否だという顔をした僕に、校長は少し焦ったように付け加える。
「いや、何もそこに進学してくれとはいわない。ただ受けて受かって欲しいだけだ。うちの学校から雄英高校ヒーロー科に一般入試で受かりそうなのは……、うん、そうだね、成績だけでいえば、君と爆豪と緑谷だけなんだ。まあ知っての通り、緑谷は無個性だからいくら成績が良くても十中八九受からないだろうが、爆豪は言わずもがな、君も強固性の持ち主だ。一般入試を突破できる可能性は十二分にあるだろう?」
あー、うんうん。要するにこういうこと?
「合格実績が欲しいと?」
「まあ、そう言い替えることもできるね」
ほぉん。うん、言いたいことは分かったけどさ、果たして僕が彼にそこまでしてやる義理はあるのだろうか。
だいたい、あの時はそれ以外どうしようもなかったのもあるし1番面倒が少ない方法だったから校長の条件を呑んだけど、正直校長があの時僕と交した約束を守る保証なんてどこにもなかった。
内申なんて僕に知られずにどうにでも出来るしさ。例え僕があの時の会話を録音していたとはいえ、やはり手札としては弱い。
そんなわけで、僕がここでこの男の言いなりになる必要はどこにも無いだろう。
そう結論づけてサクッとお断りしようとした僕に、サッと差し出された数枚の紙。それは爆豪と僕の内申書であった。
「あの時の約束は守ったつもりだよ」
「………………」
……本当だ。無言で2つの書類に目を通し終わった僕は、約束通りの結果となっている2つの内申書から目を上げて校長に向き直った。
「どうやらそのようですね」
「うん。私は約束は守るよ。それにこの2年間だって君に便宜を図ってきたじゃないか。まあその代わりにとはいわないが、雄英のヒーロー科を受けてくれないか。私からのお願いだよ」
そういえばこの前、校長の知り合いのセレブのマダムたちのいらなくなったブランドバッグをそれなりの量、譲ってもらったっけ。……あれはかなりの値段で売り飛ばせたはずだ。
あーーー、うーん…………、まあ、持ちつ持たれつというやつで、受けるだけで進学しなくてもいいのなら雄英のヒーロー科を受けてもいいかもしれないな……。いやでも、この内申書が僕を騙すためだけに用意された代物ではないとは言いきれないし。さて、どうしたものか……ん?まてよ。あ、そっか。そう考えると校長云々なしに雄英ヒーロー科を受けるのはいいかもしれない。
まあ、今思いついたことは多分に運に頼った思いつきであり確実性なんてどこにも無いんだけど。あ、でも少しでも可能性を高めるためにこれだけはやっておこうかな。
「……そうですね、貴方には色々とお世話にもなった事だし、1つ条件がありますが、雄英を受験してもいいですよ」
「本当かね!感謝するよ速坂くん!ところで条件とはなにかね?」
「停学事件だとか、粗暴な行動が目立つだとか色々書いてありますけど、これに普段からのイジメについても少し記載しておいて下さい」
「……あー、いや、それをやると落とされてしまう可能性があるのだが、」
「そこまでガッツリと書かなくてもいいですよ。いい感じにオブラートにつつんで、でもきちんと記載しておいて下さい、今ここで」
「……ふぅむ、まぁ、いいだろう」
僕はそれから校長が修正し終わるまでを確認し、校長室を後にした。ほとんど運任せではあるけど、上手く行けば面白いことになりそうだ。まあ校長が直前にこっそり内申書を修正し直す可能性もある訳だが、その時はその時である。成功の確率が下がるだけだし、というかそもそもこの思いつきの成功に僕はそこまで期待はしていない。賭けのようなものだ。上手くいったら儲けもの。
***
それにしてもだいぶ時間が過ぎてしまったな。校長室で校長が内申書を修正するのを待っている間に充電させてもらったスマホの電源を入れながら、僕は校門からでて駅に向かって歩き出した。あ、ついでに校長室を出ながら先程の自殺教唆を報告したら校長は青ざめて慌てていたが、まあ頑張ってくれ。僕は知らない。報告義務は果たした。
「ん?姉さんからか」
と、そこで姉からの連絡が入っていることに気がつく。足を止めてスマホを確認すると、
あんたどうせ暇でしょ。帰りにキャベツと餃子作りの材料買ってきなさいよ。
とあった。いやいや……また発散料理すんの?いい加減卒業したらどうだろう。
それにしてもキャベツに加えて餃子の材料もか。どうやら仕事のフラストレーションが相当溜まっているようだ。
というか、なんで僕が。めんどくさ。何故か知らないが昔から姉の発散料理の材料調達係は僕である。いい加減僕も調達係から卒業したいし無視しようか…と思ったがなんの偶然か、ふと横を見ると僕はちょうど学校から駅に行く途中にある田等院商店街に差し掛かったところであった。
うーん。
無視してそのまま帰った場合の姉が耳元で喚き続ける文句のうるささに耐える精神的苦痛と、買い物をする労力。その2つを天秤にかけ、僕は調達係を継続する方を選んだ。ふん、なるべくみすぼらしいキャベツを買っていってやる。
と、その時、そんなささやかすぎる復讐を決意しながら商店街の方へと足を向けた僕の耳に爆音と悲鳴と何かが破壊される音が聞こえてきて、次いで爆風が吹き、更に何かが燃えるような匂いや先の方で煙がもうもうと立ちのぼるのが見えた。
おや、一体何が起こったのか。チラッと確認してから帰ろうと思いつつ、逃げてくる人の方向に逆らうように足を進めて商店街の入口にたどり着くと、そこでは爆豪が気味の悪いヘドロのようなものと触手プレイをしていた。
うわー、きもい。何してんのお前?