その男は自分を凌駕する相手に喰われたかった。
勝者は敗者の心臓を喰らえ。強いほうが喰らうのだ。

被殺願望杯参加作品。
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破滅

「あぁ俺の愛よ! 我が運命、俺の死! 今日こそ俺を殺しておくれ!」

 

 無造作に頭頂部で束ねただけの長い赤毛を風にたなびかせ、その男は武器を掴んだまま絶叫した。そんな狂った男の目の前にいるのは殺意を剥き出しに咆哮する古龍殺し、古龍喰らいの古龍、ネルギガンテであった。

 ネルギガンテの咆哮に負けないほどの絶叫、いや歓喜の叫声をハンターは真正面から浴びせる。男はこの戦いに陶酔し、そして愛していた。

 

 愛しているから、

 

「なあその爪で切り裂いてくれ! お前の愛しい攻撃を避ける俺を捕まえながら、その牙で俺のはらわたを喰らってくれ! お前を殺そうとする俺を蹂躙してくれよ!」

 

 喰われたかった。いや。戦いを愛し、ネルギガンテを愛し、負けたのならば喰われたかった。あぁ、勝ったならば()()()()()()()

 

 これは新大陸のハンター、「導きの青い星」の活躍からしばらくしてから。「導きの青い星」が数々の伝説を残し、天命をまっとうしたあとの世の物語。

 「導きの青い星」の再来とも言われるその男は、青い星と同じように新大陸に渡り、そこで青い星と同じようにあらゆる狩りから生存し、古龍すら複数撃破、撃退したという。

 そして彼はある「ネルギガンテ」を宿敵とし、幾度もぶつかり合い……

 

 そう、これは「討滅」と呼ばれた一人のハンターの話。

 同族食いの古龍喰らいを愛し、愛すあまり狂った、死にたがりな喰われたがりの軌跡である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネルギガンテ? あの有名な脳筋古龍ね、ふんふん、で、ゾラマグちゃんになんもできなかった奴が暴れているのか?」

「流石にゾラ・マグダラオスのときと同一個体かはわからないが……そうだ。空腹なのか暴れ回って、見境なし。危ないったらありゃしねえ。鉱石の採取依頼すら上位ハンターもびびっちまって全然受注されなくてな、いろいろ滞っているんだ。

 だがあの危険な古龍喰らいを脳筋呼ばわりするのは流石だな。それで依頼を受けてくれるんだろうな?」

「もちろん。私は存分に暴れられる依頼を断らない。かの『導きの青い星』のようにね」

「頼もしい限りだよ。詳しいことは依頼書に書いてあるが、なにか聞きたかったらいつでも言ってくれ」

「おうさ。今回も任せてくれ」

 

 そのハンターは全てを持っていた。ハンターとして望むものは全て。彼の名声だけはかの「導きの青い星」にはかなわなかったが、それを気にするほど名声にしがみつく性格をしていなかった。

 ハンターとしての類い稀なる力量、今まで大怪我を負うことなく帰還し、受注してきた全ての依頼をほぼ完遂してきた幸運、ハンター向きの恵まれた体格、体になじむ良い装備を作ってくれる工房とのつてもある。その上、目立つ傷も少なく容姿も良いとなると人に妬まれそうなほどであったが、彼はハンターらしく好戦的で、だがカラッとした明るい性格で人から好かれる性質でもあった。

 戦いの場では違うのだろうが、戦闘を行わない場所での彼は、相手を安心させるように人好きのする笑みを見せ、襲い来る様々な危険を退け、よって頼られるも決して驕らない。人を見下さず、お人好しでもある。そんなハンターだったのだ。

 

 ともかく、彼は若くして凄まじい実力のハンターで、古龍すら何体も相手にしてきた。それも、基本的にはたった一人と一匹で、だ。まさしく「導きの青い星」の再来らしく、踏襲できるものは全てしていた。かの「導きの青い星」もオトモアイルーと共に一人で狩りに行くことはよくあったという。狩りのスタイルまでわざわざ真似している訳では無いのだが、強者というものにはおのずと似てくるところがあるのかもしれないとひそかに噂されていた。

 

 そのハンターは依頼を受けてすぐオトモアイルーをひょいと抱き上げた。その拍子に複雑に編み込まれた彼の長い髪がしゃらりと揺れる。狩りに明け暮れるハンターなのだから、長い髪など邪魔にしかならない。戦いの合間に引っ張られたり引っかかったり千切れるリスクや、手入れの時間も、複雑に編む時間も無駄にしか見えないだろうに、彼は唯一のハンターらしくない趣味として、そこそこ自分の見た目を気にしていた。

 曰く、己はハンターなのだからいつどこで死ぬとも予測できない。ならばせめて少しでもいい格好をして死にたいから、と。それは決して希死念慮ではない。今まで大きな怪我はなかったが、それがいつ崩れるのかは分からないのだから。

 ともあれ、彼はアステラでは有名な色男であった。ただし、中身は色気より食い気、食い気よりもひと狩りであったが。

 

「さてネルギガンテね、一応遠目に見た事はあるんだが、まだ私の盾で奴の一撃を受け止めたことも、この剣と奴の爪を打ち合わせたことも無い。完全な新手か、今から楽しみだな」

「ニャ……ご主人、どんなふうに戦うつもりニャ?」

「そうだなあ。情報によると奴は古龍の中でもかなり脳筋だ。イビルジョーと気が合いそうなイメージがある。つまり小細工無しの真っ向勝負さ。なら回復薬をしこたま持って、耳栓つけて、耐震つけて、……まぁ奴の攻撃なんて当たらなければどうということもないし……避けることに全力! そんなところか?」

「ニャ」

「不安そうな顔をしないでくれよ相棒。大丈夫さ」

 

 歴戦の相棒であるオトモアイルーを愛しそうに撫でくりかえしながら、彼は準備を整えるためにマイハウスに向かう。ネルギガンテは新大陸で新たに発見された古龍だが、それも今は昔。「導きの青い星」が撃退した記録はごまんとあり、他のハンターによる分析も数しれず。実際接敵したことはなくとも十分対策を考えられるだろうと踏んでいた。

 彼は今までそれでなんとかしてきたのだし、これからもそれで生きていけると確信していた。それだけの実力をもちあわせていたのだ。

 ゆえにこそ、「討滅」ならば問題ないと、古龍関連の依頼も持ち込まれるのだった。

 

「心躍る敵だといいな」

「ニャ、ご主人、ワタシも頑張るニャ」

「可愛いやつだな。頼りにしているよ」

 

 ハンターはふかふかのアイルーの頭頂部に顔をうずめた。それはもう幸せそうに。一方アイルーは機嫌よく頬ずりするハンターの揺れる何本もの長い「おさげ」をちょいちょいと追いかけて遊んでいた。編み上げられた長くつややかな赤っぽい髪はどこでもよく目立った。それを素早く追いかける白いアイルーの手は近くの人間が髪の毛をちぎってしまうのではないかと心配しそうなものだったが。

 微笑ましいハンターとアイルーの交流に、羨ましそうに自分のオトモを眺めるハンターもいたとかいなかったとか。

 穏やかな時間が拠点・アステラに流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、このハンターはそれまで己の死の形をしたあらゆるものを打ち払ってきた。つまり、オトモともども全ての依頼で五体満足で生還してきたのだ。もちろん、古龍の討伐依頼も例外ではない。それほどまでの実力を持ち、命を落とすどころか相手を己の糧にしてきたのだ。だがしかし、

 

「こんなものか」

 

 ハンターの片手剣が勢いよくネルギガンテの棘を砕く。続けて右手の盾でぶん殴れば、その立派な角まで派手にへし折れた。いささか人間離れした反射神経でネルギガンテの怒り狂った攻撃をひょいとバックステップでかわしたハンターはつまらなそうに盾で角を殴るのを繰り返す。古龍であれ、生き物であることには違いないネルギガンテは頭を何度も殴打され、脳を直接揺らされる衝撃にたまらず、うずくまってしまう。

 

「なんだ、こんなものか」

 

 ネルギガンテ。古龍殺し。古龍を喰らう古龍。古龍という難敵を屠り、狩り、喰らうような古龍ならば歯ごたえがあってしかるべきだろう。そう考えて胸を躍らせてやってきたというのに。

 確かにネルギガンテは難敵ではあった。古龍ではないモンスターとは確かに比較にはならない。パワー、再生能力どちらを見たとしても。しかし、それだけだった。その再生能力には目を見張るものがあるが、生えてくるとげなど生えてくるそばから叩き折る彼には関係なかった。彼は跳躍し、頭をさらに殴打する。ネルギガンテは起き上がることもできずになすすべもなくうずくまる。

 とはいえ、そのネルギガンテが最初から弱っていたわけでも弱い個体だったわけでもなかった。ただ、不幸なことに相性が悪すぎた。真正面から殴り合う、小細工なしの勝負というものを赤毛のハンターは一番得意にしていたのだ。

 

「ネルギガンテ、ふうん、こんなものか。大暴れして危険でしょうがないって話だったのに。ふたを開けてみればこんなもの。ああ、導きの青い星がしたような狩りがしたかったなあ……未知なる相手、神秘の解明……命を賭けた全力の戦いってやつを。それで負けたら気持ちよく死ねるだろうに」

「縁起でもないニャア」

「はは、悪いね。だが老いて穏やかに死ぬなんて真っ平御免なんだ。戦いの中で死にたいね、相手の糧になりながら」

「ニャアアァ……」

 

 ひどく驕った言葉ではあったが、足蹴にされるネルギガンテは既に気絶していた。彼は強く、負け知らずで、ハンターという危険な職に就きながらも大して命の危険を感じなかったのだ。心臓の高鳴りはあくまで一時的に。もっともっと強敵と戦い、胸の高鳴りを感じてみたかったのだ。彼は飢えていた。戦いと、ときめきに。

 

「痛い目見たくなかったらここを縄張りにするのはやめるんだな、ネルちゃん」

 

 そう言い捨てて彼は立ち去ろうとした。したのだが、いきなり彼はオトモを抱えて横に飛んだ。突如黒い影が空からこちらへ向かってきたことを彼は見逃さず、影はハンターたちのいたところへ地響きを立てて降り立った。少しでも遅ければ巨体に踏みつぶされ、べったりと地面にへばりつくだけの無惨な肉片となっていたほどの破壊的な衝撃だった。

 

「仲間か! いや……」

「大きいにゃ……」

「喰ってやがる……同族だぞ……」

 

 当然空から襲来してきたのは依頼にはないもう一体のネルギガンテ。気絶していた同族を踏みつけ、苦悶に暴れ回るのも構わずに比較的柔らかな喉元や腹を食いちぎる姿。さっきのネルギガンテよりふたまわりは大きい体に、獰猛な牙。

 踏み砕かれたネルギガンテは断末魔の悲鳴をあげながら巨体の下で暴れ回っているが、まったく意に介さないでそのはらわたをがぶりと食いちぎる。依頼のネルギガンテは必死に体を再生しようとしているのか、逃げようとしているのか悲鳴としか形容できない咆哮を上げながらしばらくばたばたと暴れていたが、すぐに柔らかい内蔵をほとんど食い荒らされるとさすがに絶命したようだ。

 

 あぁ、古龍喰らい。これがネルギガンテ! 男はその光景を目に焼き付けようと必死で見開いた。弱っていたので獲物を奪った、というよりはただ目についたから喰らったという様子。もちろんこの巨体、あの速度ならば依頼のネルギガンテを狩ることなど容易いだろう。

 今、こちらを攻撃するそぶりがないのはちっぽけな生き物なんて歯牙にもかけていないからだ、と彼は判断した。

 

「……帰ろう、相棒」

 

 震える声を隠さずにハンターは言った。緊急退避用のモドリ玉を握りしめ、しっかとオトモを抱きしめながら。

 

「お前を、拠点に届けないといけないからな」

 

 ハンターは、とうとう興奮を隠しきれずに歯をむき出しにして笑った。同族を貪る相手から目を離さず、うっとりと、恋をしているような顔をして。

 オトモはそれに狂気を感じる前に、飛竜に運ばれる風圧で思わず目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようおかえり。思ったより遅か……どうしたんだお前、」

「取り急ぎ報告する。依頼のネルギガンテは問題なく倒した。だが、別個体のネルギガンテが襲来し、依頼のネルギガンテを喰らい始めたので我々は身の危険を感じ、帰還。依頼は失敗ってことでいい。一応依頼のネルギガンテは腹食い破られて死んだように見えたが、もっと危ない奴がいるんで達成とは言えないだろ。

 とりあえず私は今から奴と戦ってくるから、」

「おいおいおいおい、ちょっと待て。奴と戦ってくるって? 無茶を言いやがって! お前は強いから普通のネルギガンテには負けないだろうさ! その疲れた体で行ってもな! だが話を聞くにそいつは同族喰らいの歴戦個体か歴戦王か、とにかく普通じゃないんだぞ相手は! いくらネルギガンテでもいきなり同族捕まえて腹食い破って食うとか普通の行動じゃない! 遠くから観測して情報を集め、少なくとも討伐には万全の対策をした四人編成で向かうべきだ、今すぐ一人とアイルーで行っただけじゃ死ぬだけだぞ! どうしたんだ、冷静なお前らしくない!」

「ああ、オトモは置いていく。むざむざ死なせることは無いさ。優秀な子だからな」

「ハァ?! じゃあお前は?! お前はどうするんだ! なあ討滅、どうしたんだ、お前らしくもない!」

「なぁ止めないでくれよ……いや、止めたって無駄だ。俺、俺はな、あのネルギガンテが運命の相手だって確信しているんだ、俺はあいつに殺されるために生まれてきたんだって……そのためにハンターになり、そのためにこれまで生き延びてきたんだって確信しているんだよ」

「は……?」

 

 男はうっとりと目を閉じた。

 

「あいつがな、依頼のネルギガンテを踏み砕いて、俺の方を睨んだ時、人生で感じたこともないくらい胸が高鳴って……腹を食い破られてバタバタ暴れているネルギガンテを心底羨ましい、って思ったんだよ。あんなに強い存在! 絶対的な強者からあんなに無慈悲な暴力に晒されるなんて……羨ましい。まあ心配しないでくれ、死にに行くが無駄死にする気はない。もちろん、この体を無抵抗にただ食い破られに行くわけでもない。そんなのつまらない死に方だ。

 あいつに俺の全力をぶつけるんだよ、すべてを出し切って、全力で戦った末に死ぬんだよ。もちろん俺もあいつを殺す気でな、だからあいつが俺より弱くて、こっちが勝ってしまって、殺してしまってもいい。あぁ、殺すのさ。俺を殺せないなら見込み違いなんだから! 殺せたら奴のはらわたをこっちが食らうだけなんだから!

 見込み通り殺してくれるなら、俺はきっと最高に気持ちよく絶頂しながら殺されるのさ。なぁ、あいつと殺し合いがしたいんだ。俺とあいつの正真正銘の一対一でな。

 問題があるなら今すぐにでも契約違反でオレを除籍してくれよ。俺はその瞬間新大陸の密猟者になるが、依頼外の古龍に手出ししたクソ野郎ってことでお前の責任じゃなくなるし……あいつの牙に首を捧げてえんだよ。心臓をやつの胃に収めて、それで……」

 

 ぞっとした。べったりとした悪夢のような狂気が「討滅」に宿っていた。背中に腐った血を塗りたくられたような悪寒が走る。ぎらぎらと、らんらんと輝く目に欠片の理性もない。そういえばいつだってきちんとした身なりをしていたというのに、戦いで振り乱した髪を微塵も気に掛けるそぶりもない。言葉の通りなら相棒のアイルーを死なせることだけは許せずに連れて帰ってきたのだろう。「討滅」の唯一の理性はそれを完遂したことで終わってしまった……のか。

 

 ハンターってやつらはそろいもそろってまともじゃない。長い間アステラに勤めてそれを理解しているつもりだった。ある者は戦いを、ある者は金を、ある者は名声を、ある者は未知への探求を。それぞれなにか信条を掲げて、命を危険にさらし、躍動する狂人たち。

 「討滅」は現在のアステラ所属の中では指折りの実力を持つハンターで、戦いを求める類の人間だと思っていた。その通りで、金よりも、名声よりも、戦うことを好んでいて、その割には冷静な奴だったから他の戦闘狂とは違い、怪我をして引退することもなく五体満足でハンターを続けていた。得物の片手剣と同じくらいぎらついていて、だけど冷え切った刃物のように下手に触らなければ問題ない、そういうものだと。

 

 こんな迷惑な狂気を秘めていたなんて……しかも、こんなバカなハンターの暴走をむしろ止める側だった良心的な人間だったのに! 「討滅」より強くて説得できるハンターなんて……。「導きの青い星」が存命なら叱り飛ばしてもらっただろうが、つまりそんな伝説的人物でもなければこいつを止められる気がしない!

 

「俺の死は絶対にお前の責任じゃない。だから気にしなくていい。ちょっと事故で死ぬ。それだけのことだ。じゃあな!」

 

 奴は止める間もなく指笛を吹き、飛竜を操り飛び去って行ってしまう。

 取り残された俺は総司令になんと報告すればいいのか少し悩み、結局包み隠さず報告して、しどろもどろになっている途中に奴は全身ボロボロになりながら帰還しやがった。

 無論、今まで通り五体満足で。晴れやかな顔で曰く、全く勝負がつかなかった、と。見たこともないほど楽しそうに笑いながら。ああ、「討滅」はこんな顔をして笑う男だったのかと。普段の明るい人好きのする優しい笑みとは違って、そこにあったのはエゴ丸出しの、己の迷惑を顧みない人間らしい笑顔だった。

 

 その日より始まったのが「討滅」の緩やかな自殺。ネルギガンテと「討滅」は確かに実力が拮抗していたらしく、必ず致命傷を負わずに、そして致命傷を与えることができずに奴は帰還する。しかし、あっちは再生能力に自信のある古龍で、寿命も体力も違うのだ。アステラがバカな「討滅」に無理やり睡眠薬を盛って回復させてから送り出したとしてもいつか奴は死ぬだろう。

 日に日に奴は戦い以外から興味を失っていく。編み上げていた自慢の髪は無造作に結うだけになり、そのうち爪にでもひっかけられたのか千切られて短くなってしまっても気にしなくなる。可愛がっていたアイルーとの契約も解除したようだ。自分の欲望で死地に連れて行くわけにはいかない、という真っ当な感覚で自分の命に顧みることができなかったのか!

 周囲に振りまいていた穏やかな愛想はだんだんぶっきらぼうになり……無愛想すぎるわけではなかったから、多分今までは気遣っていたんだろう……しかし以前より生命力に満ちあふれて良く笑う。よく食い、食事場での話では今日はどんな戦いだったのか生き生きと話す。そして皆が目を背ける、迫りくる自分の死について、恋する乙女のようにうっとりと話すようになったのだ。恋する乙女という表現をしない無骨なハンターたちはそろって奴のことを「自分だけの星を見つけた奴の話」だと言いやがったが。

 

 奴はいう。うっとりと、至上のごちそうを前にした獣のような、唾液を垂らさんばかりの形相で。負けた暁にははらわたを喰いちぎられ、心臓を一口に飲み込まれて死にたい、と。自分を完膚なきまで叩きのめし、完全に勝利された暁に愛する相手の糧になるのだ、と。冗談交じりに古龍喰らいなんだから人間なんか食わないんじゃないかと指摘するとどんな古龍よりも俺の方が強い、だから栄養満点に違いないんだと奴は笑った。古龍に喰われる男なのだと語ってはばからない。

 だんだん「討滅」に細かい傷が増えていく。だが誰もが思っていたほど早く奴は死ななかったし、毎日、本当に楽しそうだった。

 死地へ赴く馬鹿な男が、死への透明な日々を過ごしていたひと時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も愛しているよ! 俺を喰いちぎってくれ! さあ殺せ! さもないと殺す! お前を殺して臓物を引きずり出し、焼いて食ってやるよ!」

 

 男は吠える。自慢の髪は先日爪にかかって引きちぎられ、すっかり短髪のざんばら頭になっていたが、男の放つ殺意に変わりはなかった。かつて色男だった容姿は刻まれた細かい傷ですっかり野性味を帯びていて、しかしもはや同族の人間に興味がないものだから何の手入れもされていなかった。ただ、毎日全力を尽くして殺し合いをしたいという一心で傷の手当てをしていた。

 

 対してネルギガンテは殺そうとすれば生き残り、相手をするのが面倒になってどこへ隠れようが向かってくる小さな二足歩行の動物が不可解で仕方なくて小さく唸った。好戦的なネルギガンテとはいえ、言葉を介さぬ存在であり、まさか異種のちっぽけな生き物がここまで長く生き残って毎日付け狙ってくるのが自分を殺してほしいからだとは思っていなかった。

 並々ならぬ執念の源泉までは理解されなかったが、自分を執念深く殺しにかかっていることだけは理解できたので今日も一切の手加減なく爪を振り下ろす。

 

 男は身軽だった。慣れたようにその一撃をひょいと避けて懐に飛び込み、腹を深々と切り裂きながら体の下を潜り抜ける。薙がれる一撃をいなして斜面を滑り降りながら距離を取り、全身の重みで踏みつぶそうとする攻撃から逃れた。飛び掛かってくる攻撃を避けつつも破片に頬を切られ、しかし返す一撃で腕のとげを盾で砕く。

 

 にじむ赤い血が頬を伝うが、気にもせずに彼は飛び掛かる……。

 

 しかし悲劇的なことである。いいや、男にとっては幸運なことだったか。人間というものは古龍ほど強い生き物ではない。だというのに彼は毎日ネルギガンテのもとを訪れた。傷を癒し、万全の体調に整え、挑んできたが疲労というものは蓄積するし、完璧にはなりえない。生き物としての強度がどうしても脆弱だった。

 男は強かったが、古龍喰らいにはなれなかった。

 

 男は初めて避けきれず、ネルギガンテの腕に叩きつけられた。無防備な姿を晒したところを見逃されるはずもなく、再度叩きつけられる。血を吐き、体の骨の折れる音を聞きながら、男は死に近いことを悟った。

 男は恍惚としながら、思う。殺した獲物をきちんと喰らってくれるだろうかと。しかし、同時にまだ彼は死んでいない。死んでいないということは、思考できるということは、己の命を諦めてなすがままに殺されるなどあってはならない。全力ではないということだ。まだ抵抗できる。抵抗できるのであればしなくてはならない。そうでなければ全力の自分を喰らってもらったとは言えないのだから。

 

 ヒビの入った骨がさらに砕けるのもかわまず、素早く転がって追撃から逃れた男は至極冷静に閃光弾と戻り玉を展開し、その日を生き延びた。

 生き延びてしまった。彼は、帰還した時泣いていた。

 痛みではなく、死への恐怖ではなく、生き残ってしまったことに! 逃げる自分を殺して貰えなかったことに泣いていた。あぁ、満身創痍の瀕死の体で死にたかったと泣きわめき、どれだけの人間に叱咤されても奴は今日こそ死ねると思っていた! と傷口が開くのも構わず怒鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし男は諦めない。男の執念は尽きなかった。いや、むしろ燃え上がった。

 大怪我は障害なしには治りきらず、以前のような軽やかな身のこなしなど到底不可能。それを悟った彼は戦法を変えることにした。古龍は一般的な罠にかからないが、爆弾などのアイテムで攻撃することは出来る。投げナイフで状態異常を誘発することもできるし、火山の吹き出す溶岩に誘導することだってきっと不可能なことではない。隠れ身の装衣を纏えばこちらから手を出さなければ気付かれず行動できるし、身のこなしの問題で敏捷に剣を振るえないのであれば、比較的距離をとって戦えるライトボウガンに得物を変えた。

 とれる方法はまだまだある。俺はまだ全力じゃない。男は笑ってそう言った。ハンターとして致命的な傷を負ったはずなのに、男は見事復帰して見せたのだ。

 

 男はそして、怪我を治してからまたネルギガンテに挑み続けた。そこまでくればもう、誰しもがいつか落胆しながら愛したネルギガンテの角を抱えて帰ってきて、とうとう殺してしまったと言ってくるのではないかと期待するほどに。彼はやはり日々傷を増やし、ボロボロになりながらも生き残った。以前のような体力はなく、ゆえに毎日挑んでいた訳ではなかったが、生還し続けたのだ。

 

 腕を折って帰ってきた日は自ら骨を正しい位置に戻し折るという狂気の治療を行いながら回復薬を飲み下し、

 足を折って帰ってきた日には心底残念そうに惜しかったと呟き、

 自慢だった髪から何かの副作用か、度重なる死闘によるストレスで色が褪せても、

 毎晩骨の痛みに呻いても、

 男は生き残り続けた。手法を変え、技術を磨き、男は生ける伝説となって。

 

 そしてある日、とうとう獣牙にかかって男は死ぬ。当然の帰結を迎える。しかし、それを知った人々はもはや男を哀れむのではなく、静かに「討滅」を讃えたという。あぁ、記録としてはただの一人の男の死亡である。だが、男がとうとう夢を叶えたことをみな、知っていたから。

 

 遺体は何も戻らなかった。男が戻らなくなってから数日後、男のかつてのオトモをリーダーに編成した小部隊が遺体を探しに向かったが、残っていたのは地面に残る赤い染みだけだったのだ。

 そこに男を迎える羽目になったネルギガンテの姿はなく、しかし食うに邪魔になるだろう防具や武器すら見当たらない。目を凝らせば弾丸の欠片くらいならば見つけられようが、元オトモは静かにそこで祈っただけに留めたという。

 

 きっと男は喰われただろう。骨も残さず悪食のネルギガンテに。死にゆく彼は歓喜していただろう。

 「討滅」の愛した滅尽は、二度と人間たちの前に姿を現さなかった。口元に飛び込んでくる喰われたがりがあんなに食いでのない人間なんて向こうもごめんだろう、という笑い話だけが一つ残った。

 

 これは「討滅」と呼ばれた一人の男の話である。




被殺願望杯参加
主催 氷陰さん
非常に楽しい企画でした。ありがとうございました!


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