星乙女達の夢の跡   作:護人ベリアス

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第三章 転回の迷宮都市編
風が求むは友の支え(1)


 アストレアに見送られ、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院を出たリュー。

 

 治療院を出てみれば何故か訪れた時にはそれなりにあったはずの喧騒は息を潜めるように消えていた。

 

 辺りを見渡しても人はおらず、よくよく考えてみれば治療院の中からも人がいなくなっていたと今更のようにリューは気付かされる。

 

 お陰で生み出された気味の悪い静けさにリューは居心地の悪さを感じるもそんな些事で立ち止ろうとは全く思わなかった。

 

 もう既にリューの心の中で行き先は決まっていた。

 

 そのためリューは進み続けることに一切の戸惑いを抱くことはなかったのである。

 

 ただそんな状況の異常さを顧みないという状況把握の怠りとも言える態度を取るリューも気付くことには気付く。

 

 …誰かがリューの後ろに立っている。それも直前までリューに気配さえも感じさせずに。

 

 …誰だ?リューに存在を気取らせないとは余程の腕利きの冒険者か?

 

 即座にそう判断したリューは密かに腰に手を掛け、木刀を引き抜く準備を整える。

 

 そして機を見計らい振り返りと共に斬り掛かりつつ、その正体を見極めよう。

 

 そう決めたリューは次の瞬間にはその決心を行動に移そうとする。

 

 振り返るリュー。

 

 だが視界には何も映らない。それでも誰かがいたのは間違いない。

 

 そう考えたリューはそのまま引き抜いた木刀を正面から振り下ろそうとする。

 

 そんな時誰も居ないはずの空間から突然声が響いた。

 

「リオンッ…!私です。アンドロメダです。姿を隠した状態で申し訳ありません」

 

「…っ!?アンドロメダ?」

 

 聞き慣れた友の焦りと驚きの混じった小声にリューは瞬時に木刀を振り下ろすのを止める。

 

 その声の持ち主、アンドロメダと名乗りリューにもそう呼ばれたのはアスフィ・アル・アンドロメダ。

 

 リューの友人であり、【ヘルメス・ファミリア】団長であるヒューマンの女性。

 

 その彼女がどうして姿もなくリューに話しかけていられているのかと言えば、きちんと理由が存在した。

 

「リオン。少しじっとしていてください。場所を変えます」

 

「えっ…ちょっ…」

 

 アスフィはそうとだけ言うと、リューに被り物を無理矢理被せる。

 

 ちなみにその被り物の名はハデス・ヘッド。装備した人物を透明状態(インビジリティ)にできるアスフィが発明した魔道具である。

 

 これがアスフィが姿なくリューに話しかけることができた要因であった。

 

 そしてそのハデス・ヘッドをリューにも装着させたアスフィは、リューの腕を掴み無理矢理近くの路地裏へと連れて行こうとする。

 

 リューはアスフィの緊張感まで帯びているように感じられる行動に違和感を感じつつも素直に従った。

 

 お陰で先に動揺するのはいきなり路地裏に連れ込まれたリューではなくリューを路地裏に連れ込んだ張本人であるアスフィの方であった。

 

「すっ…すみません。リオン…つい焦ってしまい…ってリオン?え?え?いっ…今更ながらどどどどうして私が触れても何も言わないのですかっ?リリリリオン?一体何があったのですか?」

 

「アンドロメダがどのような表情をしているのか見えないせいで反応に甚だ困るのですが…」

 

 アスフィは今更のようにリューが触れられたにも関わらず振り払うことさえしないことに酷く動揺するものの、動揺させている張本人であるリューは特に気にもしていないので話が噛み合わない。

 

 ただアスフィにはそんなリューの変化を後回しにするほど焦っていて、その動揺を早々にどこかへ追いやり冷静さを取り戻した。

 

「そっ…それは今はいいです。一刻を争います。まずリオン。あなた一体どう言うつもりですか!?」

 

「…何の話です?」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院を出て来ておいて何をとぼけているのですか!?今リオンが【ディアンケヒト・ファミリア】を襲撃したと、騒ぎになっているのですよ!?」

 

「しゅっ…襲撃?それは勘違いです。確かに私は受付で抜刀しましたが、襲撃ではなくただただ話をしただけで…」

 

「頭に血が上ったあなたが話をするだけで済んだことがいつあるのですか!?どれだけ暴れたのですか?まさか【ディアンケヒト・ファミリア】の治療師を殺めては…」

 

「アッ…アンドロメダ!そのようなことあり得ません!私を信じてくださらないのですか!?」

 

 あらぬ嫌疑まで掛け始め信じようとしないアスフィにリューは自らの行いがどれだけ不味かったのかを悟らされる。

 

 …元より場合によっては【ディアンケヒト・ファミリア】だけでなくギルドをも敵に回す覚悟で治療院に乗り込んだとは言え、友人にまで不信感を抱かれることになるとまではリューは予想できていなかったのだ。

 

 だが気の逸るリューはアスフィに出会えたことをむしろ好機と捉えた。

 

 なぜならリューの当てにはリューの大切な友人の一人であるアスフィも当然入っていたからである。

 

 よってリューはこの場で誤解を解くという低次元で話を終わらせず、より踏み込んだ話をアスフィとの間で進めるべきと判断した。

 

「…この際その話はもういいです。それより私はアンドロメダにもお話ししたいことがあるのです。ゆっくりお話しできるとすれば、【ヘルメス・ファミリア】の本拠ですか?」

 

「えっ…ええ。元よりリオンは私達の本拠で匿おうかと…」

 

「なら話は早いです。今すぐあなた方の本拠へ。情報共有も含めて全てそちらで話をさせて頂きましょう」

 

「リッ…リオン!?まずは私の話を聞いてっ…!」

 

 リューは迅速に話を進め、アスフィから【ヘルメス・ファミリア】の本拠である『旅人の館』を話し合いの場として提供してもらえると判断した。

 

 ということでリューはアスフィとの情報共有も弁明もそこそこにリューの腕を握ったままだったアスフィの手を空いた手で取ると、そのまま今度はリューの方がアスフィの手を引いて連れて行くという立場が逆転した形になった。

 

「あぁ…どうしてあなた含めて私の周りの者はみんな私の話をきちんと聞かないのですか…?」

 

 …アスフィの悲鳴が小声で漏らされたが、非常に残念なことにリューの耳には届かなかったようだった。

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「なるほど…私の治療院襲撃を名目にギルドが一部のファミリアを動員し、私を拘束しようとしていたのですか…?」

 

「ええ。現状ではギルドの指示だとしてもどのファミリアも簡単には動こうとしません。なのでこのようにリオンを私達の本拠で匿う余裕もありますし、第一に拘束への動きが進むかさえ分かりません。ですが念には念を入れ…そして私はリオン自身の口から現状の話を必ず伺わなければ納得できないと思い、動きました」

 

「アンドロメダがそう思ってくださって本当に良かった。アンドロメダがいなければ、今頃私はそんな動きがあったことにさえ気付かなかったでしょう」

 

 場所は変わって【ヘルメス・ファミリア】本拠『旅人の館』。

 

 自らの団長室にリューをアスフィが招き入れた所でようやく二人はホッと息を吐きハデス・ヘッドを外して透明状態(インビジリティ)を解除した所だった。

 

 だが二人とも呑気に寛ぐだけの無駄な時間を過ごす気はなかった。

 

 早急に向き合って座った二人はすぐさま情報共有を開始していた。

 

「それで私からお聞きしたい点が幾つか。お先に聞かせて頂いても?」

 

「ええ。構いません。まずは私への誤解を解くのが優先でしょう」

 

「なら遠慮なく。まず第一に。リオンは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院で一体何をなさったのですか?何をどうしたら襲撃などという誤解が生じるのです?」

 

「それは… 【戦場の聖女(デア・セイント)】との面会を求め、そしてアリーゼ達の安否を確かめるためにはやむを得ず…」

 

「…アリーゼ達の安否…?お待ちを。やはりまさか三人に何かあったのですか?」

 

「やはり…?アンドロメダこそ何か情報を知っているのですか?」

 

 質問に質問を返し合い話が停滞に陥りかけるリューとアスフィ。

 

 その争点はアリーゼと輝夜とライラの安否。

 

 アスフィは三人にとっての友人であるだけでなく、十八階層から治療院への移送に協力していたため三人の安否に関心があるのは当然のことだとリューにも思えた。

 

 だが…アスフィの反応には危機感と不安が混じっており、それだけの意味ではない嫌な予感を感じさせられた。

 

 そのためリューはまず自らの情報を開示し、アスフィの不安を取り除いた上で話を進めるのが望ましいと判断した。

 

「私からお話ししましょう。まず最初私は【戦場の聖女(デア・セイント)】がアリーゼ達に危害を加えるないしは隔離しようとしているのでは、と疑いを抱きました。ですがそれは誤解だと【戦場の聖女(デア・セイント)】から教えて頂きました。アリーゼも輝夜もライラも無事です。…問題はありますが、ともかく無事です。その点はご安心を」

 

「…リオンの口振りでは完全に安堵する訳にはいかないようですね…その問題とは?」

 

「…アリーゼの意識が未だ戻りません。輝夜とライラは…アンドロメダはご存知かもしれませんが…」

 

「まだ立ち直れていない…ですか…」

 

 アスフィはリューが告げた問題を聞き、天を仰ぐように天井を見上げる。輝夜とライラを移送したのも二人の容体をアストレアに伝えたのもアスフィ本人だ。

 

 …だが改めて友人が陥ってしまった絶望を聞かせられれば、アスフィをも辛い思いを抱かずにはいられない。

 

 …目の前でそれを告げたリューが一番苦しんでいることを知っているから尚更。

 

 ただ三人とも無事だという事実はアスフィにとって少しは不安を緩和する情報であった。

 

 それはアスフィが得た情報がさらに酷いものだったからである。

 

「三人ともご無事で良かった…本当に良かったです。… 迷宮都市(オラリオ)で流れている噂はもっと悲惨なものでしたから」

 

「…噂?一体その噂とは何です?」

 

「口にするのも憚られますが…お聞きになりますか?」

 

 アスフィは心の底から安堵した表情を見せつつ不穏な言葉を漏らす。

 

 その言葉を聞き逃せなかったリューが尋ねると、アスフィは一変して険しい表情を浮かべ、リューにその噂を聞くか再確認してくる。

 

 …アスフィの様子からその噂とやらが異常なものであることをリューが感じ取れぬ訳がない。

 

 リューは事実とは違うのが明らかであろうと考えつつも、若干の不安を抱きながらその確認に頷いた。

 

 そしてアスフィが告げたその噂とは…

 

 

「…【アストレア・ファミリア】がリオン以外全滅した…と」

 

 

「なっ…」

 

 リューは絶句した。

 

 何を根拠のそのような出鱈目を流した?誰が?なぜ?そもそもそのような誤解がなぜ噂として信じられ、アスフィでさえも信じそうになったのか?

 

 そんな疑問がリューの中に数多湧き上がってくる中、アスフィは説明を付け加えた。

 

「…この数日あなた達の目撃情報が尽く絶っていたのが原因です。それもそのはず。この噂の一部は真実。あなた達四人以外の大切な…友人達は…実際に命を落としてしまっています。その上リオン以外は治療院に私が移送してからは消息を絶ち、情報統制でも敷かれているかのように消息が分からなかった…正直【ディアンケヒト・ファミリア】を疑いたくもありませんでしたが…何も考えなかったかと言われれば、嘘になります。私から客観的に見ても【アストレア・ファミリア】はリオン以外全滅したように見えても仕方ない面があります。…もちろんこの点は誤解だったのですが」

 

「アンドロメダ…それはもちろん誤解です。そしてあなたが抱いた疑念を私も抱きました。だから【戦場の聖女(デア・セイント)】のお話をどうしても聞かなければならないという判断に至った訳で…」

 

 アスフィが告げたのはリュー自身も同じ疑念を抱き行動に移ったという経緯にも繋がる内容。

 

 だがアスフィはまだ全てを伝え終えた訳ではなかった。

 

「そのあなたの行動の数々も噂の信憑性を高めていたのですよ…リオン…」

 

「…え?」

 

「ギルドや【フレイヤ・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】に乗り込もうとしたそうですね。その上一切目撃情報の存在しない謎のモンスターの存在の警鐘を鳴らしながら。…そして誰もその存在を信じようとせず、リオンは追い返された」

 

「なっ…アンドロメダッ!私の話は真実です!私達はあの怪物にっ…」

 

「ええ…私は分かっています。彼女達の移送に関わった以上それだけの脅威が存在したことは理解しています。…ですが得られる情報が少ない人々は私と同じ目線では考えられません。リオンは…仲間を失い気が狂ったのだ…そう噂されています。だから最後の眷族がそうなっては【アストレア・ファミリア】は終わりだ…正義の眷族は終わりだと…そう囁かれているのです」

 

「は…?気が狂っている…?ふざけないでください…ふざけないでください!?なぜ私が狂人扱いなどされねば…」

 

「それを裏付けるようにあなたは【ディアンケヒト・ファミリア】に襲撃紛いの行動を起こしました。結果はどうであれ、周囲から見れば狂気の沙汰。事情をある程度弁える私でも…弁護のしようがありません。リオンの行動を人々は闇派閥(イヴィルス)と同列視しかねない。少なくともこれで【アストレア・ファミリア】の…正確には最後に生き残った眷族リュー・リオンの信望は地に落ちています。あなたの声は…人々には容易には届かない」

 

「そん…な…」

 

 アスフィの宣告は今のリューにとって恐ろしく残酷なものだった。

 

 アミッドは【アストレア・ファミリア】がこれまで迷宮都市(オラリオ)に人々に幾度も希望をもたらしてきたと言った。

 

 だが人々は【アストレア・ファミリア】が終わったとみなし始めている。

 

 即ち本当の意味で希望が迷宮都市(オラリオ)から消え失せようとしているのと同義だとリューは解釈した。

 

 そんなことあってはならない。

 

 リューはそれを阻止し、迷宮都市(オラリオ)に希望を取り戻すべく立ち上がることを決心したのだ。

 

 だがその決心に対してアスフィが早々に打ち崩さんとする宣告を下した。

 

 それもその宣告の根拠は他でもないリュー自身の行動。

 

 自らが想定していた事態を軽々と凌駕する事態を発生されてしまったと、今更のようにリューは気付かされてしまったのだ。

 

 …これでは…リューがどれだけ叫ぼうとアスフィの宣告通り人々の心には決して届かない。

 

 リューが如何に決心しようとも迷宮都市(オラリオ)が希望を取り戻すためには何の役にも立たない。

 

 アスフィの宣告がもたらした絶望がリューを攻め立てる。その攻勢を前にリューの視線は段々と下へ下へと移っていく。

 

 一方のアスフィは本来リューのこんな絶望に染まろうとする姿を決して見たかった訳ではない。

 

 今のアスフィ自身にとっても話すのは苦渋の決断であり、今のリューの姿を見ると胸が張り裂けるほどの痛みを感じる。

 

 だとしても…アスフィは言わなければならなかった。

 

 それは友であるリューのために他ならなかった。

 

「…今は自重の時です。リオン。あなたの表情を見れば、大体分かります。ギルドなどに乗り込もうとしたのも恐らくはそのモンスターを討伐するための戦力が必要だと感じたからでしょう。そしてこれからも何か行動を起こそうとしている。ですが…今は情勢があまりに不穏です。ギルドはリオンを目の敵にし、人々はリオンに不信感を抱いている。…この状況では不用意な行動は逆効果です」

 

「…ならば…どうしろと?」

 

「熱りが冷めるまで待ちましょう。情勢が変化するまで私達の本拠に身を隠すのです。恐らく『星屑の庭』もギルドの魔の手が及ぶかもしれません。神アストレアは今どちらに?」

 

「…【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院でアリーゼと【戦場の聖女(デア・セイント)】と共にいるはずです」

 

「彼女は信頼できるのですか?」

 

「ええ…その点は問題ありません。【戦場の聖女(デア・セイント)】は信頼できます」

 

「…リオンはそう仰るなら、私も信じることにしましょう。私からも彼女に神アストレアあの保護を依頼します。リオンはここにいてください。少し出掛けてきます」

 

 アスフィはそうリュー相手に無理矢理話をまとめると、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に向かうべく席を立つ。

 

 アスフィは何としてでも友であるリューを守りたかった。このままではリューは確実に暴走を繰り返し自滅する。そんな最悪な予感がアスフィの中にあったからである。

 

 だからアスフィはリューを自らの本拠に隠すという危険を犯してまでリューを匿おうと最初から動いていた。

 

 そして今こうしてリューを説得しリューを一時的にであろうと守るための道筋が作り出された…そう思っていた。

 

 だがリューは本当は説得などされていなかった。

 

 リューは単に言葉が少なくなっていただけで、リューの思考のほとんどは別事に向いていたのである。

 

 リューは立ち上がったアスフィに静かにその別事を考えた結論を告げた。

 

「アンドロメダ…その情勢とやらはいつどのように変化するのです?本当に変化するのですか?」

 

「…え?」

 

 リューの指摘にアスフィは足を止め、リューに視線を戻す。そうしてアスフィが目にしたのは、強い覚悟を宿したリューの鋭い視線であった。

 

「情勢の変化とやらを…私達【アストレア・ファミリア】は『二十七階層の悪夢』以来ずっと待ってきました。いつかは都市二大派閥の対立は終わり、迷宮都市(オラリオ)は再び団結できると…そう盲信していました。ですが結果はどうです?」

 

「それ…は…」

 

「何も変わらなかった。情勢は何一つ変わらず犠牲は増え続け、未だに闇派閥(イヴィルス)の専横は終わらない。それを私に座視していろと仰るので?アンドロメダ?私にそれができるとでも?」

 

「ですがっ…!現状で行動を起こせば場合によってはリオンが!」

 

 アスフィの伝えたいことはリューにも分かった。

 

 アスフィはリューの身を案じ、リューの考えを理解して尚リューを諫めようとしている。

 

 そのアスフィの心遣いに気付けぬほどリューも鈍感ではない。

 

 だが既に覚悟を固めているリューはその心遣いを無視するような言動へと向かわざるを得なかった。

 

 それどころかその心遣いをリューは逆手に取るような言動まで起こした。

 

「…アンドロメダ。もし私のことを本当に考えてくれるならば、私に協力してくださいませんか?」

 

「…私の協力で何を為すつもりです?」

 

迷宮都市(オラリオ)を団結へ導きます。【戦場の聖女(デア・セイント)】からは既に協力を承諾して頂いてます。アンドロメダにも私達と共に立って頂きたいのです」

 

「はっ…はぁ!?リオンッ…!?あなたは今までの話を聞いていたのですか!?リオンの今の立場は非常に不安定で…」

 

「だとしても私の為すべきことは変わらない。そう確信しています」

 

 リューは平然と迷宮都市(オラリオ)の団結を目指すべくアスフィに協力を求めた。

 

 その求めはアスフィの言う通りこれまでのアスフィの宣告を全て無視していたに等しい。

 

 今のリューの言葉は人々の心には届かない…だから今はリューの身を守ることを優先して自重すべきである…そうアスフィは伝えたはずなのに。

 

 リューの覚悟はアスフィの宣告では揺るがしきれなかったのだ。

 

 

 リューは本気だ。

 

 

 そう気付いてしまったアスフィはリューのあまりの愚直さに腰を抜かしそうにまでなる。

 

 それでもアスフィは何とかリューの考えをよろ探るべく言葉を捻り出した。

 

「… 迷宮都市(オラリオ)の団結とは…まさか【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の対立を終わらせると?」

 

「都市二大派閥の協力は当然不可欠でしょう。方法は分かりませんが、必ずや成し遂げるべき事項でしょう」

 

「…ギルドも引き入れるのですか?」

 

「ギルドだけではありません。商会も何もかも… 迷宮都市(オラリオ)を団結へ導くのです。かつての『大抗争』の頃のように」

 

 馬鹿げてる。恐ろしいまでの理想主義だ。

 

 …確かにリューは気が狂っている。

 

 現実が見えないはずもないアスフィは心の中でそう断ずるしかなかった。

 

【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の対立を終わらせる?

 

 この対立は10年来終わることのなかった対立だ。『大抗争』の時などただの仮初の共闘に過ぎなかったことはアスフィでなくても誰もが知っている。

 

 何度調停に失敗したのか…いや、誰も調停など試みたことはない。ギルドさえも試みようとしないのだ。それほどまでに対立の根は深い。

 

 下手に調停など風聴すればリューの方が滅ぼされる。

 

 そんな明白なことがどうしてリューには分からない?

 

 ギルドを引き入れる?

 

 そのギルドこそがリュー達の握るモンスターの情報を危険視し、リューの身柄を抑えようと動いているのにどうして協力などするだろうか。

 

 商会もその他有象無象も皆同じだ。

 

 リューの言う『大抗争』の時でさえ… 迷宮都市(オラリオ)は団結した時などなかった。

 

 アスフィはリューの求めに表情に出てしまうほどの明らかな躊躇を見せてしまった。

 

 それほどまでにリューの語った求めは理想に満ちていて、現実味など欠片もなかったのだ。

 

 そしてアスフィの表情から…リューはアスフィの答えを即座に感じ取っていた。

 

「…分かっています。私は何一つ方法を示せない。アンドロメダを説得できないのも当然です。ですが… 迷宮都市(オラリオ)には希望が必要です。希望がなければ… 迷宮都市(オラリオ)は破滅へと向かうことでしょう。それは絶対に避けなければならない。希望を取り戻さなければなりません。だから…私は立ち止まるつもりは毛頭ありません。これからアンドロメダも信じることのできるような希望を必ず示して見せます。ですからそれまでどうかお待ちを」

 

「リッ…リオン!?」

 

 リューはそう言って席を立ち、アスフィに代わって自らが退室しようとする。

 

 リューが自ら火中に飛び込もうとしている。

 

 自重をやめたリューを待っているのは地獄だ。

 

 リューの暴走が至る先は…破滅だ。

 

 それが分からぬアスフィではない。

 

 アスフィは悲鳴に程近い声でリューの名を呼び、リューを止めようとする。

 

 だがリューは止まってはくれなかった。

 

「…すみません。アンドロメダ。あなたの心遣いには心からの感謝を。…いつか再び共に戦える日が来ることを…信じます」

 

「リオンッ!?リオン!?待ってっ…待ってぇ!?」

 

 アスフィの虚しい静止の叫びが響く。

 

 だが反響はなく。

 

 アスフィの団長室には彼女ただ一人が取り残され、一人になった彼女はとうとう腰から力が抜けその場に尻餅をついてしまった。

 

 大切な友人が…また一人先に逝ってしまうかもしれない。

 

 その恐怖にアスフィは耐えられない。

 

 だがアスフィはただリューの愚直さと迷宮都市(オラリオ)の現実を呪うことしかできなかった。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「…そう落ち込むな。アスフィ。お前の判断は正しかった。リューちゃんに協力していれば、ギルドとフレイヤ様に目を付けられてファミリアは滅ぼされていたかもしれない。…少なくともフレイヤ様がロキとの対立を解消するとは思えない。下手な介入はあの気紛れな女神の逆鱗に触れる」

 

「…だとしても…リオンの理想は正しい… 迷宮都市(オラリオ)には…希望が必要です」

 

「だがそれは理想だ。現実を一切鑑みてない愚かな考えだ。それに比べてアスフィはファミリアを守るために正しい判断をした」

 

「正しい…?どこが正しいのですか?共を見捨てた私の判断のどこが正しいと!?ヘルメス様!!教えてください!!」

 

「アスフィ…」

 

「私は…私はっ…私はっっ!!」

 

 リューの立ち去った団長室で語り合うアスフィとヘルメス。

 

 ヘルメスは二人の対話を陰で盗聴していた。だから全てを知り、アスフィと向き合う。

 

 アスフィは自らの判断に迷いを抱き、ヘルメスはその判断を肯定する。

 

 …リューが『旅人の館』を訪れたのは決して無駄ではなかった。アスフィの心を確かに揺さぶっていたのである。

 

 アスフィとヘルメスがどのような決断を下すかは…リューのもたらした揺らぎのお陰でまだ分からない。




リューさん&アスフィさん回でした。
乙女達のガールズトークを盗聴するヘルメス様は安定の変態ですね!

…はともかくとして。
リューさんの状況は未だ深刻です。実質は原作より改善していても名目上は原作と同じ…と言った状況ですね。結局リューさんは単独行動をしていますから。
ですが言うまでもなく原作とはリューさんは完全に挙動を変えています。それこそが突破口です。
同じリューさんの暴走でも一味違う暴走をリューさんは見せてくれることでしょう。

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