星乙女達の夢の跡   作:護人ベリアス

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傷つきし星乙女達の葛藤

「【 戦場の聖女(デア・セイント)】っ!!」

 

「あっ…リオンさんお待ちしておりました。…っ。応急処置は為されたようですが、酷いお怪我です。すぐさま治療を…」

 

「私のことはいいっ!!アリーゼはっ!?アリーゼはっっ!!」

 

 リューによって【 戦場の聖女(デア・セイント)】と二つ名で呼ばれた少女の名はアミッド・テアサナーレ。

 

 彼女は【ディアンケヒト・ファミリア】団長でオラリオでも指折りの治療師であった。

 

 そんな彼女の元をリューが訪れたのはアリーゼ・輝夜・ライラが治療のために移送された場所が【ディアンケヒト・ファミリア】の運営する治療院だったからであった。

 

 そして言葉通りリューの来着を受付で待っていたアミッドは息絶え絶えに飛び込んできたリューの姿を認めると、冷静沈着に応答してリューを出迎える。

 

 とは言えリューの身体の至る所に巻かれた包帯とリューの身ぶりの違和感を見過ごせなかったアミッドはリューに治療を提案するが、リューにはそれを即座に拒絶された。

 

 リューの頭の中はアリーゼの容体がどうなっているかで一杯であり、自らの身体の痛みなど考慮にも値しなかったのだ。

 

 それもそのはず。

 

 

 リューの希望が残されているか否か。

 

 

 それは全てアリーゼに賭けられているようなものであったのだから。

 

 そんなリューの心情をアミッドは知らない訳だが、仲間の安否を憂うリューの心情を慮れないアミッドではない。かと言ってアミッドには治療師としての立場がある。完全な治療が施されていない負傷者を見過ごすことはできなかった。

 

 よってアミッドはアリーゼへの心配が強すぎるが故に冷静さを欠くリューにはきちんと現実を伝え、宥める必要があると判断した。

 

「リオンさん。ローヴェルさんは未だ意識は戻っておりませんが、ご無事です。私が責任を持って治療を施させて頂きました。…その点はご安心ください」

 

「ほっ…本当ですか!?ふぅ…良かった…良かったぁ…」

 

 アミッドの言葉にリューは安堵の溜息を漏らす。それだけでなくアリーゼの容体への不安がもたらしていた緊張感も解けてしまったため、リューは思わず身体の力が抜けペタンと床に尻餅をついてしまった。

 

 そうして安堵の言葉を何度も口ずさむリュー。しまいにはリューは嬉し涙まで溢していた。

 

 …そんなリューは気付かなかった。

 

 アミッドが『その点は』と含みのある言葉を用いていた事にも。

 

 アミッドがリューの心の底から安堵している様子に痛ましさまで感じ、表情を歪めていたことにも。

 

 そして治療師としての立場から心を鬼にしたアミッドは今はリューに一部の事実を隠し、リューに治療を施そうと心に決めた。

 

 …そこまでの判断を下させるだけの残酷な事実をアミッドは知っていた。

 

 だが今はそれを隠し、アミッドは偽りの笑顔を浮かべリューに声を掛けたのであった。

 

「なので今はリオンさんは自らのお身体にお気遣いください。詳細は後ほどお話ししますので、今は私の治療をお受けください」

 

「…っ。…すみません。少々見苦しい姿をお見せしました。そう…ですね。【 戦場の聖女(デア・セイント)】がそう仰るなら、お言葉に甘えてお願いします」

 

「…ええ」

 

 リューはあっさりとアミッドの偽りの笑顔に騙されていた。涙を拭い徐にリューは立ち上がると、手招きして診察室へと案内するアミッドの後を素直について行った。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

『ローヴェルさんとの面会は申し訳ありませんが、許可できません。意識が未だお戻りではないのも理由として挙げられますが、面会がローヴェルさんの容体に悪影響を及ぼす可能性がありますので』

 

『ゴジョウノさんとライラさんとのご面会も時を空けた方がよろしいと思いますが…それでもリオンさんは面会なされますか?』

 

 治療中に告げられたアミッドの言葉。

 

 流石に鈍感なリューでも察した。

 

 …何かがおかしい、と。

 

 アリーゼとの面会を断られたのはある程度仕方ないと思えた。意識が戻っていない以上リューがアリーゼと会っても話すことはできない。

 

 とは言えアリーゼの顔を一目見たいと言ったリューの要望さえも拒否されたのは違和感を禁じ得なかったのだ。

 

 だからと言ってリューも無理矢理アリーゼと会って万が一容体が悪化でもすれば、責任を取ることなど到底叶わない。そのためこちらはリューが引き下がった。

 

 リューからすれば意識が戻らずともアリーゼは生きている。いつかは必ず目を覚ます。それだけで十分であった。

 

 もちろんアリーゼの声を聞きたい…という想いがリューの中にあったのは無視できないが。

 

 ただ逆にアミッドはアリーゼの時とは違い、輝夜とライラとの面会は控えるように勧めてきたのがリューとしては奇妙であった。

 

 輝夜は失った片腕の再生は叶わなかった。

 

 ライラは失明した目の治療は叶わなかった。

 

 とは言え輝夜もライラも命に別状はなく、輝夜の場合は義手の手配も始められたとのこと。

 

 それこそ意識の戻らぬアリーゼよりも容体が安定していて面会しても問題ないはず。

 

 …にも関わらずアミッドはリューに面会を控えた方がいいと言った。リューにはその理由が分からなかった。

 

 だからリューは特にアミッドの提言を気にすることなく面会を再度求めた。その求めにアミッドはそれ以上は止めようとしなかった。そのお陰で尚更リューはアミッドが止めようとした真意を図れなかった。

 

 そんな形でアミッドに治療してもらう間に違和感を募らせたリューはアミッドの許可で輝夜とライラがいる病室を訪れた。

 

 最後に会ってから数日だとしても。

 

 輝夜やライラ達【アストレア・ファミリア】の仲間達と毎日のように顔を合わせてきたリューからすれば初めての長期の離別とも言えて。

 

 リューの中では感慨も一塩であった。

 

 自分の前から大切な仲間達がいなくなってしまうかもしれない。

 

 自分の居場所がなくなってしまうかもしれない。

 

 そんな恐怖を感じさせられたリューにとって輝夜とライラの存在はこれまで以上に大きくなっていた。輝夜とライラに触れられても拒絶しないようになったことが何よりの証拠となるだろう。

 

 そんなリューにとってはこの時より仲間との感動の再会の一時が始まる…はずであった。

 

「輝夜。ライラ。私です。リオンです。入らせて頂きますね」

 

 だがそんな期待を抱きながら声を掛けてノックまでした後に病室のドアを開けたリューを迎え入れたのはリューの望みとは完全に掛け離れた二人の態度であった。

 

「…よく顔を出せたなぁぁ…!糞エルフ!!」

 

「なっ…輝夜!!ぐっ…一体どういうつもりですか!?がぁ…うぐっ…かっ…ぐや…」

 

 ドアを開けた瞬間リューの視界に飛び込んでいたのは怒気を超え殺気まで放ち額に青筋を立てた輝夜。

 

 そして次の瞬間には眼前に滑空している花瓶が映っていた。

 

 輝夜がこれを投げた…?

 

 そんな状況を飲み込めていない遅過ぎる状況判断をした時にはリューの行動の全てが遅かった。

 

 その時には輝夜は被っていた毛布を乱雑に捲り、リューとの距離を縮め…

 

 輝夜はリューの首を正面から掴み掛かってきたのだ。それも力加減など一切ない握力で。

 

 輝夜はLv.4の冒険者。同レベルの冒険者であるリューであろうと、そんな冒険者に容赦なく首を絞められればどうなるかは明白。

 

 リューは呼吸もままならず息が詰まり、輝夜を止めるための言葉さえも紡げなくなる。その結果リューは息苦しさにもがくことしかできない。

 

 そんなリューの様子に掴み掛かった輝夜は憤怒に飲まれたままさらにリューの首を掴む力を強めようとする。

 

 強まる圧力に意識が朦朧とし始める中リューは言葉ではもはや輝夜を止められないと悟る。

 

 かと言って今のリューには自らの手で輝夜を押し除け、結果的に輝夜を傷つけるという判断もできない。

 

 それでリューはライラに助けを求めようと視線を輝夜から移した。ライラなら止めてくれるはず。そう思ったから。

 

 だが視線を向けた先のライラとは目を合わせることさえできなかった。

 

 …ライラは毛布を被りリューに背を向けたままだったのだ。

 

 リューが病室を訪ね、輝夜が怒号を発しているこの状況など看過しないと暗に言っているかのように。

 

「…糞がぁぁ!!」

 

「がはっ…ゲホッ…ゲホッ…ゲホ…ゲホッ…」

 

 最終的に状況を変えたのは輝夜であった。

 

 輝夜はリューを唾棄するように床に放り投げ、病室の壁面へと叩きつける。

 

 そのお陰でリューはようやく息苦しさから解放されて勢いよく咳き込んだ。

 

 リューは背中に走る痛みに耐え呼吸を整えつつ、輝夜にキッと抗議の意味を込めた視線を向けた。

 

 輝夜にこのような目に遭わされる理由がリューには全く分からなかったからである。

 

「…何をっ…何をするのですか!?輝夜っ!どうしてこのようなことをっ…」

 

「どうしてだぁ?お前はまだ自分のやったことが分からんのかぁぁ!!」

 

 リューの言葉に輝夜はさらに怒りを増長させる。

 

 輝夜は投げ飛ばしたリューとの距離を縮め、今度は足蹴にまでしようとしてきたのである。

 

 だが流石にそこまでされる事をリューも容認できなかった。

 

 輝夜がリューに蹴りを入れようと伸ばした脚を掴かみ取ったリューは激情に呑まれ防御を忘れた輝夜をその場に転ばせる。

 

 そしてうつ伏せになった輝夜の残された片腕を背中に回させ何とか取り押さえたリュー。

 

 いくら同レベルの冒険者でも片腕の有無がリューと輝夜の間に決定的な力の差を生んだ…とも考えられるかもしれない。

 

 ともかくリューは呼吸を乱しながらも、輝夜の暴走の訳を尋ねずには気が済まなかった。

 

「…どういうつもりです?私が何をしたと言うのですか…!私は輝夜に襲い掛かられるような事をした覚えはありません!!」

 

「…覚えがない…だと…?お前は自分が何をしたのか分かりもしないのか!?」

 

「だから何を言って…!」

 

 

「お前が団長に捨て石になる事を許したんだろうが!?それをお前は忘れたとでも言うつもりか!!!」

 

 

「…ぇ?」

 

 輝夜はリューの取り押さえの抵抗をやめた。

 

 だが物理的な抵抗の代わりに輝夜が口走った言葉はリューを凍りつかせた。

 

 

 私が…アリーゼを見捨てた?

 

 

「私とライラは確かに反対したっ…なのにお前が…お前がぁ!!」

 

 違う。

 

 アリーゼが自分のことを信じて任せて欲しいと言ったからアリーゼを信じて一人残したのだ。私は悪くない。

 

 私のせいでアリーゼの意識が戻らない訳ではない。

 

「捨て石になるなら…団長ではなく私がなるべきだったのにっ…なのにお前はっ…団長の背中を押して…お前はっ…!私達はっ…!団長を死地に追いやった…」

 

 違う。

 

 捨て石になんて誰一人としてなってはいけないし、なってはいない。あの時は全員が生き残るのが一番大事だった。輝夜の言葉は間違いだ。

 

 アリーゼも輝夜もライラも私も生き残っている。

 

 だから私達はアリーゼを死地に追いやった訳ではない。

 

 そう思うのに。そう反論すべきなのに。

 

 …リューには言葉が出てこなかった。目の前の輝夜にどう反応を返せば良いか分からなかったからだ。

 

 輝夜は…泣いていた。リューを罵りながら…顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

 

 リューの初めて見る輝夜の姿であった。

 

 …輝夜があの時のことを後悔しているのだ。それもリューが感じている後悔よりも何十倍も大きな後悔を。

 

 アリーゼをあの怪物を相手に一人殿として残した時のリューとアリーゼの間で一致し、輝夜とライラの反論を押し切って下された判断を。

 

 リューの認識では全員生き残っているから何の問題もないはずなのに。

 

 なのに輝夜はリューとは違って現状を何倍も重く受け止めている。

 

 …何か二人の間で事実認識に誤差があるのでは?

 

 …輝夜にはリューには見えない『現実』があるのでは?

 

 色々と疎いことに輝夜の指摘を待たずとも流石に自覚があるリュー。

 

 リューはまず輝夜にその『現実』を尋ねなければ、話を進められない。そう判断して恐る恐る口を動かした。

 

「…輝夜?死地に死地にと言いますが、アリーゼは決して命を落としてなどいません。ちゃんと私がボールスの仲間に依頼し、この治療院へ…」

 

「そんなことっ…知ってるわっ馬鹿者!!だがお前は団長の容体を直接その目で見たのか!?テアサナーレの口から聞いただけではないのか!?」

 

「…へ?一体何を…言って…」

 

「団長の容体に問題がないっ…これが本当に事実なのか私達に分かるのかっ!?」

 

「…え?ぇ?」

 

 輝夜の指摘はリューの思考の範疇外を突くもの。

 

 治療を施したアミッドの言葉を信じない。そんな発想自体リューの中には存在しなかったのだ。

 

 だが輝夜には…昨今のオラリオの『現実』を知り疑心暗鬼に囚われる者の一人である輝夜には…何より既にその『現実』を突き付けられた輝夜にはリューにはない発想を生み出す素地が存在した。

 

「…私とライラの早急の退院がテアサナーレに認められなかった。あの女は私達を隔離したがっているのかもしれん」

 

「…はい?なぜです?輝夜は義手が用意されれば退院も不可能ではないはずです。なぜ【 戦場の聖女(デア・セイント)】は認めなかったのか…」

 

「知るかっ!!少なくとも分かるのは私達は知ってはならないことを知ってしまった可能性があると言うことだ…!それで口封じのためにひとまず治療院に隔離しようとしている可能性がある…それを許したのはリオン。お前の判断のせいだ」

 

「…知ってはならないこと…?何ですか?そんなものを私達がいつ知ったと…」

 

「あの私達を蹂躙した怪物のことだ…ド阿保めが…」

 

「…ぁ」

 

 輝夜の言葉は力がなかった。だがリューの心には嫌が応にも響いていた。

 

 輝夜の推測はリューにも理が叶っていると…思ってしまったからである。

 

 リュー達【アストレア・ファミリア】と【ルドラ・ファミリア】を壊滅に追い込んだ謎の怪物。

 

 その存在は冒険者にとって大きな脅威である。…隠蔽を考えても何ら不思議ではない。

 

 輝夜が警戒しているのは正確を期すならば治療を行ったアミッド達【ディアンケヒト・ファミリア】ではなくその背後にいるギルド。

 

 ギルドがあの怪物と交戦した数少ない生存者であるアリーゼ達を隔離し、情報を伏せようとしている可能性は…リューにも考えることができた。

 

 …ただでさえ今回の【ルドラ・ファミリア】の一件と『27階層の悪夢』における違和感をギルドに輝夜もリューも抱いているのだから尚更であった。

 

 そしてその生存者の中で一番情報を握っている可能性があるのが…最後にあの怪物と交戦したと思われるアリーゼ。

 

 そのアリーゼの握る情報を抹消するためなら何をするのか分からないと輝夜は考えているのだとリューは察した。

 

 輝夜はリューに突きつける。

 

 リューが犯したかもしれない二つの罪を。

 

 その罪に輝夜が何を感じているか。

 

 

 それはアリーゼを死に追い込んだかもしれないリューへの憎しみであった。

 

 

「お前の浅はかな判断のせいで団長はあの化け物相手にたった一人で残り…今尚生死の境を彷徨っている…それどころか私達はもう団長に二度と会えないかもしれないのだぞ?それを招いたのがお前の言う『信頼』か?ふざけるなっっ!!団長をなぜお前は止めなかった!!」

 

 第一の罪。それはアリーゼの虚勢を盲信し、アリーゼを死地に残したこと。

 

 違う。アリーゼはリューを信頼し、リューはアリーゼを信頼した。

 

 その『信頼』は互いの役割の成功が前提だ。

 

 だがその前提が本当に成立しているのか…アリーゼが生還したという前提が成立しているのか…リューは本当の意味では知ることができない。

 

「それだけでなくお前は私達をこの治療院に移送させ、【ディアンケヒト・ファミリア】が隔離可能になる状況に追い込むに止まらず、団長の運命を信頼のできぬ者に委ねた。…どうしてお前はすぐに戻ってこなかった…どうして団長と共に戻らなかったっ!!お前が居ればっ…お前が団長と共にいれば、団長の容体が確かめられないなどというふざけた状況には陥らなかった!!」

 

 第二の罪。それは三人を信頼できるか疑わしい他派閥に預け、彼女達の運命を思うがままにさせたこと。

 

 違う。リューにはアリーゼの望んだあの怪物の撃破という役割があった。

 

 だからその役割を果たすべく三人を地上に移送するのを任せたのは何ら間違っていない。

 

 だが輝夜の抱く疑念を踏まえれば…それが正しかったのかリューには分からない。そんなモンスターの相手よりも大切な仲間の安全の方が大事だったのではと心が揺らぐ。

 

「…お前のせいだ…お前のせいだ!団長の消息も掴めない!片腕を失った私では失明したライラを連れての治療院の脱出も叶わん!例え五体満足なお前が暴れ回った所で敵を増やすだけで何の意味もない!!完全に手詰まりだっ!!お前が団長を…私達を殺すかもしれないんだぞ!?どう責任を取るつもりだ!!」

 

「あぁ…ぁぁぁ…」

 

 リューを巣食い始めた恐怖が輝夜の腕を抑えつける力を弱めていく。

 

 リューは輝夜の指摘を止めたい。輝夜の思い違いだと論破したい。

 

 だがリューには…できなかった。その根拠を突きつけられなかった。少なくとも今のリューは輝夜の論を否定し得る情報を何一つ持ち合わせていなかったから。

 

 抑える力が著しく衰える中、輝夜がリューの束縛から脱し反撃に移れる。そんな状況に至る直前に。

 

 

 これまで沈黙を保ち続けたライラの声が今更のように響いた。

 

 

「ごちゃごちゃうっせーよ。輝夜…頭にキンキン響く…喚き散らすな…」

 

「あぁ!?何だとライラ!?」

 

「ライラ…私はっ…私は…!」

 

 ライラの呆れと苛立ちが混じりつつも妙に達観したかのような声に輝夜は怒鳴り声で、リューは戸惑いがちに応じる。

 

 輝夜がライラにそのように言われる覚えはないと考え憤る一方リューはライラが自身に罪はないと弁護してくれる…そんな両者の感情にライラは淡々と応じた。

 

「けど…悪いがリオン。アタシは輝夜の考えに異論はねぇ…下手するとアタシ達は輝夜の言う通り詰んだかもしれねぇ…だから正直言って…今のアタシはお前の顔も見たくない」

 

 ライラが告げたのはリューへの弁護ではなく輝夜への賛同の意思。

 

 輝夜が見据えてしまった非情な『現実』だけでなく、ライラが絞り出す『知恵』までも…せめて四人で生き残りリューの居場所を守るという『理想』を不可能と見做した。

 

 輝夜もライラもリューが間違っていた。リューがアリーゼを殺した。そう宣告したのである。

 

 その宣告に…リューは耐えられなかった。

 

「ああああああああああああああ!!!!」

 

 奇声を張り上げたリューはその場にいることさえも耐えられなかった。

 

 輝夜の腕を無造作に離したリューは逃げるように病室を飛び出していく。

 

 リューに向かう先の当てなどない。

 

 ただ非情な現実を逃避するために…その場から逃げ出した。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「…お前があんな風に泣きじゃくるなんて思わなかったぜ。輝夜」

 

「…人のこと言えるのか?あの青二才への不平不満を全部私に押し付けて、布団の中で縮こまっていたお前が」

 

 リューが逃げ出し残されたのは輝夜とライラのみ。

 

 輝夜はリューに床に抑え付けられた時と全く同じ場所でうつ伏せになっており、ライラは輝夜の言うように布団の中。

 

 リューが去った時と全く変化のない体勢でしばらくの間静寂を保っていた二人はようやくポツリとポツリと話し始めた。

 

「…リオンのせいだよな…アリーゼが一人残るって言った時にあいつが賛成しなければ、止められたかもしれないのに…」

 

「あぁ…」

 

「でも止めなかったアタシ達にも十分罪はあるよな…アタシ達もアリーゼを殺した共犯だ…」

 

「まだ実際は団長の安否が確定していないだけだがな…」

 

「でもアミッドの話をアタシ達には信用できない。ならそんな状況にアリーゼを委ねた時点でアウトだ。そうだろ?」

 

「…あぁ」

 

 リューをあれだけ責め立てた輝夜とそんな輝夜に賛同したライラ。

 

 ただ二人が責任を感じてないことなどあり得ない。…いや、逆に責任をそれこそリュー以上に感じているからこその問責であった。

 

「…私が捨て石を代わっていれば良かったのだ…なぜ私はあの時残ると言えなかったっ…?片腕を失いこれから一生前のように戦えぬ私に生き残る意味がどこにある?糞がっ…」

 

「…そう言うならアタシもだろ?アタシが足手まといにならなきゃ…お前達はもっと早く逃げれたかもしれねぇ…目ぇ見えなくてどう冒険者やれって言うのかねぇ…全くよぉ…」

 

 二人は手負いの身。かつてのように冒険者として戦うことができぬ身。

 

 …そこの点をリューは理解できていなかった。リューは輝夜とライラの絶望の深さが分からなかったのだ。

 

 二人が最初アリーゼの提案に従おうとした理由。

 

 二人が今まさにアリーゼの代わりに残っていればと後悔する理由。

 

 

 それが二人の手の施しようがない負傷にあった。

 

 

 そして怪我を負って冒険者として働けぬ二人と違ってアリーゼもリューも手の施しようがない負傷は負っていなかった。

 

 だからアリーゼとリューは生き残らなければならないと輝夜とライラの中で言葉を交わすことなく考えが一致していたのだ。

 

 だが…その考えはアリーゼとリューによって打ち砕かれた。

 

 その結果アリーゼの安否が自らの目で確認できぬ事態に追い込まれた。

 

 アリーゼと別れる瞬間に輝夜とライラが感じた絶望が…現実味を帯びてしまったのだ。

 

 …二人の中で希望は本当に潰えた。

 

 二人を飲み込む絶望はどこまでも深かった。二人に手詰まりと評させるほどの絶望であった。

 

 それがリューへの問責に繋がってしまったのである。

 

 ただ二人とも気付いている。

 

 その絶望はリュー一人に全ての責任を押し付けられるものではない、と。

 

 二人の無行動もまた絶望を生み出す原因だったのだ。

 

 リューへの問責は半分は言うなればただの八つ当たり。二人にリューを責める資格などあるはずもなかった。

 

 にも関わらず輝夜もライラもリューを恨んでしまった。憎しみをぶつけてしまった。

 

 そんな真似をする所まで追い込むほど二人に襲い掛かった現実は非情だった。

 

 アリーゼを失うかもしれないという恐怖。

 

 冒険者としての人生を絶たれてしまったという無力感。

 

 非情な現実が二人にもたらした恐怖と無力感が二人から生きる気力さえも奪っていたのだ。

 

 …二人はリューに当たってしまうほど自暴自棄になっていた。

 

 

 絶望に呑まれてしまった輝夜とライラ。

 

 今の二人に必要なのは何か?

 

 

 それは絶望を霞ませるほどの輝きを示せる揺るがぬ希望。

 

 

 これまでその希望を示してきたアリーゼはいない。

 

 ならば…その代わりを誰かが務めなければならなかった。

 

 輝夜とライラだけでなくオラリオ中の人々の希望を守るために。

 

 彼女達の信じる正義をこれからも巡らせていくために。

 

 その『誰か』は本当に存在するのだろうか?




輝夜さんが恐ろしいほど悲観的になってしまい、3周年第2部初期のリューさんと輝夜さんが完全に逆転した感じですね…
ここまで取り乱すか微妙な線ではありますが、一度死を覚悟したのにリューさんとアリーゼさんにその覚悟を勝手に振り回された挙句片腕を喪失して戦力外状態に追い込まれた状況。…正直これをどのように受け取るかは輝夜さんの僅かな描写からでは推測が厳しい。
少なくとも14巻では片腕を失った時点で『壊れかけた人形』と生を諦めた輝夜さんです。…現実をきちんと受け止められるが故に絶望に飲まれることはあり得る…と思います。
今回は言葉少なげでしたが、失明したライラさんも大して心境は変わらないです。
二人とも冒険者としての未来を失ったも同然ですからね…原作と違い生き残ったとは言え幸福と取るかは甚だ疑問な現状。
如何に原作の5年前の【厄災】戦イベントが悍しい物だったか作者自身扱いながら慄いてます。
そしてこの現状を本当に幸福に変えるのが今作のテーマの一つでもあります。

そしてそれに関わる輝夜さん・ライラさんとリューさんの衝突。
非常に難しい問題に仕上がってしまいましたね…
輝夜さんとライラさんにはアリーゼさんを捨て石にして生き残ったにも関わらず戦力外状態になっているという残酷な現実が存在する。
リューさんは輝夜さんとライラさんが生きていてくれるだけで十分でアリーゼさんに関して意識が戻ると盲信してるので二人と現実を共有できない。
輝夜さんとライラさんはアリーゼさんと運命を共にすることを考えていたのでアリーゼさんの判断に賛成したリューさんに憎しみを抱いてしまった。
そこに捨て石ならアリーゼさんではなく自分達であるべきだったという後悔まで重なり…
それだけに留まらずアリーゼさんの容体が実際問題分からない上に輝夜さんとライラさんの退院がなぜか妨害されているという【ディアンケヒト・ファミリア】への不信感を募らせる事態が発生している。
よくもまぁここまで問題を深刻にしましたね!この作者!
ま、これを解きほぐしていくんですけどね。
輝夜さんのただの憶測ですが、その憶測を補強してしまうようなギルドへの不信感がある。
ギルドは原作では『ジャガーノート』の情報をリューさんに隠蔽させ、二度目にも結局隠蔽しました。
口封じに動く可能性があると読む輝夜さんは何ら間違っていない。
この疑心暗鬼の沼にはまっていく感じ…このまま沈み続けないといいですが…

あと輝夜さんとライラさんはなんだかんだアリーゼさんのことを信頼し、指揮官として頼っている側面は見られたのでこれだけ取り乱す可能性は十分考えられると思ってます。恐らくアリーゼさんを失うという事態に耐えれないのでは…と。
それはリューさんも同じ。アリーゼさんの安否を直接確かめられず不安が増長するリューさんは…どう動く?

ちなみにですが、この段階における人物相関図を作成しました。宜しければ参考になさってください。
『星乙女達の夢の跡』第一章『深層編』直後人物相関図

【挿絵表示】


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