「おや」
GW前最後の登校日、帰宅すると家の前の道路で姉とその相棒の男とバッタリ鉢合わせた。
冒頭の一言は姉の相棒が発した言葉である。
「弟くんじゃないか。久しぶりだねぇ」
「……お久しぶりです、
その男は唇の片端をつり上げて、独特の歪んだ笑みを見せた。
「雄英の制服だ。懐かしいな、なぁ綺羅?」
「そう?」
僕の姿を見て懐かしげに目を細めるソイツに姉がフンと鼻を鳴らしてこたえる。相変わらず鮮やかな金髪を夜風に揺らして、勝ち気な表情の姉は僕の胸元の2つの金ボタンに目をやり不愉快そうな顔をした。
「普通科の制服でしょ」
「あれぇ、弟くんヒーロー科受かったんじゃなかったっけ?」
「元々ヒーローになる気ないんだよねぇとかほざいて蹴ったのよ。ああ腹が立つ」
「おやおやそれはそれは」
相変わらず面白い姉弟だ。
うっそりとそう呟くその男の名は
個性、
空気や風を操る強個性の持ち主である彼は、雄英高校ヒーロー科を3年間首席で卒業した文句なしのエリートで、卒業後何を血迷ったのか姉とペアを組み、圧倒的な実力とオーラで若手ヒーローの中でバリバリ頭角を表している。
青い髪に青い瞳。180を超える高い背にしゅっとした整った顔立ちの彼はそこの要素だけ見れば単なるクールな好青年だ。
しかしどことなく危険な光を宿す眼光と皮肉げな態度、一線を越えないギリギリのところまでヴィランを叩きのめすそのヒーロー活動の様子から異質な存在感を放つ男であった。
「珍しいですね、うちに来るなんて」
「綺羅を送ってきたんだよ」
姉を……送る……?
僕の目が口ほどに物を語っていたらしく、風真は苦笑してヒラヒラと手を振った。
「最近物騒だからさぁ。ホラ知ってるでしょ〝ヒーロー殺し‘’」
「ああ……。ニュースでやってましたね」
「最近知り合いがやられてね、危ないから油断しないどこうと思ってさ。相手はイカれた奴だろ?綺羅の個性が効かない可能性があるから」
「たしかに」
まあ、かくいうこの男も姉の個性が通用しない点でイカれているわけなのだが、そこはおいておこう。
「そういえばもうすぐ体育祭じゃん。弟くん、どうなの?意気込みの方は。昔の綺羅はド派手にやらかしてたけど」
「アンタがいなけりゃもっと完璧な演出ができてたのにね」
「フフ、いい思い出だねぇ」
ニヤニヤと恍惚に満ちた笑みを浮かべる風真をゴミを見る目で見たあと姉が僕を振り返って家に入るよう促した。
「ちょうどよかった、統也に話したいことがあったのよ。早く家入んなさいよ。空、もうここまででいいわ、ありがとう、じゃあまた明日」
「はいよー、じゃあおつかれ。弟くん、体育祭活躍楽しみにしてるよぉ〜」
話?姉が僕に?どうせろくな話じゃないだろうし無視しよう。と、風真に挨拶する姉を背にスタコラサッサと家に入り自室に引っ込もうとしていた僕の背中に姉の鋭い声がかかる。
「アンタうまくいけば一人暮らしできるかもよ?」
なんだと?
*
「体育祭の司会に選ばれた?」
「まあメインはプレゼントマイクさんよ。私はあくまでコメント役っていうか客寄せパンダ枠っていうかそんな感じ」
「あーなるほど。スゴイネー、ヨカッタネー、で?」
危うげな雰囲気の風真と、健気で性格もよく頑張る美女(表向きの姉)のコンビは妙にマッチしてみえるのか、その実績とSNS戦略により2人は若手ヒーローの顔のようになっている。
近頃はちょっとしたCMにも出始めている姉にこういった話が来るのはまあ変な話ではない。一時は体育祭で話題をかっさらった卒業生なわけだし。
だが僕には関係のない話だ。せいぜい体育祭の間ずっと姉の声が聞こえ続けるという苦行が憂鬱だなというくらい。それがどうした?
「で、じゃないのよ。アンタは私の弟でしょ。実況中、絶対そこ突っ込まれるに決まってるじゃない。体育祭でアンタがボケた真似してたら私の足引っ張ることになるのよ」
「へーーえ」
「私の表の顔は統也も知ってるでしょ?当日はアンタのこと応援するいい姉を演じるわ。あんたの評価が上がれば私の評価にもつながるの。だから優勝しろとまでは言わないけど、せいぜい派手に見せ場作んなさいよ」
「え、めんどくさ」
あからさまに嫌な顔をする僕に、そういうと思ってたわ、と姉がしたり顔で頷く。
「まあ体育祭なんてサポート科以外の、ヒーロー科を目指してない普通科の子とか他の科の子にとってはなんの旨味もないってのはわかるわ」
「体育祭での主役はヒーロー関係に行きたい奴らだから」
ヒーローに関係する分野に将来設計を立ててる奴ら以外にとってはただの学校行事以外の何物でもない。それは僕にとっても同じことで、わざわざここで僕が躍起になって体育祭で大活躍してなにかメリットが有るかと言われたらなにもない。
そのため今のところ僕はテキトーにやることやってテキトーに帰ろうと思っていたのだが。
この……姉のなにか企んでいる表情。先程の一人暮らしとかいう言葉。とりあえず話は聞こう。
僕は続きを促した。
「私たちが近いうちに独立して首都圏に事務所を建てたいと思ってるのは知ってるでしょ」
「ああ、そうだったね。秋あたりには目処が立つとか言ってなかった?」
「それが大分話がうまくいってね。もうこっちでの仕事は雄英体育祭を最後に引き上げて向こうに行くことになったのよ」
「へぇ、大分早まったね。東京だっけ」
「まあね」
ふーん。まあ早く姉がいなくなるならそれに越したことはない。万々歳である。
「私と空がプチ拠点として使ってたマンションの一室があるんだけど、私達が向こうに行くともうあんまり使わないのよ」
「あーあそこね。雄英の近く」
「あれ、うちの持ってるマンションでしょ?だから体育祭で活躍してアンタが私の役に立てたら、あれを統也の好きにしていいっていう約束をママとパパからもぎ取ってきたわけなんだけど」
「え?なんで?」
両親からしたら僕に与えるより人に貸したほうがよくないか?というかそこまでするほど体育祭の件が姉の出世につながるとは思えない。僕は怪しむような目で姉を見た。姉はため息を付いた。
「結局あそこはまたいつ使うか分かんないし、人に貸したりすると面倒なのよね。簡単にどけとは言えないし」
「なるほど」
「まあアンタが卒業するまではどけとは言わないわよ。どうせ数年はあっちで本腰入れるしね。たまに使うくらいはするかもだけど」
「ふぅん。ちなみにそこ使うのってタダ?」
「光熱費込みで月3万よ。私もパパに払ってたし、アンタもなんかよく分からない商売で割と稼いでるんでしょ。余裕じゃない」
「まあね」
東京と静岡はそこそこ近い。何かのときに使えるかもしれないためとっておきたいが、しばらくは無人になる。無人になると管理が大変なので、ちょうどいい、エサとして僕に与えておくついでに体育祭で役に立ってもらおうという魂胆か。
まあ悪い話じゃない。体育祭で少し頑張れば好きに使える部屋が学校の近くにできる。まあもし大して目立てなくて部屋がもらえなくても現状維持。特にデメリットはない。
「いいよ、わかった。取引成立だね」
「アンタの話が分かるとこだけは好きよ〜ウフフ。それじゃ、写真撮りましょ」
「は?写真?」
「そうよ、フォトスタ用の写真。1枚くらいは姉弟で仲がいい様子を投稿したいの、私のイメージ戦略の一環として」
姉弟で仲がいい?僕は吐きそうな顔をした。姉も同じ顔でこちらを見た。お互い歪んだ顔でしばし見つめ合うが、姉が引きそうにない気配を察して妥協することにする。
「諭吉」
「樋口」
まあいいだろう。受け取った樋口を財布にしまった僕の隣に移動し、姉は無言でカメラを構える。
カシャッ。
カメラにはキラキラの笑みを振りまいた僕らが仲よさげに笑って写っていた。
久しぶりの実家!体育祭頑張ってね!
無表情で投稿する姉。能面のような顔で見守る僕。
「用は済んだ?」
「ええ」
僕らは真顔のままそれぞれ部屋に戻った。全く世界は嘘と欺瞞に満ち溢れているね、本当に。
**
「群がれマスメディア!今年もお前らが大好きな高校生たちの青春暴れ馬……雄英体育祭が始まディエビバディアァユゥレディ!?!?!?」
死ぬほどハイテンションのプレゼント・マイクの声が控室にまで聞こえてくる。
体育祭当日、1ーDの控室で椅子に座ってダラダラしながら僕は入場の時間を待っていた。
控室はメラメラとした闘志が渦巻いており、ヒーロー科を目指す生徒たちの並ならぬ決意を肌で感じる。ついでに僕に対する敵意もかなり感じた。ほらね、ぐるっと見渡しても数人がこちらを睨んでいるので、にっこり笑い返してあげると彼らは忌々しげに顔を背けた。
まあヒーロー科普通科問題は今、いつにもまして燃え盛っているから無理もない。体育祭の開催が決まった日の放課後、普通科とヒーロー科の間で火花が散った出来事をきっかけにボルテージは上がり続け、今が最高潮である。
噂によるとどうやら1ーCの心操とかいう奴が堂々と宣戦布告をしたらしいが、例によって爆豪が挑発したため1年A組はかなり周りから敵視されているとかいないとか。
爆豪か。相変わらず元気そうでなによりだ。
爆豪に関しては雄英合格に関しての一連の事件以来一切口をきいていない。あのあとも中学で顔を合わせる機会は普通にあったのだが、お互い不干渉を貫いた。最高の形で爆豪に屈辱を与えたことにより勝利をおさめた僕はともかく、辛酸を舐めた爆豪があれ以来不気味なほど僕に関して鳴りを潜めたのは謎である。伸び切った鼻っ柱を叩き折ってやったのでさすがの爆豪も謙虚になって己の身を振り返ったのだろうか?
うーん、あいつが?にわかに信じがたいな……と言いたくなるが、まあでも僕個人の感情はさておき、客観的に見ると爆豪は全てを感情任せに行動するように見えて意外と冷静に思考を巡らせている部分がある。まぁそうでもないと、いくら才能に恵まれようともここまでのし上がってはこれないだろう。
入試実技1位で筆記も上位だったのに補欠合格になったのは、なにも僕のささやかな嫌がらせだけが原因ではないということくらいは、頭が冷えてから認識したはずだ。上昇志向だけは死ぬほど強い男であるため、これから先ヒーローとして上り詰めるために己に足りないモノが戦闘や実力的な面だけでないということを自覚しはじめた可能性もある。
いや、さすがにそれは買いかぶり過ぎかな?単にもうこれ以上僕に関わりたくないだけかもしれない。
まあなんでもいいけどね、僕に関係ないし。
ぶっちゃけ僕は、爆豪が僕に働いた無礼の分はのしをつけて叩き返してスッキリした上に、僕の生活にこれ以上関わってこなかったので、爆豪に関しては満足しているのだ。相変わらず大嫌いだし死ねばいいのにくらいには思っているが、相手が何もしてこないならこちらから関わる理由もない。今のところは。
握りまくっている爆豪の弱みは、使うにしても5年か10年後とかだな。ヒーローとして確固たる地位を築き始めたあたりに投下してやろう。その方がダメージはデカいはずだ。
なにはともあれ、あれから僕は中学を卒業するまで爆豪を煽ったりちょっかいを出すようなことはしなかった。お互いお互いの存在を無きものとして扱い、知り合う(?)前の状態に戻っただけである。爆豪が何を考えているのかはしらないけど。
まあでも、今日は否応なしに関わることになるかな。体育祭で活躍するとなると爆豪とぶつかるのは必至だろうから。
そんなことをつらつらと考えていたら、バタンと控室のドアがあいて誰かが入ってくる。顔を上げると入口には、紫色の髪に目元に濃い隈がある男子生徒が立っていた。
おや、これは普通科で話題の心操人使くんじゃないかな?
「速坂統也っているか?」
突然現れた彼はなぜか僕の名前をあげ、その場にいた全員の視線の先を追って僕にたどり着いて目線を合わせた。
たしか心操とは初対面だと思うんだけど、一体僕に何の用?