一般人女性が主人公になったら   作:血塗ろ/(・x・)\

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第四使徒、シャムシエルとの戦闘です。二話と同様、戦闘シーンはくそ短いのにそれ以外のシーンが長いです。
皆様、誤字報告ありがとうございます。


第二回、人類の敵と戦ってみたら

 

 

 

 

 録画された初号機と使徒との初戦闘を見ながらリツコは湯気の立つコーヒーを啜った。彼女のデスクにはバインダーに留められたサードチルドレン、碇シンジのパーソナルデータや経歴などが置かれている。

 リツコにとってシンジは不可思議な存在だった。

 彼の成長環境や過程を考えれば自分のことが嫌いな子供に育ってもおかしくはないはず。しかし、小学校にて親友とも言える存在ができたことによって彼は本来の性格らしき、大人びた子へと成長した。

 実際に会った印象は、報告以上に大人びており抜け目ない子供。

 ミサトとリツコの会話内容からレイが代わりにエヴァに乗ることを察していた。当然と言えば当然なのだけれど、あの状況でそれを察するには十四歳は幼すぎる、とリツコは思っている。

 だがリアクションや反応は子供らしい。チグハグのようで、ピタリと嵌るパズルのようだ。

 エヴァのパイロットになることが正式に決まってからも、契約内容についてや給与形態についての説明などはミサトから言われることなく自らリツコに聞きに来た。大人びている、と言えばそれで終わりだ。誰も疑わないだろう。

 けれど、それだけでは終わらないような何かを感じているのだ。ただ子供が大人びているとは、思えないような。

 

 コンコンッ

 

「はい、どうぞ」

「碇シンジです。失礼します」

 

 ノック音が響き、挨拶の後に扉が開いて件のサードチルドレンが入ってきた。

 噂をすればなんとやら、という言葉をリツコは脳内に浮かべながらも微笑みをシンジに向ける。

 

「どうしたのかしら」

「あの、今流れてるその使徒との戦闘の録画データって、いただけませんか?」

「………なぜ?」

「使徒の戦い方とか、そういうのを研究と言うかしてみたくって。やっぱり持ち出しとかできませんよね…………?」

 

 おずおずと聞いてくる姿が子供らしく子供っぽくないあざとさを感じてリツコは小さく噴き出した。

 シンジは何を笑われたのかわからない様子で困惑している。寧ろ、今の反応の方が子供らしく見えて更にリツコは肩を震わせた。

 

「え、何でそんなに笑うんですか?」

「ふふふ、ごめんなさいね。何だか、貴方の態度が大人が無理して子供っぽく振る舞っているように見えてしまって………」

「…………そんな風に見えてたんですね。確かに、ちょっと気張ってたかもしれません」

 

 苦笑したシンジの肩から目に見えて力が抜けた。とはいえ、元々姿勢の良い子供だ。綺麗に立っている。

 

「急に父に呼ばれて、特務機関なんてところに所属して巨大ロボットに乗って人類のために戦えって言われたから……だって、赤木さんやミサトさんたち、皆カッコいい大人の人たちばかりなんですもん」

 

 憧れちゃったり、気張ったりしちゃいます。

 肩を竦めて言われた言葉に、リツコは悪い気はしなかった。薄幸の美少年と言っても過言ではないだろう顔立ちの子供だ。そんな子に、カッコいい大人なんて言われたら誰だって多少は浮かれるだろう。きっと今の言葉をミサトやマヤたちオペレーターが聞いていたらリツコ以上に浮かれていたかもしれない。

 肩の力と共に、口調も和らぎリツコはホッとした。もしかすると、先程まで思っていたのは自分の考えすぎなのだろう、と。

 

「ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいわね。録画データに関しては外部流出は厳禁だからここの室内であれば見ても問題ないわ」

「本当ですか?」

「えぇ。この後時間が良ければ今でもいいわよ」

「やった! じゃあ書くもの持ってきますね!」

 

 喜色満面の表情になったシンジは早足気味に部屋を出て行った。その背を見送りながら、やはり杞憂であったかとリツコは胸を撫で下ろした。

 程なくして学生鞄を持ったシンジが戻ってきた。

 リツコが用意した椅子に座り、デスクに真新しい小さめのノートとシャーペンを用意する。

 

「じゃあ最初から再生するわね」

「お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「碇シンジです。父の仕事の事情でこちらに引っ越してきました。第三新東京市には初めて来たので、色々と教えてくれると嬉しいです。よろしく」

 

 

 よろしく、という締めの言葉は微笑みながらフレンドリーに。

 そうするだけで、十四、五歳の子供たちは一気に友好的な雰囲気を醸し出した。

 教師に言われるがまま、空いている席に座る。周りからの様々な思惑を含んだ視線を一心に感じながら。

 

 今日は私、もといシンジ君の転入日だ。シンジ君は十四歳。いくら特務機関所属の人類を守るパイロットでも学校がある限り通わないといけない。

 シンジ君は顔がいい。マジでアニメキャラかと思うぐらいには薄幸の美少年みたいな中性的で整った顔立ちをしている。だからこそ大人っぽい性格でも突き通せているのだけれど。

 そんな美少年が友好的に接してきたら。言い方は悪いかもしれないが、普通の子供ならば喜んで友達になろうと群がってくるだろう。

 案の定、ホームルームが終わって担任の先生が教室から出ていくと私の周りはクラスメイトで埋め尽くされた。

 

「碇君って前はどこに住んでたの?」

「お父さんの仕事って何?」

「碇ってなんの部活入るつもりなんだ? よかったらサッカー部とか見てみない?」

「好きなものは?」

「恋人とかは?」

 

 

「ストップストップストップ、そんな一気に言われても答えられないよ」

 

 

 聖徳太子でもあるまいに。

 

 

 

 結局、休み時間はクラスメイトたちの質問攻めや自己紹介攻めで終わってしまった。

 一時間目のチャイムが鳴り、授業が始まる。私も周りに倣ってラップトップを開いた。

 大体、以前の中学校と同じような内容のことを先生が話す。どれもこれも聞いた話ばかりだ。多少、こちらの方が授業の進みが遅いのかもしれない。おじいちゃん先生だもんなぁ……私が私だった時の高校の先生にもいた。まぁその辺りは個人差なのだろうが。異様に早い先生もいたし。ただわりかしおじいちゃん先生は進みが遅い気がする。

 ふと、ラップトップの画面の端に通知が出た。メールだ。

 恐らくこの教室内の誰かが送信したものなのだろう。まさか変なウィルスは入っていまい、と思って開く。

 

『碇くんが あのロボットのパイロットというのは 本当?  Y/N』

 

 なぜ、このことが。

 内心は驚愕でいっぱいだがそれを表情には出さず、眉根を寄せながら至極不思議そうに小首を傾げた。

 そのまま、『No』を返す。

 辺りを小さく見渡すと、後ろの方の席にいる女子二人が嬉しそうに私に手を振ってきた。一人がまたラップトップに何かを打ち込む。

 

『ウソ。本当なんでしょ。 Y/N』

 

 女子二人に首を横に振り返しながら、もう一度『No』を打ち返す。続けて、『ロボットってなんのこと? 僕がこっちに来たのは非常事態宣言が出た日で、駅に着いてからすぐに避難誘導されたから何も知らないんだ』と打ち込み、送信する。

 すると、クラスメイトたちが目に見えて落胆したような、落ち込んだような反応をした。おいおい、このメールみたいなのってオープンチャットなのかよ。

 すぐに『そうなんだ、ごめんね』という返信が来たがバレないように辺りを見渡すと、女子とは反対の廊下側に座っているメガネの少年が明らかに「おかしい」とでも言いたげな表情でラップトップと睨めっこしている。偏見だが見た目からして恐らく真面目に問題を解いているわけではないだろう。

 つまり、私の返答に対してのリアクションがあれなのだ。

 読めたぞ。あいつが私がエヴァのパイロットである噂を流した奴だな。しかもその情報源はどこか信頼のあるところ。だから私の返信が気に食わないと言うか、信じられないのだろう。

 おいおい、ネルフって特務機関なんじゃないのか。しかもその中でもエヴァは極秘中の極秘。だからこそあれだけ広報部などが情報統制をしてるんだろ。なのに何で私がエヴァパイロットであることがこんな中学生に漏れてるんだ。

 

 ネルフの杜撰さに溜め息が漏れそうだがなんとか堪え、ラップトップの画面に映る問題を見た。考えるのは使徒のことだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、昼休み。作ってきたお弁当を広げようとした私の前に、ジャージ姿の生徒が立ちはだかった。

 浅黒い肌に短く刈られた髪。きちんと制服を着ている生徒が多い中でのジャージ姿から教室に入った時から目には止まっていた。彼の目には怒りと疑惑が渦巻いている。その横に、先程のメガネの少年が立つ。

 

「ちょっと転校生、面貸せや」

「いいけど」

 

 広げかけていた包みを戻し、机に置いたまま立ち上がって少年に着いて行った。

 不穏そうだな。しかし、私って彼に何かしたっけ?

 

 

 

 大人しく着いて行った先は校舎の裏だった。

 到着するなり拳を握ったので彼から大幅に距離を取った。案の定、殴りかかってくるので左掌でそれを受け止める。

 

「っ受け止めんなや!」

「いきなり殴られる理由がわからないから」

「離せっ!」

「離したら君、殴ってくるだろう。だったら離さない」

「くっそ、このっ!」

 

 受け止めたまま手に力を入れて彼の拳を離さないようにするが、暴れてきたので仕方なく腕を掴んで地面に押し倒した。

 

「いでぇっ! 何すんねん!」

「それは僕のセリフだけど? これは正当防衛だよ。……そこのメガネ君、何か知ってるんだろ」

 

 ジャージ少年を抑えながら、メガネ君を睨み付けると少し怯えた表情をされた。そしておずおずと話し始める。

 

「そいつ………トウジって言うんだけど、この間の騒ぎで妹が怪我しちゃってさ」

「それで?」

「か、怪物と戦ったパイロットが下手だったから、それで、パイロットを殴らないと気が済まないって」

「それで、僕にいきなり殴りかかろうってことか」

「せや! お前が下手だったばっかりにサクラは、サクラは………!」

「馬鹿じゃないの?」

「何やと⁉︎」

 

 あまりの理不尽さに本音が出てしまった。

 

「僕はパイロットであることを否定したよね。なのに何で僕がそのパイロットだって決めつけるの? もしも僕が本当に無関係の人間だったら、君は勘違いでいきなり転入生を殴る危険な生徒だよ。君を止めなかったメガネ君だって同罪さ」

「せやけど、ケンスケの父ちゃんが!」

「あのさ、」

 

 暴れる少年を抑えるためにも、腹筋と丹田に力を入れて声に圧をかけた。

 黙り込む二人に、静かに続ける。

 

「仮に、僕がそのロボットとやらのパイロットだったとしたらの話をしよう。君の妹さんの怪我の原因が、そのパイロットになかったとした場合。連日のテレビを見ただろう? ロボットと怪物の正体は恐らく極秘中の極秘だ。中学生が知っていい秘密じゃない。そんな極秘にされてるってことはパイロットも大事に扱われてるはずなんだよ。政府やテレビにそうやって圧をかけられるような組織か何かに所属してるパイロットを中学生が傷つけたとしたら? どこからか情報が漏れていると知られたら? その情報源や、中学生はただじゃ済まないと思うよ」

「んなこたわかっとるわ! それでもワシはパイロットを殴らな気が済まん!」

「君一人だったらね。でも普通、誰かが喧嘩したり何かあったら連絡が行くのは君たちの家族、つまりは親や保護者だ。親や保護者に組織から連絡が行ったら? 大事なパイロットを傷つけられた、情報を漏らされた、多額の賠償金を払え、責任を取って死ね、なんてことになったら君たちはどうするんだ」

「っ」

 

 ジャージ少年とメガネ君が息を吸い込んだ。特にメガネ少年は顔から血の気が引いている。

 

「アニメとかでも見るだろ。組織の情報を漏らした人間を裏切り者として殺すみたいなの。ケンスケ君、だっけ? 君のお父さん、きっとどこかの組織に所属してるんじゃない?」

「で、でも、あのネルフだぞ、父さんを殺すわけ、だって、特務機関が、」

「殺さない保証はない。ほら、事故を装って殺すとかさ」

 

 後退き始めたケンスケ君。トウジ君はもう動く気配がないので、取り押さえるのをやめて腕を引っ張って地面に座らせた。

 

「ごめんね、手荒なことして。どこか痛いところとかない?」

「…………あ、あらへん」

「ケンスケ君も。脅すようなこと言ってごめん。でもそんな可能性があることはちょっと考えればわかるだろう」

「て、転校生、」

「家族や周りの人に迷惑かけたくなかったら、余計なことは詮索しない方が良い子だよ。ほら、好奇心は猫をも殺すってよく言うだろ?」

「で、でもワシは許せへん! サクラが、まだあんな小さいのに入院までしたんや‼︎」

 

 とりあえず私への攻撃はやめたようなので、トウジ君を立ち上がらせる。

 うーん………本当に、私の操縦のせいで妹さんが怪我をしたのだろうか。もしも本当だったらすごく申し訳がない。まぁエヴァについては極秘中の極秘なので守秘義務もあるし彼らに私がパイロットであることは話せないのだけれど。

 

「辛いよね、怒る気持ちもわかる。でも、詳しい事情もわからないのに激情に身を任せて取り返しもつかないことになったらどうするんだ。どうもできないだろう。だったら、今は押さえろ。事情がわかるまで」

「っ……………」

 

 トウジと目を合わせながら語気を強めに言うと、トウジは悔しげに顔を歪めながら私の手を振り払って校舎へと戻って行った。その後ろを、ケンスケが着いていく。

 その後ろ姿を眺めていると、青みがかった白のような不思議な髪色をした包帯を巻いた少女がこちらへと向かってきていた。

 青い髪に、赤い目。赤木さんから聞いていた綾波レイの特徴だ。

 

「非常召集」

「わかった」

 

 走り出した綾波に続いて私も走り出す。また、使徒か。この間戦った奴の分析もまだ満足に済んでないのに。

 

 少し、トウジとその妹さんのことが気がかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シンジ君、出撃。いいわね?』

「了解」

 

 プラグスーツに身を包み、L.C.Lで満たされたエントリープラグ内で先程見せてもらった今回の使徒の姿を思い浮かべる。

 プラナリアのような、浮遊する生物だった。中心には肋骨のようなものとコア。短い足のようなものがついていた。

 あの姿でどんな攻撃をしてくるのかわからないが、何かしらの攻撃手段を持っているはずだ。頭部の上部には目のようなものがついていて、初めて戦った使徒の仮面の時も思ったがちょっと可愛らしく見えた。

 まぁ可愛らしい見た目とは裏腹に、あれらは私たち人類を滅ぼす存在なのだけれど。

 やがて発進の号令と共に体を強いGを感じる。

 強い衝撃を感じ、目を開くと迎撃用意が成された第三東京市と使徒の姿が入った。

 

『作戦通り、いいわね。シンジ君』

「はい」

 

 作戦通り、格納庫からマシンガンのような遠距離武器を受け取ってセンターに使徒を入れてスイッチを押す。

 五秒ほどスイッチを押し続け、トリガーから指を離した。

 軽い爆煙に包まれた使徒。その煙の影に細長い何かが見え、即座に格納庫の影に隠れて座り込んだ。瞬間、格納庫が半分に切り裂かれて崩れる。

 立ち上がって後ろに飛ぶと、煙が晴れて使徒の武器が目に入った。赤紫色の鞭が使徒の左右から伸ばされている。長さ的には中距離に見えるがどうせ使徒のことだ、長さは自在に変えられるのだろう。

 

「ミサトさん、どうしますか! 作戦通りではさっき以上の爆煙が上がるから却って使徒の攻撃が読めなくなります‼︎」

『距離を取りつつ射撃するしかないわ! 近距離じゃ分が悪すぎるし、今はそれしか有効な手立てが……!』

 

 使徒の鞭を避けていくが、あまりにクネクネと動くから中々その先が読めない。

 コアを狙って狙撃はするが動いているせいでほとんど当たってないし!

 

「どうすれば、ぅわっ⁉︎」

『シンジ君っ⁉︎』

 

 視界が反転した。右足首に感じるのは、何か線を引っ掛けたような感覚。

 

「っヤッベッ」

『アンビリカルケーブルにつまづいたぁ!⁉︎』

 

 通信先でオペレーターやミサトさんたちが声を揃えて叫ぶのが聞こえるが、私はそれどころじゃない。

 全身に走る衝撃、続けて左足首を灼熱の何かに掴まれた。

 

 気づいた時には、視界に映っていたのは真っ青な空。

 暫くの浮遊感後に、背中を中心に後頭部を襲う転んだ時とは比べ物にならない衝撃と痛み。

 

「うぐぁっ………!」

『シンジ君、聞こえる⁉︎ 一旦撤退よ! 飛ばされた際にアンビリカルケーブルが外れたわ!』

 

 ミサトさんの声に目を見開く。サイドモニターでカウントを刻むの内部電源のリミットだ。

 ヤバイ、ミサトさんの指示に従って撤退しないと!

 

「了解しまし、」

『ひ、ぃ…………』

 

 

 多分、今の私の反射速度は使徒よりも速かっただろう。

 微かに耳に入った音に倒れた状態で後ろ手をついている左手を見る。開かれた手の指の隙間に、数時間も経ってない前に見たばかりのクラスメイトがいた。

 ヒュッ、と喉が鳴った。

 

 

『シンジ君のクラスメイト⁉︎』

『なぜこんなところに!』

 

 

 通信先の二人の声がやけに遠くに聞こえた。

 クラスメイト、私の、さっき話したばかりの、トウジとケンスケ君が、私が使徒に飛ばされた、先にいた。

 ちょっと、私の手がついた先が悪ければ、二人が、潰されて。

 

 彼らごと、私を覆うように使徒がゆっくりと飛んできた。気持ち悪く揺れ動く鞭が素早くしなる。

 伸ばされた鞭を半ば瞬発的に両手で掴んだ。まるで熱された鉄棒を掴んでいるかのような痛みと感覚。けれど、今ここで離したら傍にいる二人諸共どうなるかわからない!

 

 

『シンジ君、そこの二人を操縦席へ。二人を保護した後、即座に退却を!』

 

 

 耳に入ってきたミサトさんの声に、脳内では鞭を掴んだまま右手を動かして声を外に飛ばした。

 

「そこの二人! 今から出る白いコックピットに乗って!」

『え、こ、この声』

 

 エヴァを固定モードに移行してエントリープラグを排出する。赤木さんのエヴァ講座、しっかり聞いててよかった。聞いてなかったら固定モードに移行することもできなかっただろうから。

 エントリープラグが開いてミサトさんが彼らを急かす声が聞こえた。深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。落ち着け、落ち着け。大丈夫だ。やるんだ。二人がいても、大丈夫。

 トウジとケンスケ君の騒がしい声と共にエントリープラグが再挿入された。

 両手に鞭の感覚が戻るが、どこか鈍い感じがする。くそ、異物が二つも入ったから思考ノイズになってるんだ!

 

『シンクロ率、低下!』

『当然よ!』

「て、てんこうせい……………?」

「ミサトさんっ! このままこいつをやります!」

『何ですって⁉︎』

「こいつの攻撃速度と今のエヴァの状態じゃ多分逃げきれない! だったら今殺せば!!!」

『ダメよ! 危険すぎるわ!』

「このまま逃げてもさっきみたいにまた足を掴まれて投げ飛ばされるだけだ!」

『シンジ君っ!』

 

 叫ぶと同時に、掴んでいた鞭を頭の方へ引き、前へと投げ飛ばした。浮遊しているからか、そのまま使徒の体も流れていく。

 本当は、この隙に撤退したい。ミサトさんや赤木さんの指示通りに逃げたい。でももしもさっきみたいに掴まれて投げ飛ばされて、それを繰り返して終わりだ。それぐらいなら、ここで賭けた方が余っ程マシだ!

 

「ウアアアアアアアアッ!!!」

 

 皮膚が溶けたような手で肩のプログ・ナイフを引き抜いて山の側面を蹴って飛び降りる。体勢を立て直して飛んできた鞭を二本まとめて左手で掴んで、今度はこちらに引き寄せた。

 

『シンジ君!』

「こ、なくそおおおおおおおおおお!! 」

 

 引き寄せられるがままに飛んできた使徒のコア目掛けて、プログ・ナイフを突き刺した。未だに左手は焼かれたままで果てしない激痛が襲ってくる。内部電源のリミットをマヤさんの通信で聞かされて焦りが募る。

 でも、それでも。この左手と右手は、離しちゃいけない。

 

 

 だって、今、このエヴァには、私の傍には子供がいるんだ。彼らを、私が守らないと!

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああっ!!‼︎‼︎‼︎」

 

 

 

 

 

『五、四、三』

 

 

 ビキリ、と音が聞こえた。

 目を見開いて左足を前に踏み出して、思い切りナイフを押し出す。

 

 

『二、一』

 

 

 エヴァ内部の電源が落ちた。マヤさんの声も聞こえなくなり、エントリープラグ内には私の荒々しい呼吸音だけが響く。

 左手の痛みに、右手で左手首を掴んで腹に抱え込むようにして背を丸めた。下を向いて目を強く瞑ったことによって堪えきれない生理的な涙が出る。

 

 でも、守れた。エヴァの電源が落ちる寸前に使徒の活動が停止したような、そんな感じがしたんだ。

 私は、子供を、守ることができた。

 それだけで泣きそうになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 帰投した後、エントリープラグを排出してすぐに諜報部であろう黒服たちがトウジとケンスケ君を引き摺っていった。まぁ当然だろう。彼らは恐らく何かしらの方法を用いて避難シェルターから抜け出したのだから。

 私は一度、ネルフの病院にて検査をしてからミサトさんに呼び出された。

 いつになく厳しい顔つきの彼女を前にして、ミサトさんが口を開く前に腰を九十度に折る。

 

「この度は上官の命令を無視し、無謀な行動に出たこと申し訳ございません」

「貴方が今回したこと、本当に理解しているの? 運良く勝てたからよかったわ。でも負ける確率の方が高かった。貴方の負けはつまり私たち人類の滅亡なのよ⁉︎ そこんところ、本当にわかってるの⁉︎」

「わかってます!」

 

 ミサトさんに怒鳴られ、反射的に私も声を荒げて返してしまった。

 

「わかってます、わかってるんです……僕が負けたら、ミサトさんたちも、皆死ぬんだって」

「だったら、」

「逃げることに必死でケーブルに蹴つまずくなんて無様な姿を晒したのは僕ですし、命令違反をして使徒との戦闘で賭けに出たのは僕です。わかってます」

 

 罰だってなんだって甘んじて受けます。もし碇司令にミサトさんが責任を問われたら僕が頭を下げます。

 そう続けて、もう一度頭を下げるとミサトさんが頭上で小さく溜め息を吐いた。

 

「………貴方には三日間の謹慎が罰として命じられているわ。本部の留置所で頭を冷やしなさい」

「はい」

 

 私が頭を上げると、既にミサトさんは背を向けて廊下を歩いて行っていた。

 後ろには黒服のサングラスをかけた人がいた。その手には私の私物が入っているのか、いつも使っている学生鞄が持たれている。

 

「こちらです」

「わかりました。………あの、荷物、僕のですよね。持ちます」

「いえ。仕事ですので」

「持たせてください。逃げませんから」

「…………どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 黒服さんから鞄を受け取る。

 昔っからそうなのだ。仕事とはいえ、自分の物を頼んでもいないのに持たせたくなくていつも相手から受け取ってしまう。

 大人しく黒服さんの後に着いていくと、映画やドラマで見るような留置所に着いた。

 出入口は檻のようだが中にはベッドや小さな机と椅子があって、想像よりは過ごしやすそうである。

 

「これってお手洗いとかお風呂はどうすればいいんですか?」

「見張りがいるのでその者に伝えていただければご案内します」

「そうなんですね……学校はどうなるんですか」

「既にネルフより事情で三日間、欠席することを連絡済みです。その間、配布されたプリントや課題については葛城一尉の自宅に届けられ、ネルフへと運ばれます」

「成る程………あの、そのプリントとかってミサトさんが持ってきてくれるんですか・」

 

 おずおず、という風を装って聞くと黒服さんは察してくれたのか「別の者に運ばせた方がよろしいでしょうか」と言ってくれたので頷く。

 

「お願いします。ミサトさんも、暫く僕とは顔を合わせず頭を冷やした方がいいと思うので」

「……………葛城一尉よりも大人ですね」

 

 公私混同はしないであろう黒服の人の言葉に目を見開く。え、いいのそんなこと言っちゃって。ここ監視カメラとか盗聴器とかありそうだけど。

 

「そう、ですかね? でも貴方がそう言うのならやっぱりミサトさん、焦ってますよね」

「私にはそう見えました」

「……ですよね」

「他に何か必要なものがありましたら私が用意しますので、申し付けてください」

「あ、じゃあ…………」

 

 

 黒服さんの言葉に甘えて、恥ずかしさに顔を赤らめながら持ってき欲しいものを伝えると黒服さんの肩が揺れたように見えた。笑ってんじゃないぞ諜報部コラ。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、意外と快適そうね」

「快適ですよ、意外と」

 

 

 謹慎三日目。昼前に訪問してきたのはリツコさんだった。

 ベットから起きて、縁に腰掛ける。

 その拍子にずり落ちそうになったブランケットをくちゃくちゃだがベッドの上に直した。

 

「暑くないのかしら、そのブランケット」

「意外と制服って薄着で動いてない状態で空調効いてると寒いんですよ……この部屋、暗いので尚のこと寒くって。軽い運動をしようにも狭すぎてラジオ体操すら出来ませんし」

「成る程ね」

 

 この年になって、幼い頃から使っているブランケットを持ってきて欲しいと黒服さんに言うのは子供っぽすぎて恥ずかしかったがあれが傍にあるとホッとするのだ。案の定、子供っぽく見えたのか黒服さんには笑われてしまったが。

 肩を軽く回しながらリツコさんを見上げる。

 

「それで、どうしたんですか? こんな時間から」

「ミサトの様子とか色々と伝えようと思ってね」

「…………どんな様子ですか?」

「貴方がいなくて参ってるわよ。今更謹慎を三日間にしたことを後悔してるわ」

「あはは………帰ったら掃除三昧だなぁ」

「そうね。あと、貴方のクラスメイト……第四使徒との戦闘の時に保護した子。鈴原君、だったかしら。彼から貴方宛に電話が何度かかかってきているの」

「トウジから?」

 

 心底から首を傾げる。何故、彼から? パイロットじゃないと嘘をついたことにキレているのだろうか。それについては謝罪するつもりだけど………

 

「レイから聞いたわ。第三使途が侵攻してきた日に彼の妹さんが怪我をして入院したそうね。そしてその原因が、エヴァパイロットのせいだと怒って貴方と喧嘩したことも」

「喧嘩って言うか………クラスメイトからパイロットかどうか聞かれた時にシラを切って否定したんですが彼ともう一人、情報源の相田ケンスケは信じなかったみたいで殴りかかってきたので、特務機関について詮索するのは危険だと諭しただけです」

「相田君についてはその父親と彼自身に黒服からよく言い聞かせておいたわ。それで鈴原君の妹、鈴原サクラちゃんだけどあの子が負傷して発見された場所からエヴァと使徒との戦闘の前に怪我をしたことがわかったわ」

「え、」

 

 目を見開いてリツコさんを見上げると、苦虫を噛んだような顔をして私を見下ろしていた。逆光でもその表情だけはよくわかる。

 

「彼女が発見されたのはエヴァと使徒が戦闘を行なった場所から遠く離れた避難シェルターへ向かう途中の廊下。そこはN2爆雷が投下された爆心地に近い場所だったわ。それに避難している最中にその廊下付近を通った民間人が、昼頃。それが投下された時間帯に物凄い揺れと何かが崩れる音がした、という証言をしていることからサクラちゃんが瓦礫に巻き込まれて負傷したのはN2

爆雷によるものだと私たちは断定したわ」

「そ、うなんですか………その、サクラちゃんの容体は?」

「まだ意識は戻ってないそうよ。全治三ヶ月、と言ったところかしら」

「三ヶ月」

 

 開いた口が塞がらない。そりゃあトウジもあれだけキレるわけだ。勝手に怪我、と聞いていたので全治一ヶ月ほどなのかと思っていたら、三ヶ月しかも小学生の女の子が、だ。

 サキエルが来てから三週間経っているのに未だに意識が戻っていないなんて。今更ながらトウジを諭したことが恥ずかしくなってきた。

 事情も知らないのに、は私の方だ。子供の話を聞かずに無闇に怒るなんて大人として一番やっちゃいけないことだろう。恥ずかしすぎて土に潜りたい。

 

「貴方が気にすることではないわ。第三使徒との戦闘で彼女が怪我をしたわけではないのだし、今回だってエントリープラグ内に異物を二つも入れた状態で使徒を倒したのだから。しかも、状態の良い使徒の死体まで」

「……いえ。サクラちゃんの容体も、状態も知らないでトウジを諭したことが恥ずかしくて」

「恥ずかしくなんてないわ。貴方の言ったことは間違いではないんだもの。守秘義務のことも考えたら当然よ」

 

 私を慰めようとしてくれているのだろうか。リツコさんのその言葉に僅かながらホッとしつつ、少し引っかかることがあった。

 

「………綾波、さんが僕が言ったことまで伝えたんですか? 非常召集について教えてくれるまで綾波さんは傍にいなかったと思うんですが」

「そ、それは、そうよ。私がレイに聞いたの」

「そうなんですね。そっか、トウジが僕に連絡を」

「えぇ。貴方が謹慎処分になって一日目かしら。ネルフから妹さんの怪我については国連軍の兵器の影響であることと、改めてその件について国連軍から謝罪させるということについて連絡したの。そうしたら貴方と話したいって何度もかけてきてね」

「そっか……………あの、もしまたかかってきたら明日、学校で話したいって伝えてくれませんか?」

「勿論よ」

「ありがとうございます」

 

 ホッとしてつい頬が緩んだ。そんな私の表情に、リツコさんはまるで母親が我が子に浮かべるような微笑みを見せた。

 

 

 

 

 


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