気づいたら幽霊が家に住み着いていたけど、ホラーは苦手なので全力でラブコメしたいと思います。 作:葵 悠静
「せんぱーい。さむいんれすけろーー」
「おう。そうだな」
そりゃ寒いだろうさ。
なぜなら俺の膝の上で、レイが今お前のことをがん見してるんだから。
睨んでないだけまだましだと思いなさいよ。
俺だって寒いんだから、我慢してるんだから。
「せんぱーい。なんれすかその手の動きはー。きもちわるいれすよー」
「おう。そうだな」
気持ち悪いってなんだ。
俺はただ膝の上にいるレイの機嫌を取るために、頭を撫でているだけだよ。
いつも通り感覚が分からないから、撫でられているのかどうかすらわからない。
せめて俺の頭が彼女の頭にめり込まないように注意を払うのに必死なんだよ。
だから話しかけるな。
そして後輩。君は先輩の家に来ているというのにだらしない姿を見せるんじゃない。
机に埋もれるのは勝手だが、せめて前を隠せ。その豊満な二つの肉まんが俺の視界に映りこむんだよ。
だからレイににらまれるんだよ? もし先輩が起きてたらダブルパンチだからね。
あのしっちゃかめっちゃかな状況から打って変わって、今部屋の中は非常に落ち着いている。
というのも、騒ぎの現況を引き起こした先輩はリバースするだけして、そのままダウン状態。
まあやはりというか、予想通り突然部屋に入ってきたレイの姿や声は二人には見えていないようだった。
二人とも酔っぱらってるし、レイもなんか不機嫌だし俺はレイがこの部屋にいても問題ないと判断した。
そしてレイは俺のもとに来て膝の上で落ち着いている。
冷気だけがこの部屋に充満しているが、逆にその効果で後輩と俺が若干冷静さを取り戻す。
そんな奇跡的な偶然が重なり、今我々は黄昏気分でお酒をたしなんでいる。
正直もうレモンサワーじゃなくてコーラとか飲みたい。
この子たちほんと頭回ってなかったのか、一切通常の飲み物を買ってきてないの。
見事に酒・酒・酒。
こういう時に限って、俺も普通のお茶とか買ってないんだよね。
そもそも人呼ぶんだからお茶くらい用意しとけよって、さっき冷蔵庫見たときに自分で自分に突っ込んだよ。
「先輩。聞いてもいいですか?」
酔いがさめてきたのかろれつが正常に戻りつつある後輩が、座り直しながらこちらに尋ねてくる。
もう俺は騙されない。こいつが真面目モードを装ったとしても、それは偽りの姿。
どうせしょうもないことしか言わないんだろ。
俺はわかってるんだよ。
「私……結婚できると思います?」
おっと、結構真面目なトーンでなかなかな話題を突っ込んでくるじゃあないですか。
言っときますけど、俺だって酔ってますからね?
「俺に聞いてどうするんだよ」
「いやー、先輩ならズバッといってくれるかなあと思って。へへへ、すいません」
後輩は特にそれ以上追及してくることもなく、にへらと笑いながら机に顔を置いたまま缶を傾ける。
「たまーに思いません?」
しばらくの沈黙の後、後輩はぽつぽつとまるで独り言のように手に持っている缶を眺めながら語り始める。
「このままこんな感じで何もないまま一生を過ごして、特に何もなく死んでいくのかなーって考えません?」
突然人の家で病みモードに入らないでもらわないでほしいんだけど。
いや考えるか考えないかで言われたら、確かに考えることもあるけども。
「学生のころは漠然と、普通に仕事して結婚して子供産むんだろうなあって思ってましたけど、それって全然普通じゃないんですよね。すごいことですよね、その普通ができる人って」
口調こそ暗くなく、まるで愚痴を言うかのような軽いノリでしゃべっているがその内容はまあまあ重い。
気軽に返事ができるような内容ではなかった。
「私のお母さんが、今の私くらいの歳で結婚して、先輩の歳になるともう私を産んでいるわけですよ。それが普通だと思っていましたけど、いざ自分がその歳になってみたらお母さんすごいなあって思うわけですよ」
まあ確かに子供のころは普通に親と同じように働いて、結婚して子供と戯れてって考えてたよなあ。
何なんだろうね。あの子供時代の謎の自信は。
相手がいなけりゃ子供どころか結婚もできないのにね。
「わたしこのままなーんもないまま死んでいくだけなのかなあ……」
そんなしみじみと言われても困るけど。
「先輩! そこんとこどうお考えですか!」
自分が暗い話をしていると気づいたのか、最後だけやけに明るくまるでマイクを持っているような手で、俺の方に体を向ける。
「まあ……そこに存在しているだけで、誰かに自分がいるって認識してもらえてるだけで、万々歳なんじゃないの」
「……はい?」
一瞬俺の言ったことを理解しようとしてくれたのか顔をあげて考えるそぶりを見せた後輩だったが、やはり理解できなかったのか俺に尋ね返してくる。
いや、俺も考えるわけですよ。
今日も何もなかった。明日も何もないのかな。このまま何もないまんま堕落した日々を過ごしていくのかなって。
堕落ってのは言い過ぎかもしれないけど、まあそんな感じのことを考えることは半年に一回くらいある。
でもそのたびに俺は無理やりにでも思うことにしている。
「今日を生きて終わったんだから、とりあえず万々歳でしょ」
何も事件に巻き込まれず、生命の危険を脅かされることもなく、平和に今日を生きれた。
それだけで十分じゃない?
「明日のことは明日の俺が何とかするし、未来のことは今日の俺が考えたってどうしようもないから、未来の俺に任せるしかない。とりあえずなるようになって今日まで生きてんだから、明日もなんとかしてくれるでしょ。明日の俺が」
そう思えば気持ちが楽になるし、考えたって仕方がないって気がしてくる。
まあ逃げてるって言われればそれまでだけど、逃げ上等。
逃げようが何しようが日付は変わって、明日の俺が今日の俺になるわけだ。
どうせ逃げようがないんだから、その日くらい気楽に考えたって誰にも怒られない。
今日生きてれば大成功って考えは昔から持っていたけれど、その考えはレイと出会ってからちょっとだけ変わった。
レイと初めて出会ったときこそ彼女は怯えていたけれど、今はこんなにも懐いてくれている。
俺もレイの存在を認めて、レイも俺のことを認めてくれている。
そんな謎の信頼感すら覚える。
そんな自分の存在を認めてくれる相手がいるってことが重要なんだと最近思うようになってきた。
どんなに小さな関係でも、自分のことを誰かが知ってくれてさえいれば何があっても生きていけるんじゃないかな。多分。
「先輩。たまにそういういい事風なこと言いますよね」
「何が?」
「……何でもないです! 先輩に相談してよかったです! トイレ借ります!」
「いっといれ」
「面白くないですよ」
知ってるわ。
後輩はその場にいるのが気恥ずかしくなったのか、はにかみながら立ち上がると部屋から出て行った。
俺もなんか自分が恥ずかしいこと言っているような気がして、へんな古風なダジャレをぶっこんでしまった。
レイもその空気に感化されたのか、うつむいて何か考え事をしているようだった。
……俺も結構酔ってるのかも。