読まなくなった本、魔導書、不要なスクロール、買い取ります! 作:竜田竜朗
一話前にて、武器の大鎌の名前が「ぶーちゃん」と「むーちゃん」の二つの名前が出てしまいました。正しくは「むーちゃん」です。混乱させてしまい申し訳ないです(><)
お昼過ぎ、所変わって【MO】ではユノが黙々と作業をしていた。その作業内容とは「ハンドラベラー」というユノのよく知らない道具を使って本に「ラベラーシール」と「ちゃんこーど」とかいうこれまたユノの知らない物を貼る作業だった。やれと命じて来たオーナーに一体どういう物なのか問いただすも、「そろそろアイツらが来て人工衛星のシステムが全部クラックされそうだからこっちの方式にレジごと変更する」との事。もう何が何だか分からなかった。首を傾げたら「だろうな」と言われて憤慨したが、冷静に考えて彼の言葉が意味不明なのは今になって始まった話じゃなかったので諦めた。
「うぅ〜ん……っと、やっと終わった……」
ずっと続けていた作業もようやっと終了した。と言ってもほとんどはオーナーがやってくれたので、実際は昨日今日の話ではあるのだが。
「(……今日はやたらお客さん多かったし、何だかどっと疲れたよ)」
盗賊の捕縛作戦だの大量発生した「ビーストバイト」だの、「タイラントトレント」の出現だの、オールヴェールの外は騒がしいらしい。それが重なっているせいか、今日はやたらスクロールと魔導書が売れた。お店としてありに余っている通常の本を買って行って貰いたい所なのだが、まぁハンター達が文学を嗜むとも思えないので仕方の無いことだ。
「終わったのか?」
「あ、オーナー」
在庫置き場──もといこの店の地下で作業をしていたオーナーが戻って来た。
「うん。全部棚に戻しておいたよ」
「そうか。助かった。一昨日言った通り、週末にレジごと変えるから、来週から精算方法とかも真新しくなる。それ用のマニュアルは新しく作っておく。もちろん直接も教えるが覚悟しといてくれ」
「ぅ……また全部覚え直しって事なんだね……」
今使っているレジという物も、今は手馴れたが使い始めは覚えるのに苦労した事を思い返してゲンナリする。
「しかも今の奴より機能的には劣化するから、覚えること多いぞ」
「勘弁してよ……」
ごく稀に持ってくるオーナーの機械はユノには複雑過ぎた。これも「アイツら」とか言うのが「人工衛星」とかいう物を「クラックする」かららしい。どこのどいつか知らないが仕事の邪魔をしないで欲しいなと、知らない誰かに心の中で文句を言いつつ──
──ガチャ
と、店の扉が開いた。
「「いらっしゃいませ」」
と、二人は条件反射で歓迎の言葉を発したが、入店して来た者を確認するなり、歓迎の言葉は要らない人種だと理解する。
「ユノ・グレイスロータ様とお見受けする」
「……はいはい、そうだよ」
入って来るなり硬い口調で確認を取った、黒地に青と赤の装飾を施したローブの女性。きっちりと膝下から首元までファスナーで閉じられ、フードで顔を隠したその格好。そして何より、首からチェーンを通してぶら下げた、五芒星を円で囲った紋章が身分を表している。
「突然の訪問を謝罪する。私は王宮魔法師の一人だ」
「うん、見ればわかるよ」
面倒臭いです。と顔に書いてある様にしか見えない表情でユノは返す。
「……此度は、現在北東で繰り広げられている魔界の旧魔王軍との戦闘を、グレイスロータ様に救援頂きたく参った」
硬い口調ではあるし、王宮魔法師という立場も相まってか高圧的な態度にも感じられるが、言葉の後に一礼を入れ、ピシッと背筋を張って言うなりと礼節は弁えられている。王宮魔法師の在るべき姿、そのものだった。
「断るよ」
が、ユノは間髪入れずに拒否する。この場に置いて態度が悪いのはどちらかと言うとユノの方だ。
「…………私が、王宮魔法師である事を理解した上で、拒否されるか?」
一瞬の沈黙から出てきた言葉は、脅しとも取れる言葉ではあったが。
「もちろん」
残念ながらユノが相手では脅しにもならない。
「……現在、我が王国軍は北東と」
「入口に突っ立って居られると営業の邪魔だから早く帰って貰えないかな?それともボクが送り返してあげようか?」
事の重大さを知ってもらいたく、頼まれてもいない解説を始めようとした王宮魔法師の言葉を遮り、今度はユノが脅す。
「仲間達がっ!……危機的な状況にあります……どうか、御助力願えませんか……」
食い気味に、泣き落としにも見えるその懇願は王宮魔法師の物ではない。名前の知らない誰かの心の底からの物だった。再び頭を下げる。ユノ達からすれば彼女は突然現れた国からの遣いだが、彼女にはとってはユノが最後の希望になっているのかもしれない。
「はぁ……それが一体ボクに何の関係があるのかな?ボクはボクの目の付かないどこかで誰がくたばろうと構わないんだ」
それを分かっていても、ユノはそう拒絶した。
「どうして……あなたはそんなになってしまわれたのですか……」
「ボク元からこんなだよ?」
「いいえ!そんな事はありません!私が憧れたあなたは、気高く、強く、困っている人を見付けたら助けずにはいられない、そんな人でした!」
「そう見えていたなら良かったよ」
売り子リ言葉に買い言葉で話は停滞する。話を聞く限り、この王宮魔法師はユノに憧れていた様だった。だからこそ今のユノに対する失望からこういう言葉が出て来てしまっているのだろう。最初の王宮魔法師らしからぬ口調がどこかに行ってしまっている点からそれは明らか。
「あなたが動けば、数百の命が救われるんです!」
「だからそれが」
と、再び繰り返されようとしたその時だ。
「落ち着けお前ら」
ここでやっとオーナーが割り込んだ。
「ここで言い争う時間があんのか」
「……ユノ様を墜落させた貴様が何を偉そうに……っ!?」
遮ったオーナーに対してそんな憎まれ口を叩いてしまうが、それは間違いだ。
──ゾワリ
と、彼女の背中に冷たい何かが走った。
「…………」
ユノが飛ばした、ただの殺気だった。王宮魔法師として活動してきた中でも感じたことのない特大の殺気だ。背筋に死の恐怖が走る感覚。いくつかの死線を超えてきた身だからこそ分かる、ヤバさ。
「分かったら少し話を聞いて、俺の質問に答えてくれ」
体を強ばらせる彼女に対して、オーナーは淡々と事務的に話を進めていく。
「戦況を変えられればいいんだろ?」
オーナーの問に、彼女はコクリと頷く。
「なら別にユノじゃなくても良いわけだ」
「……キュベレーと
敵の名前を挙げて、遠回しに事の重大さを説明する。そのどちらも旧魔王軍で有名な存在だった。
「基本的に、戦争において個人の力は大した影響にはならない。例外はあるが、そいつらは例外に当てはまらない。……ユノ、なんかスクロール書け」
「……なるほど、うん、分かったよ」
オーナーに言われて、ユノは素直にそれに従う。カウンターの下のスペースから白紙の羊皮紙とペンを取り出して、スラスラと魔法陣を描いていく。
「個人の力が大した影響にならないのに、スクロールは違うと」
「スクロールがとかいう話じゃない。コイツの力はその例外だと言ってるだけだ」
「……それは承知の上だ。だからこそ」
タン。と、ペンがカウンターに置かれる音がした。それがスクロールの完成を意味している。
「子供の喧嘩に大人が首を突っ込むのが野暮だと言うよね。ちょっと背中を押してあげるくらいなら良いけどさ。そういう話だよ」
言いながら、ユノは今完成させた、たった一枚のスクロールを、机の上で滑らせて彼女に差し出す。
「これは……業火の魔法陣……?いやこの形は……ファイアボールが……上空で停止……?これは一体……」
「ボクなりに業火をアレンジした魔法、フレアさ」
未知の魔法陣を解析しようと王宮魔法師が頭を回転させるも完全な解析には至らず、対してユノは自分の命名した魔法の名前を口にした。
「戦場に出てる王宮魔法師は?」
「私を含め四人です」
「じゃその全員でそのスクロールを使って発動させて。多分四人いればギリギリ足りるから」
一瞬、ユノの言葉を理解し切れなかった王宮魔法師が固まる。
「複製して大魔法化なんかさせちゃダメだよ。不発になるか暴発する」
「……四人で一枚のスクロールを扱うなど、聞いたことも」
「四人で四つ角持って魔力を流せばいいんだ。それだけでハッピーになれる」
なんて笑顔でユノは告げた。嘘や偽りの雰囲気は微塵もない。問題に悩む子供に対して答えを渡す大人の様な、そういう余裕は見えた。
「……有り難く、ちょうだい致します」
思うところが無いわけじゃない。それでも手段は選んでいられない。与えられた答えに縋る惨めを晒してでも、勝たなくちゃいけない。そういう思いでスクロールに手を伸ばし──スっと下げられた。
「70000Zになります」
「……えっ…………」
沈黙が場を支配する。
「……あの、後日、お金を持って」
いくら王宮魔法魔法師と言えど、そんな大金を持ち歩いているはずも無かった。
「そちらが出口になっています」
と、ユノが扉を指さす。なんと言うか商魂逞しいを超えてただのクズだった。
「…………金策に走って参りますので、取り置きをお願いできませんか」
「閉店時間は17時だから、それまでにお戻りください」
「ありがとうございます……では…………なぜこんな人に……っ!」
瞳を濡らし、恨み言を言ってから扉を開けて、王宮魔法師がオールヴェールの街中を駆け出す。ユノとオーナーはそんな彼女を取り敢えず見送った。
「…………って言うことでいいんだよね?」
やってやったぜ完璧だろと自信に溢れた笑顔でオーナーに振り向くユノ。
「いや別にそこまでしろとは言ってないが」
「えっ」
だが返ってきた言葉は予想と違った。
「取り敢えず渡して帰ってもらえばいいと思ったんだが」
「あれ……?」
「まぁこれはこれでいい。売上にはしないからお前が持ってろ」
「……うん。じゃあ週末に三人で美味しい物でも食べに行こうよ」
「ン、御馳走になろう」
意図せず──いや意図して手にすることになる大金で、週末の楽しみができた。そう言えば三人で外食なんてした事無かったなとユノは思いつつ、せっかく初めての外食ならうんといい所に行こうと決め──
「……なんでもいいが、フレアってなんだよ。聞いた事ないが自作か?」
「……う、うん……」
思考が飛んで、生返事だけする。
「あれか、いつだかやってた「ボクの考えた最強の──」」
「うわああああああ!!あー!あー!あぁーなんの事だろうなぁー!!」
思わぬ所で黒歴史を掘り返されて、頭を抱えるユノだった。
その後、無事に「フレア」のスクロールをユノから購入した王宮魔法師はそれを持って戦場に戻り、ユノから購入したスクロールを使い山一つ消し飛ばす事で旧魔王軍を撃退したが、それはオールヴェールに住まうユノ達には何の関係も無い話だ。
「ただいま帰りましたー!」
いつもの様にアルカは元気いっぱいに挨拶をして帰宅。久しぶりに愛鎌むーちゃんを振り回せたのもあって、テンションは高い。
「おかえりアルカちゃん」
「はいっ!ただいまですユノさん!すぐ着替えてきますね」
そう告げて店の奥へ行き、階段を登って三階へ。自室に入って制服を脱ぎ、私服へ着替える。制服はきちんとハンガーに掛けて、最後にエプロンを付ければ立派な店員さんの格好になる。部屋の姿鏡できちんとしているのを確認して。
「……よしっ」
と、部屋を出て一階へと降りる。
「来たね」
「はいっ!今日もよろしくお願いします」
仕事の時間が始まった──が。
「…………」
「…………」
ポツンと、ユノとアルカの両名はカウンターに立っていた。
「……あの、昨日やってたあの作業は」
「お昼過ぎに終わっちゃったんだよね」
「そしたら……お掃除とか」
「あはは、さっきしたばっかりなんだよね」
「…………」
「……うん、ごめんよ」
仕方ない事ではあるが拍子抜けというやつだ。これまで暇は暇でも何だかんだやることを探せばやることはあった。だが今は探しても無いという事態。
「一応、買い取り終えてお店に並べるための物はあるんだけど……」
「じゃあそれを」
「あんまり量がないし、どれもこれも今お店に並べると本棚どこもパンパンになっちゃうから」
「……引き下げて下に持っていくのも、アレですもんね」
「そうそう。だったらいくつか売れてスペースができたらとか、明日の買取を待つとかしたいんだ」
なるべく手間を掛けたくないという理由だったが、アルカは納得。出した物をまた後で下げるなんて二度手間を掛けるくらいならという虚しさは分からなくはないからだ。
「(……あ、そうだ)」
業務に関係ない事だが、聞いてみようと思っていた事が頭の中に思い浮かんだ。今日、学園で知った事の一つだ。
「あの、ユノさんはブラッドウェポンって知ってますか?」
「もちろん。アレがどうしたの?」
アルカの質問に対して、ユノは頷いた。
「今日ちょっとだけお話を聞いたんですけど、私、どういう物なのか全く知らないから、お話についていけなくて」
「……うーん、なんて説明しようかな」
顎に手を当てて考えるユノ。言葉を選んでいる様だった。
「かつて魔王を倒した勇者を支えた鍛冶師が作った、呪いの武器って言われているよ」
「……呪いの武器……」
「どこにあるかは誰も知らない。どうしようもなくなって、この世の全てをぶち壊したいと心の底から願う者の前に降臨する。そしてその願いを果たさせるべく力を与える。願う者が果てるまで、ね」
果たさせる。果てるまで。自分以外の者を殺めることと、自分が死ぬことを表すのは考えるまでもない。
「だから呪いの武器、なんですね」
「……まぁ、解釈次第だよね」
「解釈、ですか……?でも人が死んじゃうまでって」
──ガチャッ
と、音を立てて店内の扉が開いた。
「「いらっしゃいませ」」
と、ユノとアルカがお客様に歓迎の言葉を掛ける。話は一旦終わり、仕事の時間だ。
「こ、こんにちは……」
そのお客様はまだ10になったかなっていないかくらいの少年だった。おっかなびっくりな感じでそう挨拶し、そそくさと店の奥に足を運んでいく。
「(……あの子、緊張してるのかな?)」
そこまで敷居の高いお店に見られているのか。はたまたユノの存在に気付き怯えていたのか。何にせよ挙動不審に感じられた。
「……あっ」
「どうしたんですか、ユノさん」
「仕事を一つ忘れてたんだ」
と言うなり、ユノはカウンター下のスペースから「ハンドラベラー」と呼ばれていた道具を取り出して、ツマミを回していく。
「それ面白いですよね。押した時にカシャンって言うの。なんか気持ちいいです」
「遊び道具じゃないのは分かってても、確かに面白いよね」
言って、ユノはツルツルとした紙にカシャンとシールを貼っていく。インクで200Zと印字された物をツルツルとした紙に貼れるだけ貼る。テンポよく、小気味いい音が響く。
「かしゃん、かしゃん」
「……へいっ!」
「かしゃん、かしゃん」
「へいっ!……って、何をやらせるんだい」
「えへへっ」
なんてちょっとだけ遊ぶ。口ではそう言うものの、ユノも楽しそうに笑っていた。
まぁ、だからか。アルカもユノも気付くのに遅れてしまった。今さっき入って来た少年が、店内を駆けてドアを勢いよく押し開けて行ったことを。
「あれ……今の子……」
アルカがそう言った時にはもう、少年は店の外へと出ていた。出て行ってしまって、気が付いた。
「うん、万引きっぽいね」
「え、えぇ!?お、追わないと……」
「大丈夫大丈夫。今日はオーナー居るから」
と、ユノは作業の手を止めることなく言い切った。オーナーが居るとは言うが、彼は在庫置き場に行っていてこの場には居ないのだが。
「一体何がだいじょ……えっ」
──ザザザザザザッ!
と、地を擦って滑るような音と共に。扉が勝手に開き。
「……えぇ……」
先程の万引き犯の少年が帰ってきた。
アルカが困惑している理由は一重に、その万引き犯の少年がべったり地面に腰を下ろして足を伸ばし、まるで背中を何かに引っ張られるようにして滑って店内に戻ってきたためである。「奇妙な絵面」以外に表現する言葉が見当たらない。
そのままカウンターを挟んでユノの前に停止し、足を伸ばしたまま胴が浮き上がるようにして直立した。どう見ても人間の動きじゃない。そうして、カウンターを挟みユノと向き合う形になる。
「先に言っておくと、万引きはボクの裁量で最大半殺しまでいいと言われているんだ。それで、どうして万引きなんてしたのかい?」
検品作業の手を止め、ユノは至って平坦と話す。あの動きを見ていても驚いてはいなかった。
「ご……ごめんなさい……」
「うーん、理由を聞いているんだ。別に謝って欲しいわけじゃない」
「(……ユノさんこわい……)」
怒気を含ませる事もなく、淡々と問い詰める様なユノにアルカはそんな感想を抱く。子供は「悪い事をしたら謝る」という当たり前の事を親から教わる訳だが、それが通じないユノのやり方。幼い子供にやる事じゃなかった。
「そ……れは……」
「……君は、お金を払わずにお店の物を持っていくのは悪い事だって分かっててやったんだろう?」
「はい……」
「そしたら、それにはそれ相応の理由があるとボクは思ってるんだ。それが知りたい。教えて貰えるかな?」
口では「かな?」と言っているがアルカには「教えろ」と命令している様に聞こえた。
「…………弟が……読みたいって……」
「弟さんが。そうしろって?」
「違うっ!弟が誕生日なんだ!何が欲しいか聞いたらこの本を読みたいって!……でも、僕はお金ないし……お父さんとお母さんもお仕事でいないから……」
「ふむ……」
断片的にしか分からないが、恐らく本当に持ち出した本をプレゼントしたいだけなのだろう。だがお金が無いからこうするしかなかった。お金の無さは彼の身なりを見れば分かる。服が少し破けているからだ。ハッキリ言ってみすぼらしいと感じる身なり。情状酌量の余地はあるんじゃないかとアルカは思った。
「そうかい。じゃあ罰を受けるのと憲兵に突き出されるの、どっちがいい?」
それはユノも思った様だ。これで問答無用で憲兵に突き出そうとしたらアルカも声を出そうかと思ったが、そんな事にはならなかった。
「……ばつ……?」
「怒られるって事さ」
「…………そっちで……お願い……します」
「うん、示談成立だ。君には一時間ちょっと仕事を手伝って貰おう。……明日やる予定の品出しでいいかな。アルカちゃん、悪いんだけど、カウンターお願いできるかな」
「任せてくださいっ!!」
いつもにましてやり甲斐のあるシチューションになった。先程アルカに対して却下した、明日やるために準備した品出し用のラックを押して売り場に出るユノと、それに追従しながらユノに品出しを教えて貰う少年。
それ傍から眺めていると、自分もこうして教えて貰ったんだというちょっと不思議な気持ちが湧いてくる。
「──だから、この本はどこの棚が正解かな?」
「こっち!」
「うん、そうだね」
「……お姉さん、この本の名前って……」
「これは「
「うんっ!!」
「(……なんか、癒されるなぁ)」
姉と弟の様な、はたまた親子の様な。ちょっと心温まるそんな二人の仕事ぶりを、アルカはぼーっと見ていた。
結局、ユノと少年の品出しはすぐ終わってしまい、綺麗ではあるがダメ押しで清掃をしていた。別にホコリは無くとも床を掃き、棚に並べられた本と本の間に柔らかい布を通して、ホコリは無くとも払う。正直にやらなくてもいい仕事で、これじゃ仕事の達成感なんか全く得られるはずもないのだが、少年はとても楽しそうに従事していた。
「お姉さん!見てここ!綺麗になったよ!」
「本当かい?ありがとう」
「へへっ!」
笑顔を浮かべて褒めるユノ。本当の姉の様なその振る舞いに、「やっぱりユノさん大人のお姉さんだ……」と改めてユノに尊敬の念を抱き──そして、少年の楽しい仕事の時間も終わりになった。
「うん。これで罰の時間も終わりだ」
「……そっか……お姉さん、ごめんなさい」
「もうやっちゃダメだよ。お金が必要になったら、きちんとお父さんとお母さんに言うんだ」
「……はい……」
頭を下げる少年。反省の念は強く伝わってきた。
「お疲れ様。それじゃあこれ」
と言って、ユノは少年に、彼が先程盗んでいった本を差し出した。
「えっ……でも、これは……」
「一時間を少しだけ超過してしまったからね。余剰分はこの本で埋め合わせとさせてくれないかな」
「おねえさん……ありがとうございます!!」
そうして少年は笑顔で本を受け取った。
「うん。じゃあ、早くお家に帰って、弟君に持って行ってあげなさい。きっと、君の帰りを心待ちにしているよ」
「はいっ!おねえさん、そっちのおねえちゃんも、今日は、ありがとうございましたつ!」
「またね」
「まったねー!」
バタンと、MOの扉が閉じられた。しばらくはタッタッタッと少年がオールヴェールの街中を走っていく音が聞こえ、やがて聞こえなくなり、また店内に静寂が戻った。
「弟さんが喜んでくれるといいですねっ!」
「そうだね」
アルカの言葉を肯定しながら、ユノはカウンターの中へと戻り、中断していたハンドラベラーを用いた作業に移る。
「……でも、ユノさんごめんなさい。私、あの子の万引きに気付けなくて」
「優しいアルカちゃんの事だ、緊張してるのかなとか、そういう風に思っちゃったんでしょ?」
「ぅ……あたりです……」
そう思っていた事を言い当てられ、バツの悪そうに顔を歪めた。
「結構よくある事だから、気を付けて」
「そう、なんですか」
「……うん。まぁ、この街の汚い部分だよね」
肯定してから、ユノはそう続けた。
「汚いって……そんな言い方……」
「違う違う。オールヴェールはさ、傍から見れば治安もいいし教養のレベルも平均より少しだけ高いかもしれない。でもそれは、住民のほとんどが豊かで、余裕があるからだ」
だが汚いというのは、決してあの少年がという意味ではなかった。オールヴェールという街、その物に対する言葉だった。
「……あ、余裕があるから、規律が守れる……?」
「そうそう。今に余裕があって、未来の事を考えられるから、未来のために規律を守れる。人道に反することなく、他人に優しくなれる。だけど、今を生きるのに必死な人に未来なんて考えられるわけもない。人道なんて曖昧な物を守れるはずもない。ましてや他人のために、なんてやってられない。だって、自分が今日を生きるのに精一杯だから」
それなら、オールヴェールに限った話じゃないともアルカは思った。
「そして余裕がある人は周りに自分の考えを伝え、それに背く者を悪だと断ずる。規律を守れ、未来をより良く生きるために。今を良く生きる事その物が難しいのに、そんな物は知らないと見もしない」
それがオールヴェールだと、言外に示している事はアルカにも分かった。
「余裕の無い人は、そうやって視野が狭まって、他の人の事なんか考えられなくなって、犯罪を起こすって事ですか……?」
「まぁ、そういう性善説の典型例みたいな人ばかりだったらいいんだけどね。誰かに想って貰える様な経緯もなく、ただ自分が良ければそれで良いって理屈で犯罪を犯す人も居る。何にせよ、悲しいことだね」
カシャッと、ハンドラベラーがいつもと違う音を出した。シール切れの音だ。
「さっきの男の子が、そうならなければいいなぁ……」
「……ふふっ、アルカちゃんは優しいね」
ハンドラベラーのシールを新しい物と交換しつつ、ユノは微笑む。
「だって、やっぱり知り合った人が不幸になるなんて……やるせないといいますか……ユノさんもそう思いません?」
「……ボクは……うーん……」
しばらく悩んだ後、またカシャン、カシャンと同じ作業に戻るユノ。だが直ぐに、ツルツルとした紙の方が一杯になって、また手を止めた。そして、アルカの問に答える。
「……どうでもいいかな」
小さく微笑んで、けれど間違いなく、ユノはそう言った。
じゃ〇コードって言っちゃダメですよね多分……
まだまだ序盤ですが何か気に入ったとか、気になるとか、印象に残ったキャラクターが居れば投票おなしゃす!
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アルカ・コノエ
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ユノ・グレイスロータ
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ローゼ・オールヴェール
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ノヴァ・ブランク
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オーナー