星乙女達の夢の跡   作:護人ベリアス

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迷える風に女神の激励を

 リューは逃げた。

 

 これまでのリューが全く気付きもしなかった罪を輝夜とライラに突き付けられたことに耐えられなかったのだ。

 

 

 リューの判断がアリーゼを死地に追いやった。

 

 

 そんなことあり得ない。

 

 そんなことあっていいはずもない。

 

 そうリューは信じ込もうとするリューは治療院の中を周囲の静止にも構わず走り抜ける中で考え、一つの結論に至った。

 

 

 輝夜とライラの信じる現実を覆す根拠が必要だ、と。

 

 

 アリーゼ達が件の怪物の情報を隠蔽するために【ディアンケヒト・ファミリア】とその背後にいると考えられるギルドが動いているという憶測を否定しなければならない、と。

 

 憶測を否定すれば、輝夜とライラの絶望は取り払われ、リューの罪も存在しないことになる。

 

 アリーゼを隔離して場合によっては葬ろうという意思がなければ、アリーゼともすぐに再会できる。

 

 そうなれば万事解決。

 

 そんな結論を導き出したリューの思考に遅れてと言っても決して間違いではないが、ボールスから報告を依頼されていたという事実が呼び起こされる。

 

 さらに連なるように未だあの怪物の討伐は完了していないということも思い出す。

 

 

 即ちオラリオへの脅威は未だ取り除かれていないということ。

 

 

 リューにはまだ成すべきことがある。

 

 そして成すべきことを果たした先には…アリーゼの望みを叶え輝夜とライラの絶望も打ち払えるという最良の結果に辿り着ける。

 

 ただ闇雲に行動していただけだったリューに行動目的が生まれた。

 

 リューの頭の中で理想の未来のシナリオが構成された。

 

 治療院を飛び出したリューは一度呼吸を整えた上で矛先を最初に向けたのはギルド。

 

 次に向かうべきは【ロキ・ファミリア】本拠『黄昏の館』と【フレイヤ・ファミリア】本拠『 戦いの野(フォールクヴァング)』。

 

 ギルドを動かし強制任務(ミッション)の発動を要請し、都市二大派閥の戦力と共にあの怪物を討つ。

 

 理想塗れの未来を叶えるべくリューは動いた。

 

 …だがリューの思い通りに物事が進むほど現実は甘くはなかった。

 

 

『そのようなモンスターの出現記録はこれまでにございません。以後の目撃情報や被害を鑑み対処を検討しますので、早急の強制任務(ミッション)の発動をというご要望にはお応えしかねます。まして不確かな情報に基づく強制任務(ミッション)に【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】への協力要請など以ての外です」

 

 場所はギルドの受付。

 

 リューの訴えは偶然居合わせた受付嬢によって等閑に退けられた。ギルド上層部への報告などするにも値しないと言わんばかりの等閑さで。

 

【アストレア・ファミリア】の団員として得ていると思っていた信頼もボールスからの言伝だという事実も何の役にも立たなかった。

 

『不確かな情報』と一刀両断されたという事実は酷くリューを傷つけた。

 

 …それほどまでに信頼されていないと宣告されたも同然だからである。

 

 さらにリューの訴えを一切聞く耳を持たないかのような対応はリューに疑念を呼び起こさずにはいられなかった。…それは即ち輝夜とライラの憶測を肯定するような対応だったということである。

 

 ギルドはあの怪物の存在を認めようとしない。その存在を隠蔽しようと画策している。そう読み取れるのだ。

 

 …隠蔽のためになら何をするか分からない。現にその脅威を放置し続けること自体犠牲を生み得る最悪の判断である。

 

 リューの中で段々と現実味を帯び始める輝夜とライラの憶測。以前より揺らいでいたギルドへの信頼が音を立てて崩れ始める。

 

 それでもリューは立ち止まらなかった。

 

 もはやリューは意固地になっていた。

 

 件の怪物を討てなければ、アリーゼの望みを叶えられないことになってしまう。

 

 …そうなればリューは自らの罪を認めたに等しい。

 

 それだけは避けなければならない。

 

 アリーゼは今もリューとの約束を果たすべく意識を取り戻そうと戦っているはずとリューは信じる。

 

 ならばリューはアリーゼとの約束を果たすべく行動し続けなければならないとリューは確信する。

 

 ただリューとアリーゼの間に信頼があり続けなければならないという意固地のためにリューは動いた。

 

 だが意固地だけでどうにかなるものではない。

 

『…フレイヤ様に会わせろだと?何のつもりだ?何を企んでいる?』

 

【フレイヤ・ファミリア】本拠『 戦いの野(フォールクヴァング)』ではフレイヤに協力を直訴しようとした所、門番の警戒を招き危うく交戦寸前に陥る。

 

 …リューがあまりに単刀直入にフレイヤに会わせろと言ったのが原因とも言えるが、【フレイヤ・ファミリア】側の過度の警戒にも原因があったのは言うまでもない。

 

 実の所【フレイヤ・ファミリア】がリューを過度に警戒したのは『大抗争』以来【アストレア・ファミリア】が【ロキ・ファミリア】と懇意であるのは周知の事実であることにあった。要は【ロキ・ファミリア】の差し金だと思われたのである。

 

 結局リューは門番に追い返され、本拠には一歩たりとも足を踏み入れられないという散々な結果に終わった。

 

 そして【ロキ・ファミリア】の差し金と思われたリューであったが、その勘違いのお陰で【ロキ・ファミリア】との交渉が芳しく進む訳でもない。

 

『君の要望はよく分かった。…君達を襲った不幸には心からお悔やみ申し上げる。そんな脅威となるモンスターが出没したなら、その脅威は即座に排除すべきだ。けれど…その要望を受け入れられるかは別だ。僕達は今不用意に戦力を動かせる状況にない。動かすとすれば、正式にギルドから強制任務(ミッション)が来た時だ。けれどギルドからは一切の連絡がない。だから当面は協力を名乗り出る訳にはいかない。…すまない。【疾風】」

 

 『黄昏の館』では【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディムナとの面会に成功した。

 

 ギルドや【フレイヤ・ファミリア】の時とは待遇が格段に違い、長きに渡って協力してきたフィンの対応はリューの期待を呼び起こした。

 

 リューの説明を真剣に聞き、【アストレア・ファミリア】を襲った不幸を心から心配すると共にライラの安否を気遣ってくれたフィンなら協力してもらえるとリューは思った。

 

 …だが結果はこれまでと同じ失敗。

 

 フィンは【フレイヤ・ファミリア】を刺激することを警戒し、戦力を動かすことだけはできないと言った。

 

 資金援助など戦力における協力以外は引き受けられるとフィンは妥協案として提示した。

 

 だが【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者の戦力がなければあの怪物を撃破するなど当然叶わない。交渉は決裂するしかなかった。

 

 協力を得られなかったことに深い失望を抱いてしまったリューは力なく首を振りフィンの妥協案を断ると、顔を落としたままフィンとの面会の場を立ち去った。

 

 …リューの奔走は結局何一つ実らない…そんな結果に終わった。

 

 それでもリューは諦めようとしなかった。

 

 ギルドと【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】を時を置いて幾度も幾度も訪ね続けた。

 

 だが当然回数を増やせばどうにかなる訳でもなく。

 

 繰り返すうちに相手にもされなくなり門の前で座り込みという形の無言での訴えを続けることしかできなくなっていた。

 

 何時間も座り込みを続け、目障りだとばかりに追い出されれば場所を変えて座り込み。

 

 それでは意味がない。そんなことはリューには分かっていた。

 

 これはただの意固地。

 

 昼夜を問わず寝ることも食べることも忘れて、リューは彼らの協力を得るべく意地を張り続けた。

 

 そうして気付けば三回目の日没が始まっていた。

 

 そのようなタイミングでリューが日没に気付いてしまったのはまるでリューの心を闇が覆い尽くそうとしている証のようにも思えた。

 

 結局残ったのはギルドへの不信感と都市二大派閥への失望、そして脅威を前に団結できないという残酷な現実に対する絶望。

 

 …今度こそリューの心を絶望が飲み込みそうになった。

 

 顔を下に向け、最後に座り込んだ『 戦いの野(フォールクヴァング)』の前をとぼとぼと立ち去ろうとするリュー。

 

 そんなリューの耳に突然透き通るような美しい声が届いた。

 

「やっと見つけたわ。リュー」

 

 その声に思わずリューは顔を上げる。

 

 そしてその声の主を目にした時、リューは大きく目を見開くと共に不意に涙を流してしまった。

 

「アストレア…様?」

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

「…すみませんっっ!!私はっ…私は…」

 

「謝らないで。リュー。…こんなことになってしまって、私の胸も抉れるように痛い。…けれど私はリューがいなかったらアリーゼとも輝夜ともライラともリューとも二度と私は会うことができなかったかもしれない。だから謝らないで。リューはあなたのできる最善のことを成した。リューの成したことに私は誇りを持って欲しいとまで私は思う」

 

「…ぇ?」

 

 アストレアとリューが再会してしばらく。

 

 ダンジョンから直行で【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院にリューは向かっていた。

 

 つまりはあの惨劇を越えてからリューはアストレアに初めて会うということ。

 

 調査に出発してから考えると、ほぼ八日ぶりの二人の再会。

 

 リューはアリーゼとの約束を防波堤に必死に溢れさせないように耐えてきた涙をアストレアを前に抑えることは到底できなかった。

 

 アストレアは涙をポロポロと流すリューに何も言わずに近づくと、優しく包み込むように抱きしめた。

 

 そのアストレアの優しさに甘え、リューはアストレアの胸に顔を埋めてただただ泣いた。

 

 その涙が示すのは、大切な仲間達を失ってしまった悲しみと仲間達を救うことができなかった後悔。

 

 アストレアはリューの感情が手に取るように分かってしまう。

 

 リューの中で言葉も出てこないような悲しみと後悔が溢れ出したことが分かってしまう。

 

 だからアストレアはリューを抱き締め、その背を摩り続けた。

 

 リューの泣く姿を周囲に見せまいとその身でリューを守りながら。

 

 アストレアがリューを『星屑の庭』に連れ帰ったるまでにはかなりの時間が必要だった。

 

 そして『星屑の庭』に帰還した直後、アストレアがリューに説明を求めた瞬間リューはアストレアの前で額を床に擦り付け跪き、自らの無力のせいで七人の仲間が天に還ってしまったことを謝罪した。

 

 だがアストレアは首を振ってリューの謝罪を受け取ることはなかった。

 

 それだけでなくアストレアはリューの成したことに誇りを持つように言った。

 

 アストレアの言葉にリューは思わず顔を上げる。

 

 まるでアストレアはもうリューが成したことを知っているかのようで…

 

「アスフィさんとリヴィラの街のボールスという子の送った使いの子がほんの少し前に別々に『星屑の庭』に来てくれたの。二人から大体の経緯は聞かせてもらったわ。嫌な胸騒ぎがしてどうすればいいかと迷っていた私にとってはとても有り難かったわ」

 

「アンドロメダはともかく…ボールス…がですか?」

 

「ええ。二人ともリューがみんなを助けるために懸命に動いてくれたことをとても驚きながらも褒めてくれていたわ。聞いた私も驚いた。けれどリューならやれるとすぐに納得した。あなたはみんなのことを誰よりも大切に思ってくれてる。だからそんなみんなのことならリューはこれまでできなかったことでもやり遂げてくれるって。リューがやり遂げてくれたお陰で輝夜とライラは無事治療してもらえた。一人残ったアリーゼも連れ帰ることができた。みんなリューのお陰よ」

 

「しっ…しかし…私はっ…アリーゼを…」

 

「何を言ってるの?アリーゼはちゃんと私達の元に戻ってきた。だから誰も何も間違えていないわ。アリーゼもリューも間違ってなかった。そしてアリーゼの安全を考えてくれた輝夜もライラも間違ってない。みんながアリーゼのことをそしてみんな自身のことを考えて行動した。それでいいじゃない」

 

「アストレア…様」

 

 輝夜とライラに問責され迷いが生じていたリューをアストレアに称賛の言葉を贈りリューが間違っていなかったと称える。

 

 それと同時に移送中に輝夜とライラが漏らしていたというアリーゼを一人残したことへの後悔をボールスの送った冒険者から聞かされたアストレアは輝夜とライラも肯定した。

 

 誰も間違っていない。

 

 誰もが仲間を思って行動していた、と。

 

 アストレアはリューにそう説いた。

 

 そしてアストレアは次にリューが『黄昏の館』にいることを読んだかのように現れた理由を触れていく。

 

「そしてボールスさんからの言伝も預かってるわ。リューが地上に帰還すれば、戦力を集めるためにギルドとロキとフレイヤの本拠に行くだろうから、行き先を割り出せたら伝えて欲しいことがあるって。できれば火急にって。最初にフレイヤの所に行って、ちゃんと会えるなんて私も思いもしなかったのだけどね」

 

「ボールスが伝えたいこと…ですか?」

 

 リューはクスクスと笑みを浮かべつつそう語るアストレアに驚きを覚えつつその言葉にさらに驚く。

 

 まずボールスにリューの動きが読まれていたこと。

 

 …確かにリューはボールスにギルドへの報告を頼まれていたためにギルドへ向かうことは容易に予測できる。ただロキとフレイヤの元に即座に向かうと思われていたことを読まれるとまでは思わなかった。

 

 …もしかしたらリューが未だあの怪物の討伐に執着していることをボールスに読まれていたのかもしれない。そう思い至りリューは思わず心の中で苦笑する。

 

 そして何より大事なのはボールスがリューに火急に知らせたいことがあると、わざわざ人を遣わしアストレアに言伝を頼んだこと。

 

 …以前のイメージのボールスだとそんな気遣いをするなど天地が逆転してもあり得ないとリューには思えた。

 

 にも関わらずそれが実現してしまっていることにアストレアは微笑みを隠せない訳であるが、リューはそれに気付かないので関心の向く先は何をボールスが伝えようとしたかであった。

 

「そのネーゼ達の生命を奪ったモンスター…その消息が分かったそうよ」

 

「なっ…ならばすぐにでも戦力を集め…」

 

「ただし見つけたのは大量の灰の山。事情は分からない。アリーゼが倒してしまったのか。それとも別の理由なのか。ただ言えることはそのモンスターは既にオラリオの脅威ではなくなり、早急に戦力を集めて討伐する必要はなくなったということ。もしかしたらロキとフレイヤが動かなくて辛い思いをしてるかもしれないから、出来るだけ早くリューにこの事実を伝えてあげて欲しいって言うのがその子の言伝だそうよ」

 

「…なるほど。それはひとまず良かったです…」

 

 アストレアの告げた事実にリューは息を吐いて安堵する。リューの無力がさらなる犠牲を生むという最悪な流れは回避できたようだった。

 

 …だが最悪な事態は免れても状況が絶望的なのには変わらない。

 

 リューの説得では【フレイヤ・ファミリア】も【ロキ・ファミリア】は動かせなかった。…即ち都市二大派閥の冷戦状態という状況に変化は何ら起きていない。

 

 その上それ以上に不穏な動きを示す存在、ギルドがリューの安堵を早々に打ち消すことになった。

 

「…ですが私の目には状況が良くなったとはとても思えません…ギルドは私の情報を不確かであると一蹴し聞く耳さえ持ちませんでした。輝夜とライラの見立てではそのモンスターの情報を隠蔽するために彼女達を隔離しようとしていると…」

 

「リュー?あなたは輝夜達に会えたのね?…良かった。本当に良かった。それを聞けて一安心だわ。二人とも確実に無事なのね」

 

「まさかアストレア様は二人にお会いしていないのですか…?」

 

 アストレアの深々と安堵の溜息を吐く姿にリューは衝撃を受ける。

 

 アストレアが輝夜とライラに面会できていないこと。

 

 それは二人が外部から隔離されようとしていることの証明に他ならないからである。

 

「…ええ。例の子から連絡を受けてから私はすぐにディアンケヒトの治療院に向かった。けれど受付にそんな二人は入院してないと…」

 

「まさかっ…!私は確かに二人と【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院で…!」

 

「…つまり受付の子供にも情報を共有しない徹底した情報統制の下に輝夜とライラが…待って。リュー?二人ということはまさかアリーゼとは…」

 

「…」

 

 ハッと息を飲み恐る恐る尋ねてくるアストレアにリューは無言で応じる余裕しかなかった。

 

 輝夜とライラ以上の隔離下にアリーゼが置かれている。リュー達の手の届かぬ場所に遠ざけられている。

 

 それはリューの判断が決定的に間違っていたという証明にしかならないように思えたから。

 

「…大丈夫よ。リュー。私の三人に授けた恩恵はまだ消えていない。三人とも無事よ」

 

「しかしっ…!」

 

「…三人の安全を考えると、望ましくないかもしれない。私にも正直ギルドとディアンケヒトが何を考えているのか分からないわ。万が一がないとは…断言できない」

 

「なら一体どうすれば…!?私は…私はっ…!」

 

 アストレアまでもギルドへの疑念を口にし、リューは事実上自らの判断の間違いを突きつけられたと思い取り乱す。

 

 輝夜とライラの言う通り今ではもはや手詰まりだと思えた。

 

 何もせずにいれば、三人の生命をギルドの手に委ねることになる。…最悪の場合三人とも生命を落とす可能性まである。

 

 かと言って【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に救出のために乗り込んでもアリーゼの居場所が分からない。

 

 その上オラリオの一大医療系ファミリアを敵に回すに済まず背後にいるであろうギルドまで敵に回すという最悪の状況に陥る可能性もある。

 

 

 どちらに転んでもリュー達は【アストレア・ファミリア】は詰む。

 

 

 そんな重大な判断をリューにできるはずもなかった。

 

 だがアストレアはリューの目をじっと見据え、静かに言った。

 

「リュー。あなたはどうすべきだと思う?三人のことは…リューの判断に任せるわ」

 

「なっ…!いけません!アストレア様っっ!!そもそもこのような状況に追い込んだのは私の浅はかな誤った判断のせいでっ…私などの判断で動けば、みんながっ…」

 

「リューは誤った判断はしていないわ。怪我を負った三人を治療院で治療してもらおうと考えるのは至極真っ当な判断よ。そして隔離されるかもなんて神である私でも想像してもいなかった。だからリューは悪くないわ」

 

「だとしてもっ…私はアストレア様のご指示に従いますっ!私の判断に委ねるなどあり得ません!お考え直しください!!アストレア様!!」

 

 アストレアがリューに【アストレア・ファミリア】の運命を委ねることを告げたことにリューは声を張り上げ首を何度も横に振り猛反発する。

 

 断固として拒むリューにはアストレアを肯定する言葉も届かない。

 

 それでもアストレアはリューに判断を任せようと言葉を連ねた。

 

「…ダメよ。今度ばかりはリューが判断しないとダメ」

 

「なぜですっ…!ファミリアの命運を決める判断は私などではなくいつもアリーゼがっ…!」

 

「でもアリーゼには話は聞けない」

 

「うっ…」

 

「輝夜もライラもいない。私の大切な子供達の中で今判断を委ねられるのはリューしかいないの。だからお願い。アリーゼのために。輝夜のために。ライラのために。リュー自身のために。…そしてこんなことしか言えない無力な私のために。リューに判断を下して欲しいの」

 

「アストレア…様…」

 

 アストレアの言う通り今ファミリアの命運を決められるのはリューしかいなかった。

 

 アストレアは神だ。神は子供達の進む道を見守るだけ。道を定めることはできない。

 

 

 だから今この場でリュー達の命運を決める判断を下せるのはリューしかいないのだ。

 

 

「…判断したくないのは分かるわ。どちらを選んでも最善の結果になるとは思えない。どちらにも絶望に至ってしまう要素がある。…希望はないようにも見えてしまう。でもそんな風に絶望と戦っているのはリューだけじゃない。アリーゼも輝夜もライラも絶望と今も戦っているはずよ。そして私を含めてみんなが絶望に挫けそうになっている。今の疑心暗鬼の蔓延り、協力をし合うことさえ叶わない現状は迷宮都市(オラリオ)全体に絶望を広げている」

 

「…」

 

「だからこそ絶望を打ち払い、希望を広げるための行動を誰かが起こさないといけない。それを私はリューに任せたい。不安と絶望と心の中で戦いながらも恐ろしいモンスターに立ち向かい、ギルドやロキ、フレイヤの説得に奔走してくれたリューに任せたい。私は今必要なのは行動だと考えているわ。何があろうとも立ち止まらず進み続けること。それが希望をみんなに届けることに繋がる。リューにはそれが出来ると自ら証明した。だから…」

 

「…すみません。アストレア様。考えるお時間を…頂きたいです」

 

「…分かったわ」

 

 リューはアストレアの説得を遮り、目を閉じて瞑想を始めていた。

 

 その様子にアストレアは即座に口を閉ざした。

 

 アストレアは察したのだ。

 

 

 リューが判断を下すことを受け入れてくれたのだ、と。

 

 

 事実リューは自分の心の中の世界に没入し、必死に自らと仲間達のための判断を導き出そうとしていた。

 

 考えた。

 

 アリーゼのために。

 

 輝夜のために。

 

 ライラのために。

 

 生命を落としてしまった仲間達のために。

 

 アストレアのために。

 

 自分自身のために。

 

 状況を整理して、打開策を探って、知恵を振り絞った。

 

 ただ考えた時間はごく僅かだった。

 

 それはリューの性格上判断を委ねられた時に下す判断は一つしかないと言えたから。

 

 リューはいつも通りの思考で判断を下した。それを周囲はいつも暴走であると見做す。

 

 

「…アストレア様。決めました。私は…明日【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に乗り込み、アリーゼと輝夜とライラを取り戻します」

 

 

「…そう。分かったわ。リューがそう選ぶのなら私はリューの背を支えるわ。私はその間にディアンケヒトの本拠に乗り込んでディアンケヒトと直談判するわ。護衛は必要ない。リューはアリーゼ達の奪還を最優先して」

 

「…本当に宜しいのですか?護衛云々よりも前に場合によっては【ディアンケヒト・ファミリア】に済まずギルドも敵に回すことに…」

 

「自分の子供達の安全さえも守れない神が正義なんて語れると思う?私はあなた達子供達を守るという正義のためなら世界だって敵に回してもいいわ。…正直言ってこの判断は平和と秩序を乱すことに繋がるかもしれない…正義ではないと子供達も他の神々も見做すかもしれない。だとしても私は…大切な子供達をこれ以上失いたくない…私はみんなのために行動を起こしたい」

 

「アストレア様…」

 

 リューはアストレアの自分達への愛の深さを改めて思い知った。

 

 この判断は下手をすればこれまでの戦いで平和と秩序を守るべく行動した正義の名の下に行ってきた戦いの意味を打ち崩しかねない行い。

 

 それが例え大切な仲間達のため大切な子供達のためだとしても本来リューもアストレアも行っていいとは言い難い。

 

 だがアストレアは自らの司る正義を踏みにじることになろうともアリーゼ達を助けたいと宣言した。

 

 アストレアの覚悟の重さを計れぬほどリューも愚かではない。

 

 アストレアの覚悟が自分達への深い愛情から来るものだと読み取れない訳がない。

 

 ならばリューもまた覚悟を示さずにはいられなかった。

 

「…アストレア様の御覚悟…深く心に刻みました。私もまた自らの持てる全力を以ってアリーゼ達を助け出します。希望を…取り戻すために」

 

「そう。この判断は希望を取り戻すためのもの。絶望には絶対に繋がらない。私はそう信じてる。だから私もリューも自らのできる範囲でベストを尽くしましょう?」

 

「はいっ…!アストレア様!!ただ…護衛なしでアストレア様をお送りするのは…」

 

「あら?でもリューはアリーゼ達を助ける役割があって私の護衛ができないでしょう?別に私一人でも…」

 

「そっ…そんな訳には参りません!その点は何とか…」

 

 この後しばらく行動派でお転婆な一面を持つアストレアの【ディアンケヒト・ファミリア】の本拠への単独訪問をリューは阻止のために言葉を重ねることになる。

 

 が…リューの説得ではお転婆女神(アストレア)の考えは覆せず。

 

 

 リューは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に向かい、アリーゼ達三人を奪還する。

 

 アストレアは本拠にいるディアンケヒトに直談判をし、事の次第を問う。

 

 

 そんな形で翌日は行動することに決した。

 

 こうしてリューが判断を下したことにより【アストレア・ファミリア】の進む道は定められた。

 

 この判断が希望に繋がるか絶望に繋がるかは誰にも分からない。




次回は暴走妖精とお転婆女神が【ディアンケヒト・ファミリア】へ突撃!
リューさんは元よりアストレア様も平気で敵地に飛び込むヤベー神様ですからね…それこそ戦闘ができない分アルテミス様より肝っ玉が凄いかも…
そしてアミッドさんを始めとした【ディアンケヒト・ファミリア】がアリーゼさん達を隔離しようと画策する理由とは…そもそも隔離自体を画策しているのか…
そこから本来問わないといけないですね。どうなることやら…

そしてリューさんの説得に動かぬギルドと都市二大派閥。
地味に作者の作品で初登場のフィンさん。…まぁ一台詞で本格的登場はもっと後ですが!
まぁ幾度も説明している通りロキとフレイヤの冷戦状態により過度の警戒心が生じており、そもそもリューさんは【アストレア・ファミリア】の平団員に過ぎないので話も通じず。
フィンさんに面会できただけ凄いというかフィンさん優しくない?とか思いつつ状況を把握したかったんだろうな、と冷徹に評価しつつ。
ロキ・フレイヤ・ギルド問題の深入りはかなり先になりそうです。
色々リューさんの身辺を整えてからでないと、問題の解決には動けないので…

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