僕の灰色アカデミア   作:フエフキダイのソロ曲

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第2話

「あーなんか綺羅、トマト食べたくなっちゃったなあ!」

 

「そうなの、綺羅ちゃん。おかわりしていいわよ」

 

 

個性発現から3年が経ち8歳になったある日、朝食の席で、トマトのおかわりを欲しがる姉に母が冷蔵庫から新しいのを出してきた。最後に残ったふたつだそうだ。だがしかし姉は首を横に振って拒否する。

 

 

「統也のお皿にあるのがいちばん美味しそう!統也、それちょうだい!」

 

「やだよ。新しいの食べればいいだろ」

 

 

 

僕は意地悪そうにそう言う姉に素っ気なく答えた。すると姉はニコッと笑う。

 

 

「食べるよ!でも統也のも食べたいから、早くよこしなさいよ」

 

「統也、お姉ちゃんが食べたいって」

 

「お姉ちゃんに譲りなさい、男の子だろ」

 

 

何が男の子だクソ野郎。だったらテメーも男としてひとっ走りしてスーパーでトマト買ってこい。

 

と、その物言いに若干イラつきつつも両親に言われて渋々トマトを差し出す僕に、姉が声を潜めてささやいた。残念だったわね、いい加減抵抗しても無駄だって分かりなさいよ、ばーーーか!

 

 

それに僕は心の中で嘲笑ってこう吐き捨てる。いつも残飯処理ありがとうね。12歳にもなって全く成長が感じられない幼稚な嫌がらせ、お疲れ様!と。

 

僕はため息をついてお茶を飲んだ。

 

なんというか、ここまでくるといっそアッパレと言ってやってもいいかもしれない。もう何年も代わり映えのないことをやり続けるその姿勢はある意味尊敬する。改良とか考えないのだろうか。はっ、べつにどうでもいいけど。

 

まあでもこの嫌がらせは小さい頃からの習慣のようなもので、他の嫌がらせはそれなりに成長したものも多いから、まあ、姉もそこまで脳無しではない……はず。

 

なにはともあれ、この嫌がらせが姉にとって習慣なら僕にとっても習慣なのである。心の中で毒を吐き捨てながらも、もはや自動的に唇を噛んで我慢する表情を作ってみせるのだ。

 

 

そんな僕を見た姉は満足そうにトマト3つを順に平らげて顔をゆがめていた。姉はトマトが好きじゃないことを僕は知っている。お疲れ様。本当に無駄な努力だ。

そして姉は、僕がトマトが大好きなことを知っている……と本人は思っている。

 

僕はトマトが嫌いだ。だが好きだと思わせることで姉が代わりに食べてくれるのである。なんて優秀な残飯処理人なんだ。涙がちょちょぎれるよ。

 

僕の好きな物はきんぴらとか、ひじきとか、そういう地味なおかずだ。そして嫌いなものは、トマト、煮魚、甘いもの。

 

だが姉にはそれを逆にして思わせておく。つまり、トマト煮魚甘いものが大好きで、ひじききんぴら切り干し大根などが嫌いだと思わせておくのだ。

 

すると何が起こるのか。

 

姉は僕への嫌がらせに熱心である。食卓では必ずと言っていいほど、僕の好きな物をとりあげ嫌いなものを渡してくるのだ。

 

お分かりだろうか。姉は僕の好き嫌いを勘違いしているので、嫌がらせしているつもりで出来ていないのだ。つまり実際のところ姉は僕に好きな物を渡して嫌いなものを取り上げているのである。ありがとう。感謝感謝。ははははっ、ばぁーーか。ざまあみろ!

 

僕と姉の関係は、3年たってもほとんど何も変わっていない。お互いの腹の中で嘲笑っている。お前、ほんとにバカだな、と。

 

姉は相変わらずこの狭い世界での女王様で、僕は引き立て役その1。まあでも、そろそろその役にも飽きてきたから少しずつ行動しようかなと思ってはいるけど。

 

「ごちそうさまでした」

 

 

誰よりも早く食べ終わった僕は食器を流しへと持っていくと、そのまま部屋に戻って登校する準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

綺羅ちゃんおはよう!綺羅ちゃんその髪型可愛いね!えー!自分でやったの!綺羅ちゃんすごぉい!え、ありがとう!綺羅ちゃん優しい!ほんとに綺羅ちゃんって天使みたいだよね!

 

 

姉は世渡り上手である。というか姉の才能なんてそれくらいしかない。まあ正直姉のやり方は幼稚なので年が上がるにつれて段々通用しなくなるはずだけど。うん。通用しなくなるはず、たぶん。将来姉が周りから手のひら返しされて村八分にされますように。どん底に落ちますように。

 

僕は学校に登校中、取り巻きに囲まれてヨイショされながら前を歩く姉の背中に呪いをかけた。開け僕のサードアイ。さあ、奴に社会的な破滅を…。

 

 

「統也くん?どうしたの?目がこわいよー」

 

「ああごめん、目にゴミが入ったみたいで痛くてさ」

 

「大丈夫?」

 

「うん。ありがとう」

 

 

おっと。同じ登校班の女の子が少し怯えた表情でこちらを見てきたので咄嗟にそう返すとその子は心配そうな顔をした。まあ嘘ではない。姉という名のゴミが視界に入っていたのである。

 

 

「ちょっと統也!なにチンタラ歩いてんのよ、遅れるじゃない!早くしなさい」

 

「弟くん、朝ご飯の時に綺羅ちゃんのトマト食べたいって駄々こねて遅れそうになったんだって?」

 

「統也っていっつもそんなじゃない?いい加減もう2年生なんだし、きらりんに迷惑かけるのやめなよ!」

 

 

は?

 

その時、そんな僕達の会話が耳に入ったらしい姉が振り返って放ったセリフに、取り巻き共が追従するどころかとんでもない発言をかました。そしてそのタワゴトに僕の額にピシッと青筋がたつ。

 

寝言は寝て言えこの野郎。誰が駄々こねたって?今日集合場所まで行くのが遅れたのはテメェが髪の編み込みが出来なくてべそかいてたからだろうが。

 

取り巻きはくすくす笑って嫌な感じの目で僕を見てきた。あー。あー、なんか今のすごいムカついたな。普段ならスルーする所だけどもういいよね?そろそろ耐えるのにも飽きたよ僕は。

 

 

「………………」

 

「きゃあああっ!」

 

 

朝からイラついていたのもあってやたらムカッときた僕は、衝動的に姉の足の速さを操って彼女をひっくり返した。

 

ずてーん!と見事にすっ転んだ姉はバサッとスカートがめくれてパンツが丸出しになり地を這う芋虫みたいな無様な格好を取り巻きに堂々と晒す。

 

「……き、綺羅ちゃん!?大丈夫!?」

 

 

思わぬ姉の醜態に周りは一瞬息を飲んだ。

 

僕はゆっくり歩いて姉のもとへ行き、体を起こすのに手を貸して心配そうな顔で声を上げた。

 

「大丈夫、姉さん?あ!三つ編みが解けてるよ!せっかく朝時間ギリギリまで粘って母さんに結んでもらったのに……」

 

「え、母さん?」

 

「綺羅ちゃん、その髪自分でやったって言ってなかった?」

 

 

面子をぶっ潰された姉が凄まじい目で僕を睨んでくる。その目を真っ向から見据えてふっと嫌味な笑みを浮かべると、姉は今まで常に従順だった僕の初めての反撃に驚いた顔をした。

 

いつまでもやられっぱなしだと思うな。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

姉は可愛い。いや、その心の醜さをこの世の誰よりも知っているであろう僕からすると姉の顔の綺麗さなんて何の価値もないが、周囲にとってはそうではない。

 

両親によって最高級の手入れをされた艶やかな金髪に海のように蒼い大きな瞳。1度も日に当たったことがなさそうな真っ白な肌に、赤い唇。それらが絶妙なバランスで卵型の小さな顔に配置されているのだ。

 

我が姉、速坂綺羅は美しい少女だった。そして彼女の個性は魅了。周りの人の自分に対する好意を増幅させる個性だ。まるで人を懐柔するためだけに生まれてきたような存在だな、ほんと。

 

ちなみに個性の効果は相手の心にある自分に対する好意をちょっと増し増しにするだけなので、最初から好意ゼロの相手にはなんの効果も発揮しない。つまり僕には効かない。

 

だが他の人はそうじゃない。姉の、生まれ持った美貌と世渡りの才能と魅了の個性のトリプルコンボでやられた人数は少なくなく、姉の信者は学校中にいた。

 

そして一昨年、名実ともに学校の女王だった姉は小学校を卒業し、残された僕はその影響をもろに受けた。良い意味で。

 

と、いうのも僕が姉と同じく容姿がまあ良かったことと顔立ちが姉に似ていたことで、残された信者どもが姉に向けていた好意が行き場を失って僕に向かったのだ。

 

ちなみに言っておくが僕は女顔では無い。似ているといっても目鼻立ちや雰囲気だったりがなんとなく通ずるものがある、といったレベルだし目と髪の色も違うのだが、その僕に姉を重ねた信者共(教師含む)は今度は何故か僕をホイホイするようになり、それによって僕は自動的に学校内での地位をてっぺんまで押し上げた。

 

些か驚きはしたもののまあ別に害はないし、上の地位にいることのデメリットはそんなにないので気にしない事にした。

 

ああ、綺羅ちゃんの弟くんね!と、初対面の先生からの覚えも目出度い。ふむ、悪くないな。生まれて初めて姉が僕の役に立った気がする。

 

 

 

そんなこんなで意図せずしてスクールカーストトップをとった僕は順調に進級し、5年生になった。そこで僕は意外な再会をすることになる。

 

 

 

 

「今日から新しいお友達が増えまーす。○○学園初等学校から転校してきた轟焦凍くんです!みんな仲良くしてね」

 

 

5年生になったある学期の半ば、朝のホームルームで先生に連れられて転校生がやってきた。顔の左に火傷の跡があるその転校生はめでたい紅白の頭をしたイケメンで、氷と炎どちらも使える個性の持ち主というツワモノだった。

 

無表情で挨拶する彼を自分の席で見ながら、僕はチクチクと記憶が刺激されるのを感じて首を傾げる。うん?コイツどっかで会ったような……?

 

女子がそのイケメンぶりに色めき立つのをよそに、彼はとことこと歩いて指示された席に座る。僕の隣だ。目が合ったので軽く会釈をする。なんだこの既視感は?

 

紅白頭の氷……。ん?

 

 

「……なあ、ひょっとして幼稚園の時、氷で先生を転ばせたことあったりする?」

 

「は?」

 

 

記憶にヒットするものがあった。ひょっとしてコイツ、記念すべき僕の個性発現時に、冤罪きせられた氷塊のクラスメイトじゃね?

 

唐突な問いに、眉を寄せて僕を見る転校生。変なものを見る目で見ている。うーん。そうか。なーんだ、違うのか。ちょっと感動したのにな。少し残念だ。

 

 

「あ、ごめん。違ったか。まあとにかく、隣同士よろしくね」

 

 

「…いや、違わねぇ。たぶんお前が言ってるのは俺のことだ」

 

 

軽く謝罪して話を切り上げようとした僕に、転校生がぼそっと答える。おお、やっぱり?僕の目に狂いはなかったか。久しぶりだな冤罪ボーイ。あの時はすまなかったね。反省はしている、だが後悔はしていない。

 

 

「へぇ、やっぱりそうだったんだ。じゃあ僕ら同じ幼稚園だったんだな。偶然だね」

 

 

「うん」

 

 

転校生はこくりと頷くとそのまま視線を逸らして黒板の方を見つめた。

 

話は終わりということだ。まあ別に、僕もコイツには大して興味はないので構わない。強いていうなら幼稚園の時は無かったはずの火傷の跡が若干気になるくらいだ。

 

なんかよくわからんが災難だったな転校生。僕には強く生きろと言うことしかできない。それにしてもお前イケメンで良かったな、火傷の跡がある意味カッコよく見えるぞ。

 

 

 

 

 

 


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