姉の個性は魅了で、他者の中の姉に対する好意をやや増幅させる効果を持つ。制限は、一度に4人までしかかけられないことと効果時間が最大24時間ということだ。
と、今まで思っていたのだが、どうやら少し違っていたらしい。
「なあんかねぇ、最近ちょっと違うんじゃないかって思ったのよねえ」
そういう姉曰く、ついこの間イライラしている時に両親の干渉が鬱陶しく感じられて、うざいからもう私の事なんて放っておいてよ、他人みたいに接して!と強く思ったんだとか。
そしたら次の瞬間驚くほど両親の態度が豹変し、まるで他人を見るかのような目で姉を冷たく見て、他人行儀な態度で接してきたらしい。
当然姉は驚き不可解に思ったが混乱した頭で考えても原因は分からず、その日の夜ようやく落ち着いてから改めて考えたところ、やはり両親の豹変ぶりの原因として思い当たるのは自分が心の中で思った、他人みたいに接して、の一言しか無かった。
両親の冷たい態度はその後も続き、きっかり24時間後にいつも通りに戻ったのだそうだ。そして両親自身、その24時間の間の自分たちの態度に戸惑っていて、ひたすら謝り倒してきたらしい。
そんなわけで姉は色々な実験をしてみたらしく、ペラペラとその結果を話して僕にどう思うか意見を求めてきた。
どう思うって。いや僕に聞くほどのことじゃないだろ。
「姉さんの個性は、魅了、じゃなくて他者との心の距離を操る感じのやつだったんじゃないの。今まではうまく使いこなせてなかったから、相手の心をちょっと自分に引きつけるくらいしか出来なかったってことだろ多分」
「そうよね。私もそう思う。……いや、厳密に言うと、相手と私の関係性のカテゴリを動かすことができるって感じなんだけど」
うん?カテゴリ?
首を傾げると、説明が付け加えられた。ふーん。なるほど。
例えば姉と両親の関係性は家族。両親に個性を誤ってかけてしまった時、姉は普段、姉に対して家族というカテゴリにある両親の心を、他人というカテゴリに放り込んでしまったそうだ。
「でもちょっと不思議なことがあるんだけど、この前アンタの私に対する心の距離をちょっと離してみたのよね。家族から友達のカテゴリに移したの」
勝手に何してんだ。ジロッと姉を見ても姉は悪びれもせず平然と僕の視線を無視した。
「それなのにアンタ何も態度変わんなかったのよね。なんで?」
「さあ?」
嘘、大体予想はつく。そう思ったのが顔に出たのか、姉がギロリと僕を睨んで、なんか思い当たるんなら吐きなさい。と命令した。その言い草に地味にイラッとしたけど、まあ別に隠すようなことでもないから僕は素直に言うことにした。
「僕と姉さんの“ 関係性 ”は家族かもしれないけど、僕の姉さんに対する“ 心の距離 ” が家族じゃないからじゃないの?今更ちょっと心を離された所で大して影響はなかったってわけで」
普通、関係性と心の距離はだいたい一致する。家族という関係性の相手には家族愛を持っているし、恋人という関係性なら、その相手には恋愛感情を抱いているであろう。
でもそれには例外があるという事だ。例えば僕とか。僕と姉の関係性は家族ではあるが、僕は姉に対して家族愛など持っていない。よって個性がよくきかない。
「ああ、なるほど……。アンタみたいな例外もあるのね。それが知れただけでもよかったわ」
姉は納得したようにふぅむと頷いた。
しかしこれなら十分ヒーローとして活動できるんじゃないのかね。相手との心の距離を操れるというのは結構恐ろしいことだ。
例えば、姉と戦う相手という関係性であるヴィランがいたとしよう。そのヴィランの心を、敵というカテゴリから家族というカテゴリに放り込めば、相手は姉を家族と同じくらい大切な存在として認識するので攻撃出来なくなったりするのではないか。
まあ、かなり有効なのでは?ついでに実技で周りの人間の心をつかむのも、その個性使えばいけるんじゃね。
僕はその後しばらく姉のチキチキ個性強化作戦に付き合わされたあと、交渉して報酬をもらう約束を取り付けてから正式に姉弟共同戦線を終わりにした。あばよ。
そして約7ヶ月後の3月、姉は見事に不合格となった。
***
「速坂、お前こっち方面だったか?」
「あーうん、違うけど、ちょっと寄るとこあるから」
6年生になった僕は帰り道、それなりに話す関係になった轟焦凍に不思議そうにそう聞かれた。まあ、うん、ちょっとね。そういうと轟は、そうか。といってすぐに引き下がった。こいつは変に干渉してこないところがいい。
分かれ道でじゃあまた明日と別れる。
そう。僕には少し寄るところがあるのだ。まあ大したことではないんだけどね。うん。近くの八百屋さんに用事があるのだ。え?なんの用事かって?そりゃあ買い物だよ買い物。今日という日を平穏に過ごすための必需品を僕はこれから買いに行くのだ。
「こんにちは!!」
「らっしゃい!ってあら、統也くんじゃないの、学校お疲れ様!よく来たねぇ。またこれかい?とっといたよ」
「はい、そうです!わざわざありがとうございます。いつもすみません」
「まぁ、相変わらず礼儀正しくていい子ねぇ。いいのよ〜、おばさん統也くんと会えるの楽しみにしてるんだからこれくらい。もう常連さんだしねぇ」
僕はいつも通り、八百屋のおばちゃんにニコニコと礼儀正しくて元気のいい小学生の仮面をつけて話しかけた。すると僕のことを気に入っているおばちゃんは相好を崩して、僕のために取っておいてくれたというその品物をドスンとレジに置く。お礼を言いながら財布を取り出した。
というかなんでこの僕が小学生にして既に近所の八百屋の常連さんにならねばならないのか。非常に不本意である。姉め。みんな貴様のせいだ。そしてそれ以上に雄英め。姉がこうなったのは貴様らのせいだ。
心の中で諸悪の根源を罵りながらも表面上は笑顔でおばちゃんにお世辞を連発する。すると嬉しそうに舞い上がったおばちゃんは、特別よぉ、といいながら値段を少し負けてくれた上にもう1つおまけに付けてくれた。ふっ、チョロい。
僕は見事な大きさのキャベツ2玉を手に入れて帰路に着いた。
さて。一体なぜ僕がこんな謎の行動をしているのか。説明しよう。ことは、姉の雄英の合格発表の日の少し前までさかのぼる。
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「たっだいまぁ!!」
「あら綺羅ちゃん、おかえりなさい、お疲れ様!試験どうだった?」
入学試験から帰ってきた姉はすこぶるご機嫌な様子だった。両親だけじゃ飽き足らずわざわざ僕をもつかまえて試験の出来を語ってきたくらいだ。
曰く、筆記の手応えは完璧だったし実技の試験形式もほぼ僕達の予想通りだった。初めて試験内容をその場で聞かされて少し戸惑った様子の受験生たちを、その隙をついて見事にまとめあげ、ロボから市街地を守る防衛戦の指揮をとって順調にボコボコにしていくことが出来た、などなど。
これで貢献ポイントは十分かせいだわね、と姉は鼻高々にのたまった。
更に、試験中盤から体力が続かなくてへばってきた、個性は強いものの運動神経や反射神経がよくなくてうまく立ち回れなかったり怪我をしたりした、いざ実戦となると体が竦んで動けなくなってしまった、などといった問題で半ばパニックになる人もそれなりにいたらしく、姉は暫定的に市街地の中に避難所をもうけ、そういった人たちを回収して救助したらしい。
ある意味あの場の白衣の天使だったわよ。これで救助ポイントもタンマリ!と、姉はとても天使とは思えないゲス顔でニタリと笑った。白衣の天使の意味知ってる?
最後に、姉は小学校の頃から合気道の教室に通ってたので、体力も実戦経験(合気道の試合などによる)もあるし運動神経も良いため実技試験中へばったりはせず、むしろ誰よりも走り回って指示を飛ばし人を助けるついでにロボを二、三体ほど倒したそうだ。
撃破ポイントも少しは手に入れたわよ。さすが私ね!と、姉は自画自賛した。
ベラベラとずっとそのことばかり話す姉には辟易させられたものの、以上3点から姉の合格は確実と思われ、両親や周りの人はもちろん僕でさえ姉が合格することを信じて疑わなかった。
だがしかし運命の合格発表の日、姉は一転してその自信をへし折られることになる。
家に送られてきた投影装置によりその場に投影された教師が言うところによると、君は素晴らしかったし誰よりもあの場で貢献していたし能力もかなり高い云々かんぬん、だがしかし今回の試験の採点の基準は、撃破、救助、貢献が、6対3対1の配点比率で定められていて、規則通りに採点したところ君は非常におしいが残念ながら一点の差で………………
「速坂綺羅くん、君は不合格だ」
「…………………………」
その日我が家に怒り狂った大魔王が爆誕した。