"役立たず"の奮闘記   作:緑川翼

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ストックが尽きたので、毎日更新は今回までです。プロット上あと3話か4話で完結するかと思いますので、よろしければ気長にお待ち下さい。


Annihilation

 

「もう、バカッ!」

「あべふっ?!」

 

 杏に引っ叩かれ、竜司が撃沈した。街頭を枕に倒れる竜司を放置して、怪盗団は立ち去っていく。

 

「たっく、何をやってるんだか……」

 

 腹が減ったな……、などと話ながら先へ行く怪盗団を竜司の横で見送りながら、一樹はそう呆れて言う。

 

 シャドウ獅童を一樹が不意打ちで倒した後、怪盗団はオタカラを盗む事に成功した。

 しかしその定めとして、オタカラと主を失ったパレスは何時ものように崩壊した。何時もと違ったのは、パレスが大海原の上を航海していたこと。逃げ道もなく、窮地に追い込まれた怪盗団を救ったのが、今そこでぶっ倒れている竜司であった。

 その元陸上部エースとしての健脚を生かし、竜司は沈みかける巨大客船から救命ボートを取り離したのだ。そのおかげで怪盗団は助かったものの、無茶をした件で、竜司は杏に引っ叩かれたワケだ。

 

「アイツらの気持ちも分からなくはねェけどな。感謝の言葉も言わずに立ち去りやがって……」

「いや、いいッスよ。お礼が欲しくてやったんじゃねースし」

 

 良い音を出して引っ叩かれた頬をさすりながら、竜司が立ち上がった。死にかける程の無茶をした自覚はあるらしい。

 

「まァ、兎に角はだ。いらないとは言ってもアレだ……。ありがとう、助かった」

 

 そう言って、一樹は竜司に深々と頭を下げる。まさかの行動に、竜司が慌てふためく。

 

「えっ?! いやいやパイセンに礼を言われるようなコトじゃ……!」

「助けられたのは事実だからな。お礼くらい言わせてくれよ。ああそうだ、飯、奢るぜ。腹減ってるだろ?」

「んー……、じゃ、ラーメン食いてーッスわ! 上手い店知ってるんで! 替え玉もいいッスか?!」

「ハハッ。好きなだけ食えばいいさ」

 

 竜司はその後、自分の言葉通り3度も替え玉を注文して腹をはち切れさせそうにしていたが、一樹は呆れながらも笑ってそれに付き合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

『人の心を操作して、自分の手を汚さぬまま多くの被害者を生み出していたのは……、私なのです! 私は、どんな罪状で裁かれても足りぬ、大罪人なのです!』

 

 一樹が竜司とラーメンの大食いをかました数日後。獅童は大衆の眼前で、自身の罪を自白した。一樹は渋谷の街頭ヴィジョンでその放送を見ながら、改心は成功したのだと確信する。

 

(──だが、だからこそ。この反応は何なんだ……?)

 

「嘘だ! 獅童さん!!」

「アンタがいなきゃ、誰がこの国の舵取りをするんだよ?!」

「お願い、私たちを導いて!」

 

 街頭ヴィジョンの前に集まる人々が皆、口々に獅童の失脚を嘆く。誰も、獅童が犯した罪や怪盗団へかけられた濡れ衣について口にしない。

 

 それは一樹にとって異様な光景で。一樹は逃げ出すようにその場を後にした。

 

(──今日は、ルブランで打ち上げをするんだっけか? この事を、皆と共有するべきか……)

 

 いまだ画面越しの獅童を援護し続ける大衆の声は、まるで怪盗団の正義を否定しているようだと、一樹は思った。

 

 

 

 

「獅童の立件が危ういだと?!」

 

 獅童の告白と怪盗団の打ち上げから更に数日後。ルブランに集められた怪盗団は真越しに冴からそう告げられる。

 獅童の体調と精神は現在非常に不安定な状態であり、聴取は許可できないと、獅童お付きの精神科医が接触すら断固拒否しているらしい。

 

「精神鑑定って、そんなわけないのに!」

「取り巻きの連中が圧力をかけたんだろ。真相が明るみに出ると困る奴らが、思った以上に多いってことだな」

「マスターの言うとおり、ここ最近のニュースやネットの掲示板も、獅童を援護する声ばっかでしたね」

 

『選挙期間中から獅童は体調不良であり、あの自白時には一種の錯乱状態だった』だの、『一連の改心事件と称される出来事には関連性はなく、怪盗団はそれに乗じただけの悪戯に過ぎない』などと、獅童に都合のいい報道ばかりが世間に流されていた。

 

 獅童のパレスには大手テレビ局の局長やネットに強いIT企業の社長もVIPとして存在した。そんな連中の協力があれば、そんな情報操作も可能なのであろうか。

 

「改心事件の主旨を『目に見えないオカルト』と言い切って、『無かったんだ、惑わされるな』ってメディアを使った印象操作……。結局世間は、怪盗団の敵のままね」

「どいつもこいつも簡単に騙されやがって! 何のために命懸けてきたんだよッ!」

「でも確かに、この流れはオカシイな……」

 

 竜司の激昂にモルガナが頷く。街中を歩いていてもネットの掲示板を見ても、『獅童は正義』で『怪盗団は悪』。そんな意見が大多数を占めている。

 怪盗団の援護派もいるにはいるが、大多数の人間に押し潰されているようだ。そんな今の状況を纏めている内に、冴がルブランにやってきた。

 

「……ごめんなさい。有志の精鋭を集めて立件に取り組んだけれど……、真に伝えた通り、握り潰されたわ」

 

 このままでは獅童が無罪放免となるだけでは留まらず、認知世界を政治利用し続けたい勢力によって怪盗団が拘束されてしまうかもしれないと、冴は言う。

 

「私たちの力では、もうどうにもできない……。だから、貴方達の力を借りたいの」

 

 認知を操作する力を使って、何とかできないか。冴が持ってきた相談は、それであった。しかし、所詮は個人を狙うに過ぎない改心の力では、大衆の認知を変える事は出来ない。

 

 そんな諦めにも似た空気が流れる中、モルガナが1つの案を思い付く。

 

「……メメントスだ。メメントスを使えば、この状況を何とか出来るかもしれない」

「メメントス……?」

「言っただろ。メメントスは『大衆のパレス』だ。なら、メメントスにもオタカラがある。それを盗んでメメントスが崩壊すれば、大衆のみんなに影響が及ぶはずだ」

 

 上手くやれば、世の中の情勢も変わって獅童の責任追及しろという形に世論が高まるかもしれないと、モルガナが言う。

 

「そうすれば獅童を立件出来るかもしれない、か。大胆だが、面白い策だ」

「いいじゃねえか! それでいこうぜ!」

 

 だが1つ問題があると、モルガナは言う。そもそも認知世界なんてファンタジーな物が存在する原因が、恐らくはメメントスのオタカラだろうとモルガナは推測していた。

 勿体ぶった……、どこか言いにくそうなモルガナの言葉に、杏が眉をひそめる。

 

「話が見えないんだけど?」

「メメントスのオタカラを盗んだら、認知世界が消える。……そういう事だろ?」

「そんな! そうなったら、私たちは……」

「怪盗団は……、店じまいってことだ」

 

 メメントスのオタカラを盗まなければ、獅童は捕まえられない。だが獅童を捕まえれば、今後どんな悪党に出会っても改心はできなくなる。

 正に究極の選択。だがその沈黙は、やはり長く続かない。まず口火を切ったのは、杏だった。

  

「……私はやるべきだと思う。だって、私たちは『世直し』の怪盗団でしょ!」

「そうだな。……俺たちの正義を貫こう」

「うん、そうだよ!」

「……そうか。オマエラ、異論はないようだな」

 

 モルガナの言葉に、怪盗団の全員が肯首する。当然、一樹もこの改心に賛成した。正直改心の力が惜しくないわけではないが、結局は降って湧いた力。であれば、出来る事は全てやるべきだろう。

 

「……なら俺も、出し惜しみは無しだ。双葉、例のヤツは用意出来てんだよな?」

「アレか? 出来てるけど……、わざわざやる必要はあるのか? 人数は割けないんだぞ」

「俺1人で十分だよ。元々、そのつもりの『保険』だしな」

「何か、他にも作戦があるのね?」

 

 冴の問い掛けに、一樹は曖昧に頷いた。やろうとしているのはがっつり違法行為なので、あまり現役検事の耳に入れたくはなかった。

 

「最後は子供に頼り切り。……まったく、大人として情けなくなるわ」

「私たちにできるのは、たぶん世論をどうにかする所まで。そこから先は、()()()()()()大人の人たちにお任せする事になります」

 

 春の言葉……、否、その取引は、怪盗団の総意であった。それを理解して尚、冴は頼もしく笑う。

 

「なんて重い条件かしら。でもその取引、受けましょう。私たちの威信にかけて、獅童は必ず裁きの場に立たせてみせる」

「頼りにしてるからね、お姉ちゃん」

「リーダー、これが正真正銘最後の仕事だしさ。何か格好いいこと言ってよ!」

「……この国を頂戴する!」

 

 応ッ!と怪盗団が答る。明日、奇しくもクリスマスイブにメメントスへ潜入する計画を建てて、今日は解散となった。

 

 

 

 

「で? お前はこの後どうするんだって?」

『グゥ……ッ、分かった。言うとおり、これまでの違法調査とその揉み消しについて、全て自白する……』

「怪盗団のリーダーへの、無茶な取り調べについてもだ。たっく、薬物まで使いやがって」

 

 もう一度分かったと呟いて、暴力的な尋問官のシャドウは消滅した。今のシャドウのオタカラを手にしてから、DRは少しだけ気を楽にした。

 

(──これで、4人目。時間的に、あと4、5人ならやれるか?)

 

 今日はクリスマスイブであり、怪盗団最後の大仕事当日。メメントスのオタカラ、つまりは大衆のオタカラを盗む作戦行動中に、DRは別行動をしていた。

 

 以前DRに与えられた役割、怪盗団の保険としての仕事を果たすために。

 

「検察のお偉いさんに、アチコチの権力者。結局、何人が獅童と癒着してたんだ?」

 

 そうDRが愚痴る通り、DRは今、メメントスにて獅童と共犯関係にあった連中を改心して回っていた。

 様々な分野の権力者の中でも、廃人化ビジネスを利用していた連中。そんな社会の闇どもが一纏めに自分の罪と獅童との関係とを自白すれば、少しは世論も動くだろう。

 そんな、怪盗団がメメントスを通じた大衆の改心に失敗した際の保険として、DRは単独で改心を行っていた。

 もっとも、いま改心させた悪徳尋問官に関してだけは、リーダーを痛めつけた事への報復の意図があった事を、DRは否定しないが。

 

「んー、よし!さっさと次のターゲットを探さねーとな

 

 DRがモナのようにターゲットの気配を嗅ぎ分けるほどに『()』が効くとは言え、今日は仲間たちがメメントスのオタカラを盗むまでという時間制限がある。

 出来るだけ多くの改心を行うためにも、時間を無駄にはできない。DRは地下鉄のようなメメントスへと、次のターゲットを探して移動した。

 

 

 

 

『ひっ! く、来るな……! 来るなァァ!!』

 

 今DRがいるのはメメントスの中でもそれなりに深層。そんな所で発見したターゲットは当然強敵であり、DRと言えども苦戦は必至……。かと思いきや、DRの予想と期待を裏切って、遭遇する敵は雑魚ばかりであった。

 深層にいる、つまりはそれだけ獅童との繋がりの深かった連中であり、つまりは世間には隠されている獅童の改心が実際に行われていたことを知っている者ばかりである。

 廃人化ビジネスで儲けていたが故に、深層にいるシャドウは獅童を改心させた怪盗団の存在を必要以上に恐れているらしい。

 出会った連中は怪盗団から報復される事への『恐怖』で動けなくなっていたり、獅童という後ろ盾が突然いなくなった事で勝手に『絶望』していたりと、勝負にならない。

 

『こっちに来るな! 止めてくれぇぇ!!』

 

 今回もまた、獅童の腰巾着をしていた精神科医の変身したフォルネウスが、迫り来るDRにビビって明後日の方向へと≪サイダイン≫を放って一手無駄にしている。

 

「これで終わり……ッだ!」

『グワァァ!!』

 

 その隙を突き、トウコツに搭乗したDRがスレッジハンマーで精神科医を全力でぶん殴れば、これまでのダメージもあり精神科医は人間の姿へと戻った。

 見せびらかすかのようにスレッジハンマーを大振りで担いだDRが脅せば、精神科医はペラペラと自分の悪行を自白する。

 

「ハッ、獅童にくっついて随分と悪事を働いたモンだ。で、これからはどうするって?」

『分かった。獅童先生との関係は告白する! 一色教授の論文盗用もだ! だから……ッ!!』

「元々殺すつもりはねぇよ。……双葉のお袋の研究を散々悪用した、お前らとは違ってな」

 

 ビクビクとしたまま、獅童の腰巾着をしていた精神科医は消滅した。今のシャドウで、DRは獅童の腰巾着やパレスの船に乗っていたVIPの連中は大方改心させた事になる。

 『トラブル処理役』のヤクザなどと、双葉がネット越しに予告状を出したものの改心できていないターゲットはまだ何人か残っているが、別口で仲間たちがメメントスの崩壊を進めている事を考えれば、そろそろ帰還するべきか。

 

「ッ!? なんだ?!」

 

 DRがそんな事を考えていると、不意にメメントス全体が大きく揺れた。揺れは数秒で収まったが、今までのメメントスに無い異変だ。

 

「アイツらが何かやったのか? こりゃ、さっさとメメントスから脱出した方が良さそうだな」

 

 仲間たちを追ってメメントス最深部へ潜る事も考えたが、結局DRはメメントス崩壊に巻き込まれてはたまらないと帰還を選択した。

 

 

 

 

「……おいおい。なんだこりゃ」

 

 メメントスから現実世界へと戻ってきた一樹の視界を奪ったのは、赤黒く染まった空に、骨のような建造物がそびえ立つ、あまりに異質な渋谷であった。

 

「誰にも……、見えてないのか?」

 

 血のように赤い空から黒色の雨が降り注ぎ、場所を問わずに巨大な骨が生えているのにも関わらず、渋谷を歩く人々はそれに一切の目を向けていない。

 

(──クソッ、何がどうなっている?! メメントスの崩壊はどうなった?!)

 

 この不可解な現象の原因として最初に一樹が思い付くのは、怪盗団によるメメントス(大衆の無意識)の崩壊。だが認知世界に過ぎないメメントスをどうこうした所で、こうも直接的に現実世界に影響が出るものなのか。一樹にはよく分からない。

 

「うわぁぁあああ!!?」

「ッ! この声……。お前ら、無事だったのか?! メメントスはどうな──ッ?!」

 

 思考に耽ていた一樹を現実に戻させたのは、竜司の耳をつんざく悲鳴であった。見れば、メメントスの最深部へ行ったはずの仲間たちが人の行き交う道のど真ん中で座り込んでいる。

 渋谷の異変について何か知っているのか、メメントスで何があったのか。それを訊こうと仲間たちの方向へと歩き出した一樹は、不意に膝をつく。

 赤色の雨で足を滑らしたのか。そう思って足元を見れば、一樹の脚が()()()()()

 

「ッ?!! ハァッ?! 本当に何が起こってンだよ!?」

「一樹君! 無事だったのね?!」

「クッ。しかし、一樹まで……」

 

 よく見れば仲間たちもまた、煤の塊が風で解けていくように、手先や足先から身体が消滅している。何が起こっているのか分からないのは、仲間たちも同じようだった。

 

「俺たちに、何が……?」

「やだ、やだッ……!」

「消えちゃう……、身体が……」

「消える……? そうか……」

 

 猫の姿のモルガナが、何かに気付く。しかしモルガナが口を開くよりも早く、何処からともなく威厳のある、しかし機械音声のような声が響き渡った。

 

『ククク……、そうとも』

「誰だ?!」

「……聖杯。メメントスの、オタカラで……、大衆に望まれた、統制神だ……」

「聖杯? 統制神? クソッ、さっぱり話が分からねぇ!」

 

 詳しくリーダーから聞き出したいが、身体の消滅しつつある一樹も蓮もそんな余力はなく、天から聞こえてくる統制神とやらの声に耳を傾ける事しかできない。

 

『メメントスと現実は1つになった……。故に人の認知から消えつつある貴様たち怪盗団は、もう何処にも存在できない』

 ここ最近、特に獅童の改心を成功させた時期から、急速に怪盗団の名を聞かなくなった。不自然だとは思っていたが、まさかこの統制神とやらの差し金なのか。

 

 そんな事を考えても、一樹には何もする事が出来ない。徐々に、身体が消えていく。

 

「消えるとか……、冗談じゃねぇぞ!? クソ、クソーッ!!」

「竜司?! いやッ──!!」

「俺たちは、ここまでなのかッ……?!」

「いや、いやッ……!!」

「私たち……、何を間違えたの……?」

 

 竜司が、杏が、祐介が、双葉が、真が。仲間たちが次々へと完全に消滅してしまう。だが一樹には、それを見送る事しかできない。

 

「一樹君……、いやッ、私……」

「春?! クソがッ! ようやくッ……」

 

 春が、消滅する。手を伸ばせども、既に一樹も肘から先はない。もう、自分も駄目そうだ。そう一樹が判断するのに、時間はかからなかった。

 

「……ああ、クソ。楽しかったぜ、リーダー」

 

 蓮にそう言い残して、一樹は消滅した。認知から消えた人間はあの世に行けるのだろうか。そんな事を考えながら。

 

 

 

 

 

 

「すまない……。作戦、失敗だ……」

 

 最後にモルガナの、そんな後悔に満ちた声が聞こえてきた気がした。

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