僕の灰色アカデミア   作:フエフキダイのソロ曲

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第6話

姉は静かに静かに怒り狂った。

 

僕は曲がりなりにも生まれた時から姉と一緒なので、姉が癇癪を起こしたり激怒したりする姿は何度も見たことがあったが、今回ほどブチ切れた姉は初めて見ると思う。

 

凄まじい勢いでキレた姉は、だがしかし一周まわってある程度冷静になったのか、額にビキビキと青筋を浮かべながらも速やかに雄英高校普通科(そっちは合格していた)の入学手続きを行った。

 

おや?普通科とな?諦めたのか?とも思ったのだが、だがしかし姉は、様々なプロヒーローの中から自分に似たタイプのヒーローを探しだし、その人がどのように今活躍しているかやヒーローになるまでの道のり、そして身につけている技能だったりを調べ尽くすということを始めた。

更にその人の分析を細かく行って今の自分に出来ることを探して実行したり、合気道の教室にも普段以上の熱意を持って通い体を鍛えるのをやめなかった。

 

ついでに僕には、アンタから見て今の私に足りないとこを教えなさい!ちなみに下らないこといったら土に埋めるから真面目に答えろ、という命令が下され、素直で誠実な僕はそんな理不尽な命令にも忠実にしたがって思う存分姉をこき下ろし罵ったところ、倍以上の罵りが返ってきて最終的には取っ組み合いの喧嘩になった。

 

だが姉の周りの人間はほぼ姉の信者で、姉に対して甘やかさず微塵の遠慮も見せずにズケズケと欠点を列挙する人間は今のところ僕だけであり、そういうのは姉にとってある意味貴重だったらしく、姉はしぶしぶ僕と肉体言語で会話するのをやめた。

 

まあ僕は分析だけは真面目にやったので、その伝え方はともかく言ったことは間違ってないからね。

 

何はともあれ、姉はものすごい勢いでヒーロー目指して努力をしていた。おそらく姉のすさまじい怒りが原動力となってこんなにも精力的に動いているのだろうが、それにしても不可解だなあ。他の私立のヒーロー科にも合格してたんだし、だったらなんでそっちにいかなかったんだろうか。

 

 

姉が入学する日の朝、なぜ普通科にいくのか、実はヒーローの道を諦めたりしてるのかと問うた僕に、姉はおどろおどろしい怨念に満ちた声色で答えた。

 

「諦めるわけないでしょ。雄英の普通科にいくのは、この私の輝かしい経歴に泥をつけやがったあのドグサレ共を残らず三枚に下ろして踏みつけにして心の底からの後悔と謝罪を引き出すために決まってるじゃない」

 

「うわぁ……ヒーローになる前にヴィランになりそう……」

 

 

ドン引きだ。僕の予想以上に姉はこじらせていたらしい。輝くような笑顔を浮かべながらも地を這うような声で吐き捨てられた内容に僕はドン引きした。

 

 

姉にとって一番大切なのは面子、世間体、自分への評価、とかそんなんだ。それを保つためには努力も惜しまない姉は、絶対受かって見せるから!とか周りに公言までしていたのにも関わらず、アホみたいな採点基準で落とされたという屈辱がよほど腹に据えかねていたみたいだ。

 

まあ、たしかに撃破、救助、貢献、を平等にみずに採点するのはおかしいと僕も思うけどさあ。

 

ドン引きする僕を歯牙にもかけずに姉は獰猛な表情で言葉を続ける。

 

 

「アンタは知らないでしょうけど、雄英にはね、体育祭で活躍すれば普通科からヒーロー科に編入できるっていうシステムがあるのよ。私はそれを利用するつもり」

 

「へー、そうなんだ」

 

「ふん。首といわず全身洗って待ってなさいよ雄英の脳筋どもめ……。この綺羅様が体育祭でアンタら全員叩き潰して優勝して世間からの注目も全部かっさらってから大手をふって編入、そして世間に私みたいな金の卵を不合格にした雄英の入試がいかに非合理的かってことをさらしあげてボコボコにしてやるんだからっ……!!」

 

 

気を付けろ雄英。大魔王がいくぞ。

 

僕はこれから姉と関わることになるすべての雄英関係者に心からの同情を捧げた。

 

 

 

***

 

 

まあそんなこんなで姉は雄英に通い始め、僕は姉との交渉で得た報酬(僕を合気道の教室に通わせるように両親を説得する)をつかって合気道の教室に通い始めた。

 

ちなみに合気道をならい始めたことにはそんな深い意味はない。なんとなくだ。強いていうなら、姉から実技試験の周りの様子を聞いたことで、やはり強い個性を持っていても実戦で使いこなせなければ意味がないんだなあ、と気づいて自分を鍛えようかなと思った程度である。うん。まあ。そんなとこ。

 

もうひとつ付け加えるとすれば将来のためである。

 

僕は今のところ将来何になりたいかとかは全然決まっていない。ある程度の地位と富と快適な暮らしができればそれでいいかなと考えているくらいだ。

そのためにはどうしたらいいかなーと漠然と考えてはいるが、いざ、なりたいものが決まったときに選択肢が少なくなるのはいただけない。

 

まあその進路を決める段階になったときのための準備として、学力は十分にあるので問題ないから、あとは体力?というか戦闘力?というか運動面か、そういうのを底上げしとこうと考えて、最近通い出した合気道の教室では筋がいいと誉められている。ははっ、さすが僕。

 

と、自画自賛したところで僕は意識を現在に引き戻した。家のドアを開けて中に入り玄関を見たところ、姉の靴がおいてあった。どうやらもう帰ってきているらしい。早いなオイ。まあちょうどいいからいいけど。

 

リビングにはいると、キッチンの方から騒音が聞こえてきた。あーやってるやってる。

 

鬼女のごとき異様な迫力でひたすらなにかをビタンビタンと打ち付けている姉に僕は呆れながら声をかけた。

 

 

「またやってんの、姉さん」

 

「あらぁ統也じゃない、で、ブツは?」

 

「ここにあるけど」

 

 

短縮授業だったらしく、いつもより早く帰宅していた姉に答えつつ、僕は買ってきたキャベツをキッチンにおいた。

 

それを見て満足そうににたりと笑った姉は不気味な笑顔で捏ねていた餃子の生地を、また、ビタン!と作業台に叩きつける。そして、

 

 

「地獄へ堕ちろあのクソ野郎!!アンタなんかこうして、こうして、こうして……!!こうしてやる!!」

 

 

悪態と共に素晴らしい構えで振りかぶられた麺棒がドスドスと生地に振りおろされ、タコ殴りにされた生地は見事な薄さに伸びていった。うわぁ…。

 

普通科に入学した姉は雄英でもみんなのアイドルの座を勝ち取ったらしいが、そんなことはどうでもいいらしく、ことあるごとに見せつけられるヒーロー科への学校側の贔屓や、ヒーロー科の生徒の無意識な特別意識などに、怒りのボルテージは上がるばかり。

 

今まで常に人の上にたってきた姉からすると、いくら成績がよくても人望があろうとも、普通科であるというだけで感じる二軍感は耐えられるものではなかったらしい。

 

当初僕としては姉の意識しすぎではないのかとか思ったりもしたのだが、話を聞く限りではどうやらそうでもないようだな、と考えを改めた。

 

うん、まあ、ことの真相はどうあれ、とにかくストレスが溜まりにたまった姉はどこかで発散しないと爆発すると危惧したらしく、次第に、イラついたことがあった日は家のキッチンを占領して料理をするようになったのである。

 

今ではもう悪態をつきながら料理というかもはや何かと戦っている姉の姿は我が家の名物になりつつあってその事実に僕は笑いをこらえきれない。

 

ちなみに姉はオフィシャルコメントでは、うーん、ストレスがたまったときはお菓子とかちょっと凝ったお料理とかをして紛らわしてるかなっ!と図々しくも可愛くて健気な女子を演出してそうほざいているが、実際はそんなんじゃない。

 

実際はお菓子やお洒落な料理どころか、とにかくストレスを発散するために練って叩いて切る練り物料理しかつくらず、そんな日は僕たち家族は大量の春巻きやら餃子やら千切りキャベツやらを消費する羽目になるのだ。

 

 

「ふっ、見事な大きさのキャベツね、まるであいつの頭みたいだわ」

 

 

餃子生地へのイジメを終えた姉は、今度は僕の買ってきた丸々大きいキャベツを手に取ると、そう言いながらまな板の中央に設置。オルァ!というドスの聞いた掛け声のもと包丁のひとふりで見事に真っ二つに両断してみせた。

 

そして無表情でザクザクとひたすらキャベツを切り刻んでみじん切りにしはじめる。

 

 

 

「………………」

 

 

もはや笑いを通り越してなんともいえない気持ちになった僕は無言でその場から退散することにした。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

そんなこんなで姉が炎をメラメラと燃やしてヒーロー科の連中を引きずり下ろすために邁進しているなか、六年生の5月、僕はある失言をしていらん面倒を背負うはめになる。

 

それは、5月なのにやけに肌寒かったある日、ちょうど隣にいた轟に冗談半分で、寒いから炎であっためてくれ、と言ったことから始まったのだ。

どうやら僕は気づかずに地雷をふんだらしい。轟の顔が曇ったと思ったら、なぜか彼は断るついでにその理由を一から説明することを始めた。

 

 

 

 

「…どこまで話したっけか、…ああ、そうだ、個性のための結婚。いわゆる個性婚ってやつ。速坂はそのこと知ってるか?」

 

「聞いたことならあるけど」

 

 

僕は死んだ目で、ふむふむとクラスメイトの自分語りに相づちを打った。いやもういいよ……。ここ数日かけてちょくちょく語られた壮大なストーリーに僕はもうすでにお腹いっぱいである。なんなんだこいつ。どっかの主人公なのか?設定盛りすぎだろ。

 

 

「…~…~…っ、で、…が、…~…。……そうして親父は母の親族を丸め込み母の個性を手に入れたんだ」

 

「ふぅん、そうなんだ」

 

「金と実績だけはある男だからな」

 

「へえ」

 

 

金と実績だけあれば十分じゃね?

 

ボソボソと無表情で語る轟に、優しい僕は素直な感想を飲み込んだ。

 

彼が何を思って僕にそれを話そうと思ったのかよくわからない。たしかに僕はこの学校で轟と一番仲が良いだろうけどさあ。

僕は轟にあまり興味がないので、他の人みたいにその事情を熱心に聞いたりしないし一線は越えない、轟がたまに漏らす弱音やら一言自分語りやらはサラッと軽く聞き流す。

 

そんな僕の態度が好ましかったらしく次第に和らぐ僕に対する轟の態度を見て、たしかにある程度は懐かれているのだろうなとは思ってはいたけれども。

 

少し距離が縮まったからなのか、僕が『僕合気道始めたんだ。ああ、そういや轟はお父さんに武術、訓練してもらってるんだっけ。No.2のマンツーマンは厳しそうだけどためになりそうだな』とか余計なお世辞を口にしたからか、はたまたストレスがたまって王様の耳はロバの耳みたいに誰かに吐き出さずにはいられなかったのか。

 

炎の個性について不用意に僕が言及してしまった日から、何かのたかが外れたらしく、僕はなぜか轟焦凍に重い重い家庭事情を打ち明けられるようになった。

 

色々と述べたが様子を見る限りでは僕に、同情したり慰めることを求めているわけではなさそうだし、誰かに吐き出したかっただけ、というのが正解なのだろう。適当に聞き流すからいいんだけどさ。やっぱちょっと面倒くさい。

 

……まあでも轟も悪気はないんだし聞くだけならそんな大変でもないから諦めて最後まで聞いてやることにしたけど。ははっ、本当、僕って優しいなあ。

 

 

 

うんうん、で?結局お前は何がしたいって?

 

え?炎を使わないでNo.1ヒーローになることでにっくき父を否定する?

 

…え…本気でいってる?あーうん、そうかそうか。うん。そうなのか。

 

その悩みに対する僕からの解決策はただひとつだよ少年。

 

いますぐ大手ゴシップ紙、文冬砲で知られる週刊文冬に駆け込んで同じ話を記者の前でするといい。

 

そうしたらそんな回りくどいよくわかんないことをしなくても、世間が父をギッタンギッタンに否定して制裁してくれるからね。そのほうが超楽だからオススメ。おっけー?アンダースタン?

 

 

「まあ正直驚いたし何て言っていいかわからないけど……、お前ならできると思うよ。見返してやれ」

 

「ああ…。ありがとう、速坂」

 

 

賢明な僕はその意見は心のなかだけにとどめ、表面上は淡々とした表情で適当に感想をのべることにした。轟はスッキリした表情で、こころなしか嬉しそうに僕に礼をのべた。

 

いやいや、僕に感謝する必要なんてないよ。というかむしろ感謝とかやめてほしい。

 

だって、ホラ、僕にも一応罪悪感はあるわけだからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『~~…。~…っ、…だからだ。……俺はお母さんを苦しめたあいつを絶対に許さない。』

 

 

ピッ。

 

轟がどう思っているかは知らないが、僕は自分のことをあの姉の弟にふさわしい、最低な性格の持ち主だと自覚している。

 

 

僕は録音した、轟家末息子プレゼンツ『衝撃!No.2の家庭事情!』をCDに焼いて自分の部屋の机の引き出しの2重底の下に厳重に封をして、しまった。

 

 

ほら、僕も鬼じゃないから使わないですむならそれに越したことはないなぁって思うけど、人の弱味ってのはさあ、使う使わない、今敵対してるしていないを問わずに、手に入れられる状況なら手に入れるようにしてるんだ。まあこれは昔から姉を見てきて学んだことなんだけどね。

 

 

 

ゴメンね轟くん。できれば将来君と敵対しないことを祈るばかりだよ。君のことは別に嫌いじゃないからね。

 

 

 

 

 

 

 


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