元々僕は、たぶん、他の人と比べると周囲への興味とか執着心とか、そういうものが希薄な
家族とか、友達とか、世間体とか。正直自分に害がなければ基本的にはあまり関心がない。
基本的にはね。勿論、興味がわけば関心を持つこともある。まあいくつか例外を除いて大抵その関心は長続きしないけど。
でもそんな僕にも常に気にかけていることはあるのだ。気にかけるというと少し変かな。こだわりといったほうが正しいだろうか。まあ、分かりやすく言えば、姉にとっての世間体、面子みたいなものだ。姉の世界で一番大事で、常にど真ん中にあるそれら。今からするのは僕の世界のど真ん中についての話だ。
僕にとってのそれは一言で言えば、快適な暮らし、である。
なんだそんなことか、と思うかもしれないが、そう、そんなことなのだ。僕の願いなんてささやかなのである。
まあ、ささやかではあるのだけれども、最初の頃はそんな自分と折り合いをつけるのがとても大変だった。なぜなら昔の僕は常にそれに完璧を求めていたからだ。
完璧に快適な暮らしをするためには、不愉快な思いがあってはいけない。日常生活において思い通りにいかなかったり不快な思いや体験をしたりとか、そういうのが一つでもあると途端に快適な暮らしは快適ではなくなり、僕の求める完璧は破綻することになる。そしてそれは僕に実に不快な気分を味わわせるのだ。
なので僕としては、昔から自分の日常生活において起こりうるであろう不快な要素を出来るだけ前もって排除することを最優先に考えて生活を送っていたわけなのだが。
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きっと、僕、速坂統也という人間は、姉の存在に大きな影響を及ぼされているのだろうと思う。
姉がなぜ幼い頃から僕を嫌っていたのかは、姉の口から聞いたことがないので本当のところは僕にはわからない。おおかた僕の事を、それまで親の関心を一身に受けていた自分を脅かす存在だと認識したとか、そんなんだろうけど。
いずれにせよ、姉に物心がついたころから意地悪や嫌がらせを受けてきた僕にとって、そういった煩わしい思いから解放されたいという気持ちが強く芽生えたのは別におかしなことじゃない。
いつの頃からかは正直あまりよく覚えていないが、僕は密かにそんな気持ちを持ち始め、そして次第に大きくなっていくその思いを持て余した。
なぜなら、当然のことながら完璧に快適な暮らしを維持するなんて不可能だからだ。
まあそもそも姉という常に不快感を与えてくる特大の問題人物が身近にいる時点で完璧なんて無理なのだが、姉によって生ずる問題を抜きにしても煩わしい思いを一切しないなんて芸当は不可能だった。当たり前だ。
だが当時の僕はそのことをうまく理解できずに何が問題なのかを考えた結果、すべての原因を姉に押し付けたのである。まあ、僕の問題の九割は姉が原因だったのであながち間違った考えでもなかったのだが、とにかく僕は最大の障害を取り除こうと姉の排除に取りかかり、それが皆さんご存じの通り小学二年生の時。
姉さえ消えればすべてはうまくいくと考えていた僕の誤算は一つ、姉が僕が思っていた以上に手強かったことだ。
まあ、曲がりなりにも僕の姉であるわけだしそう簡単にはいかないかもな、とは思っていたが、実を言うと当時いくつも姉を出し抜いてきたことで頭から姉をバカにしていた僕はあそこまで姉に手こずらされるとは考えていなかったのだ。
前にも述べた通り姉と僕の戦況は拮抗して、そして戦っている間の一年間で僕もそれなりに成長した。
そこで、自分は何をやっているんだろうとふと我に返ったのもあるが、それと同時に新たに気がついたこともあって僕は姉と停戦し、今に至るわけなのだが。
僕は姉との関係が変わった時から、完璧な生活を送るのは例え姉がいなくなったとしても不可能である、ということに気がつき始めていたのである。
更に姉の影響が後押ししてスクールカーストトップの座に君臨したことによってまた新たに気がついたこともあり、今までずっと持て余してきた自分の気持ちと折り合いをつけることに成功した。
もともと自分のクラスの中では頂点の座にいたのだが、そこを飛び越えて学年全体を完全に手に納めたことにより、一気に煩わしさが減ったことに気がついたのである。僕は力を持っていさえすれば、大抵のことが解決できることに気がついた。
不快なことを全て未然に防ぐことは出来ないにしても、その数は減らせる。そもそも力を持っていれば僕に不用意なことはできない。要は抑止力だ、抑止力。
それにそれでももし誰かに不快な思いをさせられても、力があればすぐにソイツを踏みにじることができるし、例え不快な気分になってもその原因を叩き潰せば僕の気も晴れて万事はオーケーだ。
まあ、力を持っているからこその面倒事だってあるのかもしれないが、気を付けていればそんなことも起きない。要するにその手にいれた力を誇示したり乱用したりするから要らない面倒事を引き寄せるのである。
その点僕は、自分の不快なものの排除と抑止力にしか使わないので大丈夫だ。僕に害さえ及ぼさなければ何をしても自由。それを周りに理解させればいい。
まあそれでも全ての煩わしさは無くならないが、及第点とは言える生活を送れるので、それなりに今、僕は満足している。
「ねぇ、統也くん、今週菜花たちと一緒に遊ばない?統也くん来たら皆喜ぶしぃ」
「ゴメンね、忙しいから無理かな」
「えぇ~統也くんいつもそうじゃん!今週だけでもいいからさ!お願い!菜花もう先輩に統也くん来るっていっちゃったんだよね」
「へぇ、それは大変だね。言い訳頑張って」
昼休み、最近見つけた興味深い本を読んでいた僕のもとへ無遠慮に話しかけてきた取り巻きなのかどうかもよく覚えてない女子生徒は、僕の木で鼻をくくったような返事に鼻白んで地団駄を踏んだ。
昔はこの程度のことでイライラさせられたものだが、今の僕にとってはすこぶるどうでもいいことだ。意識の端にも引っ掛からない。ふっ、僕も大人になったものだ。
それ以降なんの反応も示さずに本のページをめくっていると、僕の横で塾の課題をやっつけていた轟が眉をしかめて彼女を見やった。どうやら彼は横でうるさくされて気が散ったらしい。
「速坂。いいのか?」
「うん」
一応聞かれたので頷くと、轟はその女子生徒に何か言って追い払おうとする。だが無駄に根性があるらしい彼女は引き下がらず、僕がダメとみるやいなや更に誘いにくいであろう轟を誘った。
「轟くんでもいいからぁ」
「わりぃけど遊んでる暇はねぇ。親父がうるさいし」
だがさしもの彼女もNo.2ヒーローの威圧感には勝てなかったらしい。スゴスゴと退散していった。さすがだなエンデヴァー。名前だけですごい威力だ。僕は少し感心した。
思えば、僕と姉は力を手に入れようとする面でも似ているのかもしれない。姉は力を手にすることで自分の面子や世間体を守り誰よりも上に行きたい、僕は力を手にすることで自分の生活から余計な雑音を極限まで減らしたい。そう。ただ、その目的が違うというだけで。
ちなみに常に厄介事を運んでくる姉は僕の天敵であり、1番の抹殺対象でもあるのだが、残念ながら潰そうとすれば更に面倒臭いという実に鬱陶しい存在でもあるので、僕は放置を決定している。まあ、それなりに利用価値もあるので、放置だ。
そして、その利用価値は約半年前に更に高まった。
約半年前の6月、執念に燃えた怨念の塊のようになっていた姉は、遂に体育祭で準優勝し見事その無念を晴らしたのである。
姉は入学前に僕に宣言した通り、世間の注目をかっさらって大手をふってヒーロー科に編入し、更に実技入試の採点基準に対する疑問を世間に叩きつけ、特大の猫を被った美少女の訴えに沸いた世間に激しく叩かれた雄英は、採点比率を平等にする旨の発表をした。
もともと地元ではそれなりに有名だった速坂綺羅の名は更に上がり、それにつられて弟である僕も、あの速坂綺羅の弟として評判をあげた。お姉さんに似て弟さんも優秀なんですってね、とか。将来有望な姉弟で羨ましいわぁ、とか。親は僕の事コミで頻繁に声をかけられるようになったらしい。
更にどうやら僕ら姉弟の写真がひそかに出回っているらしく、知らないやつに声をかけられるようになったのを除けば、まあ、その名声によって僕の権力もちょっと強まったし、いいことだ。
それに姉がとりあえずは目的を果たしてヒーロー科に編入したことによりご機嫌になったので、最近はバカみたいに練り物料理を量産することもないし、実に快適である。
まあでも姉からしてみると優勝じゃなくて準優勝だった事実が大いに不満かつ、姉を負かして優勝した男が実にいけすかないらしく、近頃またストレス発散料理が再発しそうだ。
僕はといえば姉が悲願を完璧な形で遂げるのに横槍をいれ、悔しがらせて更にストレスを与え続けるという偉業を成し遂げたその男を密かに応援している。その男については体育祭の様子をテレビで見た程度の情報しかないものの何となく同類臭も感じた。是非頑張っていただきたい。そしてできれば叩き潰してやってくれ。
僕の近況はそんなとこ。色々あったけどこの一年ももう終わりだ。
僕はこの春、ついに小学校を卒業した。
***
僕の住んでいる地域周辺で今年、大規模な小中学校の合併が行われた。
少子化とか色々な理由があるのだろうが、当事者の僕としては自分が行くんだろうなと思っていた中学が急に変わって少し驚いたのを覚えている。
姉も通った桜庭中学校は廃校となり、そこへ行く予定だった僕の小学校ともう1つの小学校の生徒は隣街の折寺中学校へ通うことになった。
まあ、ということは僕は徒歩10分圏内登校というすごく楽な今の生活を捨てる羽目になり、家からやや遠い駅まで行ってそこから更に2駅ほど電車に乗って中学へ通わねばならないことになったわけで。あーあ、やってらんね。合併するなら桜庭の方に統一しろよ。なんで僕が折寺なんかに。
合併の知らせを聞いた日、僕はブツブツ心の中で文句を言ったが、あれから一年たった今でもまだそう思う。
春休み、僕はしばらく見ていなかった配られた資料を取り出してぼんやり眺めた。
折寺中学校に通うことになるのは僕の通っている小学校と、同じ街にもう1つある小学校。それに、隣街の小学校の中の一つの、あわせて3つの学校の生徒でありなかなかの人数となるだろう。
そして人間関係もまたごちゃまぜになることであろうけれど…。
「ま、大丈夫かな」
僕はあくびをしてそう呟いた。僕もなにもぼんやりと毎日を過ごしてきた訳でもない。それなりに成長したしやり方も大体わかる。姉のお陰で知名度も評判も十分だ。一から自分の地位を確立するなんて容易いだろう。
「それにしても暇だな」
本も読み終わってしまったし、今はパソコンを開く気分でもない。なんだかやけに暇だった。
外を見ると麗らかな春の日差しが心地良さそうだった。
「うん。暇だし、折寺までいって周辺をちょっと見てこよう」
思い立ったが吉日。僕は気が変わらないうちにスマホと財布を片手に家から外へ出る。
そして電車を何駅か乗って折寺中学校につき、さらにそこから適当にぶらぶら散策して数分、近くを流れる大きな川と居心地が良さそうな芝生が生えた河原を発見した。
おお、と感動して河原におりていった僕はそこで興味深い出会いをすることになる。
僕の注意を引いたその存在は僕らの世代では珍しい無個性の少年で、それなのにオールマイトみたいなカッコイイヒーローになりたいと口にして見るからにガキ大将の少年に爆風で吹き飛ばされて罵られ、それでもなお、待ってよかっちゃん!とべそべそ叫びながら、何故かまたそいつの背を追いかける謎の思考の持ち主だった。