気づいたら幽霊が家に住み着いていたけど、ホラーは苦手なので全力でラブコメしたいと思います。   作:葵 悠静

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86話 幽霊の存在肯定

 酒に強くもしないのに、テンションのままに大量に酒を購入して、それを飲むとどうなるか。

 醜態をさらした成れの果て、リビングで寝転がっている二人がまさにベストアンサーである。

 

 まあそんなこと言いながら、流れで俺も結局飲まされたから、そこそこ酔ってるんですけど。

 

「どーん」

「うえっ」

 

 いろんな意味で体を冷やすために、ベランダに出て風にもあたっていようと思っていたら、後ろから普段はあまり感じない重量が重く俺にのしかかってきた。

 

 重量の主であるレイがにへらと笑いながら背中をよじ登り、俺の肩に顎を乗せてくる。

 しかしその笑みはいつもと違い、どこか陰りがあるようにも見えた。

 

「どうした?」

 

 まあ今日は一日我慢させすぎちゃったしな。カレー事件でやらかしとはいえ、このくらいは全然かまわないし、むしろウェルカム、もっとやってもらって大丈夫。

 

「さとる、気づいちゃった」

 

 レイは俺の肩に顎を押しつけながら、話し始める。

 その口調はいつもののんびりと間延びした雰囲気ではなく、どこかしっかりした真剣なようなものに思える。

 

 さすがにここで空気の読めない俺ではない。

 おちゃらけることもなく静かに話の続きを待つ。

 

 

「私って死んでるんだね」

 

 

 息が詰まる。言葉に詰まる。思考が止まる。

 それを聞いて瞬間、世界から音がなくなったのかと、そんな錯覚を覚えるほどに頭が真っ白になって何も聞こえなくなる。

 

 さっきまでのふわふわした感覚が一瞬で無くなって、全身の血液が根こそぎどこかに持っていかれたような感覚を覚える。

 

 それは俺からしたらすでに当たり前になっていた事実で、レイが幽霊であることを信じて疑っていなかった。

 

 たしかにレイ自身が自らを幽霊だと名乗ったことはこれまで一度もない。

 自分が死んでいることにレイが気づいていないなんてこと、これまで考えもしなかった。

 

「だれにも見えなくて、気づかれなくて。それでも私はここに存在している」

 

 いつもの舌足らずな口調とは異なり、レイははっきりと喋っているように聞こえた。

 まるで自分が死んでいるということを口に出して、しっかり認識するかのような、確認するかのようなそんな口調にも思えた。

 

 いつ、そのことに気づいたのだろうか。

 先輩や後輩とこれから先自分たちがどうなるか話しているときに、確かに死ぬとかそういうことについて柄にもなく真面目に話してはいた。

 

「私、このまま誰にも認められないまま消えちゃうのかなあ」

 

「大丈夫だ。俺が見てる」

 

 それは口をついて出た言葉だった。

 レイの明らかに何かを我慢している震えた今にも消えそうな声。

 

 その何かが流れ落ちないように、彼女が消えてしまわないように絞り出すように出したはかない言葉。  

 

 誰にも認められず消えていく?

 レイにそんな悲しい思いをさせていいはずがない。

 

「レイのことが誰にも見えなくて、その存在を誰にも認められなかったとしても、俺が見てる。俺だけはずっとお前のことを見てるよ。いやというほどその存在価値を認めてやる。というか認めてる」

「……さとる」

 

「もし……もし俺だけが見てても意味ないっていうなら、周りが嫌でもレイのことを認識できるように、俺が何とかする。なんか、こう……うまい方法使ってなんとかするよ」

 

 すべて頭で考える前に、整理する前に出てくる言葉。

 何とかするという無責任な言葉にレイは困ったような笑みを浮かべて、俺の顔を横から覗き込んでくる。今彼女の目を見ることはできない。

 

 二人の距離は近いようでまだ全然遠かったのかもしれない。

 これからどんどんレイが過去のことを思い出せば、俺からもっと距離を置くのかもしれない。

 

 そして人知れず、レイはいつか……。

 そこまで考えて無理やり思考を断ち切る。

 

 レイが嫌がっても一緒に住んでいるんだ。俺の好きなようにさせてもらう。

 どれだけレイが俺と距離を置きたくなったとしても、離れたくなったとしても俺は最後まで拒否してやる。レイという存在にしがみついてやる。

 

「例えば、そうだな……。鈴付きのチョーカーとかつけてさ。音が鳴ればレイがどこにいるか誰にでも分かるとか? いや鈴付きのチョーカーってなんか首輪みたいでいや? じゃあ却下だ」

「さとる」

 

 だから今は考えるのだ。レイが多数大勢の人から認められたい。存在を認識してほしいと思っているのならば、俺に何ができるか足りない脳みそを引きちぎってでも考える。

 

「でも音が鳴るものを身につけるっていうのは意外とありだよな。じゃあ……指輪とか! 俺特注で頼んでみるからさ、動かせば音が鳴る指輪。……いやでも結局音が鳴ってて俺は底にレイが見えるからわかるけど、他の人からは見えないのか」

「さとる」

 

 ああでもないこうでもない。

 もうこんなのは考えているとは言わない。

 ただ今の思考を口に出して垂れ流しているだけだ。

 

 でもそうでもしなければわからなくなってしまう。

 何がレイの為になるのかわからなくなってしまう。

 

「そうだな。レイのことが見えるような何かを」

 

「さとる!!」

 

 耳元で、大声で、そして聞き慣れた声で自分の名前を呼ばれて、ようやく俺は我に返った。

 声がした方に目を向けると相変わらずレイが顔を肩に乗せ、俺の目をまっすぐ見つめてきている。

 

「私知ってるよ。さとるがいっぱい私のこと考えてくれてるって」

 

「うえっ!? それは……おう」

 

「私ね。気づいたの。さとるが私のことを見てくれてること、考えてくれてることって当たり前じゃないんだなって。だからね。そういうことが言いたかったの」

 

 あれ、何か俺いまレイに慰められてる?

 俺そんなにひどい状態なのか?

 

「うにーーー」

 

 慰められたと思ったら全力で両頬をつねられる。

 地味に痛いし、せっかく近くにあったレイの顔が後ろに回り込んだことで見えなくなってしまって、非常に残念な状態だ。

 

「だから、ありがとう」

 

 不意に耳元で囁くように呟くように、でもしっかりと聞こえてきたその言葉。

 聞こえているのにどこか気恥ずかしくて、でもその恥ずかしさが心地よくて。

 

 もう一度聞きたくなって、聞き返そうとしたときにはすでに背中にレイの気配はなかった。

 とっさに後ろを振り返ると、レイはリビングの方にまで戻っていて、若干赤く染まった顔に全力の笑顔を携えて、俺の方を見つめている。

 

「さとる、これからもよろしくね! 私のこと、ずっと見ててね!」

 

 これからもよろしくね。

 

 そんな単純な言葉が今の俺には一番響いて、どうしようもなく嬉しかった。

 これからもレイと一緒に過ごせる。それをレイ自身も望んでくれている。

 そんなちょっと考えれば疑う余地もない、そんな事実をレイ自身が肯定してくれたように思えた。

 

 レイの姿はもうない。

 きっと自分の部屋に戻って行ってしまったのだろう。

 

 さっきのレイにはいつもの子供っぽい雰囲気はなく、どこか大人びた雰囲気を纏っているような気がして、不覚にもめちゃくちゃドキドキしてしまった。

 本当にレイには適わないなあ……。

 

「わすれてたわすれてた……おっとっと」

 

 そんな心地いい余韻を感じながら、めちゃくちゃ自分でも自覚できるほどの決め顔で、リビングの柵に手をかけて風を感じていたら、戻ったはずのレイが再びリビングに戻ってきた。

 

 おっとっととか言いながら思いっきり後輩の頭を踏んでいるが、これは後輩が悪い。

 おい後輩。今すぐその頭をどけろ。

 

 レイが転んだらどうするんだ。危ないだろうが。

 起きるか寝ながらでも立って今すぐそこからどけ。

 

「さとる!!」

 

 はいはい悟さんですよ。今日はよく名前を呼ばれる日だな。

 まあレイに呼ばれるのは嬉しいからどんどん呼んでほしい所ではあるけれど。

 

 俺は後輩から一瞬で視線を外し、レイの方に顔を向ける。

 俺の名前を呼んだレイは一瞬考えるようなそぶりをみせて、そして何か納得したのか大きくうなずくと、再び俺の方にまっすぐ顔を向けてきた。

 

 

「えっとね……。大好き!!」

 

 

 顔を真っ赤にしながら叫ぶようにそう言ったレイは、俺の反応を見ることなく再び俺から背を向けて、奥の部屋へと走り去っていった。

 

 え、俺? もちろん死んだ。死亡理由はキュン死。よくあるよね。

 その『好き』が親愛の意だとしても関係ないよね。

 

「はあ……ずるいなあ」

 

 しばらくリビングには戻れそうにない。

 こんなにやけ面を酔っ払いたちに見られでもしたら何言われるかわからないから。

 

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