気づいたら幽霊が家に住み着いていたけど、ホラーは苦手なので全力でラブコメしたいと思います。   作:葵 悠静

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87話 それは夜の闇に溶けながら淡く耳の中に入り込む

「先輩、何にやついてるんですか」

「うえっへほっほう!」

 

 顔の火照りもようやく消え、リビングに戻ろうと庭先から窓を開けるとじとっとした目でこちらを見つめている後輩の姿があった。

 

 え、俺にやついてた?

 

 レイの不意打ちの後、30分ぐらいこの世の心理とか社会の歯車になることについて、真剣に考えて、真顔に戻ったと思ったらまだにやついてた? 

 

 もう俺一生にやけてるんじゃない?

 こうなると修復不可能なんだよきっと。あきらめろ。

 

「指摘してもにやついてるし。もうだめだ、この先輩」

 

 おい、あきらめるな。お前ならなんとかできる。

 なんかよくわかんないけど、すっごいしょうもないギャグとか言ってくれれば真顔になれる気がするんだ。

 いいから一回言ってみ?

 

「先輩。気持ち悪いですよ」

 

 俺のクリスタルな心臓にでっかい針を通すようなストレートな一言を言いながら、後輩は庭へと出ていく。

 

 え、これ俺もついていかないといけない? もう十分外で涼んだし俺は戻ってもいいよね。

 よし先輩起こすかー。

 

「ちょっと何戻ろうとしてるんですか。可愛い後輩が意味ありげに外に出てるんですから、普通ついてくるでしょ」

「ですよねえ」

 

 俺は肩を落としながら完全にリビングに向かっていた体を半回転させて、庭のほうへと向き直る。

 

 すでに庭に出ておそらく意味のなくしゃがんでいるのであろう後輩と、ふと目が合う。

 その時ちょうど夜風が吹き、彼女の肩ほどの髪がふわりと揺れる。

 ほんと黙ってればなんで彼氏がいないのかってくらい美人なのに、もったいないよなあ。

 

「どうしたんですか? ……もしかして私が夜に似合いすぎて見惚れちゃいました?」

 

「そうね」

 

「……ふへ?」

 

 いじわる気な笑みを向けてくる彼女に俺はくぎ付けになっている。

 

「せ、先輩? あんまり見られるとさすがに恥ずかしいんですけど……」

 

 なぜか頬を赤くしながら、髪を整え始める後輩だったが、俺はそんなこともお構いなしに彼女のある一点を見つめ続ける。

 

「そっか、そういえば俺買ってたな」

 

「先輩もしかして私のこと……は?」

 

 いや後輩が履いているサンダルなんか見おぼえあるなあって思ってたんだよね。 

 結局買ってから海とか行く機会なかったし、俺以外庭に出るから庭にある一足以外使わなくて、結局使わずじまいになってたやつだ。

 

 いやー、すっきりした。

 しかし後輩よ。なんでそれを君が履いてるわけ?

 

 いや別に同じもの持ってるって可能性も……いや男物だしその可能性は低いか。

 それに後輩が俺の家に来るのは初めてだから、ふつう一人暮らしの家に庭があるなんて考えないよね?

 

「あ、もしかしてこれですか? 玄関でさみしそうにしてたんで借りました。というか借りる前に一応声かけたんですけど、やっぱり聞いてなかったんですね」

 

 え、いつだろ。もし俺がこの世の摂理について考えてた時に声かけたんならそら聞こえてない。

 外界の音をすべてシャットダウンして、思考に没頭してたからね。

 

「はあ。先輩にちょっとでもまともな常識があると勘違いした自分が悪かったです。すいませんでした」

 

 なんで俺は謝られてるんだろうか。まあ今回のことに関しては謝ってもらってもいいくらい迷惑してたけど、結果俺もなんだかんだ楽しくしてるし、そこまで気にしなくてもいいんじゃない。

 なんかすごい今更って気もするし。

 

「……ほんとはガチ相談なんてするつもりもなかったんだけどなあ」

 

 後輩は膝を抱えながら空を仰ぐ。

 なんかセンチメンタルなんだな。わかるよ。夜ってそんな感じになるよな。

 そういう時は早く寝るに限るよ。まあ君はさっきまで爆睡してたわけだけど。

 

「先輩ってそういうとこありますよね。普段は全く会話が成り立たなくてコミュニケーション能力以前の問題なのに、真剣に相談したときはそれなりの答えをくれる。しかも押し付ける感じじゃなくて、こううまく言えませんけど、いい感じの答え。ほんとそういうところずるいと思いますよ! 何萌えですか!」

 

 立ち上がって近寄ってくる後輩に指をさされながら説教される俺。

 別に俺自身そんなつもりはないんだけどなあ。

 

 そりゃシリアスな雰囲気の時は俺も空気読むよ?

 それに俺のことさっきからぼろくそに言ってるけど、後輩とか先輩とかに比べたら全然常識人だと思ってるからね。

 自分のこと棚に上げて説教するのやめてもらっていいですか。

 

「先輩。私ちょっと思ったことがあるんですけど」

 

 後輩はどこか恥ずかしそうにはにかみながら俺のほうをまっすぐと見つめてくる。

 ……ん? なんだこの甘酸っぱい青春のにおいがする雰囲気は。

 

 俺後輩とこんな空気になるなんて思ってみなかったし、なんか緊張してきたんだけど。

 

「さっき普通に結婚してとかそういう話したじゃないですか。先輩、私の性癖にも理解あるしなんだかんだ先輩と話していると楽しいし、案外ありだと思うんですよね」

 

 後輩は言葉を区切ると、大きく息を吐く。

 俺もさすがに何かを言えるような、考えられるような空気ではなくそのまま後輩の続くであろう言葉を待つ。

 

 

「先輩…………試しに私と結婚してみません?」

 

 

 それは夜の闇に溶けることなくはっきりとその場に言葉として残り、俺の耳にすっと入り込んできた。

 

 

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