だいぶ暑くなって、冷房をつけっぱなしの毎日です。
小さな翼
軍を引退してから何度か、本を出してみないかと出版社から誘われた事があった。それらを断っていたのは、私には文才というものがないと思っていたからだ。今もその考えは変わらないが、ある戦友の死を経験した事で変わった。彼女の人柄を知らない人達が、彼女の事を語ろうと取材に来たからだ。彼女の、いや私達の戦いを赤の他人の手で勝手な脚色を加えて語られる事は我慢ならない。故に私は重い腰を上げて、こうして筆を取ったのだ。
私の方が年は上だったが、彼女は軍人としてもウィッチとしても遥か高みにいた。当時はそれに全く気がついていなかったが、歳をとるにつれてそれを実感した。当時の私はウィッチに不可能はないと、心の底から信じていた。それは扶桑回事変や、欧州でのいくつかの戦闘を経験した私なりの結論だった。だが彼女はそう考えていなかった。
私と同等か、それ以上の経験を私よりも若い身でありながら積んでいた彼女は、その経験からウィッチにも不可能はある事を理解していた。当時でも世界で有数のエースウィッチであった彼女が、消極的な考えであったことに随分と驚いた事を覚えている。
私はこの本を書く際、侍ウィッチという題名はどうだと提案された。侍というフレーズは、私がかつて取材を受けたときによく使われたフレーズだったからだ。私を中心に本を書くのであれば、それでも良かったかもしれない。だが今回本を書くにあたり、私はただの十代の少女達が過ごした非日常的な日々を書きたいと思った。だからその名は相応しくないと辞退する事にした。
大空を飛ぶウィッチは、大きな翼を持って羽ばたくように見える。だが実際のところ、その翼はまだまだ未熟だ。同じウィッチや整備士、ストライカーの開発者と言った多くの仲間の力無くしてはまともに飛び立つ事ができない。だから私はこの本に、小さな翼と名をつけさせてもらった。読者の皆様が知る強く美しいウィッチではなく、未熟な少女が(筆者は1945年当時二十歳であり、少女とは言えないが)年相応に足掻いていていた。そんな普通の少女ではあり得ない、非日常をできる限り当時のことを思い出しながら書きたいと思う。
「まだ出版前の見本に過ぎないが、私にしては中々のできになったと思っているんだ」
カールスラントから帰国して半年ほどが経った時、坂本は唐突に宮藤に一冊の本を送りつけた。その感想を、今日は聞くために忙しい宮藤の元を訪れていた。
「色々言いたいことはありますけど、自分の事を他人の目線で語られるってなんだかこう、ムズムズしますね」
「なんだ今更。501にいた頃はそんなのよくあった事だろう」
「知らない人に書かれるのと、よく知る人が本来表に出てないエピソードを交えて書かれるのは全然違いますよ」
宮藤の言葉に、確かにそうだと坂本は頷いた。
「それにしても、坂本さんからこの本を送られてきた時は驚きました」
「我ながらおかしな事をしたとは思っている。だがあの事件の後、訳のわからない連中からの取材依頼が多くてな。その本にも書いたように、そんな奴らに面白おかしく私達の事を書かれるくらいなら自分で書こうと思ったんだ」
「私のところにも取材依頼が来ましたよ。全部断りましたけど」
坂本同様、宮藤の元にも取材依頼はきていた。多忙な身である宮藤が取材を受ける事が難しいのは当然だが、宮藤からの取材が得られたという事実を得たいがために多くの依頼が舞い込んでいた。
「501にいた頃は苦しい事も多くありましたけど、それ以上に楽しさもありました。多分、取材に来た人達は楽しさを語ってもそれを書く事はしなかったと思います」
「だろうな。501は伝説的な英雄であり、英雄らしいエピソードこそが求められる。実際、普段話していても子供達相手なら楽しかった、面白いエピソードのウケはいいがいが、大人相手なら苦しんだエピソードの方がウケがいい」
「それ分かります。お年寄りの人なんかは、私が501でどんなに楽しい時を過ごしたと言っても、痩せ我慢か何かだと思うみたいなんです」
「戦場を経験した人間でなければ、戦場にささやかな楽しみというものがある事を理解できないのだろうな。実際、同じウィッチや元軍人相手なら案外同意を得られるものだ」
坂本の言葉に宮藤は頷いた。
「夜間哨戒の為に早い時間から寝て、夜に備えたって話をした事があるんです。エイラさんとサーニャちゃんと三人で同じベッドで寝るのは、結構楽しくていい思い出です。だけどそれを聞いた人は、みんな大変だったねとか。よく頑張ったねとか。そんな言葉ばかり言うんです。当時の私は、驚きこそすれ大変だと思った事はないのにですよ」
「それが世間一般の普通の感想なんだろう」
「そうですね。だから坂本さんのこの本を読んで嬉しかったですよ。夜間哨戒で私がヘトヘトになりながらも、楽しそうにしてたって書かれてて。きっと、他の人が書いたらこの感想は出てきません」
「そう言ってくれると嬉しい。もしそんなこと思ってませんなんて言われたら、全部書き直さなければならないところだった」
坂本は冗談まじりに言った。
「いずれ英語に翻訳して、ミーナ達にも読んでもらいたいと思っているからな。宮藤に太鼓判を貰えたのなら安心だ」
「英語版も出すんですか?」
「いや、自分で翻訳して人数分だけ作るつもりだ」
「意外です。坂本さんなら自信満々に英語版も出すって言いそうなのに」
昔の坂本なら、当然のように英語版も出すと言う確信が宮藤にはあった。今の坂本の発言は意外なものだった。
「私に文化人としての才能はないからな」
「そんな事ないと思いますけど」
宮藤が本を読んだ感じだと、坂本が思うほど酷い文章だとは思わなかった。むしろ初めて書いた割には十分な文章だった。
「坂本さんが考えるほど文才がないとは思えません。これなら十分売れると思います」
「お世辞が上手くなったな。そんなに褒められたら信じてしまいそうだ」
「信じてください。これならきっと売れます。扶桑で話題になれば英語版も出せるし、自分で翻訳版を人数分作るなんてしなくても良くなりますよ」
紛れもない宮藤の本心だった。今の自分からすれば恥ずかしいエピソードも書かれているが、万人受けするであろうと言う内容だった。
「でも私がおっぱい大好きだって言うのは、事実無根なんで書き直してください」
「事実だろう。ルッキーニとエイラほどあからさまではなかったが、風呂でシャーリーやリーナの胸をガン見してただろう」
「そ、それは医者の卵として女性の胸の発育状況の個人差に興味があったのであって、やましい気持ちがあったわけじゃありません!」
「ペリーヌの胸にはちっとも興味を示さなかったのにか?」
個人差というのであれば、ペリーヌも同じようにガン見していなければならない。だというのに、宮藤が見るのは胸の大きな人物ばかり。医者の卵としてという言い訳が通じるはずがなかった。
「服部は分からないが、お前がエイラやルッキーニに負けず劣らずなのは皆が知っている事だ。今更隠そうとしても無駄だ」
「ほ、本当にみんな知ってるんですか?」
「知っているな。そもそもあんなにガン見しといて隠すも何もないだろう」
愕然とした様子の宮藤に、坂本は心底呆れた。
「なんだかすごく損をした気分です」
「損をした?」
「バレてるのなら、もっと大っぴらにみんなの胸を触っておけば良かったです」
「当時の私がそれを見たら、普段の訓練が五倍はキツイものになっていただろうな」
坂本だけではない。エイラもサーニャが被害に遭う事があれば容赦なく制裁を下しただろう。隊長のミーナも、隊内の風紀が乱れるようならなんらかの罰を与えた事は間違いない。
「じゃあやっぱり隠してて正解でしたね」
「全然隠されてはいなかったがな。途中で離脱した私でさえ気が付いたんだ。宮藤が考えているほど、上手く隠せてはいなかったぞ」
「じゃあやっぱり、怒られない程度に胸を触っておけば良かったかなぁ。シャーリーさんなら怒らないだろうし、リーネちゃんも少しくらいなら許してくれただろうし。もったいない事をしたなぁ」
その言葉を聞いた坂本は、正式に出版される時にはこのエピソードを載せようと心に決めるのだった。
今回の話、坂本さんの書いた本はエピローグにするか迷っていた話です。もちろんエピローグであれば内容は全然違うものになってましたけど、冒頭にある文章はほとんど変わらなかったです。
スオムスのその後とかもゆっくり書く予定ではあります。月一くらいのペースになると思いますので、気長にお待ちください。