まどマギ見たことねえんだけど、どうやら俺は主人公らしい 作:東頭鎖国
「お邪魔しま~す」
約束通り、俺はほむちゃんの家に遊びに来ていた。
来るの自体は二度目だけど、こうやってちゃんと遊びに来るのは初めてだな。
「あ……来てくれたのね、まどか。久しぶりに顔を見れて嬉しいわ」
「祝勝会の時以来だからな。そっちは何して過ごしてた?」
「特に何もしていないわね……お店は大体閉まっているし、趣味もまだ見つけていないし。強いて言えば授業の予習をしていたくらいかしら」
「お勉強してたの!?偉~っ!!」
休みを利用して勉強するという発想はなかった。普段全く自宅学習をしないからだ。
宿題がある時はやるんだけど、今回は突然の休校ってことで特に宿題も出されてないからな……。
勉強意欲ってものがまるでない。ちょっとはほむちゃんの事見習ったほうがいいのかな。
「ま、今日は暇だった分遊ぼうぜ!色々持ってきたんだ」
俺は担いできたリュックを下ろし、遊び道具を次々と出していく。
ほむちゃんはそんな俺を見て、何故か思いつめた表情をしていた。
「ほむちゃん、どしたの?」
「え!?な、なんでもないわ」
「そう?それならいいけど、なんか悩んでそうだったからさ」
そう言ったけど、ほむちゃんの表情は晴れない。なんだか様子が変だ。
このままじゃ、遊ぶどころじゃないな。
「なあほむちゃん、本当に大丈夫か?」
「……大丈夫じゃ、ないかもしれないわ」
「え、もしかして体調悪いとかか?大丈夫?」
俺がほむちゃんに近づくと、ガシッと両肩を掴まれる。
そして、真っ直ぐに俺の目を見据えられる。
「あ、え?えぇっと……どしたの?ほむちゃん……」
ほむちゃんは何も答えない。至って真剣な表情をしている。
俺はほむちゃんと目を合わせ続けているのが無性に恥ずかしくなってしまって、つい目を逸らしてしまう。ほむちゃんに気圧されて、動くことが出来ない。
「……」
「……」
そのまま、しばらく沈黙が続く。
やがてほむちゃんが意を決したように沈黙を破り、こう言った。
「まどか。あなたの言うところの『かんちゃん』と最後に出会った時から……ずっと言おうって決めていたの。ハッキリ言うわ、まどか。私は、あなたのことが好き。他の誰でもない、あなたが。わたしはあなたのことを……愛しているわ」
どくんと心臓が跳ねる。こんなにどストレートに好意を伝えられるとは思っていなかった。
告白されたことがないわけじゃない。その時は比較的平静を保っていた。でも、今回は違った。顔は耳まで熱くなっちゃってるし、心臓が早鐘を打っている。
なんでこんなにもドキドキしてるんだ、俺は。
「え、あ……」
「ごめんなさい、こんなこと今言うつもりはなかったんだけど、実際にまどかに会って顔を見たら、決心が鈍らないうちに言わなくちゃって思ってしまって……」
「そう、なんだ」
そう答えるのが精一杯だった。
心の整理がつけられない。でも、ほむちゃんは俺に真剣に好意を伝えてくれた。
だから、俺も真剣に応えたい。応えなきゃいけない。
「ほむちゃん。俺……俺、わかんない。ドキドキして、緊張しちゃって……こんなの、なったことないのに。おかしいんだ、俺。でも……ああ、もう!」
俺はほむちゃんの背中に手を回し、ぐっと抱き寄せる。
なんでこんなことをしたのか自分でもわからない。
ただ、身体が勝手に動いた。無性にそうしたかった。
「ま、まどか……!?」
お互いの身体が密着する。お互いの心音が伝わる。
ほむちゃんの心臓の鼓動も俺と同じで、とても早かった。
ああ……ほむちゃんもすごく緊張しているんだ。
それが伝わってきて、なぜだかどうしようもなく愛おしく感じた。
「ほむちゃん」
俺はほむちゃんの頭を優しく撫でる。ほむちゃんは手が触れた時に一瞬ぴくっと身体を硬直させたが、そのまま俺に身を任せてくれた。
「ほむちゃん。すっごく勇気を出して言ってくれたんだよな」
「……うん」
「俺、すごく嬉しいんだ。ほむちゃんが好きっていってくれたの。そうしたら頭がカーっと燃え上がっちゃって、すごくドキドキして……こんな気持ちになったの、初めてなんだ。ほむちゃんのこと、抱きしめたくなったんだ……俺、変になっちゃったのかな」
「ううん、嬉しい……そのまま、離さないで」
ほむちゃんも俺の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。
俺はその間、ほむちゃんの頭をずっと撫で続けていた。
やがてほむちゃんは不安げな声で、ぽつりと零した。
「ねえ、まどか」
「ん?」
「これ、夢じゃないのよね」
「うん、夢じゃないよ」
「あなたは間違いなく、ここにいるのよね」
「うん、ここにいるよ」
「……もう、私を置いてどこかに行っちゃったりしないよね」
「絶対にしない。ほむちゃんとずっと一緒にいたい」
「まどか……私、怖いの。今が幸せすぎて、夢なんじゃないかって。目が覚めたらまた病院のベッドで、ひとりきりになってるんじゃないかって……!」
「夢なんかじゃないよ、俺はここにいる。もしこれが夢だったとしても、現実の世界まで殴り込んでほむちゃんの病室まで駆けつけてやるよ」
「ふふっ、なにそれ……でも、まどからしいわね」
不思議と、緊張は和らいでいた。二人でいる時間が心地よかった。
それと同時に、自覚してしまった。
ああ、俺――この子のことが、好きなんだ。
「ほむちゃん」
「なに?」
「俺、ほむちゃんのこと……好きみたい。愛してる、っていうやつみたい……」
そう言うとほむちゃんは身体を離し、至近距離で俺の顔をしっかり見据える。
今度はもう、恥ずかしいからって目を逸らしたりしない。俺も自分の気持ちが分かったから。
「……本当、に?嘘じゃないよね?私に気を遣って言ってるとかじゃないよね?」
「こんな時に嘘つくわけないでしょ。それでも疑うんだったら……」
俺はほむちゃんに顔を近づける。そして……。
ちゅっ、と。
意を決して、唇を重ねた。
「……これで、嘘ついてないって、わかったろ?」
うわあああああああっっ、やっちゃった!うわあああ~~~~っ!!!!
死ぬほど恥ずかしい。自分からこんな台詞が出るなんて、こんなことしちゃうなんて!!
ほむちゃんはどんな反応してる!?引いちゃったりしてないよな?
「……ほ、ほむちゃん?」
返事がない。
その代わり、俺の身体に体重を預けてもたれかかってくる。
ちょっと心配になって、顔を見てみる。
「……き、気絶してる……」
ほむちゃんは茹でダコのように顔を赤くして、気を失ってしまっていた。
もしかして……刺激が、強すぎた?
・・・・・・
――暁美ほむら
「ん、う……」
「あ、起きた。大丈夫?ほむちゃん」
目が覚めると、視界いっぱいにまどかの顔が映っていた。
後頭部には柔らかい感触がする。これは、まさか……膝枕?
「あ、これ?前ほむちゃんがやってくれてたの思い出してさ。意外と足痺れるね、これ」
「気持ちは嬉しいけど無理しなくていいわよ、まどか」
「ごめん、それじゃお言葉に甘えて」
まどかは私の頭をゆっくり下ろし、ごろんと隣に寝転がる。
そして、私の手をぎゅっと握ってくれた。
「恋人っぽいことって、こんなのしか思いつかなくってさ」
そう言ってまどかは恥ずかしげに笑う。
恋人。他ならぬまどかの口からその言葉が出てきたことによって、急速に実感が湧いてくる。
「……恋人同士になったのよね、私達」
「うん。好きだよ、ほむちゃん」
返事の代わりに、私はぎゅっと手を握り返す。
二人揃って仰向けに寝転がり、天井を見上げてぼうっとする。
静かで、優しい時間。私はその中で、まどかと結ばれた事実を噛み締めていた。
……こうしていると、あの時のことを思い出す。
『まどか』と共に力尽きた、あの日のことを。
あの時は、彼女が自分と引き換えにグリーフシードで私の生命を繋いでくれた。
あの時は魔女になるのを食い止めるため、彼女に引導を渡すことしかできなかった。
……でも、今は違う。魔女も魔法少女も、もうこの世に存在しなくなった。
その代わり、魔法少女の願いがもたらした奇跡も、災いも、何一つ消えてはいない。一度起こったことは、無かったことにはならなかった。願いによって一命をとりとめた巴さんの身体は傷一つついていないままだし、佐倉さんの家族は生き返らない。
魔法少女が文字通り魂を込めた想いとその結果は、消えることなくこの世界に息づいていた。
それが良いことであろうと、悪いことであろうと関係なく。
私の身体も……ソウルジェムが消えたことを除けば、魔法少女だった時のままだ。視力は眼鏡を必要としないほど良好だし、長いこと苦しめられた心臓病がぶり返す気配も全く感じられない。
それは私にとって幸運だった。もし病状がそのままだったら、比喩抜きでドキドキしすぎて心臓が止まるかもしれなかった。そんなことになったらシャレにならない。
この身体のままでいることについては、まどかと『まどか』に感謝しなきゃいけない。
インキュベーターに感謝?そんなのは死んでも御免だ。
「ねえ、まどか」
「んー?」
「大好きよ」
「あははっ、知ってる。すっごく嬉しい」
お互いにお互いの顔を見て、微笑み合う。
さっきまではあんなにもドキドキして緊張していたのに、今は心の中がすごく穏やかだった。
だって、まどかと心が通ったって分かるから。一緒にいると、安心できるから。私はこの人と、ずっと一緒にいたい。
例え死がふたりを分かったとしても、ずっと、どこまでも……永遠に。
・・・・・・
そうやって俺とほむちゃんが恋人になってから、6年が経った。
あれから俺たちの周りでは、色々なことがあった。
俺を含むみんなが、それぞれの未来を歩きだしていた。
まず、マミ先輩。
なんと高校に入ってから調理師免許を取得し、本格的に料理の道を進み始めた。
将来は自分の店を持つのが夢らしい。マミ先輩らしい、すごくいい夢だと思った。
もしマミ先輩のお店ができたら、絶対に通い詰めようと思う。
杏子は今でもマミ先輩と一緒に暮らしている。
あの後マミ先輩の親戚さんと養子縁組をして『巴杏子』となったおかげで、学校にも再び通えるようになった。マミ先輩が親戚さんに必死に頼み込んだ結果らしい。
その甲斐あって、今は地元の大学に通う普通の学生として暮らしている。やりたいことはまだ見つけていないらしい。
本人曰く『なんでもいいから、あたしはマミさんの力になることがしたい』とのこと。
今は勉学よりバイトに打ち込み、収入の殆どをマミ先輩に渡しているらしい。
マミ先輩はそんなことしなくてもいいのに……と言っていたが、それではあたしの気が収まらないと言って半ば押し付けるように渡していた。マミ先輩もそこまで言われたら杏子の意を汲み取るしかなく、その代わりにご飯のグレードを上げてひっそり杏子に還元しているらしい。
さやちゃんは、杏子と同じ大学に通っている。杏子とは今も友達付き合いが続いていて、結構頻繁に遊ぶらしい。本人曰く『腐れ縁』だと言っていたが、とても仲が良さそうだった。
そうそう、ここだけの話だが……さやちゃんには彼氏がいる。
高校の頃に知り合った男子と馬が合い、そのまま交際に至ったらしい。
それは、さやちゃんがジョーのことを完全に吹っ切ったことの証でもあった。
俺も会ったことがあるが、明るくて優しい、気のいいやつだった。少なくとも、さやちゃんのことを任せてもいいと思える程度には。
『将来の夢?そうだなー……立派なお嫁さんかな?なーんて!』と冗談交じりで言っていたが、さやちゃんなら間違いなくなることが出来るだろう。俺が保証する。結婚式の時はぜったい俺が友人代表スピーチをするって約束をした。早くその日が来ることを祈っている。
そして、とみちゃんは今……なんと、ジョーと付き合っているらしい。正式に付き合い始めたのは最近のことらしいが、中学の頃からずっとアタックを続けていたのだ。ジョーにとっても、とみちゃんの存在がいつの間にか非常に大きな心の支えになっていたらしい。
とみちゃんの並々ならぬ根気が、ついに実を結んだのだ。
これには俺もさやちゃんも、素直に称賛して祝福せざるを得なかった。
お相手のジョーはというと……実は去年からバイオリン奏者に復帰し、期待の新人としてめきめきと頭角を現しているらしい。
中学の頃は現代医学では治らないと言われていた腕だが、二年前に革新的な治療法が確立し、その手術を受けることで無事完治に至ったらしい。
その後一年にわたる過酷なリハビリをこなし、ついには再びバイオリンで表舞台に立つことができるようになったわけだ。随分とブランクがあったにも関わらず完治からすぐに復帰できたのは……入院中もずっと諦めていなかったから、だそうだ。
もどかしい気持ちをこらえてバイオリンのCDや動画などを聞き込んで常にイメージトレーニングに打ち込み、時には作曲も行い、時にはバイオリンを教えてほしいと頼んできたとみちゃんに指導を行なったりして。
いつか弾けるようになる日を信じて、ずっと頑張ってきたらしい。
やっぱり、尋常でないガッツのある男だ。
そして、俺とほむちゃんはと言うと……。
「いやー、ついに来たぞ名古屋!味噌カツ、きしめん、ひつまぶし!楽しみだな~」
「まどか、本来の目的を忘れないでちょうだいね?ただ観光に来たわけではないのだから」
「わかってるよ。取材と調査、だろ?今回は織田信長公ゆかりの魔法少女について」
俺の頭の中には、未だに志半ばで斃れた魔法少女たちの記憶が残っている。
その中には歴史に名を残し、語り継がれている人物もいた。
また、魔法少女の願いで歴史に大きな変革を与えたにも関わらず、その名が語り継がれぬ人物も数多くいた。
実際は魔法少女だったにもかかわらず、男性として歴史に語り継がれている人物もいた。
その子達の頑張りを、正しい姿を知っているのが現代ではおそらく俺だけだというのは、あまりに寂しかった。悲しかった。
もっと多くの人に、みんなの本当の想いを、頑張りを知ってほしかった。
絶対に、なかったことにはしたくなかった。
それで、思いついたのが……文章にして世に出すことだ。
当然、フィクションとして。魔法少女だのなんだの言われても、誰も事実と信じまい。
だからせめて、知る限りのことを全てありのまま書こうと決めた。
そのための取材として、俺とほむちゃんは日本各地を旅していた。
魔法少女の記憶はあくまでも一部なので、リアリティを高めるには色々な勉強をする必要があった。今回の取材旅行もその一環だ。
それだけではなく、魔法少女たちの生活の名残を肌で味わいたいという気持ちもあった。
時代が過ぎ、景色が変わったとはいえ、その子たちが育った家や、子供の頃の遊び場。生命賭した戦場や最期を迎えた土地……そういった場所を巡ることにより、記憶の解像度が増していく。あとはそれを文章に起こすだけだ。
変に脚色を加えることはあまりしない。その子達のありのままを知ってもらいたいから。
自分でも意外なことに俺はそっち方面の才能があったらしく、今では一端のプロ作家だ。
一緒についてきたほむちゃんはというと、普段はシェアハウスに二人で一緒に住んでいて、ズボラな俺の面倒を全部見てくれている。旅の計画も資産管理も全部ほむちゃん任せだ。本当に、頭が上がらない。俺、ほむちゃんがいないと何もできん。ナチュラルに財布の紐握られてるし。
昔は世間知らずで抜けている部分もあったが、本当にしっかりものになったと思う。
でも人見知りなところは未だに治ってはおらず、知らない人と話す時は常に俺の後ろに隠れてしまうレベルだ。可愛らしい。
そんな愛しい人と手を繋ぎ、しっかりと指を絡めて握る。離れないよう、しっかりと。
もはや数え切れないくらい繰り返した動作だ。
「ほむちゃん。しっかりついてきてね」
「勿論。あなたが行く場所なら、宇宙の果てまでついていくわ」
俺達は並び立ち、二人一緒に歩き出す。お揃いの白いリボンを身に着けて。
過去に生きた人々の歴史を現在に書き残し、未来に伝えるために。
「さあ、行くぜ行くぜ~~!!」
白い女神が、俺たちの後ろで微笑んだ気がした。
本当の本当に終わり