『来い』とだけ書かれた手紙と、抜群のプロポーションを持つ女性の写真を持って公衆電話の前に立つ。今度こそ、と一縷の望みをかけて電話をかけた。
頼む、今度こそ、今度こそ繋がってくれ。
『現在、非常事態宣言が発令されており』
「だーっ!」
今世紀最大の祈りを込めた電話は変わらぬ無機質な女性の音声で無情にも同じ言葉を繰り返すのだった。イライラと焦りが最高潮に達しかけ、受話器を荒々しく置こうとして、止める。ダメだダメだ、これは公衆電話なのだから。税金で作られた、誰もが使う電話。己の一時の感情で傷つけたり壊してしまうのは人間としてどうなんだ。
怒りを抑えるため、息を大きく吐き出して受話器をゆっくりを置く。えらいぞ、自分。自分で自分を褒めながら夏空を仰いだ。白い雲が映える、青海。普段なら写真でも撮ろうか、それとも詩でも読んでみるか、なんて風情なことを考えるだろうが残念ながら今はそんな状況ではない。
山の隙間から鋼鉄の鳥たちと共に姿を現したのは、巨体。深緑の体に顔のような白い仮面をつけた、まさに怪物が幾つものヘリから攻撃を受けながら進行していた。遠目から仮面は少しマスコットのようで可愛いなー、なんて思っていた自分がバカだった。
今も、怪物の手によって複数のヘリが撃墜される。その内の一機が怪物に撃墜され、こちらに向かって墜落する。って、こちらに向かって?
「うわぁっ⁉︎」
ヘリが部品のようなものを撒き散らしながら私の方へと墜落してくる。悲鳴をあげながら慌てて公衆電話の影に身を隠すと爆音が耳を劈いた。どうやら爆発はしなかったらしい。部品などが転がって足元の方まで飛んでくる。
「な、何なんだ、本当にもう………来なきゃよかった…………」
イライラと焦り、そこに不満と緊張も相まってぼやいてしまう。いやでも本当に来なければよかった。どうして父親の手紙を貰って第三東京都まで来てこんな危険な目に遭わなきゃいけないんだ。父さんの手紙なんて無視しておけば今頃、家でのんびりとゲームできてたっていうのに。
とりあえず危機は去った、と公衆電話の影から顔を出して、視界に映った状況にヒクリと口端が引きつった。
山の隙間から見えていたあの怪物の巨体が、ほぼノーモーションで浮き上がる。その体は真っ直ぐと私の方へと向かっていて。
これなんてデジャブ?
「うっおあああああああああああああっ‼︎⁉︎」
先程の悲鳴とは比べものにならない叫び声をあげて公衆電話の影に隠れると、荷物で頭を庇った。瞬間、襲いかかる熱風と爆音、そして衝撃。けれど、思っていた以上に衝撃が少なく、恐る恐る顔を上げた。
「ごめーん、お待たせ」
響いてきたのはこんな状況でありながらもあっけらかんとした女性の声。女性の乗る青い車が、私を衝撃から守るように車体を横にして目の前に停まっていた。
サングラスをかけた女性の顔立ちと髪に、既視感を感じて助手席に飛び乗る。扉を閉めてシートベルトを閉めると女性はすぐさま車を発進させた。
「えぇ、心配ご無用。彼は最優先で保護してるわよ。だからカートレインを用意しておいて。直通のやつ。そう! 迎えに行くのはあたしが言い出したことですもの。ちゃーんと責任持つわよ」
車載電話を終えた女性、葛城ミサトさんは微妙な表情をしながらも運転を続ける。
窓の外に広がるのは海だ。数十分前、私を保護してからN2爆雷なる兵器があの怪物に使用されたらしく、私たちは車ごとぶっ飛んだのだ。幸いにも二人揃って大きな怪我なかったが、明らかに高級車であろう車が見るも無残な姿になってしまった。
きっと、それが原因なのだろう。そうなってしまった原因はあの怪物と兵器を使用した軍だかどっかの組織のせいだけれど、なんだか申し訳なくなってくる。
「あの、葛城さん、葛城さん!」
「うん? なぁに?」
何度か呼びかけると、葛城さんはようやく意識を戻してくれて笑顔でこちらを見てくれる。が、明らかに無理している表情だ。
「すみません、僕のことを迎えに来たせいでとんでもないことになってしまって………それに、急ぎだからって部品の火事場泥棒のようなことまでさせてしまって」
「あ、あぁ、大丈夫よ。電話でも言ったけど、貴方を迎えに行くって言い出したのはあたしだし。それに今は非常時で、こう見えても国際公務員なの。万事オッケーよ」
「国際公務員だからこそ立場的に火事場泥棒はヤバいのでは………?」
そう言うと、更に微妙な表情をされてしまった。とはいえ、彼女が何かしら責任に問われても私には何もできないので彼女を信じることしかできない。そう思いながら眉を下げると、葛城さんは安心させるように微笑んだ。
「だーいじょうぶよ! おっとなを信じなさい! というか、可愛い顔して落ち着いてるのね貴方。普通、あんな状況になったらもっと怖がったりとかしないの? それどころかあたしの心配までしちゃって」
「確かに、びっくりしましたし来なければよかったっても思ってますけど、それ以上に現実感が湧かなくなって……なんですか、あの怪物。ヘリのミサイルとか攻撃とか、全く効いてなかったように見えたんですけど」
可愛い顔、という少々、いやだいぶ気になるワードはとりあえず無視して一番聞きたいことをぶつける。葛城さんは一瞬、答えようか迷ったのだろう。目が明後日の方向を向き、食えないような笑みを向けた。
「ちょーっち、ね」
これ以上深入りするな、という合図なのだろう。とりあえず不満そうな表情を見せ、いつの間にか景色の変わっていた外に視線を動かした。トンネルの中、前方に待ち受けるのはカートレインの入り口だ。
ふと、届いた手紙を鞄から取り出した。幼稚園児が作った切り絵のような継ぎ接ぎの紙である。そういえば、ここにIDとか色々書かれていた気がする。
「あの、葛城さん」
「ミサト、でいーわよ」
「すみません、命の恩人とはいえ初対面の年上の女性を名前で呼ぶのは、ちょっと…………あの、これ。父からの手紙なんですが、IDとか色んなことが書かれてるんです。IDってことは必要なもの、なんですよね?」
「あ、ほんとぉ? IDは中に入るのに必要なのよね、ありがと。あ、これ目通しといて」
手紙を受け取った葛城さんは一瞬、眉根を寄せる。乱雑に来いとだけ書かれた父からの手紙が目に入ったのだろう。そんな葛城さんに苦笑を溢す。そうだよな、十年ぶりに父親が子供に出す手紙とは思えないよな。
手紙の代わりに、渡された冊子を開く。表紙には、「ようこそ Nerv江」と書かれていた。裏表紙には極秘の文字。特務機関、そして極秘と書かれた冊子。まぁ恐らくマニュアルとか相違ものなのだろうけれど、極秘と書くぐらいならこんな冊子にしなければいいと思うのだけれど……冊子にしたら持ち運びやすいし盗まれやすいんじゃないのか? それをこんな十四歳の少年に渡していいのだろうか。
まぁ、目を通しておいてと言われたので素直に一頁目から目を滑らせる。
いずれ、学校で習ったジオフロントだとかそこがネルフの秘密基地だとかそういった軽い説明を葛城さんから聞きつつ、車を降りて彼女の後ろを着いていく。
何度かエレベーターを乗り降りしたりエスカレーターを上り下りして彼女が迷っていることには気付いていたが、私はまだこの内部の道を知らないので指摘するのは彼女を怒らせてしまうかもしれないし、何よりこの冊子をこの間に読み切りたい欲の方が勝ったので特に何も言わずに後を着いて行っていた。
いずれ、エレベーターに乗ると金髪にスク水、白衣を着た女性と合流した。
「何やってたの、葛城一尉。人手もなければ時間もないのよ」
「ごめんっ!」
可愛こぶる葛城さんに溜め息を吐いた女性は私に目を移した。何やってたの、という言葉が問いかけではないということはきっと葛城さんはいつも迷っているのだろう。おいおい、階級まで持ってるのに自分たちの本部で迷い癖があるって大丈夫なんだろうか………一抹の不安を抱えながらも、白衣の女性に会釈する。それに対して女性はどこか満足げに微笑むだけだった。すぐにその目は葛城さんに戻る。
「例の男の子ね」
「そ。マルドゥックの報告書による、サードチルドレン」
「……よろしくね」
「はじめまして。よろしくお願いします」
「これまた父親そっくりなのよ。非常事態なのに落ち着いてるところとかね」
父親そっくり、という言葉に自然と眉根が寄った。きっと年相応ではない落ち着きようなのは自覚しているが、育児放棄にも似たことをして十年間も手紙を寄越さなかったダメな父親と似ているとは誠に遺憾である。
が、また白衣の女性と話始めてしまった葛城さんにそんな苦言を呈することはできずにまた冊子へと目を落とした。
しかし、サードチルドレン、か。三人目の子供。これはどういう意味なのだろう。十年間、養育費は払ってくれてはいたものの、連絡も何も寄越さなかった父親。そんな彼が突然、こんなところに呼び出して、それと重なるかのようにあの怪物が現れた。私を迎えに来たのは階級持ちの国際公務員で、しかも特務機関所属。渡されたのは特務機関の極秘であろう冊子。明らかに私に何かさせるつもりで呼び出した。そして、この嫌な予感が的中しているのであればこれから私は何らかの方法であの怪物と戦わされるのであろう。
サードってことは、既にファーストチルドレンやセカンドチルドレンがいて、私はその予備なのかもしれない。
自然と寄る眉根を解す。努めて不快、不安な表情は出さないようにした。
どうやって戦うのかはわからない、もしかすると私の予想は完全に的外れで、父親が和解しようと呼びつけたのかもしれない。でも、第六感と言えよう何かが警鐘をずっと鳴らしているんだ。これから、物凄く嫌なことが起こるんじゃないかって。
もし、もしも本当にあの怪物と戦うことになったら、死なないようにしないと。この体に、傷がつかないようにしないと。
だって、私は碇シンジ君ではないのだから。
私の正体は、令和二年に生きるただの女だ。平成に生まれて、すくすくと育って専門学校を出てフリーターになった、ただの成人女性。二十歳になったばかりだった。
フリーターとはいえ、毎日働いて正社員並の給料は貰ってたし友人や親友と良い関係も築けて、オタクとして推しやどんどん増えるコンテンツをいつも楽しく公式から供給されていた。別によくある転生ものとかトリップものみたいな前振りとかは一切なかった。
ただ、気付いたら西暦2015年に生きる小学生男児になっていた。
最初はただの夢だ、とか精神病とかを疑ったけれどセカンドインパクトとかこの地球の、この世界の歴史とかが夢とは思えないほどに作り込まれて、毎日があまりに鮮明すぎて何故か私という人間が別の世界に生きる小学生男児になってしまっていた、ということを受け入れざる負えなかった。というか受け入れなかったら頭が本当におかしくなりそうで。それに、この碇シンジという少年の記憶や記録もバッチリ残っていた。
物心つく前に両親の実験で母が亡くなっていて、母が亡くなってから父が人が変わったようになってしまってシンジ君を置いて行ったことや、叔父と叔母が無意識に放つ疎外感を感じ取って内向的な性格になってしまい、小学校でも中々友人ができなかったことなど、碇シンジという少年の短い人生も、しっかりとわかった。
碇シンジ君の意識は既になかったから彼がどこに行ってしまったのか、とかそういったことはわからない。ただ、彼の人生の記憶と私が体の所有権を持っていること、これが事実であることしかわからない。
とはいえ、いきなり少年が大人のようになったら怪しいだろう。だからとりあえず、小学校で友達を作った。気の合う友人を。そして、彼と触れ合うことによって少しずつ彼の周りの友人と会話をし、輪をクラス内全体に広げていく。その内、皆と仲良くなっていって性格も外向的とまでは行かないが、内向的ではなくなって人見知りも減り、明るくなっていく。元々大人しく落ち着きのある子供だったから大人っぽい面があったのだろう、性格が明るくなったことによってその大人っぽい側面が表に出てきて周りの子からも頼られやすい子になった、というストーリーを作り上げた。
こうすれば元の私が大人っぽいことをしたりしていても怪しまれないし、私という意識を押さえつけて無理にシンジ君のフリをしなくても大丈夫なように仕向けたのだ。私も幼い頃はシンジ君みたいな性格をしていたし、二十歳の大人である。小学生を操る、というと言葉が悪いが友達になったりこんな風に仕向けることは簡単だ。
そうこうしているうちに、気付けば十四歳の中学生になっていた。シンジ君の意識は今も戻らず、こうしてシンジ君の皮を被ってこうして私が今日も生きている。
今も疑問などは湧いてやまない。寝る前などに自問自答を繰り返すこともたくさんある。だが、考えたって仕方がないのだ。どうすることもできない。自問自答をしたところでシンジ君が返事をくれるわけではないし、彼の意識が戻ることもない。だからとりあえずは諦めることにした。せめて、いつかシンジ君の意識が戻ってきた時に彼が過ごしやすいような環境にしておこうと思って、友人作りや関係作りなどを頑張っていた。頑張っていた、のだけれど。
「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その初号機よ。建造は極秘裏に行われた……人類の切り札よ」
コンベアーなどで移動をし、ついにはボートに乗った先。鉄が剥き出しの橋の上で今日一番の驚愕を受けた。
赤木リツコと名乗った金髪白衣の女性が話す言葉が耳を通り過ぎていく。通り過ぎてはいくが、頭だけはしっかりと回る。成程、これに乗ってあの怪物と戦え、ということなのだろう。先程の葛城さんとの会話でオーナインシステムだとか、起動しなかっただとかというのはこのエヴァンなんとかという兵器が起動しなかった話。先程からずっと疑問に思っていたことが少しずつ消えていく。
だが、同時に疑問が湧く。本当に疑問に絶えない組織だな、ここは。前の世界で見たロボットアニメとはかけ離れた容姿の兵器だ。だからこそ、人造人間、ということなのだろうか。それに起動実験では起動せず、オーナインシステム。私、もとい碇シンジがサードチルドレンというのはこのエヴァンゲリオンのパイロット、その三人目の子供ということ。そして私がここに呼ばれた理由はこのエヴァンゲリオンのパイロットとしてあの怪物と戦うこと。
しかし起動確率は0が九個並んでいるのだ。私が乗ったところで起動するのだろうか。起動しなかったら、それつまり我々の敗北、なのでは。
『久しぶりだな』
聞き慣れない男の声が響いた。葛城さんたちに見習ってエヴァンゲリオンの頭上を見上げると、鏡ばりの先にサングラスをかけた髭面の男が立っていた。シンジ君の記録にある。あれが、碇ゲンドウ。ネルフの冊子に載っていた、ネルフの最高司令官で、シンジ君の父親だ。
ぶっちゃけ私は見覚えがないしあれが父親だという感覚もないから、ついしげしげと見つめてしまう。ただ、口だけは動いて「父さん」と呟いた。
『ふ……出撃』
「出撃ぃ⁉︎ 零号機は凍結中でしょ⁉︎ っまさか、初号機を使うつもりなの?」
「他に道はないわ」
私の頭上で葛城さんと赤木さんが口論する。そんな中、私は父から視線を外して初号機の巨大な顔を見つめた。紫のカラーリングで、恐らく目であろう部分が静かに光を灯している。額付近から伸びた一つの角はただの装飾なのだろうか。それとも究極の汎用兵器とまで言うのだから、何かしら用途があるのだろうか。
尽きない疑問を何とか抑えながらも再度、父さんを見上げた。
しかし、パイロットが届いた、とは。これは人間扱いとか人権とかヤバそうだな。仮にこれに乗ってあの怪物に勝っても、正しい扱いはされそうにない感じがして怖い。葛城さんは少なくとも良い人そうなのに。赤木さんはヤバイ方面での研究者か。
「でも!」
「父さん」
『………何だ』
ヒートアップする葛城さんを遮る形で口を開いた。不機嫌そうな父さん。不思議だ。前の世界で女だった時は上司や両親が不機嫌そうな時に話しかけるのは怖かったのに、この碇ゲンドウに対してはそうは思わない。
「色々と言いたいことや話したいことはあるけど、今はそんな状況じゃないんだよね。ここまで言われたらわかるよ。僕に、これに乗れってことなんだよね」
『そうだ。エヴァに乗って、あの怪物を倒すんだ』
「っ司令………」
葛城さんが横で歯噛みするのがわかる。大丈夫だよ、葛城さん。
「わかった。乗るよ。僕が乗らなかったら、代わりに乗る子がいるんだろう? だったら僕が乗る」
『そうか』
「でも、僕からも言いたいことがたくさんあるんだ。必ず、絶対にあの怪物に勝つよ。終わったら話す時間や機会を頂戴よ」
『…………わかった。調整しよう』
「ありがとう、父さん」
最後に父さんに向かって微笑んでやる。シンジ君の記録と、微かな記憶にあった母さんにそっくりな微笑み。頭上の父さんの肩が一瞬動いたことを見て心の中でほくそ笑んだ。お前が母さんに執着してるのはわかってるんだよ、バーカ。
そんなことを思っていると、両肩を葛城さんに掴まれた。
「葛城さんっ?」
「貴方、自分の言ってることがわかるの? エヴァに乗るのよ? あの怪物と、貴方が戦うのよ?」
焦ったような、物凄い剣幕。肩にかかる女性らしからぬ力に、この人は赤木さんとは違うのだということがわかってほっとしてしまった。
右肩にかかる手に、私の片手を重ねる。
「大丈夫です、葛城さん。僕だって怖いですよ。こんなこと知らされずにここまで来ましたし、あの怪物と戦うなんて。でも、人類の切り札ってことは、僕が戦わなければ人類が滅ぶんじゃないですか?」
「それは……」
「貴女方がエヴァンゲリオンに乗らずに素人の僕に乗れって言うのは、きっと僕やさっきから話に出てる綾波レイって子しか乗れないからなんですよね。だったら、戦います。嫌だし、怖いけど。葛城さんたちが覚悟を決めて戦おうとしてるのに僕が逃げるのはダサいじゃないですか」
「シンジ君………」
悔しそうに、悲しそうに顔を歪める葛城さんにもう一度微笑んだ。父さんに見せたものとは違う、葛城さんを安心させるための顔だ。
「それに、綾波って子は今は動けないんですよね。動けない、怪我をしてるような子に戦わせることなんてできません。子供にやらせるなら、僕がやる」
無意識に葛城さんの手を握りしめる。ふっと後ろで赤木さんが笑った感じがした。
「レイ、その綾波って子は君と同じ年だけれどね」
「赤木さん、せっかくカッコつけたんですから崩すようなこと言わないでくださいよ」
苦笑しながら答えると葛城さんが脱力した感触がする。ちっくしょう、大人らしくカッコつけたのになぁ。葛城さんの両手が私の肩から離れ、今度は赤木さんを見上げた。
「赤木さん、貴女がこのエヴァに詳しいんですよね? 操縦方法や、注意すべき点など教えてください」
「わかったわ。それじゃあ軽く説明するからこっちに来てちょうだい」
赤木さん、葛城さんと共にエヴァの前から離れた。怪物がこの場所に気づいたらしく、地震のように部屋が揺れる。
頭上を見上げると、父さんはその場に既にいなかった。
『エントリープラグ、挿入』
『エントリープラグ、注水』
腰を落ち着けたコックピットが動いて、落ち着く。頭に付けられたアクセサリーが気になり、指で弄っているとアナウンスが聞こえた。
足元から橙色の液体が上ってきてコックピット内を満たしていく。事前説明でこの液体がL.C.Lなるもので必要不可欠なものだということ、肺が満たされれば直接血液に酸素を運んでくれるということを聞いていたので大人しく呼吸を継続した。ただ、めちゃくちゃに気持ち悪い。当然だ。普通なら液体を肺に取り込むことなどはしないのだから。それに、血のような匂いがして中々に不快だ。
『第二次コンタクトに入ります』
オペレーターの女性の声が響くと同時に、視界が変化した。複数の世界に切り替わり、最終的に周りがまるでそのまま自分の目で見ているかのような状態になる。すごい、とてもクリアだ。
『シンクロ率、32.4%』
『すごいわね』
『ハーモニクス、全て正常値。暴走ありません』
事前説明は時間がなかったために必要最低限のことしか聞いていないから、このシンクロ率が高いのか低いのかはわからない。そもそも最低値と最高値がわからんが、低いはず。それでも赤木さんが驚いた声を出したのはそもそも起動が難しい機体だったからなのだろう。
『行けるわ』
『発進、準備! ……碇君、死なないでね』
「はい、葛城さん」
祈るような葛城さんの言葉に返事をし、続々と聞こえてくるオペレーターやアナウンスに耳を傾ける。
次第に周りが動き始めて、発進準備が進められていく。
射出装置らしき場所で背中を固定されて、歯を食いしばった。射出装置について説明はなかったが、この形は多分、上に向かってだから相当なGがかかるだろう。
深く息を吸い、葛城さんの言葉を待った。
『発進!』
「んぐっ」
凛々しい声が響き、同時に想像していた通りGが全身にかかった。抑えきれなかった悲鳴が唇の隙間から漏れる。
暫くGに耐えていると、衝撃が走った。鈍色の壁しか見えなかった視界に夜の街が広がる。そして、道路の先に数時間前に見たばかりの怪物が私を、エヴァンゲリオンを待つかのように立っていた。
数時間前までは圧倒的巨体さに見上げていたが、今では同じ目線になっている。人類の敵を前にしているという事実に、心臓が高鳴って嫌な速度で早鐘を打ち始めた。