読まなくなった本、魔導書、不要なスクロール、買い取ります! 作:竜田竜朗
「ユノ、今日はもう上がれ。後は俺がやっとく」
引越しの挨拶が終わった後、オーナーがそう切り出した。ユノはそのオーナーの言葉に一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、直ぐにオーナーの意向を汲んで頷いた。
「……うん、分かったよ。じゃあアルカちゃん、ボクは手持ち無沙汰になってしまった。よかったらボクに街を案内させてくれないかな?」
「気を使わせて……ううん、こちらこそ、ぜひお願いします!!」
「任せて……っと、その前にその荷物を置いてこようか。着いてきて」
先導して本棚の間の通路を進んでいくユノに、アルカが着いていく。本の群れに目をやれば、本はジャンルごとに区分けされ、更にそこからタイトル順に並べられている事がわかる。
アルカとしてはそもそもこれだけの本を所有していること自体が自分の想像を超えた物ではあるのだが、その上で整理され、パッと見た感じはどの本もかなり状態がいい。凄いと思う反面、これから自分もこれらに関わっていく事に一抹の不安を覚えた。
「狭いから気を付けて」
先導したユノが、細長い階段に立ち止まり振り返った。人が二人並んで歩けるスペースはない広さの階段だ。それを警告しつつ、ユノは慣れた様子で足を運ぶ。
階段を登り切ると、アルカ達の前に現れたのは下駄箱だった。既にそこにはオーナーの物と思われる自分より大きい靴が一足と、ユノの物と思われる靴が一足、壁際に寄せられていた。
「ここが下駄箱。靴箱はそこだよ。こうやって取っ手を上げればスペースがあるから。もし新しい靴とか買うことになったら、遠慮せずに使ってね」
なんてユノが実際に靴箱を開閉してみせる。中にはいくつか靴が入っていたが、アルカの分が入るスペースは十分にあった。
「そうそう、必ず靴はここで脱いで上がってね……って、そうか、アルカちゃんの居たところでも靴を脱いで上がる文化だったね」
「はい!」
むしろアルカとしては家の中に土足で上がることに違和感を覚えてしまう。さっきの階段だって手前で靴を脱がなくていいか本気で訊ねようかと悩んでいたくらいだ。
「ほら、アルカちゃんもおいで」
なんて思ってる間に、ユノは靴を脱いで上がっていた。返事をしつつ、アルカも続いていく。
5mもないほどの廊下を進んで行けば、右手にトイレがあり、その向かいには脱衣所、浴室の存在を教えられた。それらはまた使う時に詳しく教えてもらうとして、いよいよ突き当たりのリビングへの扉を開く。
「おおっ!」
ドアノブを引いて中へ入れば、まず目に入ったのが長方形のテーブルと、辺の長い方に二脚ずつ並べられた合計四脚のイス。少し右側に視界をやれば、綺麗なキッチンが目に入った。
次に左の奥の方には四人は座れそうな大きなソファと、バルコニーに出られる大きな窓がある。ソファの目の前には背の低いテーブルがあって、その上には二冊ほど本が置きっぱなしになっていた。一冊には栞が挟まれており、ユノかオーナーか、読み掛けなのだろうかとアルカは逡巡する。
その間に、ユノは慣れた手つきでエプロンを脱いでから壁のフックに吊るして、その隣にある黒いコートを羽織ってから言葉を切り出す。
「また後で色々と教えてあげるから、今はここに荷物だけ置いていってしまおうか」
「は、はいっ!!私すっごい楽しみです!」
「ふふっ、それは外の事かな?それとも家のことかな?」
「えっ、ええとそれは……りょ、両方?」
「両方かー、そうかそうかぁ……」
「ゆ、ユノさんイジメないでください!」
「はは、ごめんよ。なんだかアルカちゃんの反応を見ていたらついついね」
なんてやり取りをしながら、アルカの荷物をリビングに一旦置いておいてから、再び玄関の方へ。靴を履いてから狭い階段を降りていき、お店の出入口へと向かった。
出入口付近のカウンターでは、オーナーがカウンターに置いてあるアルカの見たことの無い「何か」を弄っていた。一瞬気になりはしたが、それを訊ねるのはまた仕事が始まってからでいいかと、今は胸の内に秘める。
「オーナー、それじゃ行ってくるよ。今は14時から……うん、どんなに遅くても17時には戻ろう」
「ン、そうしてくれ。それと気を付けて行けよ。最近物騒な噂も聞くからな」
と、オーナーがぶっきらぼうに忠告すると、ユノは肩を竦めてやれやれと首を振った。
「誰に物を言ってるんだい?そこいらのゴロツキにボクが負けるわけないじゃないか」
「別にユノの心配はしちゃいない。アルカに言ったんだ」
「えっ、私ですか!?は、はい気を付けます!」
「……むぅ……」
突然振られた事に驚きつつも、しっかり返事は忘れない。アルカはなんとなくオーナーには有無を言わさない圧力を感じていたからだ。その隣でユノは何だか唸って怒りをアピールしている。
「……もし何かあったらユノを頼れ。世界を破滅に導く魔王くらいまでなら何とかしてくれる」
「そんなのオールヴェールに居るんですか!?」
「居な……あ、いや……う、ううん居ないよ!オーナーも適当言わないでもらえるかな!?」
「なんで吃ってんだよ」
オーナーの冗談に、静かなお店が少し賑やかになった。冗談ということにはしたが、ユノの反応からしてそれに近い者は居るらしい。アルカはそれに気付きつつも、なんだか夫婦漫才の様な二人の雰囲気に、思わずクスリと笑みを零す。
「ほら、アルカちゃんにも笑われちゃったじゃないか」
「それはお前が要らない想像してるからだろ」
そういうやり取りが、余計にアルカの心を擽らせる。母親から「二人はちょっとズレてるから気を付けろ」と言われて緊張していたのがアホらしいと感じる。こうやって気を使ってくれているのだから、アルカは遠慮せずにユノの手を引いて言った。
「行きましょうユノさん!オーナーさん、行ってきます!」
「お、おぉっと……」
ユノはいきなり手を引かれて驚きつつも、アルカと共に店から出る。それから二人で振り返ると。
「いってこい」
軽く手を上げて、オーナーが見送った。
「うん、行ってくるよ」
「行ってきますっ!!」
ユノとアルカも手を振り返して、それから二人はオールヴェールの街へと繰り出した。
二人はまず、【
故にメインストリートは門に近ければ近いほど地価が上がり、離れるほど下降していき、またある一点から上がるという谷型になっていたりする。
その特徴はメインストリートから四本しか離れていない4番通りにも適応されている。壁に向かえば向かうほど店が立ち並んでいる。
今現在、二人はその一角に居た。
「わぁ……おおー!あっこっちのこれは……!!……むむっ……ユノさん凄いですよこれはっ!!」
「そ、そうだね……」
アルカが目を輝かせているのは武器屋の露天で販売されている武器のレプリカだ。外で刃のついた武器を展示することは法律で禁止されている。だからと言って軒先で武器の展示をしないというのは、馬車に乗って通りがかる商人達に見てもらえるチャンスを不意にすることと等しいので、武器屋に限らず様々なお店がレプリカを軒先に展示しているのだ。
「……でも魔法剣はなぁ……う〜む……」
特にアルカが注目しているのは、腹に魔法陣が彫られた剣。通称は「魔法剣」だ。剣に魔力を流すことで魔法が発動する代物だ。安物だとサビや切れ味の低下を防ぐ程度、低位の「エンチャント」系統の魔法が多い。値段が高い物だと突風を起こす「ウィンド」の魔法その物を発生させるようにされていたり、エンチャントならば上位の物で「エンチャントファイア」などなど。
剣と魔法の両立が簡単なのは便利なことこの上ないし、魔物の討伐等で生計を立てる「ハンター」達も、最初はアルバイトなどでお金を稼ぎ、魔法剣を購入してから始める事が多いくらいには人気株だ。
「何を悩んでいるんだい?」
「……魔法剣って、魔法陣の彫刻とかに気が回って、刃の切れ味は大したことなかったりするじゃないですか」
「う、うん」
いきなり鋭いところを突いてきたアルカにユノは若干引き気味になる。
「私は使ったことないんですけど、切れないし魔法も普通に使うより威力がなくて、どっちつかずな戦い方になってしまわないかな〜と。それにやっぱり刃物は切れないと」
「わかったアルカちゃん止めよう、そこで店員さんが青くなってるから!」
アルカの指摘が的を得ていてしまったのか、呼び込みの店員がちょっと気まずそうな顔になっていた。そんな物のレプリカを展示して客を呼んでる側が悪いと言われればそれまでだが、この激戦区では多少のアコギと水増しは愛嬌みたいなものだ。アルカにはまだそれを理解するのは早かった。
ユノはさっきアルカにやられたように、アルカの手を引いて店から離れていく。
「ほら、アルカちゃん、あのアクセサリーショップとか興味ないかな?」
しばらく北──街の中心に向かって歩を進めていると、ユノがアクセサリーショップに立ち止まった。MOに負けず劣らず無骨なデザインのアクセサリーショップだった。どうにも女の子が立ち止まる様な外観ではない。加えてこの店は軒先に商品を並べていない様で、尚のこと興味を惹かれる人は稀だろう。
「行ってみましょう!!」
ただまぁ、アルカにはそんな事は関係ない。基本的に目に見える物全てが新鮮で、輝かしい物なのだ。未知への欲求が色眼鏡になっている。
「こんにちは〜」
だから特に迷いなくアルカはドアノブを回して入店していた。「元気だなぁ」なんて思いつつ、ユノもアルカに続いていく。
中もお店の外観通りと言った装いだ。木製の棚にガラスが張られていて、その中に指輪やらペンダントやらブローチやらのアクセサリーが見える。
しばらく立ち尽くすが、店員が出てくる様子はなかった。しかし店の扉には営業中の看板も出ていたので、二人は静かにアクセサリーを見る事にする。
「全部……銀色?」
「シルバーアクセってやつだね。鉄で作ってるんだよ」
「ほへぇ〜」
正確にはその他の物と合わせて強度を上げていたりするのだが、ユノもそれを解説できるほど詳しいわけではなかった。
武器屋の時とは違い、アルカは静かに商品を見定めていた。棚から低い位置に作られているガラスケースの中まで──そして一点で止まる。
「……あ、これ……」
それは、三日月を象ったシルバーアクセサリー。直径で3センチほどの大きさだ。頂点の少し下に小さな穴が空いていて、そこにチェーンが通っている。首に掛けるタイプの物だと直ぐに理解できた。
「……それ、気に入ったのかい?」
「はい。なんかいいなって」
ユノの問いに対して、アルカは頷いて返事をする。
「……けど、ちょっと高いですね」
買えないことは無い値段ではあるが、引越しの当日に痛過ぎる出費になってしまう。まだ自分の部屋がどういうものかすら把握できていないのに、この金額は払えない。
「そうかい。だったら、ボクが買ってあげよう」
「えっ……あの、そんな、強請ったわけじゃないんです!」
強請ったような言い方になっていた事に、ユノから提案されて気が付いた。だから必死に両手を振って「違うんです!」とアピールする。計算高い様な人に思われたくはなかった。
「いやいや、元々さ、アルカちゃんには何かプレゼントしてあげたいなって思ってはいたんだ。けれど、ボクはちょっとそういうセンスが無くてね。ちょうどいい機会だと思ったんだよ」
「プレゼントだなんて、そんな……あの、私まだ、して貰ってるだけで何も返せてません!」
住まわせてもらう、働かせてもらう、街を案内してもらう。してもらう事は沢山あれど、今のところアルカから返せているものは何一つない。
「そんな事はないよ。……と言っても、信じて貰えるかは分からないから……うん、こうしよう。これは福利厚生の一環だ」
「ふくりこうせい?」
聞いたことの無い単語にアルカは首を傾げる。
「ボクもオーナーも、イマイチ接客が得意じゃなくてね。恐らく愛想というものがない。けれどアルカちゃんにはある。別にプレッシャーを掛けてる訳じゃないけど、そういう下心もボクらにはあるって事さ」
「……愛想……」
アルカにはまったく心当たりがない。
「だから買ってあげる。アルカちゃんがお仕事頑張れるように、ね」
「……わかりました、お仕事がんばります。だから、受け取らせて貰います」
「ふふっ、そうこなくちゃ。そのためにも店員さんに出てきて貰わないとね」
店の奥にはカウンターがあって、その先に扉がある。勝手にカウンターに入って扉を開けるわけにもいかないので、二人はカウンターの前で「すいません」と声を上げた。なんならちょっと近所迷惑かもしれないくらいの声量を出した二人がしばらく待っていると、扉の奥からドスドスと床を歩く音が聞こえ、やがてトビラが開かれる。
「うちは冷やかしならおことわ…………」
渋々と言った感じに出てきた店員は、かなり歳のいっている男性だった。しかも酒屋で声を張ってる方が間違いなくお似合いな強面だ。だがその男性は二人を見るなり表情が凍りついていた。
「そこの商品が欲しいんだけど、いいかな?」
と、ユノが三日月のペンダントの入ったショーケースを指差す。
「は、はいっ!!ただいまっ!!」
男性はその図体の大きさからは想像も付かない俊敏さでカウンターから飛び出る。脱兎の如くという比喩が正しいだろう。それからガラスの扉を飛んでもないスピードで開け。
「どちらでございましょうか!?」
生まれて初めて作ったのかと言わんばかりの作り笑顔を浮かべた。
「(うっわ……)」
下手な営業スマイルはダメと言っていた母親の言葉の意味を実感しつつ、ユノが三店員に近寄って三日月のアクセサリーを示すのを眺める。あれだけ変な笑顔を見てもユノからの反応は特にない。
言われるがままに商品の状態を再度確認し、ユノはその場で財布を取り出してからお金を支払う。
「ちょうどお預かりしまあす!!」
「うん、良い取引をありがとう。それじゃあ行こうか、アルカちゃん」
「あ、はいっ!」
ユノについて行く形でアルカも店の出口へと向かう。強面の店員は変わらぬスマイルを浮かべたまま小さく右手を振っていた。控え目に言って気持ち悪いというのがアルカの感想だった。
「またのご来店お待ちしておりまぁす!!」
見送りの声は、裏返っていた。
「……キョーレツな人でしたね」
「そうかい?歳を召していても元気でいいじゃないか」
「…………そうですね」
ここに来て、「あの二人はズレてるから気を付けろ」という母親の言葉の意味が理解できた。
それから二人は更に4番通りを北上していく。30分ほどの時間が経過したところで、アルカはとある建物を指さした。
「あの建物はなんですか?」
ワンブロック先に、外観の綺麗な建物がある。ただ綺麗と言う訳ではない。他の建物より高く、横にも大きい。塗装が綺麗で継ぎ目を隠す木製の部分には綺麗な彫刻が彫られている。
「あれはオールヴェール家の別館だね。確か、長女の子が住んでるって話だった」
「別館……そっか、学園の北側にあるのが本館ですもんね」
「そうそう」
街のど真ん中にあるアルカが通う予定の「オールヴェール魔導学園」。そのツーブロック先にその学園より高い建物がオールヴェール家の本館だ。それは先程歩いている時にユノから聞いた話だった。
「別館に住んでるオールヴェール家の長女は、ちょうどアルカちゃんと同い年じゃなかったかな」
「……えっ、それじゃ15歳で一人暮らししてるんですか!?」
「いやいや、執事さんとかメイドさんとか、生活を助けてくれる人は何人も雇われて居るみたいだよ」
「しつじ……?めいど……?」
またしても聞いたことの無い言葉だった。
「彼女も学園に通うみたいだし、もしかしたら仲良くなれるかもしれないね」
「……そうなったら、嬉しいです」
しかし領主の娘で、長女ともなればそう簡単に友達になれるとは思っていないのが本音だ。広い街を治める家と、名の知れない村から出てきた自分とでは身分の違いという物が大きい。
身分の違いが如何様な違いを産んでいるかは、あの建物と自分の服装を見れば一目瞭然だ。
「さて、そろそろ」
別館の前には行かず、その手前の通りを左に折れる。3番通りの方に歩いていくと、さっきの別館以上に大きく、けれど外観は少しみすぼらしい建物が目に入った。
ユノに先導されるがままその建物の前へと足を運ぶ。随分と人の出入りが多かった。中には剣や杖などの武器を持っている人がいる。少し物騒というのが最初の印象。
しかし、その印象は間違ってはいなく、当然の事だと理解するのに時間はかからなかった。
【南ギルド】
大きな扉の上に、そんな看板が見えたからだ。
「ギルドだよ。アルカちゃんにはあまり縁がないところかな?」
少し離れたところからユノがアルカに問い掛ける。ユノからすれば可愛らしいアルカがこういう所には興味はないだろうと思っての問い掛けだ。だったのだが。
「……今のところは。だけど、縁を持ちたいとは思ってます」
初めて聞いた低い声に驚いて、ユノはアルカの表情を盗み見る。緊張も笑みもない、ユノが初めて見たアルカの表情だった。それに、そう言い切ったアルカの瞳からは、とても力強い意志を感じる。
「(……まぁ、あの人が絡んでいて何か無いわけがない……か)」
どういう事情があるのか検討もつかないが、並々ならぬ物があるのは分かった。
あの人──オーナーとの付き合いはもう五年程になるが、ユノは未だにオーナーを掴み切れていない。
彼女の母親とオーナーは知り合いらしい。アルカを受け入れるに当たって、そんな話を聞いた。であれば、アルカにも何か人に言えない様な過去があるのだろう。
「(……それこそ、ボクの様に──)」
と、ユノは逡巡して。
「そろそろ戻りましょう!」
アルカの元気な提案に、思考は遮られた。
「……そうだね、もういい時間だ」
もう一時間ほど歩き通している。アルカだって今日来たばかりで疲れもあるだろう。そう踏んでユノもアルカの提案を受け入れ、二人並んで帰路につく。
「本当にオールヴェールには色々な物があるんですね!私楽しかったです!」
「そうかい、それはボクも連れ回した甲斐があったというものだよ」
そう話すアルカにはもう、あの陰りは見えない。
いつか、触れる時が来る。今は心の隅っこに、あのアルカの表情を焼き付けておくことにした。
相変わらず後書き前書きに何を書けばいいのかがさっぱりわからない
まだまだ序盤ですが何か気に入ったとか、気になるとか、印象に残ったキャラクターが居れば投票おなしゃす!
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アルカ・コノエ
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ユノ・グレイスロータ
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ローゼ・オールヴェール
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ノヴァ・ブランク
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オーナー