励みになってます!
あと唐突ですが作者の都合で金曜日投稿に変更させて頂きます。
一週間一作投稿は維持するつもりです。
下界から可能な限り天界に一番近い場所に輝夜とライラはいた。
二人はつい先程早朝前後の警戒の緩みを突いて、隔離されていた【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院にある病室を脱出した。
向かったのは、治療院の出入り口とは正反対の治療院の屋上。
そこにあるのは、屋上に辿り着くための梯子と無駄に広々とした空間だけ。
向かった理由を知るのは輝夜とライラ本人のみである。
「ぐっ…糞がっ…」
悪態を吐く輝夜が手にしているのは、屋上に辿り着くまでに手すりを破壊して生み出した輝夜にとって手ごろな長さの鉄の棒。
輝夜は義手と生身の両腕でその鉄の棒を刀を振るうが如く振り回す。
素人目には義手を数日前にアミッドが製作し輝夜の元に届けられた義手のお陰で両手で鉄の棒を振るう姿には洗練された太刀筋にも見えたかもしれない。
だが輝夜はその棒捌きに悪態を吐くほど不満が募りに募らせたいた。
「重心が整わんっ…力が入れられんっ…忌々しいっ…忌々しい!!」
「…義手があっても無理か?あたしにはどんな風か分からねぇからよ…」
「変わるものかっ!感覚がまるで合わん!私の反応に義手が追い付かんっ…」
「まぁだよなぁ…生身と同じだけ動くなら何の苦労もねぇよなぁ…」
鉄の棒を振るう輝夜に沈んだ声で問いかけるのは、輝夜のそばで立ち尽くすライラ。
輝夜がどのような表情でどのように鉄の棒を振るっているのかライラの光の届かなくなった両の目では知ることができない。
そのためライラは致し方なくとは言え輝夜に直球で輝夜の現状を問いかける。
その問いは正しく輝夜がかつての実力を失ったことを自ら言葉にすることをも求めるのと同義で輝夜はさらに苛立ちを高める。
「糞っ…糞っ…糞っ!!本当に手立てはないのか!?団長とリオンに救われてしまったこの命…本当に何の役にも立たんのか!!」
「あったら…輝夜はあたしをここには連れてこねぇ…そしてあたしも大人しく輝夜に付いてこねぇ?違うか?」
「黙れっ!ふさぎ込むだけのお前と違い私はっ…犬死など我慢がならんっ!私は
「それはあたしも一緒だバーカ。でもっ…その有意義に使う方法が思い浮かばないからここに来たんだろ?あぁ?」
「黙れ糞
「へーへーそうですか。そんな喚いてる暇があるなら、その有意義な方法を考えてくださいな。極東品無しお姫様?」
「あぁぁぁん!?」
…輝夜とライラの罵倒交じりの口論はともかくとして。
二人が屋上に来たのは病室で息苦しさを感じたままの閉塞を嫌ったため。
輝夜もライラも真実アミッドとアリーゼが危惧した屋上からの飛び降りによって命を絶つことを視野に入れてたことは弁明の余地もない。
だがそれでも何かしら自らの命を今すぐ絶つという形ではない有意義な命の使い方を心の中では追い求めていた。
病室の中ではついつい悲観的になってしまうために、心機一転を図るために無理矢理でも病室を抜け出し、人目を避けられるであろう屋上まで出てきたのである。
とは言え二人にはその有意義に命を使う方法が思い浮かばない。
仮に輝夜が口にした
かつての実力を有しない輝夜と戦闘力自体を喪失したと言っても過言ではないライラが二人で
それでは輝夜の忌む『犬死』なのである。
輝夜とライラには死に急ごうという願望は『犬死』を忌む二人の誇りと意地の影響で存在しないと言うべきかもしれない。
だが結局のところ生きる希望がないという厳然たる事実も揺るがなかった。
そんな絶望に押し潰されている輝夜とライラを救うのは…
「相変わらず派手に言い争ってるわね?輝夜?ライラ?」
今このタイミングではアリーゼ・ローヴェルしかいなかった。
「…っ!団長!?なっ…なっ…なぜあなたがここにっ…いや、そもそも無事でっ…」
「アリー…ゼ?今あたしアリーゼの声が聞こえた?幻聴じゃ…ねーよな?本当にアリーゼ…だよな…?」
梯子からひょっこり顔を出しつつ二人に声を掛けるアリーゼに輝夜もライラも自らの目と耳を疑い始める。
そんな様子に面白おかしさをつい感じてしまったアリーゼは梯子から屋上に身を乗り出しつつクスリと笑いつつ言った。
「どうして二人ともそんなに驚くの?今二人の前にいる私は幻覚でも何でもないわ。それに二人のことはアミッドから聞いただけのことよ?」
「アミッド…テアサナーレかっ!?なんだ!?私達に何かするように言われてきたのか!?口封じでも頼まれたのか!?」
「どうやら輝夜は色々勘違いしてる感じがするわね…」
サラリとアリーゼは自らは分身の一人にも関わらず幻覚ではないと嘘か否か判断の難しいことを宣う。
ただそんな裏の事情を知らない輝夜はアミッドの名前が出てきた途端アリーゼに向かって怒鳴り散らす。
なぜなら輝夜はアミッドがギルドの指示を受けて彼女達の仲間の命を奪ったモンスターに関してで口封じを目論んでいるがために隔離しているとずっと疑っていたからである。
だが隔離の本当の理由にギルドが一切関係ないことをアリーゼは当然のことながら知っていた。
「口封じ?アミッドがあんた達に口封じをする理由なんて何もないじゃない?そんなこと聡明で完璧な私じゃなくても分かるわよ?」
「何を言っている!?私達の相対したモンスターに関してギルドはっ…」
「そうね。ギルドはあの怪物に関しての情報を隠蔽してる。アミッドの元にも私達の身柄をギルドに引き渡すようにという要請が届いていたと聞いてる。けれど輝夜もライラも私も治療院に留まり続けている。分かるでしょ?アミッドはギルドと繋がってはいないのよ」
「ならばなぜ私達は隔離されっ…そして団長の安否をリオンは自らの目で確認できなかったっ!?なぜ口頭でしか安否を伝えられなかったっ…!?」
「私に関しては…ちょっと色々あるのよ。ただ輝夜とライラの隔離に関しては私でも納得せざるを得なかった」
「は?一体なぜっ…」
「二人の精神状態」
「…っ!ぐっ…」
「それを考えたらアミッドは凶器から二人を遠ざけ隔離せざるを得なかった。隔離は言うなればアミッドの善意だったのよ」
「…」
アリーゼは輝夜に自らの秘密に関して問われそうになり言葉を濁らせるも、それに関してから話を逸らすようにアミッドの真意を伝えた。
輝夜とライラの生きる希望を失った状態への懸念が二人の命を守るために隔離を必要とした。
…そう言われてしまえば、心当たりのある輝夜は何の反論もできなくなってしまったのである。
その結果口を噤み視線を背けることしかできなくなった輝夜に代わってライラが話を引き継いだ。
「それで…輝夜はすっかり言いそびれてるけどよ…アリーゼが無事で本当に良かった。…あたし達の代わりに命を落としたなんて言われたら…あたし達はどうすりゃいいか分からなくなる所だった」
「…その点はごめんなさい。心配かけたわ」
ライラが口にしたのは若干今更とも言っても過言ではないアリーゼの無事への安堵。
輝夜が話を早々にアミッドやギルドのことに進めてしまったためにその言葉を伝えるのが遅れたが、輝夜もライラもアリーゼの無事を心の底から喜び安堵していた。
二人ともここで深々と安堵した様子を見せてしまうとアリーゼの存在に如何に頼っていたかを認めてしまうようで意地でも素っ気ない振りを続ける。
そんな二人の心中をアリーゼは密かに察して微笑ましく思いながらも…
アリーゼには二人の安堵を打ち崩しかねない話を伝えるために心を鬼にした。
「本当に…ごめんなさい。そして…これからも私は輝夜とライラに心配と迷惑をかけることになる」
「…は?アリーゼ?何の話だ?」
「まずは一つ。私の安否に関しては誰にも話さないで。私のことを知っているのはアストレア様、ディアンケヒト様、アミッド、そして輝夜とライラだけ。他の誰にも私のことを話してはダメ。…特にリオンには」
「…何を言ってる?団長?あなたには分かっているだろう?リオンがどれだけ団長のことを心配していたか…どれだけ団長を信頼していたか…」
「そうだぜ…何の事情があるってんだ?どうしてあたし達には伝えてよくてリオンにはダメなんだよ…一番伝えるべきはリオンだろ?そんなことアリーゼなら最初から分かってるだろ?」
「…ええ。分かってる。そう…だからこそ私は私が意識を取り戻したことをリオンに知られてはいけない」
「…意味が分からん。一体どういう意味で…」
アリーゼは輝夜とライラに自らが意識を取り戻したことを他言しないように求める。
それもリューには特に話してはならないという厳命まで下して。
輝夜もライラもリューがどれだけアリーゼのことを心配し、信頼していたか理解している。
そしてアリーゼがどれだけリューの事を想って行動していたか理解している。
だから輝夜とライラはアリーゼがそのように求めてきたのか理解できなかった。
そんなアリーゼの真意に辿り着けなかった輝夜とライラにアリーゼは厳然と告げた。
「…私もまた輝夜とライラと似たように希望をきちんと見つけられていないから。…今の私はリオンのそばにいても邪魔にしかならない」
「なっ…」
「嘘…だろ…う」
アリーゼの自己申告に輝夜もライラも絶句する。
これまで何時如何なる時でも希望を信じ前へ前へ進み続けてきたアリーゼが…希望を見失った。
輝夜とライラにとって衝撃を受けずにはいられない内容であった。
絶句する輝夜とライラを目の当たりにしてアリーゼもまた胸を締め付けられるような思いをせずにはいられないが、それでも続けて言う。
「だから正直私自身が立ち直るために時間が必要で…私一人のことだけで一杯一杯なの。今の私では輝夜やライラを元気づけられるような希望を示せない。…力になれなくて…役に立たない団長で…頼りにならない友人で…本当にごめんなさい。謝っても何にもならないけど…ごめんなさい」
「…それは私達の希望はないと考えている…そういうことか?団長?」
「…野暮なことを聞くな。輝夜。…そんなのある意味分かりきってるだろ。…アリーゼに言わせんな」
「…そうだな。団長にそれを言わせるのは酷だな。…取り消す」
「…」
アリーゼには輝夜とライラを元気づけるための希望を示せない。
その言葉を輝夜とライラは希望がないと解釈した。
今更だ。
輝夜とライラ自身自分達に冒険者として活躍を続ける希望がないことを理解している。
思わず言葉にしてアリーゼに尋ねてしまった輝夜をライラが窘めて、輝夜が撤回するという一幕の間。
アリーゼは目を伏せて口を閉ざしていることしかできなかった。
今のアリーゼには輝夜とライラに希望を届けることができない。その事実は何があろうとも変わらなかったから。
だが今のアリーゼにも言えることはあった。
「ただ…少なくとも私は思う。片腕を失っても…失明しても何もできないということはない。希望が絶対にないと断定することはできない…そう思う。だから輝夜とライラは希望を取り戻せる…そう思ってる」
「…おい。今アリーゼは確かにあたし達に示せる希望はないって言ったよな?…なんだ?せめてもの同情ってやつか?…ふざけんなよ…そんな同情をアリーゼに抱かれるようじゃ…あたし達惨めなだけじゃねーか!?」
「…分かったように口にするなよ。団長…あなたがどうして希望がないと口にするか分からないとは私も言わん…だが私達の今の境遇を分かったような口で気に入らん…団長に…五体満足な団長に何が分かると言うのだ!?」
アリーゼの慰めの言葉。
片腕を失っても失明しても希望は取り戻せる。
恐らく正論なのだろう。
恐らく間違ってはいないのだろう。
だがそれは当事者でないからこそ言える言葉。
当事者の絶望を本当の意味で理解できないからこそ軽々しく口にできた言葉。
輝夜とライラの耳にはアリーゼの言葉は慰めとはならなかった。
同情されることへの惨めさと怒りだけが呼び起こされ、ライラも輝夜も憤りを覚えて怒鳴る。
そんな二人にアリーゼはあくまでも静かに冷静さを保ったまま言った。
アリーゼが口にしたのはとても大事な輝夜とライラが知らない事実だった。
「そうね。輝夜とライラの心中を本当の意味で私は分からないのかもしれない。私なんかに何かを言う資格がないのは十分に理解してる」
「ならっ…!」
「でもリオンは立ち上がった。私よりも輝夜よりもライラよりも早く希望を取り戻すべく立ち上がった」
「「…っ!?!?」」
そう。
アリーゼでも輝夜でもライラでもなく。
【アストレア・ファミリア】で誰よりも遅く入団し一番未熟であったはずのリューだけが希望を取り戻すべく立ち上がった。
それはリューの先輩を気取る輝夜もライラも…そしてアリーゼも無視する訳にはいかない事実であった。
「あんた達は隔離されてたから知らないわよね…リオンったら本当に凄いのよ?ギルドや【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】に協力を求めるために何度も何度も本拠を訪ねたりね…」
「ギルドを…まさか私達の疑念を晴らすためにか?」
「おいおい…リオンの奴無茶し過ぎだろ…」
リューのギルドへの協力要請の目的の一つは輝夜とライラのギルドへの不信感を解くためだった。
それをリューがギルドに協力を求めたという事実を聞かされた輝夜とライラは瞬時に察する。
その試みは残念なことに失敗には終わっている。
だが輝夜とライラの心に何も響かないはずはなかった。
「それについ三日前には派閥連合まで結成しちゃったのよ?」
「派閥…連合…だと?」
「…ってことはリオンが…?」
「そう。【ガネーシャ・ファミリア】、【ヘルメス・ファミリア】、【ディアンケヒト・ファミリア】、そしてなぜかリヴィラの街。みんなの協力を得て派閥連合を結成した。確かにかつての派閥連合には遠く及ばない力。だけど…」
「リオンは…希望を見出そうとしているのか?」
「見出すどころじゃねーぞ…リオン自身どころか…
リューによる派閥連合の結成。
聞かされた輝夜もライラも思わず衝撃で肩を震わせる。
その意味の重みを理解できぬ輝夜とライラではない。
流石に『ジャガーノート』との戦いの最中では認めようとしなかった輝夜とライラも認めざるを得なかった。
リューは間違いなくあの悪夢のような出来事を境に変わり始めている、と。
「ね?凄いでしょ?リオンはもう私達の知るリオンではないと言っても差し支えがない気もする。リオンに希望を見出せて私達に希望を見出せない…そんな風には思いたくないでしょ?リオンに後れを取ってもいいの?」
「ぐっ…」
「それは…」
「もう一度言うわ。私自身が希望を見出せない以上私には輝夜とライラに希望を示せない。でもリオンは自らの力で希望を見出そうと力を尽くしている。なら私達もまた自らの力で希望を見出すしかないと思うの」
「…あの青二才に…リオンにできたなら私にできぬ道理はない」
「そうだな…リオンよりもポンコツだなんて…笑えねぇ…」
「…正直無責任かもしれない。それでも言わせてもらうわ」
「輝夜。ライラ。あんた達は自分の力で希望を見つけ出しなさい。片腕がなくなっても失明してもできることはあるはず。希望は必ずある。今は希望が見出せていないだけ。私はそう信じている」
自らの力で希望を見出せ。
それはアリーゼ自身の言う通り無責任と言えるのかもしれない。
だがいつの間にやら希望を見出せない三人の先を行くように希望を掴み取ろうと動くリューの存在を受けて、輝夜もライラも何もせずいることなどできなかった。
輝夜にもライラにもリューの存在を用いた発破と希望はあるはずという漠然とした激励だけで十分だった。
数瞬の間を置いた後、輝夜とライラは小さく息を吐くと共に呟いた。
「…時間をもう少しくれ。しばらく考えたい。…今団長のお陰で知ることのできた現実を含めてもう一度考えを整理する」
「…あたしも同じく。失明してもできることがないか…もうちょっと知恵を絞ってみる」
「分かった。…もうこれ以上私は何も言わないわ。アミッドにはしばらく二人をそっとしておくように頼んでおく」
「…助かる。それと…ありがとう。団長」
「…ありがとよ。アリーゼ」
「別に私は大したことはしてないわ。…輝夜。ライラ。…頑張って。陰で応援してる。私も自分の希望を見出せるように頑張るから」
輝夜とライラの答えにアリーゼはさらなる説得を重ねることなく配慮と激励の言葉を残してひっそりと屋上から立ち去ることにした。
二人とも雰囲気が変わっているのが見て取れたから。
今の二人なら大丈夫。
輝夜とライラは希望をすぐには見出すことができないとしても…前へ進むことができる。そうアリーゼは安心することができた。
だからアリーゼは役割が終わったと考え、輝夜とライラから自らのための行動へと戻っていく。
こうしてリューとアリーゼだけでなく輝夜とライラも自らの希望を見出すために動き始めた。
リューの三人の希望を取り戻すための尽力はリューの知らぬ場所で確かに実を結んだ。
朧気ながらも星乙女達は輝きを少しずつ輝きを取り戻し始めたのである。
いつもの作者であれば激励役はアリーゼさんではなくリューさんなんですけどね(笑)
それと輝夜さんとライラんさんにもそれぞれの希望を見出して欲しい所ですね。
…『それぞれ』となるとアリーゼさんも不安を抱いてるように希望が食い違う可能性も濃厚ということになりそうですが。
まぁ四人とも考え方にかなり差異がある訳で希望が一致するはずもない…と考えることはできるでしょうね。
現実主義的思考の輝夜さんとオラリオ全体の団結という度を越えた(?)理想主義を標榜し始めたリューさんは…相性が凄い悪そうですねぇ…
そういった経緯は今後掘り下げる、ということで。