騒ぎの中心では爆豪がヘドロと戯れていた。
現場には既に何人かの警察官がおり、爆豪がヘドロを振り切ろうと暴れるのを僕は警官の後ろから見物する。わぁ。すごいなあのヘドロ。爆豪の爆発にも耐えるのか。
そんななか、出動要請をうけた3人のヒーローが駆けつけてきた。君、危ないから早く逃げなさい!と言われて大人しく従うふりで数歩後ろに下がると、僕に構っているどころではない彼らは僕が去っていったと思ったのか、逃げずにやや後方で見物している僕に気づかずそのままヘドロに向き直り、戦闘態勢をとる。
暴れるヴィランを睨み据えた3人のうち1人が、ヘドロに全身を捕まえられて口を塞がれた状態の爆豪を発見して息を呑んだ。
「子供を人質に……!!」
そう言って彼は憤りを表すかのように両の拳を打ち合わせて怒りに震える。そしてその彼らをよそに僕はにやにやしながらスマホで爆豪の晴れ姿を撮った。
あっはっは、ウケる。普段あんなに威張りくさってるくせにいざヴィランに襲われたら1人で逃げることも出来ないじゃないか。ざまあないな爆豪。
まあ、ヒーローを目指しているとしても所詮はまだ一般人の中学生が凶悪ヴィランに敵うわけも無いのだが(個性の相性にもよるが)、普段からあれだけ他の人を見下して自分の凄さを前面に出した態度をしている人間がこのザマだと笑えてくる。
僕は爆発とともにこちらに飛んできた瓦礫を個性を使って落としながら撮影を続けた。さて、人質を取られてる状態なわけだけど、これからヒーローたちはどうするのか……
「卑劣なァァアアっ!!」
ドォン!
僕がそう思った次の瞬間、怒りに震えて怒鳴ったヒーローが一気に空高く跳躍し、勢いをつけてヘドロに殴りかかった。
「え!」
…え?いやいや……。は?おいおい、お前、人質は?人質の姿が見えないのか?
相手に交渉の余地を与えないまま一気にカタをつけようとしたのかもしれないけど、その拳の威力でヘドロのみならず爆豪まで吹き飛ばされたらどうするつもりなんだコイツは。困ってる人を助ける勇姿で世間からの憧れを得ているヒーローのやることだとはとても思えない。ヒーローって単純にヴィランぶっ飛ばすだけが仕事じゃないのでは。
というかまだ相手の個性の概要すらもわかっていない上に状況すらろくに把握できてないだろう。ヴィラン単体に対してだったらまあ別にいいかもしれないけど、人質……。
そして情けないことにその脳筋ヒーローはヘドロに毛一筋程のダメージも与えられず一瞬で返り討ちにあったが、これはこれである意味よかったと思う。なぜなら彼の拳の軌道からしてヘドロがもっと弱くて一瞬で吹き飛ばされていたら、爆豪にもかなりのダメージがいっていたこと間違いなしだからだ。ヒーロー教育は一体どうなってるんだろうか。
まあ僕なんか素人だから人質対策とかはよくわかんないけどさ、それにしたって……。
だってまだ相手の個性がなにかも分からない、目的だって分からない。というか本当にあのヘドロは何がしたいのか。爆豪を捕まえて執拗に口と鼻を塞ごうとしてるように見えるけど。……うーん、窒息死させようとしているのは可能性が低いから(殺したければ首にヘドロを巻き付けてキュッと締めるだけですむ)、なんだろ、中に入り込むとか?なんかそんなん?
個性なんて千差万別であり、どんな個性だったとしてもおかしくはない。無闇矢鱈に攻撃することによって驚いたヴィランが個性の操作を誤って人質を殺してしまったりする可能性も十分にあるだろう。
ヴィランが人質に対して何を仕掛けているのかが分からない以上、安易に攻撃するのは如何なものか。今回みたいな場合でも、状況に応じてきちんとした対応策を取れるからこそプロヒーローとして認められて国家資格も貰えるんじゃないのか?ただ馬鹿の一つ覚えみたいに攻撃するだけならやろうと思えば僕にだってできる。
案の定、気が立ってるヴィランを安易に刺激したヒーロー達は次々と攻撃されて人質解放云々の話どころではなくなった。運が良かったな、これで刺激されたヴィランがぷちっと爆豪をひねり潰していたら大変だっただろう。
プロヒーローのまさかの行動に呆気に取られて、プロとは一体何なのかについて考え始めるにまで至った僕の他にも、いつのまにかわらわらと野次馬が集まってきて、警官が危険地帯に野次馬が入らないように必死で僕たちを押え始める。
「こんなドブ男に俺が飲まれるかァァァ!!」
ぐっ……!
そのときヴィランがヒーローに気を取られた隙をついて再び爆豪が抵抗して暴れ、次々と起こる爆発によって割れたガラスの破片や石礫などが熱風に乗って飛んできた。
目の前の警官の後ろに隠れてそれをやりすごしながら、僕の耳はヴィランが言い放った言葉を正確に捉える。
いい力!こりゃ大当たりだぜ!この個性と力があれば奴に報復できる!
そう言うと同時に更に活性化したヘドロを見ながら僕は目を細めた。うん?じゃあやっぱり乗っ取りとかそういう系なのかな?じゃあ早く爆豪を救出しなければ大変なことになるのでは。
というかそれ以前に僕の見る限りだとあのヘドロの方が爆豪よりも強い。わざわざ馬鹿みたいに苦労して乗っ取らなくてもそのまま身一つで、その‘ 奴 ’とやらに復讐に行ったらどうなのか。まあ、爆豪の体でいって油断させてグサリという方法を目指しているのかもしれないけどさ。
「わぁ!きた!ビューティーヒーローのマウントレディ!!」
僕の隣にいる女の人が後ろの方を向いてそう歓声を上げた。マウントレディ?
後ろを振り返るとズシンズシンと地響きと共にこちらに向かってくる巨大なヒーローの姿が目に入る。
だが勝気な表情で到着したはいいものの、残念ながらマウントレディとやらはその巨大さゆえに現場に入ることすら出来なかった。かわいそうに。だがその代わりに彼女は飛んでくる瓦礫などから巨大な手などを使って野次馬を守ることを始め、僕は彼女に対する評価を少し上げた。
「ダメだ!これ解決出来んのは今この場にいねぇぞ!」
「誰か有利な個性のやつが来るのを待つしかねぇ!」
「それまでに被害を抑えよう!」
「なに、誰か来るさ!あの子には悪いが、もう少し耐えてもらおう」
「くっそぉ!やつを吹き飛ばせるくらいのパワーがあれば!!」
聞こえてきたヒーローたちの会話に僕は肩を竦めた。……もう帰ろうかな。どことなくお粗末なヒーロー共の対応を見る限り、なんだかこのままだと爆豪は悲惨な目にあうような気がするが僕の知ったことではないし。もう帰るか。うん、そうしよう。
商店街に背を向け、人をかき分けて帰ろうとした僕はそこで知った顔を発見した。え?緑谷?
「あれ、緑谷じゃん」
「……ぼくの……せい……」
近づいて声をかけたが、何故か酷くショックを受けたような顔をした緑谷はブツブツと謎のセリフを呟いていて、僕に全くと言っていいほど反応しなかった。うん?どうしたんだこいつ。
「おーい、緑谷?どうかしたの?」
「……っ!」
僕が彼に近づいて目の前で手を振った途端、彼の目が前方で何かを捉えたかのように大きく見開かれ、ひゅっと息を呑む音がする。え?
「え、おい!緑谷!」
次の瞬間緑谷はありえない行動に出た。なんと奴は人混みを一瞬ですり抜けて飛び出すと、棒立ちでもはや野次馬と化しているヒーローの横を駆け抜けて爆豪とヘドロに向かって突撃して行ったのだ!
何してんのお前!!
呆気に取られた僕の目の前で、迫り来るヘドロの手に対して緑谷はリュックを投げつけることで対抗する。バカか!?イカれてるよあいつ完全に!!僕は咄嗟にリュックから飛び出たノートの1冊に個性をかけて、失速して落ちかけていたそれを操り猛スピードでヘドロの目にぶっ刺した。
その結果緑谷は死の手から逃れて爆豪の元にたどり着いた訳だが、あいつマジで頭おかしい。狂ってるよ。何してんのほんと。僕がいなかったら死んでたよ。
目を見開いたまま固まって、緑谷たちのいる方角を見ていた僕は、緑谷の狂気の片鱗のようなものを感じとって僅かに身震いした。必死にヘドロに取り付いてもがく緑谷の、君が助けを求める顔してた!という叫びが聞こえてくる。だからなんだよ。お前さ、力もないくせに飛び出してくとか自殺志願?逆に迷惑でしょそれ、死体がひとつ増えるだけじゃないか。現に僕が咄嗟に個性を使ってなかったらそうなっていたわけだし。
「情けない……!!」
…うん?血反吐でも吐きそうなほど落ち込んだ声がしたので声の方角を振り返ると、金髪のガリガリの男が片手で自分の胸の当たりを掴んで震えているのが目に入る。そしてその男の全身からは謎の湯気が出ていた。なんだこいつ。
面白そうだからついでだしこれも撮っとこ。僕は先程から録画を止めるのを忘れていたスマホをコソッとその男に向けーーーー
「っ!!!?!?!?」
次の瞬間息を呑んだ。
えっっ!!!嘘だろ!!
ーーーーーーー驚愕した。本気で。
僕は今、録画中のスマホの画面の中で、ガリガリ男がオールマイトに変身する瞬間を確かにこの目で確認した。