こいしちゃんが風邪を引いちゃったと聞いて、何もできない自分のことを見つめ直すフランちゃんの話です。

無力感を噛み締めるおんなのこは可愛い。

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病に魘される貴方の苦痛が、はやく取り除かれますように。
……なんて、祈ることしかできないことが、私には少し新鮮だった。


 

 こいしが風邪を引いた、らしい。

 

 地下室に顔を出した姉から、私、フランドール・スカーレットはそのようなことを聞かされた。

 

 なんでもないような話題の素振りをしながら姉はそのことを言ったのだけれども、その不安そうな表情を見れば、彼女がそれを本題として地下を訪れたのだと容易に分かった。お姉様は腹芸ができるような質ではない。無論、それも彼女の魅力の一つであるのだが。

 

 しかし、こいしが風邪か、と私は首を捻った。

 私からすればこいしというのは、まったく頭にメレンゲすらも入っていないようなやつだった。

 つまり、言葉は軽く、地に足も付かず、病などからは最も離れた性格であるということだ。

 

 そのようなことをそのまま言うと、冗談にしてもよろしくないなと、お姉様に頭を叩かれた。

 本気で言ったということは、秘密にしておこうと思った。

 

 

 

 

 こいしが風邪を引いたと聞いても、私の生活は変わらなかった。

 

 正確に言えば、変えられるような要素がなかった。私がどのように過ごしたとしても、こいしの病状には決して関係しないのだと、私はよくよく分かっていた。一応、こいしの身内が来たときのために、咲夜に保存のきく病人食……矛盾しているようだが、咲夜はそういう碌でもない注文の方が得意である……を用意してもらってはいるのだが、そもそも彼女らがここへ来るのは大抵こいしを探してのことだから、結局無意味に終わるだろうことはまず想像に難くなかった。

 

 そうしてふとしたとき……例えばそれは本を読み終え余韻に浸るときだとか、或いはそれは棺桶の中睡魔を待っているときだとか……に、私は妙なむずむずとした気分を感じるのであった。

 

 

 恐らくそれは、名前を「焦燥」と言った。

 

 

 

 

 自身を刃物に例える輩というものは、総じて録でもないやつなのだと一般に相場が決まっている。然るに、私を例えるとまず間違いなく武器の類になるものだから、つまり私は録でもないやつであるのだろう。

 私の在り方は、ぞんざいに言えば「最終兵器」と例えられた。姉の行う交渉事の、その破綻の末行き着く先が、私の手による殲滅だった。私の身に秘めた能力というのは、そういうことによく向いていた。

 

 私はさして気にしなかったが、姉は私をそう扱うのを快く思ってないらしかった。私に仕事を頼むのは常に、苦虫を噛み潰したような顔で、苦渋の決断とでもいうかのような表情で、最後の最後になった後でのことだった。そうしてことが終わると必ず、お姉様はすまないと私に頭を下げるのだ。私が何度、お姉様のそういう様子は見たくないのだと文句を言っても、姉は決してその習慣を改めようとはしなかった。あるいはそれは私ではなく、私の殺した者たちへ送る懺悔であるのかも知れなかったが、それは私には到底預かり知らぬことだった。

 

 なにぶん私はそういったような扱われ方をされていて、しかもその上箱入り娘でもあったから、こういうような暴力で解決できない物事にはほとほと慣れていなかった。精々が、姉の悩まし気な様子を見て、早く私を使えばいいのにと思う程度だ。

 

 少なくとも、幻想郷に降り立つまでは本当に、その程度の問題しかなかった。

 

 だから現状、私の暴力が何の役にも立たないというこの状況は、私にとってひどく違和感のあるものだった。

 

 

 ひどく、新鮮な感覚だった。

 

 

 

 

「お姉様は、普段からこんな焦燥に、身を焼かれながら生きているのね」

 

 再び地下へと顔を見せに来たお姉様に向けてそう言うと、ぽかんとした顔を返された。

 

「……フランドール。情緒的なのは結構だが、伝わるように言ってくれ」

「そういうのはお姉様の方が得意じゃない」

 信じがたいものを見るが如き目でお姉様は私をねめつけた。尤もな主張と思ったのだけど、どうにも違うらしい。

 

「だから、こう……世の中がこんなに儘ならないとは知らなかったって、そういう話よ」

「ああ、なるほど」

 私が頭を捏ね繰り回してどうにか発したその言葉に、お姉様はふむと頷いた。

 

「そうだな……幾ら周りが良く見えていても、手の届く範囲は限られている。手の届かぬ事に寂しさを覚えるのは、健全なことなのだろうな」

「……お姉様ったら随分情緒的なのね。いえ、いいんじゃないかしら。感動的だと思うわ」

 つい、思わず皮肉が口をついた。慌てて取り直したが、どうにも逆効果だったらしい。姉の顔が一気に苦く染まった。

 

「悪かったよ。今のは良くなかった」

「別に謝ることでもないと思うけど」

 言ったのは、半分本心だ。私はそんな下らないことで頭を下げる姉のことはあまり見たくなかった。けれど、常に誠実たらんとするお姉様のその姿勢については、心の底から尊敬していた。

 

「まあ……これは私の気分の問題だからな」

 

 その言い分は、あまりよく分からなかった。

 

 

 

 

 そういえば。

 

「お前にはもっと、平和なものごとへの向き合い方を、知っていてほしいと思っているんだ」と。

 お姉様は昔から、私に繰り返しそう言っていたな、と私はふと思い出した。

 

 当時の私には、まったくその言葉が理解できなかったものだけど、でも今ならば、少しは理解できる気がした。

 つまりはあれは、このむずむずとした焦燥を、解消するためであったのだろう、と。

 

 

「……ねえ、こいし。そうは思わない?」

 

「うーん、どうだろうねー。分かんないや」

 

 

 虚空に言うと、返事が返った。するりとベールが取り払われるかのように、何もない場所からこいしが姿を現した。

 

「もーフランちゃんたら、相も変わらず眼がいいんだから」

「まあ、こいしと違って私は"目"がよく見えるもの」

「よく狂わないよね」

「それは違うわ。私は既に狂ってるのよ」

「言えてる」

 

 矢を継ぐように言葉を交わして、二人同時にくすくすと笑う。いつもの如く下らない、定型的なやりとりが、今はひとしおに心地よかった。

 

「闘病生活お疲れ様、こいし」

「んー、正直あれを病気って呼ぶのはなんか違う気がするんだけど……まあ、いっか」

 

 そう言って、再びこいしは笑った。

 

 

「うん、ありがと」


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