オールマイトの動くスピードが凄まじかったので一瞬目の錯覚かとも思ったが、現場に目をやるとやはりそこにはオールマイトが忽然とおり、目の前にいたはずのガリガリ男は影も形もなかった。
何度かオールマイトと、ガリガリ男がいたはずの場所を交互に見た僕はとりあえずスマホの録画を止めると、超速スロー再生してそれを見返す。
「……やっぱり」
画面のなかでガリガリ男はやはりオールマイトに変身した。
僕が衝撃的な事実に唖然としている間にヘドロはオールマイトによって片付けられ、いつの間にか場は騒がしくなってきていた。
メディアが集まり取材を始め、その騒ぎに気づいた人達がさらに集まってくる。
僕はスマホとオールマイトを交互に見て少し迷ったあと、その場を後にすることにした。
***
帰宅した僕は姉に、ストレス発散用食材の調達不履行を責められたが、商店街で発生したオールマイトが出張る事件の目撃者として詳しく話をすることで事なきを得た。
ただし、オールマイト変身事件については話していない。まあ当たり前だが。
色々と考えなければいけないことがある。
一通り調べたところ、オールマイトが変身するという情報はやはりどこにも載っていなかった。僕が知らないだけでそういう個性だったのかもしれない、という僅かな可能性はこれで消えた。まあほぼないとは思ってたけどさ。さすがの僕もオールマイトについてはそれなりに知っている。なにせNo.1ヒーロー様だからね。
まあそれはいいとして、ということはアレは一体なんだったんだろうか。
とりあえず調べを再開する前に質問サイトに投稿しておこう。なにか情報が来るかもしれない。
「あー……まじか」
オールマイトがガリガリ男からムキムキマッチョに変身したのを目撃したんだけど情報求む。
と、いうような内容の質問を投稿したあと、しばらく別のタブでオールマイトについて調べていた僕が五分ほどたってから質問サイトを確認すると、その質問は跡形もなく運営に消されていた。あー。そういう感じか。慣れてるな。
「まあ、確かにそうだよねぇ。人がたくさんいたどころか報道陣までいる前で変身するくらいだし。そりゃ目撃するのも僕が初めてなわけないだろうさ…」
試しにSNSでアカウントを作って、先程の動画を載せてみた。すると5秒後にアカウントがBANされた。おお…。早いな。
うん。恐らく何者かによってオールマイト変身の情報は統制されているな。まあ、何者かというか、普通に考えて国とかだろうけれども。
試しにまた別のSNSサイトでアカウントを作って、オールマイトが変身したの見たんだけど!と投稿してみた。するとすぐにそのアカウントもBANされた。徹底してるな。
「ん?」
呆れ半分の笑みを浮かべて大きく息を吐き出した僕は、と、そこで、通知が来ていることに気づく。おや。質問サイトの通知だ。
別のユーザーからメッセージが僕に直接届いていた。クリックして開くと、そこには簡潔な文が。
ネットの表面なんかにそんな情報ねぇよ。興味あんならもっと深く潜れば?
ああ、うん。まあそうだよね。たしかに。あーー、でもな。危ないからあんまり深いとこには行きたくないんだよな。……でもなぁ。気になるしなー。
…………仕方ない。潜るか。しばらく悩んだ末、そう決めた僕は準備を始めた。
ダークウェブをご存知だろうか。その名の通り、インターネット上のアンダーグラウンドな闇の部分である。
詳しく説明すると、僕たちが普段インターネットで利用するG⚫⚫gleやYah⚫⚫!などの検索エンジンでアクセスできるウェブをサーフェイスウェブ、
逆に、検索エンジンでアクセスできないウェブを「ディープウェブ」と呼び、そのなかでも専用のウェブブラウザなどを利用しないとアクセスできないウェブが「ダークウェブ」だ。
僕たちが普段利用しているインターネットは、サーフェイスウェブ~ディープウェブの一部だ。そしてダークウェブはディープウェブのなかでも、特に秘匿されたウェブといえる。まあ要するに、つまり、サイバー犯罪の温床である。
まあここまで聞いてダークウェブがやばいということは伝わったと思うが、もう少し掘り下げて、ダークウェブで売られているものやそこにあるサイトなどを少しあげてみよう。
各種サイトのログインIDとパスワードのセット、メールアドレス、ドラッグや偽造クレジットカード、偽札の販売や児童ポルノサイトなど。
軽くあげただけでもこんなところだ。まあ、僕の説明がわかりにくかった人やもっと知りたい人は自分で調べてね。
まあそれはいいとして、とにかく重要なのはダークウェブではどんなものでも取引されているという点で、普通に暮らしていたら手に入らないであろう情報なども入手することが出来るという点だ。
つまり一般には厳しく情報統制されているらしいオールマイト変身の謎の答えも普通に転がっているというわけで。
「おーる、ふぉー、わん」
AFO。オールフォーワン。へーえ。そうだったんだ。なるほどね。
一通りダークウェブ上を回ってみたところわんさか突飛な情報が手に入った。いわく。
オールマイトの個性は『ワン・フォー・オール』。
それは、何人もの努力によって「力を蓄積する個性」と「個性を譲渡する個性」の2つが融合して誕生した個性であるらしく、オールマイト曰く、聖火の如く受け継がれてきた「力の結晶」だと。
ちなみにそれを受け継ぐ前はオールマイトは無個性だったらしい。へー。緑谷と同じじゃん。
ちなみにワンフォーオールは【自らの肉体を強化する】というとてもシンプルな個性であり、オールマイトは約6年前のAFOとの戦いで実質相打ちとなり、呼吸器官半壊、胃の全摘出を必要とする重傷を負い、その後、度重なる手術と後遺症の影響で、極端に痩せた姿「トゥルーフォーム」となったらしい。ああ、僕がさっき目撃したガリガリの姿ね。あれが真の姿だと。へー。
ちなみに普段のムキムキマッチョな身体は、本人曰く「プールで腹筋を力み続けてる人」みたいなものらしく、つまりは全身を強張らせて大きく見せているだけのニセ筋であるらしい。なるほどわからん。
少し考えただけでも物理的に色々とおかしいが、…まあいい。めんどくさいし流そう。
それよりなにより、ここまで見て思ったのはただ1つ。オールマイト。大丈夫かお前。
オールマイトは、もう知らない人がいないほど有名人なのにも関わらず、そのプライベートや素性は一切の謎に包まれており、本名や年齢、"個性"を含めたプロフィールの多くは非公開としていることでも有名だ。
それなのに。
ダークウェブで堂々とオールマイトの個人情報セットが売られているのを見て、僕はなんとなく哀愁を感じて切なくなった。それと同時に思わず買ってしまいそうになったのが怖かった。衝動って怖い。
つーか高いな!いやでもこれ、まあ貯金がほぼ吹っ飛ぶが、買おうと思えば僕が買える程度の値段なんだけど……。
「………………」
なんでだ?
おかしい。おかしすぎる。存在そのものがヴィラン犯罪の抑止力とされ、"ナチュラルボーンヒーロー"、"平和の象徴"と称される生ける伝説、数々の肩書きを持つNo.1ヒーロー、オールマイト。そんな人物の個人情報が、いくらダークウェブとはいえなぜこんなに簡単に手に入るんだ?
……どうもおかしい。この商品が偽物?いや、だが他にもオールマイト情報は数多く売られていて、かつ出品者は異なるがどれも値段は似たりよったりだ。まあ、名前を変えているだけで実は同一人物が売っているという可能性も十分ある訳だけれども。
だが商品やその値段を抜きにしても、オールマイトの情報はダークウェブ上に溢れている。溢れすぎている。あまりにも……。
これはどういうことなんだろうか。調べよう。