星乙女達の夢の跡   作:護人ベリアス

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今回よりアリーゼさんが本格的に始動です!(超久しぶりなのは気のせい)


正花の目覚め

 アリーゼは目を覚ました。

 

 直前まで意識を取り戻さないのではないかと思われるくらいに固くその瞼を閉じていたアリーゼは目を覚ました途端に目をパッチリと見開いていた。

 

 その時既に意識までもはっきりとしていたアリーゼは手始めに身体を起こし、自らの記憶を辿りつつ状況の把握に努める。

 

 場所は分からない。

 

 だがアリーゼはベッドの上にいる。

 

 となればここは少なくともダンジョンではなく十八階層か地上。

 

 自力で脱出した記憶がない以上アリーゼはどうやらダンジョンから何者かによって救出されていたらしいと推定する。

 

 身体の異常を確かめるも怪我による痛みは感じない。

 

 どうやら何者かが完璧にアリーゼの怪我を治癒してくれていたらしい。

 

 だが代わりに頭痛と何とも言い難い胸の痛みに今更のように気付かされ、アリーゼは胸に手を当てて逃れられない痛みに耐えながら息を吐いた。

 

 痛みに耐えつつもアリーゼは辺りを見渡し、今いる場所がどこなのか探ろうとする。

 

 視界に映るのは目一杯に本が詰め込まれた本棚。

 

 薬品らしき液体が注がれたフラスコの並ぶ机。

 

 

 そして一人の小柄な少女がそこにはいた。

 

 

 アリーゼからは避けるように距離を取り、緊張した趣でアリーゼと視線が合ったためか身構える少女。

 

 その少女にアリーゼは見覚えがあった。

 

「あなたは…【戦場の聖女(デア・セイント)】?【ディアンケヒト・ファミリア】の団長の?」

 

「…その通りです。お目覚めになりましたか?ローヴェルさん?」

 

「そう…じゃあここは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院の中ってとこかしら?」

 

「お察しの通りです。少々事情があり、私の書斎を病室代わりにさせて頂いていることはどうかお許しください」

 

「別にいいわ。固い地面じゃなくてフワフワのベッドに寝かしてもらえるだけでも十分よ。それにあなたが治療してくれたんでしょ?ありがと。お陰で私の身体はピンピンしてる。助かったわ」

 

「…いえ。私は大したことをしてはいません。…本当に」

 

 アリーゼのそばにいた少女は【戦場の聖女(デア・セイント)】という崇高な二つ名で呼ばれることも多いアミッド・テアサナーレ。

 

 アリーゼと【ディアンケヒト・ファミリア】団長であるアミッドとはほとんど初対面に等しい。

 

 だがアリーゼは持ち前の社交性でアミッドと流れるように会話を発展させ、自らの求める情報を聞き出すと共に治療してもらったお礼も告げる。

 

 ただその間もアリーゼとアミッドの間には妙に距離が保たれたままでアリーゼ的には居心地が悪い上に話も進めにくい。

 

 その上アミッドはアリーゼと目は合わせてくれているものの緊張した様子は一切解こうとしてくれず。

 

 まるでアミッドはアリーゼを警戒でもしているかのようだ。

 

 そのためアリーゼはまず色々な意味でやりにくいこの距離感を何とかしようと考えた。

 

「ね?【戦場の聖女(デア・セイント)】…いえ。この二つ名で呼ぶこと自体何だか距離があるわね。ということでとりあえずアミッドってこれから呼んでもいいかしら?」

 

「それは…構いませんが…」

 

「ならアミッド?まずこの変な距離感どうにかしない?近くに椅子もあることだし、もっと近くでお話ししない?」

 

 アリーゼはアミッドの呼び名を変える所から始めた。

 

 アリーゼらしくあらゆる意味で大胆にアミッドとの距離を縮めるのが一番手っ取り早いという訳である。

 

 加えて単刀直入にもっと近くで話すことをアミッドに提案した。

 

 だがアミッドの反応は芳しくなかった。

 

「そうは…参りません。なぜならあなたはっ…」

 

「私のことは私が一番分かってる。あなたの説明は必要ない。私は生きている。私の怪我は完治した。それだけで十分じゃないかしら?」

 

「ローヴェル…さん…」

 

「何?もしかして私があなたにいきなり襲い掛かるとでも思われていたのかしら?だから私はアミッドに距離を取られているの?」

 

「…」

 

 アミッドの警戒心を伴った躊躇にアリーゼは冗談っぽくそう指摘してみる。

 

 頑なにアリーゼからアミッドが距離を取ろうとする理由として考えられるのはアリーゼが冗談として言葉にした理由ぐらいしか考えられないから。

 

 そしてアリーゼにそのつもりがない以上冗談は冗談でアリーゼはニヤッと笑いつつそんな冗談を口にする。

 

 ただそれがアミッドにとって冗談と聞こえるか否かは話が別な訳で。

 

 アミッドは険しい顔つきのままアリーゼに尋ねた。

 

「…信じても宜しいのですね?ローヴェルさんを」

 

「私を病室じゃなくて自分の書斎にあえて入院させた時点で私のことを信じていたんじゃないの?実は」

 

「…それもその通りです。ローヴェルさんなら心配ないだと思う気持ちはありました」

 

「ならその気持ちにアミッドは従ってもいいと思うわよ?私もその信頼に応えるから」

 

「…そうですね。もう今更でしょう。…分かりました。ローヴェルさんを信じます」

 

 アリーゼとアミッドの間で交わされる確認。

 

 アリーゼは自らの書斎に自分を入院させ治療したアミッドが何も考えていない…などとは到底考えていなかった。

 

 アミッドには何かしらの意図がある。そう既に察していたのである。

 

 それをアリーゼに見抜かれたアミッドは観念したように苦笑いを浮かべつつアリーゼの求めに応じた。

 

 そうしてアミッドはアリーゼとの距離を縮め、アリーゼの横たわるベッドのそばに椅子を引き寄せつつ言った。

 

「ただ…真面目な話襲われるかもと思いはしました。ローヴェルさん達の状況が状況なので…」

 

「…それは経験談だったりしないわよね?例えば輝夜とかリオンの」

 

「…」

 

「図星なのね…ま、そこら辺も含めて私は情報が欲しいの。色々教えてくれると助かるわ。…襲い掛かるかはその後で決めるかもね?」

 

「それは可能ならば、ご勘弁して願いたいのですが…」

 

 軽口か真面目な話か判別し難い会話を交わして、アリーゼの冗談に顔を引きつらせつつアミッドはアリーゼのそばにようやく腰を下ろす。

 

 それと同時にアリーゼは早速アミッドから情報を得るべく尋ね始めた。

 

「まず聞きたいのはリオンと輝夜とライラが無事かどうかね。私はリオンに輝夜とライラを治療院に移送することを頼んでおいたし、私が【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に移送されてるから大丈夫だと思うけど…どう?知ってる?」

 

「ええ。…お三方とも命には別状はありません」

 

「『命には』、ね。含みのある言い方なのが気になるけど…ひとまずは三人とも無事ならいいわ」

 

 アリーゼはそう素っ気なく言って、新たな質問を口にしようとする。

 

 ただ内心アリーゼは心の底から安堵していた。

 

 それこそ実はすごく不安を抱いていたということを隠し切れないような安堵の溜息を気を抜けば吐いてしまいそうな程度には。

 

 …眠っている間に見せられた最悪な未来が実現していない。

 

 それはアリーゼにとって僅かながらではあるが、心の救いであった。

 

 そんな安堵を隠すために素っ気なく言った訳であったが、次の質問を尋ねた時にはアリーゼは残念なことに落ち着きを保つことができていなかった。

 

「それで…私を救出したのは誰なの?まさかリオンだったり?リオンがダンジョンで倒れてた私を颯爽と見つけ出して、お姫様抱っこで連れ帰ってくれたとかそういう夢みたいな話だったり!?」

 

「…いえ。リヴィラの冒険者の方が治療院に連れてきてくださりました」

 

「…え?リヴィラ?リオンじゃなくて…どうしてリヴィラ?リオンじゃなくて?」

 

 アリーゼは声を弾ませて自分を誰が助けたのか…リューに助けられたのだと嬉しいという願望を駄々洩れにしながらアミッドに尋ねる。

 

 確かにアリーゼはリューに輝夜とライラを治療院に移送する手筈を整えた後には増援の冒険者を連れてあの怪物を倒すために戻ってくるように伝えてあった。

 

 だからリューがアリーゼを救出したという推測はある程度的を得ていたと言える。

 

 …ただアリーゼがお姫様抱っこで救出されたか否かをアミッドに尋ねるのは無茶があるような気もするのだが。

 

 というかアリーゼがお姫様抱っこにこだわり始めたのも実際にリューにお姫様抱っこで救出されたと思われるライラへの嫉妬からという意味合いが強かったりなかったり。

 

 だがアミッドが告げたのはリューではなくリヴィラの冒険者がアリーゼを救出したという事実。

 

 その事実が想定外で理解が及ばなかったこともあり、アリーゼは打って変わった素っ頓狂な声でアミッドに再度尋ねる。

 

 …どうしてリューではないのかという本人の欲望を二度も繰り返して、またも駄々洩れにしながら。

 

「それはそのリヴィラの冒険者の方がリオンさんと行動を共にされていた際にボールスの仲介の元ローヴェルさんの移送を依頼されたとのことです」

 

「…え?リヴィラの冒険者とリオンが行動を共に…というかボールスの仲介?あのボールスがリオンに協力したの?」

 

「私もイマイチ信憑性を欠くと思いましたが…その冒険者の方の話によるとそのような経緯だそうです」

 

「…つまり…リオンは本当に増援を集めちゃった訳?それもボールスの力を借りる形で…一体リオンは何をやったの?」

 

 アリーゼは衝撃のあまり固まる。

 

 リューが増援を連れてきたということ自体アリーゼからすれば普通に衝撃的だ。

 

 確かにあの時のリューはライラに触れるのに一切躊躇がないという変貌を遂げていた。

 

 だからと誰にでも分け隔てなく接することができるようになるとは到底思えるはずもない。

 

 実は依頼したアリーゼ自身リューが本当に増援を連れてこれるか否かは半信半疑だったのだ。

 

 アリーゼの中では単にリューをあの場から逃がし自らが殿を務めることを認めさせるための方便でしかなかったのだから。

 

 アリーゼの想定の中ではリューは最終的に増援を連れてくることができず単身でアリーゼの元に駆け付けると考えていた。

 

 だからアリーゼはリューに救出されたと思い込もうとしたのである。

 

 だが現実は違った。

 

 リューは増援どころか立場上親密とは言い難いリヴィラの冒険者を率いるボールスから協力を引き出した。

 

 

 実は存在しなかったアリーゼのリューへの信頼に応えた上でアリーゼを救出していたのである。

 

 

 リューが自らの与えてしまった実在しない信頼による圧力にどれだけ苦しみながら行動していたのだろうかと考えると、アリーゼの心は痛まずにはいられない。

 

 同時にアリーゼはリューが本当にアリーゼの知るリューではなくなってきているということを改めて実感することになった。

 

 そんな実感を胸に抱きながらアリーゼは新たな質問へと話を切り替える。

 

「…まぁ私が救出された経緯のことはこれくらいでいいわ。それで私はどれくらい寝ていたの?そしてその間何が起こっていたのか…それを教えてもらえる?」

 

「まずアリーゼさんは治療院に運ばれてから…ですが、約三日間ずっと意識が戻りませんでした。そしてその間にリオンさんがダンジョンからご帰還なさって、ローヴェルさん達の安否をお尋ねになりました」

 

「リオンにはどう伝えたの?」

 

「お三方ともご無事だとお伝えしました。ただローヴェルさんの事情を鑑み、面会はお断りしました。本当は輝夜さんとライラさんとの面会もお断りすべきだったのでしょうが…無理にお断りしても申し訳ないかと思い、許可をしました。…ただ今ではその判断が浅はかだったと後悔しています」

 

「…どうして?」

 

 目を伏せてリューを輝夜とライラと合わせるべきではなかったと言うアミッドにアリーゼは目を細めて理由を尋ねる。

 

 理由を察しないわけではなかった。

 

 リューの状況も輝夜とライラの状況もアリーゼは最後に見た三人の様子から察せない訳ではない。

 

 だが推測ではなくアミッドの言葉できちんと聞きたいと思ったアリーゼは意を決して尋ねていた。

 

 意を決したのは言うまでもなくこれから聞かされる内容が耳障りの良いものではないと察していたからである。

 

「…輝夜さんとライラさんの事情は御存じですね?」

 

「…ええ。輝夜は片腕を失って、ライラは両眼を失明してる。…だとしても二人には最善の治療を施してもらうよう伝えておいたはずなのだけど…」

 

「ええ。私達の最善の治療を施させて頂きました。ですが…申し訳ありません。私達の力量不足です。…輝夜さんは依然と同じように刀を振るうことはできません。ライラさんの…視力を取り戻すことは不可能でした」

 

「…分かったわ。だからそんなに深々と頭を下げて謝らないで。お願いだから頭を上げて?アミッドが最善を尽くしてくれて…それでもダメだったなら仕方がないわ。輝夜もライラも冒険者よ?…覚悟はできてるはず」

 

 アミッドの悔しさと申し訳なさが滲む謝罪にアリーゼは諦め交じりにその謝罪を受け取りつつもアミッドの謝罪を切り上げさせようとする。

 

 輝夜もライラも冒険者。

 

 命を落とす覚悟はできているだろうし、負傷してしまうことも想定内のはず。

 

 生き残っただけでも良かった。

 

 自らのように一時はリューを一人遺して命を捨てようとしたけれど、それでも三人とも生き残った。

 

 リューの居場所は守られた。

 

 だから問題はない…

 

 そうアリーゼが思えるならどれだけ気が楽だろうか。

 

 アリーゼは言葉にはしなかったものの、輝夜とライラの気持ちを察せずにはいられなかった。

 

 そして察してしまう二人の気持ちはアリーゼ自身をも巣食う気持ちで。

 

 だから言葉にすることができなかった。

 

 そのためアリーゼに代わってアリーゼが理解していないと考えたアミッドが言葉にすることになった。

 

「そうなの…かもしれません。お二人とも負傷したこと自体へは何も申されませんでした。ですが…お二人とも冒険者だからこそ…生きる希望を失ってしまわれました…そしてリオンさんに…」

 

「…」

 

 アリーゼは言葉が出なかった…いや、言葉を発する資格がないように思えた。

 

 輝夜とライラが希望を失う。

 

 冒険者だからこそこれまで通り戦えぬことを絶望と感じ、生きる希望を失う。

 

 あり得ない訳がない。

 

 そしてアミッドが言葉を途切れさせた『リオンさんに…』の続きがアリーゼには言われずとも分かる。

 

 恐らく二人はリューに当たってしまったのだろう。

 

 二人が猛反対したアリーゼを殿として残すことをアリーゼが強行できたのはリューの賛成があったからで。

 

 アリーゼには会うこともできず、先にリューに会ってしまったなら…

 

 輝夜とライラがどう振舞ってしまうかは嫌でも分かってしまう。

 

 

 リューに輝夜とライラを当たらせるという事態を招いたのは他でもないアリーゼ。

 

 

 そんなアリーゼに輝夜とライラを思い遣る言葉もリューに同情したりする言葉も発する資格などない。

 

 自覚があるアリーゼは表情を歪め、自責の念に苛まれることしかできない。

 

 だがアミッドはさらにアリーゼにとって望ましくない内容を告げてきた。

 

「そして…リオンさんもまたお二人にお会いしてからの言動が常軌を逸し始めています」

 

 アミッドが触れ始めたのはリューの言動。

 

 それも『常軌を逸する』という表現を用いられるようなリューの言動。

 

『常軌を逸する』などという表現は余程のことがなければ使われないことは明白。

 

 アリーゼの問い返す声は震えずにはいられなかった。

 

 自らのせいでリューがおかしくなってしまったなどということがあれば…

 

 アリーゼは自らの希望云々どころではなくなる。

 

 アリーゼは自責の念などという言葉では表現できない後悔と絶望に襲われることになる。

 

 アリーゼは聞きたくはなかった。

 

 だが聞かなければ自らがどうすべきかも決められない。

 

 だからアリーゼは先程意を決した時の決意を以て自らを奮い立たせつつ問い返した。

 

「常軌を逸する…一体どういう意味…?リオンが…何をしてるって言うの?」

 

「…【アストレア・ファミリア】の本拠にも戻らずにギルドと【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の本拠を行き来しているとのこと。果てにはその前で夜通し座り込みまでなさり、追い出されては場所を代えて座り込みを繰り返しているとか…目的までは私には把握できません。…ですがリオンさんは何かに憑りつかれたような執念でこの三者に何かを伝えようとしているのだと…思います」

 

「…ギルドと【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】…?」

 

「そして…ローヴェルさん達を私達治療院でお預かりしているため、お姿が突如として消えたように思われ…【アストレア・ファミリア】は壊滅したという噂が飛び交っています」

 

「…その噂をリオンの理解し難い行動が現実味を与えている…ということね?噂は後々どうにでもなるとして…それにしてもどうしてアストレア様の元にも戻らずにそんな行き来を…?リオンは何をしたいの?」

 

「…分かりません。恐らくローヴェルさんと輝夜さんとライラさんにしか分からぬことなのかもしれません。考えられるとすれば…輝夜さんとライラさんの希望となり得る何かと繋がりがあるのかも…しれません」

 

「…輝夜とライラの希望?」

 

 アミッドの与えた憶測によるヒントを基にアリーゼは考え込む。

 

 リューが希望を失ってしまった輝夜とライラのために希望を取り戻そうとする。

 

 それはリューならば十分考えられる言動だと思った。

 

 だがギルドと【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の元を訪ね続ける理由が分からない。

 

 そう思いかけたその時。

 

 アリーゼは閃いていた。

 

 

「…まさか…リオンは…迷宮都市(オラリオ)の団結を果たすために動いている?」

 

 

 アリーゼ自らの言葉が思い返させられる。

 

 

迷宮都市(オラリオ)は再び団結できる』

 

 

 確かにアリーゼはリューの前でそんな理想に程近い希望を語っていた。

 

 そしてその希望とは輝夜・ライラ・リュー・アリーゼ…【アストレア・ファミリア】全員にとっての希望と言っても過言ではなくて。

 

 もしリューが皆の希望を取り戻そうとしているなら…

 

 もしリューがギルドと【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】に本当に何かを伝えようとしているなら…

 

 

 迷宮都市(オラリオ)の団結こそがリューの言動を説明し得る唯一の回答だった。

 

 

 理想を追い続けるリューなら状況がどうであろうとこの希望を実現して、輝夜とライラの希望を取り戻そうとする可能性はある…そうアリーゼは予測したのだ。

 

 実際のリューはまだそこまで考えが至っていないのだが、それをアリーゼはまだ知らない。

 

 ただし今のリューならそこまで考えるかもしれない…

 

 そうアリーゼに推測させるほどのことをリューが既に成し遂げていたという事実だけは揺るがなかった。

 

「…迷宮都市(オラリオ)の団結?リオンさんが?確かに『大抗争』の頃はギルドの指示が行き届き、【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の共闘体制も機能していて…まさに迷宮都市(オラリオ)は団結していたと表現するに相応しい状況は存在しましたが…今は失われて…だからこそ?だからこそリオンさんはそれを目指しているのですか?輝夜さんとライラさんに途轍もなく大きな希望を示すために」

 

「…リオンの不可解な言動を私が説明できる唯一の回答よ。…私達は確かに直前で迷宮都市(オラリオ)の団結が希望だと…皆で話してた」

 

 アミッドはアリーゼの導き出した回答に呆気に取られつつその回答を自らの言葉で整理する。

 

 だが考えを整理すれば…アリーゼとアミッドが辿り着いてしまう答えはほぼ一つであった。

 

「ただ…可能なのですか?この現状の中で迷宮都市(オラリオ)が団結…つまりは【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の対立状態を解消するということですよね?それだけでなくギルドの指示に従わなくなりつつあるファミリアをも引き入れることまで視野に?…確かに未だ闇派閥(イヴィルス)が跋扈する今、団結が不可欠なのは理解しますが…」

 

「…アミッドの疑念は最もだと思うわ。そして私は…可能だとは今ではとてもではないけど考えられない。…それこそ座り込みや話し合いで事が動くならこんなことにはなってない。…リオンのやってることは明らかに無謀で…ほとんど意味を為さない。迷宮都市(オラリオ)が団結するなど不可能。それは希望ではあるけど、今ではもう希望には結実しえないただの理想よ」

 

 アリーゼはリューの言動をそう冷たく突き放す。

 

 アリーゼらしからぬ悲観的な言葉であった。

 

 だがそれも仕方ない一面がある。

 

 

 なぜならアリーゼがその希望をリューの前で口にした時には明確なヴィジョンがアリーゼの中に存在したのだから。

 

 

 闇派閥(イヴィルス)の陰謀を【アストレア・ファミリア】単独で阻止することで築き上げた名声でファミリアの立場を強化し、迷宮都市(オラリオ)の団結の礎にする。

 

 それがアリーゼのヴィジョンだった。

 

 だが現実はアリーゼのヴィジョン通りには進まなかった。

 

 【アストレア・ファミリア】自体が事実上壊滅に追い込まれた。

 

 現状戦力足りえるのはアリーゼとリュ―のみ。

 

 【アストレア・ファミリア】は名声を得るどころかこれまで積み上げてきた努力も実績も無に帰したに等しい。

 

 

 【アストレア・ファミリア】は迷宮都市(オラリオ)の団結の礎にはなり得ない。

 

 

 アリーゼのヴィジョンは完全に崩壊していたのだ。

 

 そしてそれに輝夜もライラも恐らく気付いた。

 

 だがリューは未だに気付いていない。

 

 だから闇雲に動き回るだけとなり、『常軌を逸する』とまで表現されてしまう。

 

 リューには現実が見えていない。

 

 だからアリーゼとも輝夜ともライラとも考えを共有できない。

 

 もはやかつてアリーゼが口にした希望は実現不能に陥っていたのだ。

 

 そしてそのような結果を招き寄せたのはアリーゼ自身であって。

 

 アリーゼは自らの唱えた迷宮都市(オラリオ)の団結という希望を信じることができなくなっていた。

 

 だがアリーゼがそう言いつつアミッドから視線を逸らしたことを…アミッドは見逃さなかった。

 

「…そう思っても…ローヴェルさんはリオンさんをお助けしたいと思っている…違いますか?あなたはリオンさんを突き放すことに罪悪感を覚えているように見えます」

 

「ちが…うわ。私は…」

 

「ならば私の目を見てお話しください。…治療師としては真に恥ずかしい限りですが…私には輝夜さんとライラさんの希望を取り戻すことはできません。お二人の精神的な問題を解消できないのです。だからローヴェルさんとリオンさんのご尽力が必要で…ローヴェルさんの怪我はもはや完治してます。なので私はローヴェルさんをお引止めすることはありません。私はローヴェルさんを信じています。なので遠慮なく治療院を出てリオンさんと合流し、希望を取り戻して…」

 

「無理…私には無理…」

 

「どうしてそのようなことを仰るのですか?私の噂でお聞きしたローヴェルさんは自信に満ち溢れた方で不可能を可能に変えてしまうともお聞きします。そんなあなたがどうしてそのように悲観的に…」

 

 アミッドの目にはアリーゼがリューを助けたがっているように見えた。

 

 そしてその推測はアリーゼが目を背けたまま言葉を詰まらせていることが正しいと証明して。

 

 アミッドは自らの本音を言葉にしてアリーゼを動かそうとする。

 

 治療師として人として輝夜とライラには立ち直ってもらいたい。

 

 もしリューが迷宮都市(オラリオ)の団結という理想は二人だけでなく迷宮都市(オラリオ)全体の希望になり得る以上、無関心ではいられない。

 

 そんな思いがアミッドを突き動かしていた。

 

 だがアリーゼは首を振って拒絶し続けた。

 

 その挙動にアミッドは思わず発破まで用いてしまう。

 

 だがそれはアリーゼの前向きな決心ではなく後ろ向きな本音を引き出してしまった。

 

 

「無理なのよ!私には無理!!私はリオンにも輝夜にもライラにも希望を届けられない!だって私にはもう希望が分からないんだから!!」

 

 

「…ぇ?」

 

 アミッドはアリーゼの悲痛な叫びに目を見開き、驚きを隠せなくなる。

 

 そこにいたのは少し前までリューの事で明るく振舞っていた仲間達にとってのいつも通りのアリーゼでも噂で知る自らへの自信で満ち溢れた迷宮都市(オラリオ)中の人々が知るアリーゼでもなかった。

 

 

 そこにいたのは自信を完全に失って何かに怯えている誰一人として目の当たりのしたことのない弱さを隠し切れなくなったアリーゼであった。

 

 

「…ええそうよ。私は確かにリオンのために今すぐにでも動きたい。できることがあるなら何でもしたい!」

 

「なら…!」

 

「でも私には何をすべきか分からない!迷宮都市(オラリオ)の団結のために何をすべきか!そもそも迷宮都市(オラリオ)の団結が希望なのかさえ分からない!今の私ではあの時のように間違った希望を示してしまう!だからリオンにも輝夜にもライラにも希望は届けられない…!今の私では…今の私では無理なの!!」

 

「ローヴェル…さん…」

 

 アリーゼの脳裏によぎる『間違った希望』とは今まさにリューが盲目的に追い求める既に崩壊してしまったアリーゼの示したヴィジョンのこと。

 

 あれはアリーゼの七人の大切な仲間達の命を奪った。

 

 あれは今まさにリューを無謀な行動に走らせている。

 

 あれは『間違った希望』としか言いようがないもの。

 

 そのヴィジョンを示したアリーゼは自らの判断を信じられない。

 

 再びリュー達の前に立って希望を届けることに躊躇を覚えずにはいられない。

 

 リュー達のために行動したいという思いは強くてもアリーゼにはどう行動すればいいのか分からないのだ。

 

 その指針が立たずしてアリーゼはリュー達の前には立てない。

 

 リューへの見栄やリュー達に迷いを与えないという心遣い、間違った希望を再び示すことへの恐怖…アリーゼの中では様々な理由がある。

 

 だが少なくとも言えることは今のアリーゼは即座に動こうという決心ができないということであった。

 

 とは言えアリーゼはアミッドの戸惑いを隠せていない反応を見て…自分が流石に取り乱し過ぎたと悟った。

 

 それでアリーゼは小さく咳払いをすると、羞恥心を覚えつつ小声で言った。

 

「…ごめんなさい。取り乱したわ。ともかく…考える時間をちょうだい。今の私ではリオン達の力になるどころか足を引っ張って邪魔するだけの存在になってしまう…それだけは私が許せない」

 

「分かりました。…私も身勝手なことを申し上げました。申し訳ありません」

 

「…いいえ。アミッドが正しいわ。いつもの私なら今すぐにでもリオンを助けるために動けていた。でも今の私にはそれをする決心ができない。…私の心を一回整理しないと動けない私が悪いのよ」

 

「…」

 

 アリーゼの自嘲にアミッドは何の言葉も返すことはできなかった。

 

 そして今のアリーゼにとっては心を整理し考える時間が必要。

 

 アリーゼ自身の言葉からそう理解したアミッドはもうそれ以上何も言わなかった。

 

 アミッドはアリーゼに一礼だけすると、そのまま自らの書斎を立ち去る。

 

 そのためアリーゼはアミッドを引き止めることはなかった。

 

 結果一人書斎に取り残されたアリーゼは…視界を閉ざし瞑想に耽り始める。

 

 アリーゼに今一番必要なのは一人で考えるための瞑想の時間であった。




まず触れるべきはアリーゼさんが目覚めたタイミングですね。
実はアリーゼさんはリューさんが治療院を再度訪問(襲撃)する以前に目覚めていました。
そしてアリーゼさんが先に目覚めていたのであれば、アミッドさんの妙なリューさんへの肩入れもある程度説明ができる。
ただアミッドさんがリューさんに肩入れした原因がアリーゼさんにあるとしてもアリーゼんさんに肩入れした理由が不鮮明なのでこれは今後触れることになります。(マトリョーシカか何かかな?)

あとアリーゼさんに与えられた課題。
それはリューさん・輝夜さん・ライラさんに如何にして如何なる希望を示すか。
迷宮都市(オラリオ)の団結という理想を如何に多くの人々の心を動かし得る希望に変えていくか。
そもそも迷宮都市(オラリオ)の団結という希望自体が正しいのか否か。
実はここら辺リューさんは一切考えずに突っ走ってるんですよね。アリーゼさんが示したんだから絶対正しいという妄信が原因で。
ただ作中で描いた通りアリーゼさんの当初のヴィジョンは崩れているので、アリーゼさんは別のヴィジョンを以て迷宮都市(オラリオ)の団結を為さなければならない。
ただその別のヴィジョンを如何に編み出すのか?
これが非常に難しい。当初は【アストレア・ファミリア】を中核に進めるつもりが、事実上不可能になってます。
この後リューさんは派閥連合を結成しますが、【アストレア・ファミリア】の現状では以前以上に基幹戦力とはなり得ず主導権を握り続けるのは思いの外難しい。何より派閥連合の基盤自体があまりにも貧弱。
ということでアリーゼさんやその他の方々にそれなりにフォローしてもらわないとごく普通に自滅しかねない。
まずリューさんが動くだけで派閥連合が結成されること自体アリーゼさんは後々衝撃を受けることになるんですが!

ともかくアリーゼさんは新たな希望を見つけ出すために迷走を続けることになります。
そしてその迷走が終わった暁には…リューさんと再び並び立てることでしょう。

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