読まなくなった本、魔導書、不要なスクロール、買い取ります! 作:竜田竜朗
「ただいま〜」
「ただいま帰りましたー!」
ユノとアルカの声がMO店内に響いた。時刻は16時45分前。事前にユノがオーナーに告げた17時より少し前の時間になる。
扉を開ければすぐ右側のカウンターにオーナーが居る。見送ってくれた時とは違う作業をしていた。
「ン、おかえり。ただちょっと声量落としてくれ。お客様の邪魔になる事があるかもしれない」
二人の挨拶に返しながら、オーナーはアルカに警告する。店内であっても、防犯の意味もあって挨拶する分にはいいのだが、あまりにも通り過ぎる声は、集中して本を選ぶお客の邪魔になると考えているからだ。
「すいません……」
「次から気を付けてくれ。……悪いな、楽しんで帰ってきたとこに水差して」
「い、いえいえそんな!すっかりお店だって事を忘れてしまっていたので」
と、全力で首を振って自分の非を認めるアルカ。オーナーはそんな様子を見つつ、ユノに視線を送った。その意味を理解したユノは少しだけ微笑んでから。
「さぁアルカちゃん、細かいオーナーはほっといてお風呂入ろうか。あと部屋も案内するよ」
「細かいなんてそんな──あ、ユノさんまだ──」
まだまだ謝り足りなさそうなアルカの手を引いて、二人は店の奥へと消えていく。オーナーはそんな二人をカウンターから静かに見送った。
「……はぁ、どうしてあの狐が育ててあんな礼儀正しく育つんだか」
アルカの母親の事を思いつつ、オーナーは閉店準備に取り掛かるのだった。
オーナーの事は置いといて、渋々と上のフロアに連れていかれたアルカは、二階に置きっ放しだった荷物を回収してから、三階にあるという自分の部屋へと案内された。三階の構造は至ってシンプルだ。階段を登り切れば一本の廊下があり、手前から四つ部屋が並んでいて、その向かいにはトイレが一つ。
四つ並んだ部屋は一番手前がオーナー、次がユノ、三つ目がアルカの部屋になっており、一番奥は物置に使っているとの事だ。
ユノに自分で扉を開けるよう促されて、アルカは緊張混じりにドアノブを捻ってから扉を押し開いた。そして、ゆっくりと部屋の中を見渡してから、膠着した。
「す……すぅ……すぅんごいですっ!!」
感想はそれしか出てこない。八畳のほどの部屋にベッド、使い心地の良さそうな学習机と椅子のセット。少しだけ本の入った本棚。そして小さいながらも沢山の収納と鏡がついた化粧台。部屋の奥には大きな窓が一つ。窓からは店の前の通り、つまり4番通りを見下ろす様になっている。
「ほ、本当にこのお部屋を使わせてもらっていいんですか!?」
「というより、この部屋しか空きがないから。他の部屋がいいと言われると困ってしまうよ」
大興奮しつつもそう質問するアルカに、ユノは苦笑混じりに返した。
「……本当にありがとうございます!!私、こういうお部屋に住むのがずっと夢だったんです!」
「そう、なのかい?結構一般的だと思うんだけど……まぁアルカちゃんに喜んで貰えたなら良かったよ」
確かに部屋の数とこの家その物の広さは一般的ではないかもしれないが、この部屋に関してはそれほど特別な物じゃない告げる。けれど。
「はいっ!大満足です!!」
ニコッと花が咲く様な笑顔をアルカは見せる。今までどういう環境でアルカが育ってきたのか、ユノは知らないので、本当にこれがアルカに満足してもらえる部屋なのか不安ではあった。だがアルカのこの笑顔を見て、良かったと心の中で安堵するのだった。
「後それと、先に送られてきた荷物はそこのベッドの下にあるから、一通りこの部屋と荷物を確認したら二階に降りてきて貰えるかな」
「わっかりました!お風呂ですね!」
オーナーの元から去る時に話していたお風呂。入浴大好きなアルカには楽しみの一つだった。
「うん。ボクは先に下に行ってお風呂を沸かしてくるよ」
「それなら私が!」
「いいんだいいんだ。うちは魔導具で沸かすから、大した手間は掛からないのさ」
「魔導具……」
その名の通り、魔法で動かす道具の事だ。生活で使うような物から魔物の討伐に使うものまで、多種多様に存在する。現代の生活には切っても切り離せない物ではあるのだが、如何せん値段の高いものが多い。
「使い方とかはまた後日教えるから、取り敢えず今日はボクに任せておくれ」
「むぅ……絶対ですよ?今日は、お願いします」
「うん、任された」
頷いてからユノは部屋から出て行く。今日一日、本当に彼女に色々してもらってばかりな罪悪感に襲われつつも、ならば自分にできる事はしようと心に決めて、アルカは部屋の中をじっくりと見て回る。
「ベッドは……おぉ……ふかふかだぁ……」
敷布団の柔らかさに感動する。
「勉強机も広いし……これ、魔導具のライトかな」
学習机の上に置かれた、花の先端を垂らした様な形の物を観察する。先端の部分は広がっていて、その広がりの中にガラス玉の様な物が埋め込まれていた。
その魔導具らしき物の根っこの部分にポチがあったので、それを触ってみると。
「光った!」
暖色系の明かりが灯る。アルカの予想通り、光をもたらしてくれる魔導具だった。同じ様にポチを触ると光が消えた。使い方を確認したところで、次へと移る。
目に入ったのは本棚だ。六段ほど本棚で、上二段に半分ずつ本が既に入っていた。
「……後でお礼言わなくちゃ」
と思ったのも、本棚の中にあったのは「オールヴェール観光ガイド」や「猿魔でも分かる魔法基礎」に前年度版のオールヴェール魔導学園の教科書なんていうアルカ向きの本ばかりが並んでいたからだ。二冊目についてはそこはかとなく馬鹿にされている感があるが、そこは大人しく解説がわかりやすい本なんだと納得しておく。
それからバッグに詰めて送っておいた荷物をベッドの下から引っ張り出して来て、バッグから荷物を確認する。洋服や小物を詰めていたので、服はクローゼットへ、小物は学習机の引き出しの中や、化粧台の引き出しの中に入れて整理していく。
一通り終えた後、ユノに言われた通りに階段を降りて二階の浴室へと向かった。
「うん、ちょうどいいところに来たね」
浴室への戸を開けると、ちょうどユノが浴室から出てくるところだったようだ。
「今お湯も沸いたところだったんだ。直ぐに入っていいよ」
「いやいや、私よりユノさんが先に!」
「あぁ、いいよいいよ。ボクは眠る前に入りたいタイプなんだ」
なんて浴室の前の脱衣場で二人が譲り合うが、ユノの言葉が決定的だった。
「それじゃあ……お言葉に甘えさせてもらいます」
何を隠そうアルカは夕食の前にお風呂に入りたいタイプ。外食等の場合は別だが、家の中でなら極力夕食を食べる前にお風呂に入りたいのだ。母親には珍しいとか言われたが、もうなんか本能レベルの衝動だったりする。
それと同じ事がユノにもあるのだとしたらと考えると、アルカは引くしか無かった。
「バスタオルは後で持ってくるから、先に入っておいで」
と、ユノは一言置いてから脱衣場からリビングへ行った。バタンと戸が閉まったのを見てから、アルカは一呼吸してから服を脱ぐ。脱衣場の中にあるカゴに持ってきたパジャマと脱いだ服を置いてから、浴室への戸を開けば。
「……しんせん……!」
村ではいつも無駄に広いだけの風呂場だった。大抵お母さんと一緒に入っていた。煩かったのが居ない。だから、精々二人詰めて入れるかくらいの浴槽が新鮮で堪らなかった。
桶で張られている湯船から水を掬って体を流し、バスチェアに腰を降ろしてから、「ボディーソープ」のラベルがついたボトルを押して泡立て、手で体を洗う。髪も同じ様な感じだ。
こうして洗っていると、この家の行き届いた設備に本当に驚く。どの家もこんな感じなのか、なんて考えているうちに洗い終われば、待望の湯船に浸かる時が来た。
「あふぅ……」
温かいお湯に、安らぎのため息が漏れた。お湯には何か特別な効能があるわけでは無さそう。なんなら村で入っていた温泉の方がいいものではあるのだが、歩き回った疲労と今日見て感じた、沢山の初めてによる気持ちの昂りが、湯に溶けだしていく感じ。
「ここちいいんじゃぁ〜……はっ、ババくさい!?」
肩までしっかり浸かると、そんな声が漏れてしまった。母親の口調が移ってしまっているのは認めたくない物だ。けれどその気持ちも湯に浸かっていれば、溶けて消えていく。
「(……今日一日、楽しかったなぁ)」
ふと一日、今日の出来事を思い返す。午前中に中継地の宿から出発して、歩き通してオールヴェールに到着。期待と不安で胸がいっぱいだったが、何とか到着して、直ぐに二人と挨拶をして。それからユノと二人で街中を歩いた。
「(……でも、あれは……)」
武器屋で魔法剣を見ていた時、ペンダントを買った時、そして、街中を歩いていた時。
常に視線を感じていた様な気がする。最初は、自分が余所者で珍しいからとか、そういう物だと思っていた。だが冷静になって考えてみれば、余所者が珍しいなら門の段階で、そもそも一人で歩いている段階で視線を感じていたハズだ。最初は緊張していたから感じなかったと言われれば、そうなのかもしれない。だが。
「(みんな……ユノさんを見ていた……)」
ユノを見て顔を青くしたり、距離を取っていたりした。今こうやって冷静に考えられるからこそ断言できる。
「……どういうことなんだろう?村八分……じゃなくて、街八分ってやつ……?うーん……でもそれなら、そもそも物を売ってくれなかったりする……よね」
街の皆の対応は、恐怖とか怯えとか、そういう感情から来る物のようにアルカは感じた。それはあのアクセサリーショップの対応で確信した事だ。
「(……なんにせよ、聞いてみなくちゃ分かんないかな)」
何か原因があるなら何とかしてあげたい……というのは厚かましいが、どうにもできなくとも、その理由は知りたい。一緒に生活する以上、必要な事かもしれないから。
それに何より、ここまで色々良くしてくれているユノが困っているとしたら、放って置くことなんかできないからだ。
「……オーナーさんなら何か知ってる……よね」
こういうデリケートな問題こそ本人に直接聞くべきだと思ってはいるが、会ったばかりの人に「なんで皆から避けられてるんですか」と尋ねる度胸は持ち合わせていない。失礼かもしれないが、オーナーにこっそり聞いておこうと心に決める。
『アルカちゃ〜ん!バスタオルはここに置いてある花の柄の物を使ってね!』
「あ、はーい!!ありがとうございます!」
脱衣場の方からユノの声がして、そういえばバスタオルは後で持ってくると言っていたと思い返しながら返事をする。
「(……気の利くお姉さんって感じなんだけどなぁ)」
アルカのユノへの認識が変わることは無い。いま一度確認してから、アルカはもう一度湯に肩まで浸かった。
湯から上がり、脱衣場で着替えていたら、リビングの方からいい匂いがしてきた。一時間近くお風呂に入っていたので、その間に晩御飯を準備してくれていたのだと予想する。本当に何から何までして貰ってばかりだと自分を責めながらも、扉の隙間から漂ってくる匂いに空腹を覚える。
さっさとバスタオルで体と髪を拭いてから髪にクシを通して整え、リビングへの扉を開くと、そこには机の上に食器を並べているオーナーとユノが居た。
匂いの正体はその食器に盛られている食事だった。アルカに気付いたオーナーは、食器を置いてからアルカの方を向いて口を開く。
「出たか。腹は……」
──グゥ
と、オーナーの言葉を遮って、アルカからそんな音がした。
「減ってるみたいだな」
「お、お恥ずかしい……」
「ふふっ」
恥ずかしがるアルカと微笑むユノ。なんだかずっとこんな感じだった。
「あ、食器を並べるの手伝います!」
「ン、じゃこのコップ持ってってくれ」
「はいっ!!」
逆に、オーナーとはあまり長く会話はしていないが、こっちの気持ちを汲み取って接してくれるのが助かった。別にユノに対して苦手意識を持ったとかいう話ではないが、こうして手伝っていると、自分も力になれるんだと思えるからだ。
「夕飯はカレーだ。一応癖の無いようには作ったが、口に合わなかったら残り物出すから言ってくれ」
オーナーのその言葉と共に、全ての食器が並べ終わる。頷いてから椅子に腰を下ろし、改めて机の上に並べられている料理を見てから、ハッとしてこう尋ねる。
「これ、オーナーさんが作ったんですか!?」
「ン」
オーナーが小さく頷いた。
「オーナーの作る料理は美味しいんだよ。なんで本屋さんやってるのか分かんないくらいなんだ」
「へぇ……」
ポテトサラダにカレーライス。シンプルなメニューではあるが、ついさっきまで下で仕事をしていたのだから、時間的にもこれが限界という物だろう。というより、料理を作ったことはあれど慣れてはいないアルカからすれば、一時間でこれだけの料理を揃えられる手際の良さが信じられないくらいだ。
「ンなことより早く食っちまおう」
「そうだね」
「はいっ!」
オーナーの提案に両者とも頷き。
「「「いただきます」」」
三人示し合わせた様に、その掛け声で夕食の時間が始まった。
まず最初にアルカはスプーンでカレーを一口食べる。カレーという食べ物はアルカも食したことはあるが、各地域や、所によっては家庭単位で使用されるスパイスが異なるため、実際に食べてみないとどういう味かは判別がつかない。
なので楽しみ半分恐ろしさ半分ではあった。が。
「……おいしい……です!」
その心配は杞憂に終わる。というのも、ほとんど自分の村で食べていたカレーライスと変わりなかったからだ。だけど変わりないというのには語弊がある。村で食べていたカレーよりもコクがあって、スパイスが溶け合っていて。そんな味だった。簡潔なまとめるなら。
「お母さんの作ったやつの上位互換な感じがします!」
「ン、そいつはよかった」
オーナーも満足そうに頷いてくれたため、話はここまでだとスプーンを進めていく。時々水やサラダを挟んでバランス良く食べていく。ポテトサラダもポテトサラダで、カレーの味を邪魔しない味付けがされていたので口休めに持ってこいだった。
「良かったね、気に入って貰えたみたいで」
「……まぁアイツが作ってきたもの食べてたんだから、外れるわけがない」
「はぁ〜、素直じゃないね」
ユノとオーナーも食事をしつつ、合間合間に言葉を交わしていた。
そんな様子を眺めながら食事を進めるアルカは、ふとした疑問に行き着く。
「……もしかしてお二人はご結婚されてるんですか?」
親戚の人達の様な雰囲気の二人に投げかける。自然な疑問だったが。
「ぶはっ!?」
「……きったねえよ」
咄嗟に口元を手で覆ったが、飲んでいた水を吹き出したユノとそれに対して冷静にコメントするオーナー。
「け、けけけけ結婚!?」
「……?私なんか変なこと言いましたか?」
男女が同じところに住んでいて、且つオーナーと店長の関係ならばそう考えるのはおかしい事ではないと思う。
「や、いやぁ〜?変ではないけど…………チラッ、チラッ」
言いながら、オーナーに視線を送って顔を逸らしてを繰り返すユノ。対するオーナーは「チラッて言うか普通」というツッコミを飲み込んでから。
「……してない。つーか、別に恋人でもない。ただこの店のオーナーと店長ってだけだ」
「……むぅ……」
「そ、そうなんですね……」
言い切ったオーナーに対して、ユノは文句ありげに睨み、それを見たアルカは悟った。この手の話題は振ってはいけないのだと。しかしこのタイミングでアルカから別の話題を提供するのもなんだか気が引けて──
「それよりアルカ、外はどうだった?コイツ、やたら注目されるから居心地悪かったろ」
「えっ……」
触れるのに覚悟がいると思っていた内容が、オーナーの口からあっさり出た。
「ぅ……」
むくれ顔だったユノも、この話題を持ち出されて少し気まずそうな表情になる。
「……そ、それほどでも……」
「まぁ、理由はそのうち分かるから……まぁ慣れてくれ」
「はい……?」
教えてくれるんじゃないのかとツッコミを入れたかったが、教える気はなさそうなので理解半分の疑問半分で曖昧に頷いた。
「それと、明日の午後から、やれるか?仕事」
「あ……え、いいんですか?」
話題の転換に着いて行くのが精一杯ではあったが、この件に関しては真面目に聞くしかない。仕事──それはつまり、下の本屋での仕事の事だから。
「あぁ、エプロンもあるし。もちろん初日だから大したことは任せない。ユノも着いてる。やれるか?」
「や、やります!やらせてください!」
願ってもいないチャンスだ。今日のお礼を、明日少しだけでも返せるのだから。
「……オーナー、アルカちゃんは今日来たばっかりだし、早いんじゃないかい?」
「むしろお前は気使いすぎなんだよ。過度に気回すと受ける側は肩身の狭い思いするもんなんだぞ」
やっぱりオーナーは察していたんだと、少し嬉しくなる。
「そういうもんなのかい?」
「そういうもんだ。万年ボッチのユノには難しいか」
「なっ、なんだとー!」
ポカポカと二回だけオーナーの腕を小突くユノ。アルカは何となくこの家の力関係を把握した。しかしそれに微笑ましくなっている場合でもない。
「ユノさん!明日、よろしくお願いします!私、がんばりますから!」
思いの丈をぶつける。与えられてばかりじゃダメだ。借りは返すし、これだけ良くしてくれた二人に報いたいと、心の底から強く思ったからだ。
「……そうかい。じゃあ、明日、一緒にお仕事がんばろう、アルカちゃん」
「はいっ!」
元気よく返事をして、夕食に戻る。
明日は、初出勤だ。
次回、初出勤!!
戦闘パートとか学園パートはまだ先です
さっそく評価をいただきました、ありがとうございます!
まだまだ序盤ですが何か気に入ったとか、気になるとか、印象に残ったキャラクターが居れば投票おなしゃす!
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アルカ・コノエ
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ユノ・グレイスロータ
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ローゼ・オールヴェール
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ノヴァ・ブランク
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オーナー