僕の灰色アカデミア   作:フエフキダイのソロ曲

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第9話

ああ、本気で驚いた。

 

 

え、打ち明けるの?それ打ち明けるの僕に?初対面の僕に!会ってまだ三十分もたってないのに!何で?ねえなんで?

 

演技しなくても十分いま僕は驚いた顔ができている。てっきり自分がいじめられていることを言うのかと思ったら、まさか無個性を打ち明けられるとは。

 

なぜ驚いているかというと、無個性とは正直かなりのハンディキャップというか簡単に人に打ち明けることではないからだ。なぜならぶっちゃけ皆口に出しては言わないだけでこの社会かなり個性至上主義な部分があるから。特に子供は尚更そう。

 

しかもそれを理由にいじめられているなら、自分から人に言うなんてあり得ないだろう。普通隠せるなら隠し通したいと思うはずだ。うまくやればバレるはずがない、こんな短い付き合いの僕に自分からばらすなんて驚きにもほどがある。

 

……ああ、まさかそういうこと?

 

うわぁまじか。コイツ思ってたよりあれなのかもしれない。正直なめてたよ、ゴメンね。ただのぼんやり君かと思ってたけどそうでもなかったのか。意外と強かなんだねお前。あ、これ誉めてるよ。

 

 

「無個性って個性がないってことだよね?」

 

「……うん」

 

僕はひきつづき驚いた顔でなるほどと相槌を打った。いや知ってたけどさ。驚いたよ。別の意味で。ついでに今僕はかなりテンションが上がっている。僕の目に狂いはなかったようだ。やっぱり面白いよお前。

 

弱々しい羊の皮を被ったモサモサはぐっと唇を噛み締めて僕の反応をうかがっていた。瞬きの数が多くなり、乾いた唇を引き結ぶその姿からは大きな緊張が伝わってくる。うん、それは演技じゃない。わかるよ。試してるんだもんね、そりゃあ緊張するだろう。まあ安心するといい、僕はきっと合格するから。

 

 

「そっか…、それは珍しいね。最近じゃ少ないからなあ」

 

「…………え?…そ、それだけ?」

 

 

へぇ、と驚いてはいるもののそれだけな、比較的冷静な僕の反応に、逆に驚いたように彼は目を丸くした。そして拒絶したりバカにしたり引いたりせず自然体で受け入れた僕の反応に拍子抜けしたのか、わずかに肩の力が抜けるのが見てとれる。だが緊張はとれていない。ああ、もしかして逆に警戒させた?

 

まあさっき見たガキ大将との関係を考えると、相手の悪い方向での過剰反応を予想するのも無理はないかもしれないが、あいにく僕はそんなことはしない。ちなみにもし無個性ということを今はじめて知ったとしてもそれに変わりはない。

ああ、何でか不思議?不思議だよね、だって世の中だいたいそうだし。さっきのガキ大将ほど過激な発言は皆そりゃあしないけど、もっと穏やかにバカにするからね普通。

 

でも心の広い僕は個性の有無で人を差別したりしない。それにどちらかというと無個性は好きだし。いや本当に。

まあそんなこと言っても信じてもらえる訳がない上に無個性好きの理由を説明するわけにもいかないんだよね。引かれるから。でも大丈夫。

 

僕は不思議そうに首を捻った。

 

 

「え?それだけって?」

 

「いっ、いやぁその、もっとこう……なんていうか」

 

 

なんだか釈然としない顔つきのモサモサに小さく苦笑する。言いたいことはわかる。

 

 

「うーん、まあたしかに珍しいけど僕の学校にも無個性の子はいたからなぁ。たしか中島とかいう…」

 

「え!そうなの?無個性の子いたの!?」

 

「うん。いたよ。仲良くやってたよ。まあたしかにこんなに近場に二人もいるのは驚きだよね」

 

 

世代を経るごとにだんだん減ってきてはいるけれども、別に無個性はそんな珍獣レベルで珍しいわけでもない。僕らの年代でも各県に5人くらいはいるんじゃないの?いや知らないけど。適当に言ってみただけだけど。でもなにせ世界の全人口の二割は無個性なのだ。そのくらいはいるよ。

 

まあ昔はいざ知らず僕らの世代では、さすがに佐藤さん田中さんレベルでゴロゴロいるわけではないけど、五十嵐さんとか藤原さんとかみたいに『聞いたことはあるけど会ったことない!あ、でも友達の友達の友達にたしか一人いたような?いやいなかったかな』というレベルのレア度で、それなりにいることはいる。そしてだいたい無個性はバカにされていて、その傾向は若い世代にいくにつれて大きくなっている。うん、我ながら分かりにくい例えだったけど、まあいいか。

 

ちなみにその中島だったか中尾だったかいうヤツは、べっしょべしょに泣きながらある日なぜか轟に連れられて僕のところにやってきた。

 

最初はめんどくさ僕が知るかよさよならバイバイとか思ったけど、事情を聞いて何となく面白そうだったからちょっと実験してみたんだったっけ。あれは意外と楽しかったな。

 

それはともかく、無個性のレア度についての知識を披露するとモサモサはほえーと感心した顔で聞き入っていた。

 

でもそのくらいモサモサも知っているはずなのだが。あ、個性もちの僕がそこまで詳しいことに感心しているのか。

 

僕の言葉にやはりどことなく拍子抜けしたらしいモサモサからは更に肩の力が抜けた。しかしまだ緊張は解けていない。落ち着かなさげに身じろいだり僕をうかがったりしている。

 

うーん、そんな簡単に警戒を解いてはもらえないか。ああでもちょっとは安心したよね?だって僕が無個性に寛容な理由がわかったから。無条件で受け入れるなんて怪しいもんね?そう、僕は君の仲間と知り合いなんだよ。無個性仲間と。仲良かったんだ。

 

モサモサはうんうんと頷いた。

 

「僕以外にも同じひとがいるんだね…。いや、いないとは思ってなかったけどこんなに身近にいたんだなって、なんか……」

 

「安心した?驚いた?嬉しかった?」

 

「うーん、その全部かも……。よくわかんない」

 

 

そう言って彼はようやく僅かな笑みをこぼしてくれた。あ、笑った。自然な笑みだ。どうやら少しは心を開いたようである。

 

「その子面白かったし学校でも人気な子だったから、学年が違う僕とも結構仲良くて。だから僕は他の人よりちょっと無個性について詳しいんだ」

 

「人気者だったの?無個性なのにすごいなぁ……」

 

 

しきりに感心したようにそう言うモサモサ。あ、興味を持った顔になった。

 

よかった。初対面の僕に自分が無個性だって打ち明けたのは僕を試すためだったんだろうけど、どう、僕は。合格?胡散臭さはもうかんじない?

 

僕は内心にやにや笑った。ああ楽しい。まあ人なんてそう簡単に信用できるわけないし。その気持ちはわかる。ましてや、いじめられてるんなら尚更だろう。

 

なんかやけにいい人ぶってるけどなにお前。胡散臭い。怪我した君を手当てしたい放っておけないとかきもちわる。なにそれ?どうせお前も違うんだろ?ほら、僕は無個性だよ。それでもその偽善者ぶった気持ち悪い態度、貫ける?ね、出来ないだろ。とっさに取り繕ってももう遅いよ。不意打ちくらって本音はみえたから。ほらやっぱり。お前だって所詮はそんな人間なんだろ騙されないって、そう言おうと思って、警戒して、僕を試したんだよね?強かだなぁ。

 

いやまあさすがにここまで思ってないかもしれないけど、モサモサはただのモサモサではなかったということだ。騙されやすそうな見た目に反して実は警戒心満載のモサモサだったということでOK?感激だな。たまには適度にひねくれたやつと遊ぶのもなかなか楽しかったりする。え、そうだよね?ひねくれてるよね?

 

半ば暴走気味の思考でそんなことを考えながら隣に目をやって観察すると、ノホホンとしたそばかす面が純粋そうな瞳をぱちくりさせて僕を見た。

 

 

「………………」

 

 

……うーん。

 

 

うん。一旦落ち着こう。興奮しすぎた。テンションを下げろ僕。よく考えよう。こいつがそんなタマにみえるか?あ、目が合った。するとニコッとしたモサモサがのんびり口を開く。

 

 

「すごいね、その子。あと周りの友達も。なんか君が通ってる学校ってかんじ。きっと君みたいな人が多いんだろうね。穏やかそうでいいなぁ」

 

 

「あ、うん」

 

 

脳天気なセリフが少々暴走気味だった僕の頭を完全に冷やした。前言撤回。え、まじで?

 

 

うんでもなんか本気でお人好しそうだし、そこまで頭回んなさそうだし……。実はそんなこと考えてないという説の方がしっくりくる。ああ、たしかヒーローに憧れてるんだっけ?

 

だとしたら人の無条件の好意とか信じちゃってる系なのか。やっぱりそうなのか。

ええ……でも普通無個性を初対面のヤツに簡単に打ち明けるくらい信じる?そんなことあんの?あ、むしろ初対面だからこそ打ち明けたとか。もう会わないしいいか的な。

そうだとしてもよく自分の弱みをホイホイさらけ出せるねお前。すごい。僕じゃ考えられない。

あーうん……やっぱそうっぽいなコレ。じゃあさっきから緊張したり警戒したりしてるのはただ人見知りなだけだから?

 

モサモサはじっと見つめる僕の視線に居心地悪そうにうつむいてモゾモゾした。……あー、やっぱそっちかな。うん。そんな警戒心を持ているようには到底見えない。深読みしすぎたのか。うわつまんな。

 

…まあなんでもいいか。僕がつい先走りすぎただけでそこら辺はあんま重要じゃなかったね。反省反省。とりあえずその選択肢は頭の片隅においときゃいい。なにはともあれ彼は中島に興味があるようだし。うーん中島ねぇ…ごめん実は中里だったかも。まあそれはいいとして、よかったエサにくいついた。

 

 

「それでその中島…?さんってさ、あの…」

 

「ああ、中島が気になる?えーっとたしかアイツはクラスのお調子者ってかんじで人気者だったな……ああでも、一時期無個性ってことで苛められてたこともあったかも。でもすぐ解決して今は楽しくやってるはず」

 

「あ……やっぱりその子もいじめられて……」

 

「え?その子もって…あっ……ごめん。その……もしかして…」

 

 

狙い通り、いじめの部分に反応したモサモサに僕は一瞬不思議そうな顔をしたあと、ハッと何かに気がついたかのように口ごもって目を泳がせた。モサモサは気まずそうにモゴモゴと口ごもった。

 

 

「う、うん。そうなんだ…っていや、その、僕は苛められてるっていうか、なんていうか…僕が鈍臭いし人よりできないし個性もないから、いつもかっちゃ…いや、幼馴染みを苛つかせちゃうっていうか…」

 

「………………」

 

 

僕はDV被害者を見る目でモサモサを見た。なるほど。飼い慣らされてるのか。いや……、でもそれにしてはさっき一応言い返したりしてなかったか?やっぱり完全ないじめられっ子とはちょっと違う。

 

だってなんか、待ってよ!とかいってたし。追いかけようとしてたし。むしろガキ大将の方が、ついてくんな!とか言ってたし。……あれ、ちょっと待ってどういう関係?よくわからなくなってきた。なに、実は片想いとか?

 

 

「なるほどね。その幼馴染みくんとうまくいってないんだ?それは主に無個性が原因で?」

 

「直球だね……、まぁ、うん。そういうことになるのかな」

 

 

質問を投げ掛けると苦笑された。直球?そう?まあお前とこうやって話すまでにかけた手間に比べればそうかもしれないけど。ほら、手当てしてやったりさ。で、モサモサ、お前はその幼馴染みを何で追いかけたりしてるわけ?気になるから話してよ。あ、でもまずはもっと心を開いてもらわないとダメかな。強かにせよそうじゃないにせよ、僕は合格したでしょ?え、まだだったりする?

 

じゃあ中島の話をしてやろう。なかなか興味深い話だよ。

 

 

「そっかあ。…うーん、なかなか複雑そうだね。中島とちょっと似てる」

 

「え、そうなの?中島さんと?」

 

「うん。中島は僕より2つ下の子なんだけど、」

 

えーっと、どんな話だったっけ。ああそうだ。

中島はある日突然轟に連れられて僕のもとへとやって来たんだった。

 

その日ちょっと用事があって帰りが遅くなった僕が誰もいない教室で帰り支度をしていたら、非常に困った顔をした轟が腰の辺りに泣きべそかいた少年をくっつけてやってきたのだ。

 

「どこからはなそうか。そうだなぁ、うん、彼も君と同じで幼馴染みがいてさ、まあその、いじめられる前までは仲良しだったみたいなんだけど」

 

これは嘘じゃない。中島には1人幼なじみがいた。たぶん、今はもう会話はないだろうけど。

 

 

「それでね…………」

 

 

モサモサはわずかに身を前のめりにして聞き入り始める。無個性以外にも共通点があって嬉しい?そうだろうね。ああでもこれから話すこと、全部が本当じゃないから、あんま信用しない方がいいよ。

 

 

 


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