気づいたら幽霊が家に住み着いていたけど、ホラーは苦手なので全力でラブコメしたいと思います。   作:葵 悠静

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64話 絶望の先に待つのは、きつい説教でした。

 100歩譲ってただの女装姿を見られるのならまだいい。

 いや、それはそれで嫌なんだけど。

 でもそっちのほうが今の状況よりは1000倍ましに思える。

 

 なんてったって、俺は女装どころか手当たり次第手に取った女性服を身にまとっているくそださコーデなのだ。

 

 そりゃ先輩だってこんな会社の後輩の姿を目の当たりにすれば、動揺くらいする。

 俺なら知らない人のふりをして、背を向ける。

 まだ真正面から俺の姿をとらえて、その場から去ろうとしない先輩はすごい。

 

「まあ、なんだ……個人の多様性が認められる時代だからな。個人の趣味をとやかく言うつもりはないぞ」

 

 そして先輩は俺の格好をスルーするどころかしっかりとコメントをしてくれた。

 いや俺自身も思っていたことだけど、他人に言われると……なんだろう、このもやもやしてしまう感じは!

 

「……もしよければ私が服を選んでもいいが?」

 

 調子を取り戻したのか先輩は、遠まわしに俺のファッションセンスに対して釘を刺してきた。

 

 いや俺だってわかってるんですよ! いくらセンスがないといっても今の俺の格好が、人様の前に出してはいけないということはわかっているんです!

 これはやむを得ない事情がありまして……!

 

「お構いなく……」

 

 さすがに先輩にそんな言い訳も事情を話すわけにもいかないため、こんな事態を招いた張本人であるレイのことを横目でにらみながら、先輩へと言葉を返す。

 

「だれ?」

 

 レイは俺の視線を感じ取ったのか、先輩から距離を置くように俺の背中に隠れると先輩の方へ指を指しながら鋭い視線をぶつけている。

 

 いくら人見知りだからといって睨みつけるのはよくないと思うよ。

 ほら、先輩震えちゃってるじゃん。

 俺も一緒になって震えてるけど。

 

「急に冷房が強くなったな……」

 

 すいません。冷房じゃなくてうちの子の仕業なんです。

 この子人見知りなのに一人でどこかに飛び出しちゃうような、ちょっと感情と行動がイコールになっている残念な子なんです。 

 本当にごめんなさい。 

 

 周りを見渡し腕をさする先輩に心の中で必死に謝罪しながら、自分もレイの冷気に耐える。

 

 しかしここからどうやって先輩から逃げ……ご厚意をお断りすればいいだろうか。

 

 さすがに無言で立ち去るわけにもいかないし、かといって何を話せばこの俺の状況を理解してくれるのかわからない。

 先輩との間に冷たい空気と気まずい沈黙が続く。

 

「え、寒……あ、すみません。お客様……?」

 

 そんな冷戦状態が続いている状況下に新たな爆弾が落とされる。

 いや普通にユミクロの店員さんが俺のことを訝しげに見つめながら声をかけてきただけなんだけど。

 

 声的に更衣室で声をかけてきた人と同じだろうか。一体どうしたんだろう。

 

「あの、その着られている服ご購入されてませんよね? そのまま外に出られるのは困るんですけど……」

 

 言われるがまま自分の服装に再び目を向ける。

 万引きまがいなことをしているという事実に気づかされると同時に、また俺のこのあられもない格好を知らない人に見られてしまったという羞恥心から一気に自分の顔の体温が上がるのを感じる。

 

 しかし一方で今の状況を冷静に考えている自分も存在していた。

 別に人格が二つあるとか、並列思考ができるとかそういうわけではない。

 

 めちゃくちゃ大笑いしているときとか、頭のどっかで客観的に自分の様子を見てて「めっちゃ笑ってんなぁ」って思うことあるでしょ。そんな感じ。……あるあるだよね?

 

 ともかく今のこの状況はチャンスだ。

 レイは見つけているからこれ以上恥をさらす必要はないし、彼女は新たな見知らぬ人の登場で軽いパニック状態になっている。

 

 これ以上この場に居続けたら多分全員凍る。というか真っ先に俺が氷漬けになる。

 店員さんに呼ばれているというこの事実。利用しないわけにはいかない。

 

「じゃ、そういうことで。また会社で!!」

 

 俺は先輩に軽く会釈をするとユミクロ店内に向かって猛烈ダッシュを開始する。

 背中にはレイがしがみついていてさながら透明マントのようにゆらゆらと揺られている。

 

「あ、久能!」

「お客様!?」

 

 いや俺のダッシュで体が浮くとか自重軽すぎない? ちゃんと食べてる?

 いや幽霊だから自重とか関係ないんだっけ?

 

 後ろから聞こえてくる声が聞こえてないふりをして、全力で現実逃避をするように全くどうでもいいことを考えながらただ一点を目指す。

 

 今の俺は風だ。誰にも追いつかれないし、多分誰にも俺の姿は見えない。

 というか見ないでほしい! お願い、こっちに視線を向けないで!!

 

 あと店員さんの足が速い! でも今捕まったらこのままお会計コースで、さらに多くの人の目にさらされることになる。それだけは避けなければならない。

 

 俺は決死の思いで目的地である更衣室に辿りつくとカーテンを破らん勢いで中に飛び込む。

 

 背後からやけに楽しげな「きゃー」っていう聞き覚えのある声がするけど、別に新種のアトラクションではないからね? 俺は必死なんだから。

 この状況が誰のせいかわかってる? ……いや半分は自業自得ですけど!!

 

 頭はパニック状態でも行動は冷静。着るときは正反対に尋常ではないスピードで服を脱ぎ捨てて、高速で着なれた服へとシフトする。

 

 更衣室を出るころには謎の達成感に包まれてやけにすっきりしていたような気がする。

 

 レイもそんな俺の表情が面白かったのか真似をするように謎のドヤ顔をしていた。

 いや俺ドヤ顔はしてないでしょ? 更衣室からドヤ顔で出てくるって意味わからんけど。

 

「お客様」

 

 しかしそんな余裕は目の前に仁王立ちで待ち構えていた般若の姿を見て、消え失せた。

 いついかなる時も俺に優しく接してくれたゆるふわ系のきれいな店員さん。

 

 その人は意外にも……雰囲気から分かる通り当然ながら偉い人だったようで、俺は店舗裏に連れて行かれてこってり怒られた。

 

 そこにはゆるふわの面影は一切なく、あるのは冷たい視線と容赦ない説教のみ。

 いや、この歳になって説教されるっていうのはなかなかきついものがある。

 

 ちなみにうちのレイさんはその間何の役にも立つことなく、俺が座る椅子の後ろでガタガタと震えていた。

 そのせいで、俺が常時貧乏ゆすりしている態度悪い奴だと思われて、余計に怒られた。

 

 ……これは俺が悪いのか?

 

 もちろん試着した女性服はすべて責任をもって購入した。

 さすがに伸び切った服やニーハイを元に戻す勇気を俺は持ち合わせていなかった。

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