僕の灰色アカデミア   作:フエフキダイのソロ曲

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第8話

正確に言えば先に僕の注意を引いたのは怒鳴り声と爆音で、その付属品のようにして緑色のモサモサ頭を見つけた、という方が正しい。

 

「うっぜぇんだよこのデク!!無個性のくせについてくんな!!」

 

 

芝生の上に腰を下ろして穏やかな風に吹かれながら川を眺めてのんびりウトウトしていた僕は突然響き渡った爆音にビクッと身体を震わせた。ああビックリした。いきなりなんだ?

 

BOOM!という爆音と、それと共に聞こえた罵声に注意を引かれてそちらに目をやると、先程まではいなかったはずの数人の男子がなにやら揉めている様子だった。

 

「そうだそうだー!個性もないくせに!」

 

ガキ大将らしき金髪のツンツン頭が手のひらを爆発させて威嚇し、それをその取り巻きらしき2人が煽っている。そしていじめられっ子らしき緑のモサモサはそれにおどおどした態度だが一応言い返していた。

 

ビビりながらもなお潰れないその態度はガキ大将の苛立ちに火に油を注ぎ、BOOM!!

 

吹き飛ばされるモサモサ。怒鳴るツンツン。囃し立てる周囲。

 

 

「なにこの永久機関」

 

 

おもしろ。

 

なんだかワクワクした。なにこれちょっと面白い。こんなにも感情をむき出しにしてぶつけあう人間関係初めて見たかも。

 

僕は春の麗らかな日差しに半ばぼんやりとしていた意識を完全に覚醒させてから、崩れていた姿勢を少し正した。

 

胡座をかいた膝に肘を乗っけて、手のひらに顎をのせ楽な姿勢をとってから彼らを観察する。どこぞの三流映画の鑑賞をしている気分でしばらく見ていると、やはり興味深い関係である事がわかった。

 

 

「何回言やぁわかんだよ、ほんっとテメェはデクだなオイ!」

 

「な、なん…」

 

「てめえなんぞがヒーローになれるわけねぇだろクソナード!気持ちわりぃんだよ!」

 

「た、たしかに僕なんか君と比べれば大したことはないけど……で、でも、そんなの…や、やってみなきゃ分からない…よ…?」

 

「ああ゛!?!?」

 

 

震えながらの口答え、爆音、ぶっ飛ぶモサモサ、吠えるツンツン、煽る周囲。

 

「無個性の癖によぉ!生意気なんだよいい加減消えろや!!」

 

 

無個性、無個性か。

 

僕は先程から何回も会話のなかに出てきたその単語をなんとはなしに口のなかで呟いた。

 

少し珍しいな、僕らの世代で個性がないのは。だが別に全くいないわけでもない。

 

たしか下の学年に一人いた気がするな。それでいじめられて僕のところに泣きついてきた覚えがある。

 

そんなことを呑気に考えていた僕をよそに、ガキ大将は再びもはやお約束の、無個性の癖によぉ!という鳴き声をあげるとそのままモサモサを置き去りにして走り去っていった。

 

おっと。思考に沈みかけていた意識を引き戻してパッと目の前に視線を戻すと、そこには、「待ってよかっちゃあん!」と、べそをかきながらもガキ大将を追いかけようとして、痛みでつまづいて転ぶモサモサが。どんくさ。ていうかなんなんだコイツ。あんなにバカにされて苛められてたのに、なんで自主的に追いかけようとしてるんだ?

 

パチ、と目を瞬くと、目の前の芝生の上で理解できない行動をする少年がズビッとはなをすすっていた。ふぅん、へえ。僕は自分の興味が完全に彼に傾いたのを感じて、小さく笑みを浮かべる。

 

おもしろそうだなあ。いったい何考えてるんだろ。ただのマゾでした、とか、そういうオチじゃないといいな。まあそれはそれで面白いからいいけどさ。

 

 

そのとき抱いた興味はそこまで大きなものでもない。適当に絡んで、話を聞いて、ふぅん、と思って。それで、終わりのはずだったのだけれど。

 

後から過去を振り返ったとき、ふと考えることがある。もしこのとき何もしないでその場から立ち去っていたら、どうなっていたのだろうか、と。…まあ別に後悔はしてないからいいんだけどね。

 

 

**

 

 

僕は立ち上がって息を吸い、顔ににこやかな人好きのする笑顔を浮かべてソイツの元へと歩いていった。

 

「ねぇ、怪我してるみたいけど、どうしたの?」

「え……あ…」

 

 

目の前まで降りていって、そう、声をかけて手を差しのべた。すると彼はなぜか呆けたような顔で僕を見てボーッとしている。返事がない。ただのモサモサのようだ。おいこら、無視するんじゃない。

 

 

「おーい、大丈夫?」

 

「…え、…あ、あ、だ、大丈夫ですすみません!!」

 

 

ひらひらと目の前で軽く手を振って首をかしげると、彼は顔を赤らめて焦りながらズササッと後ずさった。なんだよ人を化け物みたいに。そんなに怯えないでくれたまえ。僕はただの心優しい通行人その1なのだから。

 

「そうは見えないけど。うわー、擦り傷だらけじゃん。血が出てるし。早く手当てしないと大変だ」

 

「へっ!?い、いやあの、このくらい放っておいても大丈夫なんで…その、きにしなくても…」

 

「いやダメでしょ。怪我した人を放っておくことなんて出来ないよ。っていってもそんなに大したことは出来ないんだけど、よかったら僕に手当てさせて」

 

 

「…いや、でも」

 

 

「…あ、えっと、いきなりごめん。…迷惑だったかな」

 

 

「ええっ!?いっいや迷惑だなんてそんな!」

 

 

へたりこんだ彼の前にしゃがんで顔をのぞきこみ、困ったように眉を下げてそう尋ねると、彼は慌てたようにブンブン首を横に振った。うん、そうだろうそうだろう。僕の優しさが伝わったみたいでよかったよ。僕は曇った顔をパアッと明るくして嬉しそうに微笑んだ。

 

「よかった!じゃあちょっとこっちきて。あ、たてる?痛むかな?」

 

「あ、た、立てます…」

 

未だに呆けたような顔をしている彼の手を強引にとって立ち上がらせた僕は、内心、はて、これからどうしようかと首を捻った。

 

なぜなら僕には今まで誰かの傷の手当てなんざした経験がない上に、ここは河原でなにもないからだ。しまった。早まったか。えーっと、なにすりゃいいんだろ。今救急箱とか持ってないし。うーん。どうしようか。でも手当てすると宣言した以上はあとには引けないしなあ。僕は心優しい少年なのだ。なんとか考えてやろう。

 

 

「…………」

 

 

少し考えてから僕はソイツの手を引いて横を流れる川に向かった。隣から戸惑うような声がするが安心しろ、別にお前を川に沈めて笑おうとかそんなことは思っていないから。

 

「うわ、春っていってもまだ寒いね。冷たいけどごめんね、我慢して」

 

 

川の水、つめたっ。

 

そう声をかけた僕はモサモサ頭を川べりに座らせて、ジャボッと川の水をすくうと適当にソイツの傷にかけて、傷を洗いはじめた。

 

 

「ええっ!つ、つめた!いたっ…!」

 

「ああ、ごめんね、しみた?じゃあ菌が死んでる証拠だね」

 

「え、あ……そ、そうなのかな……、うん、そ、そうだよね、ありがとう!」

 

 

 

どういたしまして。ただの水で傷口が殺菌されるわけがないけどね。

僕の適当すぎる台詞に最初は首をかしげたモサモサは、だがしかし、口ごもった挙げ句勝手に納得して頷いた。いや納得すんなよ。まあ今は混乱しているというのもあるのだろうけど、こんな調子じゃいつか変な壺とか買わされそうだな。

 

 

大丈夫?痛くない?痛かったらすぐに言ってね。

 

そう声をかけつつ、それから僕はしばらくソイツの無数の擦り傷を洗うことに専念した。…それにしても多いな、傷。だる。

 

 

 

ーーーー

 

 

「よし、これで最後かな」

 

 

僕は地味になかなかの時間をかけてソイツの複数の擦り傷から砂などの汚れを取り除くと、適当に濡れた肌をハンカチでササッと拭いた。きれいに拭き取ってやる気はない。もううんざりだ。人の手当てするのも飽きた。自然乾燥万歳。

 

 

「ごめんね、本当に大したことできなくて」

 

「い、いや!そんなことないよ!…あの、ありがとう。僕はその…誰かにこんなに親切にされたことって久しぶりだったからすごく嬉しかった、ありがとう」

 

 

申し訳なさそうな顔で謝るとモサモサは、僕にとったら大したことだよ!ありがとう!と、川の水を傷にかけただけの僕に紅潮した顔で感謝の言葉を慌てて述べた。

 

いや正直文句を言われることも想定していたしなんならその場合の対処法まで用意してたんだけど。川の水ってよくなかったような気がしないでもないし。まあうまくいったのならよかった。

 

 

「いやいや、それはちょっと大袈裟だろ。僕そんな大したことしてないし。まあ役に立てたならよかったけど」

 

「ううん、大袈裟じゃないよ。…君は知らないだろうけど…僕は………だから、その…本当に、こんな風に楽しく会話するのも久しぶりなんだ」

 

 

「え?そうなの?なんで?友達と喧嘩でもした?」

 

 

うんうん、無個性だから苛められてるんだよね?知ってる知ってる。みてたから。そう思いながらも、無個性の部分をうにょうにょと誤魔化して話す彼に僕はそ知らぬ顔でそうたずねた。

 

喧嘩は長引くと厄介だよねぇ。なーんて。しらんけど。僕は喧嘩というか潰し合いしか経験がないので。

そのまま適当に相槌を打っていると、しばらくたったあと何やら葛藤していた彼は決心したような顔でもそっと打ち明けた。そして反応をうかがうように僕の顔をそっと見る。

 

「け、喧嘩とかじゃなくて…、僕は、その…信じられないかもしれないけど、無個性なんだ。だから、あの、」

 

 

僕は驚いた顔をした。

 

 

 

 

 


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