紅魔館の瀟洒なメイド、十六夜咲夜。
主たるレミリア·スカーレットとは、何よりも固い絆で結ばれている。

これは、そんな彼女たちの出会いの話。

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月と太陽

 

 

 

 私は、産まれた時から特殊な力を備えていた。

 空間干渉能力というものが、誰よりも高い。

 当たらないはずの攻撃を届かせ、喰らうはずだった攻撃を逸らす。

 こと命の取り合いにおいて空間支配力は絶大な影響力を誇り、私は忽ち一族の中での地位を確たるものとした……

 はずだった。

 

 我が一族は、代々続く影の家系。

 幼少期よりただひたすらに戦闘能力の向上を追求し、その力を求められしままに振るう。

 復讐、要人暗殺、王族護衛……こなして来た業績は数知れない。

 しかしそれは、決して日の目を見ることは許されなかった。

 表沙汰にできない裏の事業を専門的に請け負う、影の執行人。それが、我々の立ち位置だった。

 

 そんな性格であるから、一族においてもっとも重要なのは戦闘能力。

 血反吐を吐くような訓練を続け、我らは人間の域を超えた力を培っていく。

 影の長は最強たれ。これは、いつからか産まれた掟だった。

 

 私の戦闘センスは、異次元に優れていたものだった。3歳で猛獣を激闘の末打ち倒し、5歳では向かうところ敵なしと名を馳せた剣豪の暗殺を成功させる。

 

 長を初めとした一族の者はこぞって私を褒めそやし、また多大な期待を寄せた。

 

 私も、幼いながら期待に応えて見せようと日々必死に励み、瞬く間に成長。

 数年もすれば、一族においても敵は居なくなった。

 

 

 敵は居なくなった……その日、味方も居なくなった。

 

 幼い女の身にして最も高みに至るということを、誰も認められなかったのだろう。

 当代の長は、私をただひたすらに過酷な任務へと送った。

 誰も成功できるとも思えない、絶望的な仕事へと。繰り返し……繰り返し。

 

 私は幾度となく死の淵をさまよった。

 しかし、全ての任務を私は完遂した。こなしてしまった。

 

 いつしか、私は里の全てから避けられるようになった。

 ヒトの皮をかぶったバケモノ。それが、専らの評判となった。

 

 

 希望も、幸福もない。

 ただただ、影として仕事をこなす日々。

 

 そんな日は、唐突として終わりを迎えることになる。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……ここ、ね」

 

 その日、私はとある筋からの依頼を受け、吸血鬼の館に赴いていた。

 目的はもちろん、主たる吸血鬼の討伐。

 

 紅の悪魔という大層な異名を持つ館の主人は非常に強力で。

 これまで名だたる腕利きや暗殺者が挑んでは、その命を落としてきたそうだ。

 

「……」

 

 だが、それがなんだと言うのだろう。

 私がこれまでに屠ってきたのは、そういう存在。

 そう、私の方こそ、正真正銘の…………

 

 手早く片付けて帰ろう。

 そんな思いを胸に、色の無い館に乗り込む。

 

 どういう訳か、警邏のひとつも存在しない。

 罠だろうか。いや、構うものか。仮に罠だったとして、私の空間干渉を超えられるものなど居ないのだから。

 

 何一つ妨げのない、灰色の世界を突き進む。

 この世界すべてに色を感じなくなったのは、一体いつからだっただろうか。

 ややもすれば、最初から…………

 

「ふむ。本日のお客様は随分と珍しいのね」

 

「……」

 

 どうやらあまりに気を抜いていたらしい。気づけば、ここは玉座の間。

 小さな少女が尊大な態度で座っている。

 

「貴女、不思議ね。今までに見た、どんな有象無象とも違う」

 

「……」

 

 鈴を転がしたような声が、部屋に響き渡った。

 馴れ合うつもりは無い。一瞬で終わらせる。

 

 空中に展開したナイフが、時間の概念を超えて館の主の元に殺到する。

 認識すらできないままに相手の息の根を止める、私の必殺術…………の、ハズだった。

 

「ふうん……なかなか面白いチカラも持っているのね」

 

「っ……!?」

 

 確かに貫かせたはずの数多のナイフが、全て虚空で止まっている。

 少女が軽く腕を振るった瞬間、カラカラと音を立てて地面に落とされた。

 

「……あら? なんだ。お人形さんじゃないのね」

 

「っ!」

 

 再度、ナイフを展開。

 しかし、結果は同じだった。つまらなそうに、まるで虫でも払うかのように。私の必殺の技が打ち払われる。

 

 その瞬間、私の心を支配したのは、一体なんだったのか。

 気付けば、私の口からは乾いた笑いが零れていた。

 

「は、は……」

 

「ふうん…………」

 

 私のこれまでは、一体なんだったんだろうか。

 散々にバケモノと言われてきたこの力。だが──真のバケモノは、存在した。

 私程度の力など歯牙にも掛けないような、正真正銘のホンモノ。

 

 ……ああ、なるほど。私はここで死ぬのか。

 その感情は、驚くほどすんなりと胸に入ってきた。

 

 最期に、私を殺すバケモノの姿をしっかりと見よう。

 そんな思いで、目を見開く。

 

 白と赤のドレスを見に纏った、吸血鬼の少女。

 真紅に染まった巨大な槍が、こちらに向けられた。

 

「……哀しき人間よ。さようなら」

 

 意識が途切れる瞬間、私はたしかにその声を聞いた──

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「っ!?」

 

 ハッと起き上がる。

 見慣れない天井、覚えのないベッド。

 ……そして、色のない世界。

 ズキリと、体が痛んだ。

 

「目が覚めたかしら?」

 

「ッ!」

 

 不意にかけられた声に、慌てて飛び降りながら振り返る。

 咄嗟にナイフを構えようとして……あの時、すべて使い果たしたことを想い出した。

 

「あらあら。良い反応をするじゃない」

 

 クスクスと笑う少女が紛れもなく紅い悪魔であるということは、直ぐにわかった。

 幼ささえ覗かせるその風貌が、どうしてか眩しささえ感じさせる。

 灰色の世界において、ただ一人。唯一無二の明るい色を放っていた。

 

「……殺したんじゃなかったのか」

 

「殺したわよ?」

 

「っ!?」

 

「殺したのは、陰に生きていた貴女。何かに蝕まれ、ただ死に場所を探してさ迷っていた哀れな仔羊」

 

「……」

 

 目の前の悪魔が言っていることが、理解出来なかった。

 ぐいと、少女が顔を近づけてくる。

 

「貴女、私のモノになりなさい」

 

「……は?」

 

 惚ける私に、彼女は両手を大きく広げる。

 

「この私に、お前の全てを捧げなさい。

 見返りとして、住む場所を与えよう。生きる意味を与えよう。無限の愛を与えよう!」

 

「──ッ」

 

 気品溢れる彼女の言葉に、心が大きく揺さぶられる。

 何年もさざ波一つ立たなかったはずの心が、溶かされていくように思えた。

 

「……さあ」

 

 気付けば、私は彼女の前に跪いていた。

 紅い悪魔が、満足気に笑う。

 

「影に生きた一人の少女は、たった今死んだ。お前は、全く新しい人間として生まれ変わるのよ」

 

「……新しい」

 

「……そう。十六夜咲夜。以後そう名乗りなさい」

 

 ……十六夜、咲夜。

 

「道を見失い、さ迷っていた過去(おまえ)はもう存在しない。夜空に一つ輝く満月のように、お前は全てを明るく照らす存在であれ。

 そして、お前は二度と迷うことは無い。何故なら、この私──レミリア·スカーレットがすぐそばに居るからだ」

 

 顔を見る。眩しいほどの笑顔がそこにはあった。

 

「これから私はお前の主となり、太陽となろう 」

 

 小さな、しかし気高き吸血鬼に、私は忠誠を誓う。

 この日。世界は色を取り戻した。

 

 

 

 


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