星乙女達の夢の跡   作:護人ベリアス

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正花の自学の歩み

 派閥連合がリューを中核に着々と自らの体制の基盤を固めつつある裏側で。

 

 自らの希望を見出すべく【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院を出たアリーゼもまた動き始めていた。

 

 アリーゼの画策通り治療院に残す分身の一人を除く本人を含めた十人のアリーゼは変装して迷宮都市(オラリオ)の四方に散り、懸念のあるギルドからの追手を巻くことを試みた。

 

 ただ予想外なことにアリーゼ達に対する追手らしき人物は出現することなく。

 

 アリーゼ本人は潜伏には一番最適とダイダロス通りに本人の寝泊まりのできる宿を確保し、分身魔法を周囲の人目に触れないように注意しながら治療院の分身以外の分を解除した。

 

 そうしてアリーゼはダイダロス通りの宿で一夜を過ごした後、本格的に活動を開始する。

 

 これまた治療院の分身を除く本人含めた十人のアリーゼは迷宮都市(オラリオ)の四方に散る。

 

 当然追手を巻くためではなく迷宮都市(オラリオ)の現状を自らの目で知るためである。

 

 貧民街。市場。魔石産業の工房。武器屋。酒場。交易所。治療院。歓楽街。賭博場…

 

 アリーゼは自らの有する二十の目で迷宮都市(オラリオ)のできる限り多くを見ようと試みた。

 

 特別積極的に色々話を誰かから聞こうと言う訳でもない。

 

 ただ店から店を通りから通りを歩いて。

 

 ここ数日アリーゼは治療院の一室でずっと考え込むという引きこもり状態だったのを外の空気に触れることで心機一転を図ろうとアリーゼは気軽に歩いた。

 

 同時に何気なく歩いている間にも耳に届く人々の声からできる限り自らの心で何かを感じ取ろうとアリーゼは耳を澄ました。

 

 そんな形でアリーゼは迷宮都市(オラリオ)中を歩き回り、夜が近づくと本人はダイダロス通りへ戻って分身魔法を解除して一日を終える。

 

 そのような生活を三日間続けた。

 

 そうしてアリーゼの希望を探すための旅路の四日目が始まろうとしていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…んんん。よく寝れては…ないわね。正直だるいわ…」

 

 アリーゼはそんな独り言と共に目覚めた。

 

 そうしてそばに置いておいたマジック・ポーションに手を伸ばし、ぐっと飲み干す。

 

「…この味正直飽きたわ。アミッドもポーションに色んな味とか付けてくれないかしら?」

 

 そう顔を顰めてアリーゼは愚痴をこぼすもそばにアミッドがいる訳でもないのでただの独り言にしかならない。

 

 実はアリーゼは目覚めと共にマジック・ポーションを飲むのが日課になりつつある。

 

 原因は分身魔法の行使。

 

 治療院には念のため分身を一人残したままにしてあるため、魔法の行使は当然寝てる間も続く。

 

 本人と分身が寝ててもアリーゼが魔法の解除をしない限り魔法が持続するという点は助かるが、精神力(マインド)という点では非常に問題。

 

 日が昇っている間は九人の分身を維持し、寝ている間も分身一人を維持。

 

 ただでさえアリーゼ本人が一日中迷宮都市(オラリオ)を歩き回っているだけでも疲労が尋常ではないのに、加えて魔法を常時行使し続ける。分身を解除すれば精神力(マインド)は戻ってくるとは言え常人では絶対耐えられぬほどの疲労の蓄積。

 

 それをアリーゼは三日間もステイタス・大量のマジック・ポーションとポーションと根気だけで無理矢理乗り越えていた。

 

 だがアミッドから事前に受け取っておいた大量のマジック・ポーションもポーションも三日続けて何本も飲み続ければ、そろそろ在庫に底が見え始め。

 

 アミッドが見たら発狂して安静を強制しかねないアリーゼの体力と精神力(マインド)の過度の行使はアリーゼの身体を蝕み始めていた。

 

 十人の分身魔法は都合が良いとは言え、アリーゼへの負担は尋常ではなかったのである。

 

 アリーゼはポーションで何とか誤魔化しているが、分身魔法に未だ完全に慣れ切ってない影響もあってダンジョンへの遠征中を越える疲労に襲われていつ倒れてもおかしくないというのが実態。

 

 

 だがそれだけの負担にアリーゼが耐え抜くだけの価値は確かに存在した。

 

 

 アリーゼは三日間迷宮都市(オラリオ)の人々の声を聴き続けた。

 

 その間に一度だけ変事はあったものの、アリーゼが人々の声を聴き続けることへの障害はそれ以外ほとんどなかった。

 

 その変事とは薄鈍色の髪の少女に理由は分からないがアリーゼ本人が尾行され、分身の解除のような対処法を取れなかったアリーゼが逃げ回る羽目になるというもの。アリーゼは謎の少女の尾行を何とか巻いたものの、その少女が何者か掴めないまま終わってしまった。

 

 そんな不気味な出来事を乗り越えつつも二十のアリーゼの耳と目がもたらした情報は実に膨大。

 

 分身魔法を解除して、一日で集めた情報をまとめる際には頭の中だけでは整理できず資料としてまとめる必要に迫られるほど。

 

 面倒極まりない作業だが、それでもアリーゼの根気と知識欲が自らの目にした細かい部分まで記載させていた。

 

 そこまでしても尚アリーゼの心中ではまだまだ足りないという意識が強いものの、成果は小さくない。

 

 アリーゼの目には現状の迷宮都市(オラリオ)がこう映った。

 

 

 ほとんど何も変わっていない、と。

 

 

 単純明快な回答。

 

 だがその回答の意味はあまりに重い。

 

 いつから変わっていないかと言えば、アリーゼが【アストレア・ファミリア】に入団し、迷宮都市(オラリオ)の治安を守るために力を尽くすようになってから。

 

 あの頃よりは改善されたと共に戦ってきた冒険者達は言う。アリーゼ自身そう思いたいと願う。

 

 …だがほとんど何も変わっていないと言うべきであった。

 

 人々は未だ闇派閥(イヴィルス)の脅威に怯えている。

 

 人々は未だ迷宮都市(オラリオ)の希望を見出せずにいる。

 

 貧民街は人目や厄介事を嫌うかのように住民は出歩くことさえ控えているかのよう。

 

 市場も交易所も人はまばらで店の品物を並べる量は少なく、盛んに取引が行われているとは言い難く。

 

 魔石産業の工房も武器屋も作業によって生じる雑音はまばらで。

 

 酒場には人は多く集うも荒ぶ者も多く見かけ。

 

 治療院には治療のために通院する人々で溢れている。

 

 

 迷宮都市(オラリオ)中の活気が足りない。

 

 迷宮都市(オラリオ)中の笑顔が足りない。

 

 

 確かに以前よりは何倍も活気も笑顔も見られるのだろう。

 

 だがアリーゼは足りないと評価した。そう評価するしかなかった。

 

 アリーゼの目から見れば、希望が足りないのだ。

 

 絶望を打ち払うだけの希望が存在すると人々の様子からは全く感じられなかった。

 

 それほど闇派閥(イヴィルス)の脅威は弱体化しても今でも根強かった。

 

 そして迷宮都市(オラリオ)から希望が消えた一因は『二七階層の悪夢』以来派閥連合が解体された影響があるのも自明であった。

 

 ただもちろんアリーゼも全てを見た訳ではない。だから早合点は控えようと考えていた。

 

 アリーゼの顔は【アストレア・ファミリア】団長として知られている。

 

 そのため冒険者が多く集う場所は避けざるを得なかったし、ファミリアの本拠などには特に近づけなかった。

 

 お陰でアリーゼが知るのはほんの一部の人々の様子だけ。まだまだアリーゼには知るべきことがたくさんあった。

 

 そんなアリーゼに彼女が触れることのできない情報を提供してくれたのがアミッドであった。

 

 アミッドは治療院に念のためとは言えほとんど放置されて手持無沙汰になっていた分身のアリーゼに様々なファミリアに関する情報を時間を見つけては提供してくれた。

 

 その中で特にアリーゼにとって衝撃だったのはアリーゼが治療院を出た翌日に聞かされた出来事。

 

 

 リューによる派閥連合の結成。

 

 

 規模はかつての派閥連合には及ばないとしてもその結成の意味はあまり大きい。

 

 リューは実際に迷宮都市(オラリオ)の団結という希望の第一歩を実現してしまったのである。

 

 そんな偉業を成し遂げたリューがアリーゼはとても誇らしかった。

 

 同時にリューを支えるために集まってくれたシャクティやアスフィ、アミッド、(そしてなぜかボールス)への感謝がアリーゼの中で尽きることはない。

 

 だが羨ましさと辛さもアリーゼは感じずにはいられなかった。

 

 リューを身近で支える…それは本来アリーゼが一番やりたいこと。でもアリーゼはあえてそれを禁ずるという自縛を課した。

 

 だからリューを身近で支えられる彼女達が羨ましい。

 

 だからリューを身近で支えられず自分自身だけでなくリューへまで負担を与えるようなことをしている自分自身の所業を考えると、辛いと感じずにはいられない。

 

 だがアリーゼはリューの元に戻るか否か自体を考えるために希望を見出す必要があると結論付けていた。

 

 よってアリーゼは自らを律し、羨ましさと辛さを忘れるためにも迷宮都市(オラリオ)を見て回ることに専念したのである。

 

 そんな日々も今日で四日目。

 

 アリーゼは目眩を感じつつもベッドからよろめきながら立ち上がり、今日もまた迷宮都市(オラリオ)の現状を知るための準備へと動き出す。

 

 すると唯一維持していた分身のいる【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院の書斎にアミッドが飛び込んできたのを感じ取る。

 

 飛び込んできたアミッドの形相から、分身のアリーゼはただ事ではないと瞬時に理解していた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ローヴェルさん!!」

 

 飛び込むという表現を取るしかないような勢いで書斎へと入ってきたアミッド。

 

 その様子にまだベッドで寝ころんでいたアリーゼの分身は飛び起きるような形で即応した。

 

 アミッドの血相を変えた様子は明らかにおかしかったからである。

 

「どうしたの?アミッド?何事?…まさかリオンの身に何かあった?」

 

「違いますっ!申し訳ありませんっ…!私の注意不足です…」

 

「…まさか輝夜とライラのこと?」

 

「…はい。先程朝食を届けに行った際には既に姿がなく…」

 

「二人で抜け出した…そういうことね?」

 

「…その通りです」

 

 アミッドがアリーゼに伝えたのは輝夜とライラの失踪。

 

 輝夜とライラは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に怪我の治療のために移送された。

 

 だが二人とも精神状態が安定していないこと…絶望に飲み込まれ生きる希望を欠いていることを理由にアミッドが隔離という形で半分強制的に入院させられていた。

 

 そのことはリューだけでなくアリーゼも事後に聞かされてやむを得ずではあるものの承諾していた。

 

 リューと同じくアリーゼも現状では自らの希望さえも見出せない状況では二人と向き合えない。

 

 二人の希望を取り戻す手立てがない以上二人と会った所で二人の力になれないと判断したからである。

 

 そのアリーゼの判断には実は誤りはあるのだが、アリーゼは未だ気付いていない。

 

 それでもその影響もあってアリーゼは迷宮都市(オラリオ)を見て回ることに尚のこと力を注いでいた。

 

 そうして自らの希望を見出した暁に二人に向き合うつもりでいた。

 

 だが迷宮都市(オラリオ)を見て回った上で輝夜とライラと向き合うというだけの猶予は与えられなかった。

 

「それで?居場所は分からないの?」

 

「はい…ライラさんのこともありますので、治療院を既に抜け出して…とは考えにくいかと。入り口は団員が固めているので大丈夫ですし、まだ治療院の開業時間前なので患者の方に紛れ込んで抜け出した可能性もありません」

 

「となると、まだ治療院の中にいるのね」

 

「はい…なので現在団員達に探して頂いている所ですが…」

 

 今や【ディアンケヒト・ファミリア】はアミッドの説得のお陰でリュー率いる派閥連合に協力する立場。

 

 そのため【ディアンケヒト・ファミリア】の団員達もアミッドの書斎に極秘に匿われたアリーゼの入院は知らされていなかったものの、輝夜とライラの入院は知らされており、現在は捜索に動員されていた。

 

 だがアミッドの様子からはそんな捜索が行われているにも関わらず見つからないという焦りがアリーゼには見えた。

 

 そしてその焦りの所以を当然アリーゼは理解する。

 

 …輝夜もライラも生きる希望を失っている。

 

 目を離した隙に命を絶ってしまう可能性がない訳ではない。

 

 それを防ぐために二人の病室からは凶器となり得る物は全て運び出し、病室の鍵まで厳重に掛けてあった。

 

 だがその鍵はアミッドが訪れた時には壊されていた。壊したのは恐らく輝夜だろうとアリーゼは推測する。

 

 そして今日失踪を決行したのは【ディアンケヒト・ファミリア】が派閥連合に加入したことで俄かに騒がしくなったことや敢えて無行動を保つことで油断を誘うためだったのだろう。

 

 二人なら…特にライラならそこまで周到に計画した上で動くと、アリーゼには容易に想像できる。

 

 そしてそれだけの周到さを以て臨んだということは…二人は生半可な考えで病室を抜け出した訳ではないということであった。

 

「…念のため治療院の出入り口は固めておいて。あと屋上への道の案内を頼めるかしら?」

 

「屋上…確かに向かうための梯子はありますが…」

 

「いるとしたらそこね。【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院はそれなりに高層でアミッドの話的に輝夜とライラの病室からも向かいやすい…かもしれない」

 

「しかし屋上には屋根以外何も…」

 

「だからこそ、でしょ?」

 

 アリーゼは二人が向かった先は屋上だと読んだ。

 

 アリーゼの言うように【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院は高層のアパートである。そしてアミッドの言うように梯子で登って辿り着けはするものの、バルコニーなどになっている訳でもない。

 

 だからと言って向かう理由がない訳では当然ない。

 

 …そこは飛び降りることで命を絶つのに絶好の場所だったのだから。

 

「…その通りです。ならば…え?…お待ちを。案内…?案内ですか?」

 

「仕方ないわ。猶予がない。手遅れになってからでは何もかも遅い。…もう私も流石に二度目は繰り返すつもりはない」

 

「…っ!分かりました!すぐに案内をっ!」

 

「念のため団員の皆には他の場所の捜索を。ただし屋上には近づけさせないで。そこにいたら…私が二人を説得するから」

 

 アリーゼは決断せざるを得なかった。

 

 自らに希望がない状態で輝夜とライラを説得することを。

 

 輝夜とライラの希望を取り戻すことを。

 

 アリーゼは今の自分自身の言葉が輝夜とライラに届くのか正直不安で仕方なかった。

 

 だがもう状況が切迫してしまっている以上躊躇する猶予などなかった。

 

 アリーゼは焦りと不安を抱えながらアミッドの案内の元、治療院の屋上へと向かい…

 

 

 輝夜とライラとの二週間近くぶりの再会をようやく果たすことになる。




地の文だらけになってしまいました。元々はアリーゼさんが迷宮都市(オラリオ)を歩いて名もなきモブ達と交流しつつ希望を探していくのがベストだと思ったのですが…
輝夜さんとライラさんの登場の方が優先だと判断し、今回一回の地の文に大方の内容を組み込みました。このアリーゼさんの迷宮都市(オラリオ)歴訪はもうしばらく続きますが、主題には今後はしない予定です。

そして輝夜さんとライラさんの病室脱走。(すっかり二人とも空気になってたとか言ってはいけない)
二人は何を考えているのか…
一応言うと、アミッドさんとアリーゼんさんの二人が自殺するつもりかもというのは半分は思い込みと言うべきでしょう。
ただ可能性が0でもない。
…こういう時はどう対処すればいいのか作者には正直分かりません。

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