いつも助けられています。
その全てに反応を返せているわけではありませんが、しっかり目を通させていただいております。
今回の投稿はこれで終わりです。
痛み分けというには敵連合の数的損失はあまりに多く、首魁の死柄木も利き腕を失っている。だが完全無欠たることを当然とするヒーロー側にとって、逃がしてしまったという一点で既に失態だろう。
爆発の影響で鼓膜はじんじんと痺れ、視界も利かない。だから気づくのが遅れ、その停滞は致命的だった。
粉塵が逆巻き、黒い暴威が五加の目と鼻の先に現れる。
(あ、死んだ)
五加は妙に納得した。相手を殺せなどと言う人間は、自分が殺される側に回ったときのことも覚悟しておくべきだ。握りこぶしの掌のしわまでやけにはっきり見えた。
黒霧の“個性”は『ワープゲート』。ゲートである以上、入り口であり出口でもある。ならば、双方を同時に行うことだって当然可能なわけだ。
一体目の脳無。善逸に削りきられ回収されたと思っていたが、なるほど兵器として運用を考えるのなら減った燃料は基地で補給して再出撃すればいいだけの話だ。ふたたび筋骨隆々のシルエットに戻った黒い巨人は、殺意すら宿さぬ虚ろな目で五加の顔めがけて拳を振り下ろす。
オールマイトの殺害という大本命を諦めた瞬間、目的を嫌がらせに切り替えてきた。捨て駒の捨て所をわかっている、実に鮮やかな手腕だと五加は評価する。
善逸は間に合わない。
彼の漆ノ型は必殺に特化している。守りを捨て攻めに偏っているというのであれば霹靂一閃もなかなかのものだが、あれはあれでいて納刀までが一連の動作となっており、次に繋げることができる。
漆ノ型にはそれすらない。完全に上半身を突っ込ませた状態で刀を振り切っており、それを透かされたら後には何も続かない。見事決まれば“上弦”の首さえひと息に断ち切れようが、外せば命を落とす。
人一倍死を恐れる善逸が、決して自分のためには使えない技だ。己が命を賭してでも斬らねばならない、守らねばならないものがあるときだけ、その封は解かれる。
攻防のバランスがいいのは現状だと霹靂一閃・六連だろう。それよりも連撃を重ねれば破壊力は増すものの守りが疎かになる。神速ともなればさらに反動がひどくなり戦闘継続に差し障りが出始める。
漆ノ型を出さねば、生徒たちに降りかかる爆発の影響をあらかた斬り払うなどという荒業は不可能だった。あそこが間違いなく切り札の切りどころだった。
直後の善逸に大きな隙ができるのはわかっていたのだから、その隙は己が埋めねばならなかった。それをむざむざ突かれてこの醜態なのだから、完全に自業自得だ。走馬灯の一種か、ひどく粘度を増しゆっくり流れる時間の中で五加はそう考える。
心残りは山ほどあるが、悔いはない。
彼の死に目にあえない。それだけは御免だった。それだけが嫌だった。自分が置いていく側ならば、ベストではないが悪くない。
今回はちゃんと彼の隣で戦って、力及ばず彼の隣で死ぬことができた。きっと彼はやさしいから疵になって、もしかしたら一生憶えておいてくれるかもしれない。
この軌道だと頸から上がきれいに吹っ飛ぶことになるだろうか。ヒーロー科に入ると決めたときドナーカードにサインをしておいてよかった。死んだ後も無駄なく人助けをすることができる。しかし死体の損壊がひどいと葬儀のときに大変かもしれない。エンバーミングで誤魔化せる範囲だといいのだが。
意識が集中する一方で滾々と雑念が湧いては消える。しかし不思議なくらい恐怖は無かった。
それはありがたかった。恐怖で足がすくんだら動くこともできやしない。
手遅れだともうわかっていた。考えて、判断してから動いて間に合う速度ではなかったから。それでも五加はのろのろと足を動かして、せっせと回避行動をとる。
曲がりなりにもヒーローを志したのだ。潔く悪に屈することなど許されはしない。見苦しく、人間らしく、最期の一瞬まで彼女は足掻く。
それは固い信念や焼け付くような衝動に基づいた行動ではなく、自らの立ち位置に対する最後の義理でしかなかった。
しかし善意に基づいた行動が善行に繋がるとは限らないように、惰性的に取った行動が最上の結果に繋がってはならないという道理はない。
この場合、それは何よりも正解だったのだ。
考えて動いてからでは間に合わない。ならば、『考えるより先に体が動いていた』のならばその限りではない。
「…………!!」
雄叫びを上げる余裕すらなく、緊張に歪む顔面の皮を高速移動の風圧でびろびろと翻しながら突っ込んできた緑谷に、五加は内心でぱちくりと瞬きした。もしも死の間際で加速した思考に、泥のように鈍い肉体が追い付いていれば『ほえ?』と間抜けた声のひとつでも漏れていたことだろう。
この脳無には『ショック吸収』が付与されている。いくら緑谷が渾身の力を込めて殴ったところでダメージを与えることはできない。
しかし偶然か、それとも狙ったのか。
脳無が持つのはあくまで『ショック吸収』。勢いよく壁にぶつかったところでびくともしないが、幽霊のように物理的に壁を通り抜けられるわけではない。そこに固定されたものは無視できない。
緑谷の超パワーで放たれた拳はつっかえ棒のように、あるいはレールのように脳無のパンチの軌道に干渉し、そのベクトルを逸らした。もちろん脳無にはダメージにならないというだけで、オールマイト級と評された脳無とパンチをクロスさせた緑谷の右腕の皮膚は削ぎ落され、反動で骨がばきばきに砕けている。
だが、その成果はあった。緑谷が微妙に逸らしたパンチの軌道と、無駄と知りつつ行っていた五加の回避行動が噛み合わさり、その巨大な拳は少女の頭のすぐ傍を通り過ぎる。
毛根ごと持っていかれるかと思うほどの風圧が五加の髪をはためかせたものの、緑谷が守ろうとした少女は傷一つ負わなかった。
必殺の一発を透かされた脳無には憤懣も感嘆もない。ただ、入力された命令のままに次の一撃を放とうとする。
見るからに痛々しい被害を被りながら緑谷が稼げたのはほんの一拍。しかしその一拍で十分なのだ。ここにいるのは有精卵とはいえ紛れもなくヒーロー。考えながら動いた者たちが稼がれたわずかな猶予を、繋げる。
「うおおおおおおお!」
暑苦しい雄叫びを上げながら切島が飛び出す。彼の持つ『硬化』は優秀な盾であり矛ともなる対人戦に有利な“個性”であるが、果たしてオールマイト級の一撃を防ぎうるほどの堅牢さを有するのだろうか?
極めて微妙と言わざるを得ない。楽観的な展望ができない。それは短いながらも激しい攻防を至近距離で見た切島本人も同じだった。
だから彼が立ちふさがるのは脳無の前ではなく、『次』の布石。緑谷と五加を庇うために彼は角度を調整して全身をガチガチに固め、地面に両足を突きさすようにして踏ん張る。
「いまだっ、俺ごとやれ爆豪!!」
「ぼさっとしてんじゃねえぞクソチビ女ァ!!」
ピンの引き抜かれる高い音。放つは屋内対人戦闘訓練で五階建ての建造物を半壊させた、爆豪のタメ技。
コスチュームの性能により掌から分泌されるニトロのような汗を貯蓄し、本来射程外の遠距離から広範囲を爆破する。時間さえあれば許容超過の『爆破』をノーリスクで撃つことができる強力な手札だ。
もちろん効果範囲から味方だけを除外するなどという、ゲームの魔法のような小器用な真似はできない。だから切島が盾となり、その『硬化』をもって緑谷と五加を爆破の死角に置く。身長百七十センチと、さして大柄とは言えない切島の体格で緑谷と五加を完全に守り通すのはどだい無理な話ではあったが、それでも味方への被害は問題ない程度に抑えることはできた。
『ショック吸収』と『超再生』がどこまでもその存在を誇示する。脳無に爆破の衝撃はたいして効果を発揮せず、爆炎による火傷や爆音による感覚器官への悪影響も瞬く間に治ってしまう。
だが先にも述べた通り、純粋な物質やそれに伴う運動エネルギーを無かったことにできるわけではない。鉄筋コンクリートの壁を容易く貫く爆破は脳無を破壊することこそできなかったものの、巨体を押し返すことには成功した。
そして、そうやって一瞬一瞬、魂を投げ出すように稼がれた時間が決定打であった。
ここには誰もが認める
「まったく、今日の私はいいとこ無しだな……。
しかし、だからこそ! 子どもらが戦って守り通した可能性、きっちり大円満に繋げてみせるとも!! 何故なら私はプロヒーローで――」
――平和の象徴なのだから!!
生徒が出来ると言い、信頼できる後輩がそれを任せた。
だからオールマイトも信じて託し、上に隔離させたチンピラたちの自爆の余波が万が一にも致命的な事態に繋がらぬよう、拳圧で相殺することを選択した。
そのために初動がワンテンポ遅れた。そのために生徒たちを命の危険にさらしてしまった。その上でなお、彼らは有言実行して自らの実力で対処してみせた。
ここまでお膳立てされ応えること叶わないのなら、もはやそれはヒーローではない。
「気を付けてオールマイト! ソイツに打撃はいっさい効か……!」
緑谷の忠告は轟音でかき消された。
果たしてその目で見なければ。いったい誰がたかが拳の衝突、人体が奏でた音色であるなどとこの人体の幅が広がった個性社会でも考えるだろうか。
「知っているとも緑谷少年! その上であえてこう言わせてもらおう――」
――大丈夫だ、私が来た!!
オールマイトはそのスタイルから脳筋と思われがちであるし、実際に脳筋であることは本人にも否定しがたい事実であるが、単純な身体能力のみでトップをひた走れるほどにこのヒーロー社会は浅くも安くもない。
教師としてはまだまだ新米であり拙いところも目立つ彼であるが、こと対
緑谷に『ワン・フォー・オール』を譲渡してから衰えを日々実感しつつあるものの、生徒たちが命懸けで割り出してくれた“個性”の発露を見逃すほど耄碌していない。
「つまり全力以上の全力で殴っても、彼は死なないということさ!!」
一発。
それで脳無はUSJの穴だらけになった天蓋を突き破り、その屋根としての機能に完全なるとどめを刺した。
あれほど強大だった、何度も死を身近に感じさせた、そして今はお星さまになった敵の末路を生徒たちは呆然と目を剥いて見守ることしかできない。ばらばらと降り注ぐ天蓋の残骸の向こう側、晴れ渡った青空がやけに網膜に痛かった。
「すげえ……」
いったい誰の言葉だったのか。
誰もが自分の口から洩れたような気がしていたし、つまるところそれは目撃者の代弁であり総意であった。
それっぽく理屈をつけることはできただろう。
外見を膨らませてはいても、ダメージは抜けきっていなかった。計量をクリアしてから試合までに体重を大きく増やすボクサーのように、見た目を誤魔化してもそれは風船。健康時からすればコンディションは比べるまでもなく、オールマイトが成し遂げたのは積み重なった最後の一押しに過ぎない、などと。
きっとオールマイト本人が誰よりもその仮説を支持することだろう。
だが、実際に敵と戦った今だからわかる。肌で感じる。プライドの高い雄英の生徒だからこそ、誰にでもなく己が認めざるを得ない圧倒的な格差がそこにある。
これがプロヒーロー、トップに君臨する男の世界の一端なのか、と。
あまりにも次元が違う。桁が違う。おそらくは日本で一番有名なキメ台詞である『もう大丈夫だ。私が来た』の言葉の意味を改めて理解させられた。
(あ、ヤバい)
視界の端で善逸が倒れるのが見えた瞬間、五加の頭蓋の内部にずしりと重みが生じる。
(すっごく……ねむい!)
善逸の戦術眼、こと死に対する嗅覚を五加は誰よりも信頼している。
突然倒れた善逸に周囲は何事かと騒いでいるが、五加はこの距離からでも幸せそうに緩んだ顔で鼻提灯を膨らませている彼の表情がハッキリ見えていた。
つまり、もう安心していいのだ。
そう認識した瞬間に緊張の糸が切れたらしい。今日これまでやってきた無茶の反動がいっきに噴出した。
頭ではわかっている。ここはもう安全ではない。
“個性”の発動を阻害する装置の類もあるにはあるが、“個性”のロジックは千差万別。すべてを万全に防げる絡繰りなど人の手で生み出せるはずもないし、そもそも需要と供給が噛み合っていないので非常に高価だ。だからこそ発動条件さえ満たせばほぼ確実に相手の“個性”を封じられるイレイザー・ヘッドは鬼札たりうるのだから。
下手をすれば向こう数年、USJは安全確保のため封鎖される可能性すらありうる。
わかっている。わかったうえで一度切れた糸は繋ぎ治せないし、その必要性もあまり感じなかった。
だって『
ただまあ、
このまま眠りに落ちたら悪夢を見るという嫌な確信があった。
死の恐怖が遠かったのは、ただ単に感情が
だが眠るにせよ魘されるにせよ、その前にやることがあった。
ずきずきと痛む頭を抱えつつ、五加はまず助けてくれたクラスメイトに話しかける。些細な気遣いだが、礼儀とコミュニケーションは積み重ねだ。軽んじると痛い目を見るのは自分で、ヒーロー科を選んだ以上『痛い目』というのは最悪人の生き死にが関わってくる覚悟をしておくべきだ。
「助けてくれてありがとぉ。緑谷くんだいじょーぶ? いや、腕バッキバキになってる人にこんなこと言うのも我ながら何だけどさ。心配や気遣いを表現する日本語を茹だった脳みそから絞り出すと、どうもこーなっちゃうんだよねぇ」
「は、はは……ぐぅっ!」
笑った衝撃が響き、ただでさえ骨折の影響で蒼白だった緑谷の顔面から冷や汗が滝のように流れているものの、愛想笑いができるのなら少なくとも精神的には余裕があるということだ。
五加の見立てでは痛みとショックで嘔吐し七転八倒していてもおかしくない重態なのだが、悪い意味で緑谷はケガすることに慣れ始めているようだ。今回は必要に迫られてとはいえ、ここから先も身体が壊れることを前提に“個性”を使い始めたら要注意だろう。
「ごめんねぇ。命の恩人には応急処置のひとつでもやって、少しでも恩返しするのが筋なんだけどさ。今のぼくの精度だと逆に危ないから、先生にやってもらって……」
「い、いや。機織さんもケガはない? 無茶はしないで大丈夫だから」
今のこの場ではお前だけは言うなというやつだろうか?
もしかするとヒーロー流の身体を張ったジョークなのかもしれない。今の己にキレのあるツッコミには期待しないでほしいと、五加はそれ以上の明後日の方向に流れ出した思考を放棄する。
緑谷の教育方針含め、そこから先は五加が考える必要のない場所だ。既にひとり抱えて精一杯なのだから、これ以上のお荷物は無理である。
「切島くんと爆豪くんもありがとうねー。首の皮一枚で繋がったよ。いや、あれが直撃していたら皮で繋がるどころか首の上まるごと
「ダチを助けるのは当たり前のことだかんな! ……にしてもドすげえブラックなジョークだな機織!? なんつーか、だいじょーぶか?」
「んー、ちょっとダイジョバナイかも」
逆に切島にも心配されてしまった。どうやら自覚している以上にコンディションは悪化しているようだ。
緑谷、切島と声をかけたのは近くにいる順番だったというだけで深い意味はない。爆豪には悪態の一つも返されるかと思ったが、不機嫌そうに舌打ちしただけで言葉は無かった。相変わらずコミュニケーションに難のある男である。
「爆豪くんの爆破すごかったけど、ケガしてない?」
「おう! 俺は
「んだとクソ髪があ!! 次はテメェごとクソデクもクソチビ女もまとめてぶち殺したるわっ!!」
「いや、仲間殺すなよ!?」
こちらも切島が引き受けてくれたので、これ以上五加が何かする必要はないだろう。こうして教師陣が到着した以上、事後処理も何もかも押し付けていいはずだ。
足を引きずるように人ごみをかき分け、彼を取り囲んで心配するクラスメイトの声も尻目にのんきな顔で眠り続ける善逸のもとにたどり着く。
遠慮なしに倒れ込むと「ぐえっ」とカエルの潰れるような悲鳴が聞こえたが、無視。そのままぐりぐりと頭を動かし、収まりの良いポジションに調整する。
これで有事の際は善逸が起こしてくれることだろう。他のスペックの詳細が不明な教師よりも善逸の耳の良さを信じるのは当然のことである。安心していいとは断じてもなお、次への備えは崩さない。実に合理的な判断だ。
(ん、いい感じ)
考えるべきことは山ほどある。個人的に残された課題も多い。ペース配分、そもそも根本的な体力の底の浅さ。思考能力と集中力は五加の大きな武器のひとつなのでドーピング、もといエナジードリンク的なサポートアイテムの申請も考えた方がいいかもしれない。
だが、それらは起きた後の自分に頑張ってもらうこととしよう。
三回も呼吸を繰り返さないうちに、彼女からは安らかな寝息が聞こえてくるのであった。
そして、悪意は蠢く。
「……くそう、くそう、くそう、くそう!!」
どことも知れぬBARのような施設内部にて、怨嗟の声が響いていた。
「ガキが……あの金髪のガキ!!」
完敗だった。
あるいは、オールマイトに敗退したのであればまた違っただろう。自分はまだ本気を出していないと、あともう少し運が良ければ殺せていたのだと、無邪気な悪意と稚気の中でぬくぬくと敗北を噛みしめることが出来ただろう。
しかし、現状は違う。
死柄木はオールマイトにたどり着くことすらできなかった。
いわば、ボス戦にたどり着く前の雑魚戦で負けた。チンピラとはいえ数だけはいた兵士たちや脳無という強力極まりないサポートキャラを揃え、『課金』までしてリソースをつぎ込んで、押し切ることができずにむざむざ負けた。
言い訳が出来ない。ちっぽけなプライドがしたたかに傷つけられた。
尻に火がついたとも言える。必死にならなければ、もはやこの傷を払拭することができないのは明らかだった。
『手ひどくやられたようだね、死柄木弔』
薄暗い店内を空虚に照らす、点きっぱなしだったスクリーンから通信が入る。
静かな声だった。穏やかな声だった。ふと耳を傾け、視線をやらずにはいられない魅力に満ちた声だった。
そして何より、滴り落ちそうなほどの悪意に濡れた声だった。
「すまん先生。アンタから預かった兵隊、使い潰しちまった」
『……へえ』
蹲ったまま画面を睨みつけるように報告した死柄木に、『先生』と呼ばれた男の声に喜悦が混じる。
あの死柄木が言い訳でもなく文句でもなく、謝罪から入った。今までの彼なら考えられない行動だ。それも死柄木は何も彼らの死を悼んでいるのではない。
今回の敵連合の構成員は大きく二種類に分けることができた。ひとつは死柄木が手ずから集めてきたチンピラ。もうひとつが『先生』から借り受けた人材だ。もっともネームドクラスの
だが数が揃えばその『毛が生えた程度』が大きな差となりうる。特に彼らが『先生』に抱く忠誠心は信仰と言い換えても差し支えないほどに絶対だった。自爆を命じられたら嬉々として従うほどに。
比較的質のいい戦力を失った。それを死柄木は失態であると認めたのだ。敗北し、それを受け入れ、既に次を見据えている。
『いや、いいんだよ。彼らの忠誠心は敵連合というより僕個人に向けられていたからね。君というシンボルを中心に築く新世代の台頭にはちょっとばかし邪魔だったのさ。
彼らはここが死に時だった。次なる世界の礎になることができて、幸運だっただろう』
――君が殻を破るための投資であるなら安すぎる買い物であったよ。ヒーローと彼らには感謝しなくてはならないね。
と男は後半を声に出さず舌の上で転がした。
自分の為に死んだ者たちに向け、彼らの心情を完全に汲み取ったうえで『邪魔だった』『ここで死んでよかった』と心から言える存在がこの男だった。
もしも殉教した者たちがそれを知ればどう思うだろうか?
きっと、感涙にむせぶのだろう。邪魔だった己と言う存在が世界から消え、それを男に肯定された。その事実を何よりの福音として黄泉路へ立つのだろう。
そう確信させる力が男の言葉には宿っていた。
『さて、ヒーローはどうだったかな? 課金をしてまで粘った成果は得られたかい?』
「……先生、“雷の呼吸 霹靂一閃”って知ってるか?」
『へえ、呼吸の剣士がいたのか』
死柄木は己の邪魔をした金髪の少年の技が脳裏に焼き付いていたし、『先生』の知識は深淵と言っても過言ではない。
手札は切れば切るほど失われていく。使って無くなるものでもないが、間違いなく対策は立てられる。活躍が多く、長くなればなるほどにヒーローの生命線は真綿で首を絞められようにじわじわ削られていくのだ。
「呼吸の剣士?」
『呼吸の剣士、鬼狩り、彼らを示す言葉は数あるが、当人たちは鬼殺隊と自称することが多いね。その発祥はおよそ戦国時代まで遡り、嘘かまことか千年に渡って不死身の鬼を狩っていたそうだよ。鬼が絶滅するその日までね。
この異能全盛期になった今ではまんざらただの伝承と切って捨てることもできないし、何よりその剣技は本物さ。その技、まさに鬼神の如し。使いこなせば無個性でも増強系以上のパワーとスピードを得ることができる。残念ながら“個性”持ちの体質には合っていなくて、僕はついぞ使えなかったけどね』
「俺は鬼じゃないんだが?」
『それがだね、彼らは不思議と時代の節目節目に正義の勢力に現れるんだ。悪である僕らとは敵対する運命なのさ。まあ、中には私利私欲に転がる輩もいるけどね。
そうか、もうそんな時期になったのか。懐かしいなぁ』
「思い出話は、今はどうでもいい。力だ。ちからが必要だ。まずは腕の代わりを寄こせ」
死柄木がすっぱり肘から先が無くなった右腕をかざす。
あまりに鮮やかに絶たれた断面からは血が出ておらず、痛みすら無い。ただ焼け付くような屈辱がじりじりと傷口を焼き続けているのを彼は感じていた。
スクリーンの向こう側に新たな声が混ざる。
しゃがれた老人のものだったが、妙に粘つくような精力に満ちた声だった。
『どうかね先生? 右腕が無ければ何かと不便じゃろう。計画を前倒しにして、今から彼に段階的に処置をほどこしてはみないかね?』
『ふむ……今はまだ邪魔になると思って差し止めていたが、ドクターがそう言うのであれば一考の余地はあるかもしれないな』
速く、もっと速く。
あの忌まわしい雷光に指をかけ、粉々に
かくして、正義のそれよりいち早く悪の有精卵は孵化を果たした。
この雛がどのように育ち、その羽ばたきがどのような結果を生むのか。
それはまだ誰も知らぬことだった。
本編が完結していて伏線を回収しなくていいからって、好き勝手フラグをばら撒いている筆者がいるらしいよ?
【雄英こそこそ話】
◆善逸の日記とのズレ
Q.雄英側の被害って緑谷の腕が個性の反動でぐちゃぐちゃになったくらいじゃなかったの?
A.善逸の日記部分は一人称で書かれているから、わりと主観による抜け漏れや誤認が含まれていたりするよ。
善逸が意識を取り戻したのは緑谷が病院に搬送された後だったから
『緑谷くんならホラ、テストのときと同じ。“個性”の反動で腕がぐちゃぐちゃになったから救急搬送されたよ。こっちの被害と言えばそれくらいかな』
って信頼している相手に言われたら、それをそのまま鵜呑みにしちゃうよ。
他にも武器が壊れていても自分が雑魚だからそれくらいは『日記に記すまでもない当たり前のこと』だと思って書かなかったりするし、起きたときに五加がすやすや寄り添って寝ているのも同様だよ。
『ヤオモモの告白>>>越えられない壁>>>五加の添い寝』
善逸の中のイベントの価値を図式にあらわすと上のような形になるってことだね。
だからまあ、臨時休校の時。清掃ボランティアに呼び出されたのは。
善逸はただ単に意識高い系のいつもの行動だと思って流していたけど。
本当はひとりだと不安で仕方が無くて、ただ傍にいて欲しいだけだったのかもね?
◆風物詩扱いされている呼吸の剣士
実は運命とかじゃなくて、単なる確率の問題だったりするよ。
当作品では
『鬼を滅したことにより鬼殺隊は解散した』
『全集中の呼吸を扱えるのは無個性の人間のみである』
『それに伴い、原則として全集中の呼吸を始めとする鬼狩りの技術は途絶えた』
と定義してるよ。
だから、呼吸の剣士が現代に現れるためには
『無個性の人間の中が』
『前世の記憶がよみがえるほどのショックを受ける』
状況が必要になるわけだね。
つまり、AFOが『歴史の節目』と称しているのはつまるところ
『前世が鬼殺隊関係者だった人間にぶち当たるほど、大量の無個性が迫害を受けた』
時期だったってだけの話だね。
そんな環境で記憶を取り戻したら、敵対されるに決まっているよね。