読まなくなった本、魔導書、不要なスクロール、買い取ります! 作:竜田竜朗
それから四日経過した。あれからアルカはオーナーに対して日頃彼が何をしているのか質問する様な事は無い。何せ一番気にするであろうユノが全く気にしていないのだ。なのにここに来たばかりの自分が、この家の暗い部分にメスを入れる気にもなれなかった。
そして、一旦その事を気にしないと決めてかかれば、この生活には何の不満もない。
ユノとオーナーはとても優しく、毎日とても良くしてくれる。毎日一緒に食事をとり、仕事のない時間には他愛のない話をして、三人で食材を買いに街へ繰り出したりもした。
書店での仕事だって順調だ。レジ仕事ばかりではあるが、やり方は大体わかったし、お客も常連の人はアルカの顔を覚えてくれたので、緊張はすれど初日の様におっかなびっくりではなくなった。
新生活をこれだけ順調に運んでいけるのは、とても有難いことだとアルカ自身も思っている。上手くやっていけるかなんていう不安は、とうの昔に吹き飛んだくらいだからだ。それは、ユノやオーナーが、自分に隠している事があったとしても。自分だって二人に言えないことがあるのだから、そこはお互い様という物。
まだ出会ったばかりなのだから、少しずつ、お互いをもっと理解して行けるようになればいい。
そう考えて、アルカは目を瞑り、ここに来てから五日目の夜を終えようとした。学園の入学式まで後二日。明日は書店の定休日らしく、仕事はない。ユノと二人で入学前の買い物に行こうと約束した。楽しい一日になるなと期待して、まどろみに身を任せた。
その晩。
──ウオオオオオオオオオオオオン!!
という、アルカは巨大な魔物の咆哮の様な、けたたましい音で目を覚ました。
「な、なに……?」
心の中を掻き乱し、恐怖を煽る様な、聞いたことの無い音は繰り返し響いている。きっと何か只事ではない何かが起こっているのだろうと、アルカはベッドから降りて部屋の扉を開いた。
「あぁ、アルカちゃん。起きちゃったかい?」
ちょうどタイミング良く、ユノがアルカの部屋の前を通っていたところだったらしい。
「あのユノさん、この音って……」
「街の出す非常事態の音さ」
「っ……何かあったんですか!?」
「ボクもまだ分からないけど、もう少ししたら放送が流れるんじゃないかな」
慌てるアルカとは対照的に、ユノは落ち着いた様子だ。
「取り敢えず、下に行こうか」
ユノの提案に頷いて、二人で階段を降りる。二階の扉をリビングへの扉を開けば、そこには既にオーナーが居た。外の音なんかお構い無しといった様子で、ソファに腰をかけて読書している。テーブルには湯気の立ったコーヒーが置いてあった。
「オーナーさん起きてたんですね」
「……ン、まぁな」
アルカの問い掛けを合図に、オーナーは本を畳んで二人の方へと向く。
「それじゃあ、ボクも一杯」
飲もうかな。と、ユノは続けようとしたが。
『非常事態宣言レベル4が発令されました。町民の皆様は決して外へ出ないでください。ハンタークラス5以上の資格をお持ちのお方は至急、最寄りのギルドにお集まりください。繰り返します──』
けたたましい音よりも更に大きい声が響き渡った。聞き取りやすい声ではあったが、どこか慌てた様子を含んだ声に、事の重大さをアルカは何となく察した。
それにしてもこれだけ大きい音をどうやって出しているのか、心の隅っこでそんな疑問も湧いてきた。
「呼ばれてんぞ」
「……はぁ、やれやれ」
だがそんな疑問は、オーナーとユノのそんなやり取りに掻き消える。
「ユノさんってハンターだったんですか!?」
「あっ……はは、一応ね。今じゃそんなに活動はしていないけれど、資格は持ってるんだ」
「へぇ……」
少し意外だった。こうやってお店で働いているのに、ハンターだったとは。
「早く準備して行ってこいよ」
「おっと、そうだったね。それじゃちょっと装備を整えてくるよ」
言って、ユノはプラプラと手を振って階段を登って行った。これだけの非常事態だと言われている中の招集にも関わらず、ユノは大した落ち着きようだ。
「……アルカはどうする?寝るか?」
「いやあの、私この状況で眠れるほど神経図太くないので……」
オーナーの質問も随分と落ち着いているというか、アルカからすればぶっ飛んでいた。こんな音が響き渡る中、悠長に布団に入ってなどいられる訳もない。少々の皮肉を混じえながらも拒否するが。
「そうか」
とだけ言って、オーナーは視線をアルカから外し、コーヒーを口につけた後、あろう事か再び読書に戻った。
「(……あれぇ……私が慌てすぎなだけなのかな?)」
腕を組んで首を傾げる。非常事態と街が号令を出したのにも関わらず、この家の住民二人は余りにもいつも通りだった。
それからしばらく考えていると、タンタンタンとゆっくり階段を降りてくる音が聞こえ、そちらの方向に目をやる。と同時に、扉が開いて、ユノが扉の隙間から顔だけこちらに出していた。
「それじゃあ行ってくるね」
「ン、いってらっしゃい」
「え、あ、は、いってらっしゃいです」
たったそれだけのやり取りで、ユノは顔を引いて扉を閉め、階段を下って行ってしまった。
「(……んんんん?)」
全くもって状況が掴めない。そもそも街の発令する「非常事態宣言レベル4」なるものはこんなに落ち着いた状況なのだろうか。再び首を傾げたアルカ。
「アルカ、来い」
そしてそれを見兼ねたのか、オーナーはおもむろに本を畳んでソファから立ち上がり、ベランダの方向に進んで手招きした。
「はい……」
誘われるがままに、ベランダに近寄る。するとオーナーは戸を開いてベランダに出て、置いてあったサンダルを履き。「お前もだ」と一言。それに従ってもう一つ置いてあったサンダルを履く。その後、オーナーはベランダの戸を閉め、壁に寄りかかり持ってきていたらしいコーヒーに口をつけた。
狭くはあるが、二人くらいならすれ違えるくらいの幅のあるベランダに二人は並ぶ。
「何が起こるかは、ここから見てりゃわかる」
「……そう、なんですか?」
そう言われるが、未だに音と声が響くだけでそれ以外に変わった点は見られない。魔道具の街灯が4番通りを照らしていて、近くの家からチラホラと人が飛び出しては南ギルドのある方向に走って行っている事くらいか。夜中に人が出歩いているのも、治安のいいオールヴェールでは珍しいことではない。
ユノもああやってギルドに向かったのかなんていう疑問が少々浮かぶくらいで、本当に異常らしい異常は見つからなかった。
2、3分ほど経過しただろうか。何やらオーナーが懐から何かを取り出していた。少し視線を送ると、一本の棒状の何かを口に咥えていた。
「……?」
それから、人差し指を口に咥えた棒の先端の少し下に持っていき、魔法を使ったのか人差し指の先端に火が点る。そしてその火が棒に引火してからオーナーは指の火を消した。
「……ふぅ」
そうやってオーナーが息を吐き出すと、煙が夜の街の中を登っていく。
「……なんですか、それ?」
「タバコ。母親……からは教わってないか。まぁ気にするな」
「……はい」
なんだか危ない物の様な気がしたが、オーナーは特に悪びれる様子もなく、さも当たり前のようにしているのでアルカから特段なにか言うことは無い。タバコという物からの煙もこちらに来ないし、何か香りがすることも無いからだ。
それにしても母親から教わってないかというのはどういう事だろうと、ふと疑問に思い──
──その瞬間、空に雷鳴が走った。
「……なっ!?」
突然の出来事にアルカは仰け反ってベランダの扉に激突した。幸い戸が倒れる事はなかったが、あまりにも唐突な出来事に言葉を失う。後頭部をぶつけたのだが、痛がっている場合じゃない。
「……雷って……空に雲はないのに……」
首を上に向けて、空を仰いでも、空には暗雲のひとつも無い。全く不可解な事態だ。そして不可解な事態はそれに留まらない。
──グギヤアアアアアアアアアアアアアアアン!!
という、街に響く非常事態の警報よりも大きい音が、空の向こうから響いた。
「何が……」
なんていうアルカの疑問は、すぐさま解消された。警報の音が突如停止し、再び雷鳴が空を走り、それと同時に、空を何かが駆けた。
「ぐっ!?」
その何かが駆けた勢いによる風圧がアルカを襲う。街中の砂を巻き上げるほどの突風だった。それに耐えきり、再び空を見上げれば。
「あれドラゴン!!」
何かの正体は、巨大な龍だった。少なくとも全長30mか、それより大きいか、少なくとも月明かりに照らされたその影がこの家を覆うくらい造作もないドラゴンが、オールヴェールの上空を高速で飛び回っている。遠くまで行かれると見えないが、近くに上空に来る度にその姿は目に焼き付いた。
月明かりだけが頼りなので、本来ならよく見えない所だが、そのドラゴンは白い輝きを断続的に放っていたのでよく見える。
バチバチバチと細かく破裂する様な音は、ドラゴンの放つ電気の音だろう。全身は蒼い鱗に覆われていて、腹の部分だけ唯一白い肉が見える。腹を街に向け、翼を広げ飛んでいるので下から魔法を当てればダメージを与えられそうだが──なんてアルカは考えるも、これだけ高く、そして素早く飛んでいられては魔法も当てられないだろう。
さっきの雷鳴もこのドラゴンが起こした物だとするなら、火力の方もとんでもないハズだ。どうやってあんなのを──というのがアルカの感想。
「……オーナーさん、あのドラゴンは」
なので博識そうなオーナーに尋ねた。
「雷轟龍とか、そんな痛々しい名前がつけられてたな」
「……痛々しいって……その名に恥じない凄そうなドラゴンだと思います」
空を飛び回る、帯電した巨体。雷鳴を起こす様からして雷轟龍なのだろう。相応しい名だと思った。なんて感心している場合でもないが。
「まぁ見てろ」
なんてオーナーの言葉の直後、雷轟龍の物とは違う白い輝きが空を走った。ただ、その白い輝きはただの光という訳では無い。規則的に、細い線が何かを描く様に走っている。建物が邪魔で全体は見えないが、それでも街の上空、雷轟龍より下の方向全域に描いている事は分かった。
「これって大魔法……」
複数人で魔法陣を描き、通常の魔法陣では発動できないような魔法を、大魔法という。
アルカも大魔法をその目で見るのは初めてだが、断片的にしか読み取れないが魔法陣の様な模様からそう推察した。
「障壁だ」
対するオーナーは冷静で、空に走る魔法陣の内容を言い当てる。
「障壁」は無属性魔法の中でもヒールと並んでメジャーな物だ。名の通り、透明に近い魔法の壁を展開し、その壁が敵の攻撃を防いでくれるという物。強敵との戦いにおいては必須級の魔法だというのは、ほとんど魔法の扱えないアルカですら聞いたことがある。
ただ、魔法の壁とて防ぐ攻撃には限界がある。その限界は使用者の加減次第だが、常人の魔力ではオールヴェール一帯に広げ、あのドラゴンの攻撃を防ぐ障壁は作れない。故に、複数人で障壁の大魔法を発動させたのだろう。
「……そっか、みんなコレを知っていたからこんなに落ち着いていたんですね」
透明な壁が空に出来上がったのを確認して、アルカもホッと胸を撫で下ろす。これだけの規模の大魔法ならば、領主のお抱えの優秀な魔法使い達が複数人で発動させたのだろう。領主が直々に動いてくれたのだとしたら、アルカも何とかなるんだろうという気になってくる。
「街の人の落ち着き様を言ってるなら、コレじゃないぞ」
「へっ?」
オーナーはアルカの言葉を否定した。
「考えてみろ、この障壁だって雷を永遠に耐え続けられるわけじゃないだろ」
「言われてみれば……」
大魔法による障壁の発動により、耐久力はとても高いこと間違いないが、無限ではない。あのドラゴンが諦めずに何十発と攻撃を続けていれば、これだって破れる。破れれば再び発動させればいいのはその通りだが、使用者は人間だ。限界はある。
「それじゃあどうし……って……あれ……」
問いは完全に紡ぎ切る事はできなかった。空に異変があったからだ。相変わらず、ドラゴンが上空にある事は変わらない。だが、ドラゴンの飛び方が変わった。
オールヴェール全体を周回するのではなく、アルカ達の上空をやたら周回している。時々、周囲の建物で姿を見失うくらいで、基本的にはアルカの視界の中に収まる範疇で飛んでいた。それはまるで、辺りを探索していたハンターが、獲物を見つけた様な。
では獲物は何か──それは、突如空に現れた黒い翼の事だろう。
「……人?」
月明かりと、雷轟龍の輝きが、その黒い翼を照らす。鳥が羽ばたく時の様に、翼を上に広げ切った、「Y」の字の様な状態で静止している翼、その真ん中に居る誰かがいる。その真ん中にいる人は豆粒の様にしか見えないくらいに、その翼は大きい。片翼の大きさは、なんならこの家の二倍以上はありそうだ。
「ぁ…………」
見たことの無い魔法にアルカは言葉を失う。そもそも魔法なのか、なんていう疑問も湧いてきたが、それより先に、あの両翼の真ん中にいる人は一体誰だと疑問が出てきて──
「ユノだ」
オーナーは簡潔に答えた。その名に、アルカは遅れて目を見開く。
「オールヴェールの黒翼、ユノ・グレイスロータ。そう呼ばれている」
「黒翼って……!」
その異名はアルカでも聞いたことがある。聞いたことがあると言っても、噂話、或いは御伽噺の様なレベルの物だ。都市伝説と言ってもいい。
黒翼に扱えない魔法は無く、全ての魔法を完璧に使いこなし、一人で数千もの魔物を即座に討伐し、大空に翔く翼の羽一枚一枚から魔法を同時に放つ。不老不死の身体を手に入れた。200年前に討伐された魔王の生まれ変わり。この世の原初から生きる魔女。彼女が欠ければこの国の戦力は三分の一に低下する。
などなどと、現実味を置いてきた噂の数々。
「……って待ってください、ユノさん一人でアレと戦うんですか!?」
無茶だと思った。確かに魔法は凄いのかもしれないが、根本的に人間は雷に撃たれれば基本死ぬ。あの巨体から爪が振り下ろされ、それが当たれば人は死ぬ。あれだけの速さで飛び回り続ける巨体にぶつかれば、人は死ぬ。
対するドラゴンはどうだ、常に帯電ししているため、物理攻撃はダメ。なら必然的に魔法攻撃になるわけだが、あれだけ素早く動いているなら当りにくい。それに耐久力だって人間の比じゃないだろう。
「だから見てろ」
「でも……」
アルカが思い付いたそういう理屈は、オーナーとて理解していない訳では無いだろう。でも彼は止めようとすらしない。そればかりか、先程のタバコという物をまた取り出して吸い始めた。
「ユノさん……」
アルカは心配そうに空を見上げる。暗くてユノの顔までは見えないが、黒いローブと先のとんがった帽子が月明かりに照らされていた。
ドラゴンとユノはしばらく攻撃の素振りを見せずにいた。武人と武人が互いの間合いを測っている様な、そんな緊張感溢れる「間」があって──
──ゴシャァアアアン!!
と、強烈な光と共に、爆発する様な音が響いた。
「きゃぁ!!」
あまりにも強烈な光と巨大な音に、アルカは思わず顔を伏せた。間違いない、ドラゴンによる攻撃だろう。アルカの目には全く追える物じゃなかった。
当然だ、生き物として格が違う。どこまでいっても人でしかない者に、人の領域から外れたものの攻撃を止められる道理がない。この場合、光の速さで飛んで来る攻撃を止められるわけが無い。
そう、止められるわけがない。ハズだった。
「……ユノさん……っ!」
アルカが顔を上げれば、間違いなく攻撃を受けただろうユノは、全く変わらず空に浮いていた。黒翼をそのままに、全く意に介さない様子。攻撃が当たらなかったとか、そもそもドラゴンが別の物に攻撃をしていたのかとか、そういう思考が一瞬浮かびはするがそれは無いだろう。ドラゴンは変わらずユノを中心に回っている。
それからまた睨み合いのような時間が続き──次に、ユノが動いた。
動いたと言っても、それは余りにも些細な事だった。右腕を上げた。たったそれだけの事だった。だがそれからだ。
ユノの展開する翼に、無数の魔法陣が瞬く間に描かれた。
本来、人が魔法を発動する際、魔法陣は瞳に現れる。どうしてそうなるのかは誰も知らないが、魔法を発動しようとすれば自然と瞳に魔法陣が現れる。それがこの世の理だった。その基本を打ち砕いたのがスクロールで、それを応用したのが大魔法だ。
ユノのあれは、それの応用なのかとアルカには考えることもできない。ただ、この光景を目にして、アルカが理解したのは、街の人々がユノを避けていた理由だ。
全員が全員では無かったが、ユノに怯える人達は恐らく、コレを知っていたからなのだろう。
魔法の同時発動は二つまでとか、そういう人の常識のぶち壊しているユノ。それが理由なのだ。
その証明として、ユノの翼に現れた魔法陣から次々と魔法が放たれる。
炎、水、風の基本の五属性の内の三つの属性による攻撃。別に、三属性扱うだけならば、それは凄い魔法使いで終わるのだがそうはならない。
問題は質と量だ。
とてつもない勢いで、細い線のように飛ばされる水は、生身の人間くらいなら斬り裂く事すらできる──これは「斬水」と呼ばれる魔法
強烈な風が鋭利な刃のように斬り付ける。鎌鼬と呼ばれる自然現象を意図的に、それも複数生み出して、摩擦熱と鋭利な風で切り刻む──これは「斬風」呼ばれる魔法
他二つと違い、ただあらゆる物を焼き焦がす炎を放つ──「業火」と呼ばれる魔法
その三つは三属性の極地の魔法と呼ばれる。その極地の魔法が三つ、同時に、しかも、それぞれ数十ずつ。ユノの黒翼から放たれた。
それらは真っ直ぐ雷轟龍に向かって飛んで行く。オールヴェールの夜空に、魔法の極地が走る。
──ゴギャアアアアアアアアア!!
響き渡るは龍の悲鳴。硬い鱗がどうとか、細かい理屈は消し飛ぶ。元々帯電していた身体に、炎水風が、圧倒的な質量で襲いかかった。何せ高速で飛び回る龍に命中するほどの速さで魔法が飛んでいるのだ。小規模な爆発すら雷轟龍の身体で発生した。
爆音とそれを上回る龍の悲鳴。だがユノの攻撃が止むことは無かった。彼女の黒翼からは絶え間なく魔法が放たれ続ける。あまりの魔法の量に、外れる物もある。それらは街の中に落ちてしまうが、街の上に張られた障壁が街への被害を許さない。
「……ぁ」
アルカはこの一方的な攻撃に言葉を失う。どうすればいいのか分からなかった雷轟龍への対処。それは圧倒的な力で捩じ伏せるだけだった。
「外が静かだった理由はこれだ」
「……はい」
オーナーの言葉にアルカは我に返り、けれど小さく返す事しかできなかった。
「一時期は街を空けていたが、ユノはこの街で産まれ育ったからな。かなりの人が知ってる。ユノが居れば大抵どうにでもなると」
「……」
この光景を見れば、そう思うのも無理はない。先程から、雷轟龍もやられるだけじゃなくて反撃してもいるがユノの発動している障壁に防がれている。余りにも一方的な戦いだった。
およそ人一人が立ち向かえる様な敵ではないのにも関わらず、ユノは一人で圧倒していた。
そりゃ、人はビビる。人では敵わない脅威を一人で下しているのだから。
「ンで、アルカはユノが怖くなったか?」
この街の人のユノへの気持ちがわかったからこそ、オーナーの問いはとても重い。あれだけの力を間近で見せ付けられて、怯まない者なんて居ないだろう。
「……はい」
正直に、アルカは頷いた。
「そうか」
オーナーはただそう返して、コーヒーを口に着けた。
それから5分程の時間が流れた。その間、上空ではユノによる一方的な攻撃が続いていた。雷轟龍の方はボロボロで、鱗はいくつも剥がれ落ち、肉からは血が滴っている。雷轟龍も反撃を試みてはいるが、どれもこれもユノの障壁に遮られ、ユノには一切の傷害も見られない。
故に、終わる時は余りにも呆気なく終わった。
──ゴギャアアアアアアアアア!!
という咆哮と共に、雷轟龍はオールヴェールから離れて行った。ただそれだけだった。辺りを飛び回っていた時より速い速度で一目散に夜の闇の中を飛んで逃げて行く。
生き物としては当然の行動だ。勝てそうになく、死にたくないから逃げる。あれが人間ならプライドやらそういうので死ぬまで戦うかもしれないが、どうやら雷轟龍はそういう物を持ってなくまだ死にたくないらしい。
「ユノさんは追いかけないんですか?」
「まぁ、ああいう龍はそう簡単に殺していいもんじゃないから見逃すんだろ」
「……?」
そう簡単に殺していいもんじゃないというオーナーの言葉の意味に、アルカは首を傾げた。
「……200年前、魔界で魔王が死んでから魔物はあちこちに散らばった」
オーナーが解説を始める。
「散らばった魔物を纏めるのが、魔界の領主だった魔物やああいう龍だ」
「……へぇ」
確かに、魔物が群れや集落を作っているという話はアルカも聞いたことがある。
「魔物達は力に従う事が多い。だからああいう強いのが死んで集落がバラバラになって、人里に被害が及ぶのを防ぐ」
「なるほどなるほど」
アルカはコクコクと頷いた。確かに、あれだけ強い魔物が多くの魔物を抱えているのだとしたら、雷轟龍の死でそれらがバラバラになり人を襲い出すと大変だ。
「ギルドからもそういう達しが出たのかもしれないな」
「色々考えているんですね」
魔物なんて片っ端から殲滅すればいいのでは?と思っていたが、そう単純な話ではないようだ。
「……それより来るぞ」
「へっ?」
オーナーの言葉を聞いて空をぐるりと見渡すと、ユノが展開していた黒い翼をバッと瞬時に消滅させ、宙に浮いたままこちらに飛んできているのが見えた。
段々近づいてくるにつれて、ユノの表情が見て取れるようになる。あれだけの魔物を撃退したのにも関わらず、少し浮かない様子だった。
「ユノさーん!!」
それでもアルカは元気に手をブンブンと振って彼女を迎える。
「やぁ〜見られちゃったかぁ……」
ベランダの先に浮遊したまま、アルカと向き合い苦笑していた。オーナーはそんな二人を黙って見ていた。
「ユノさん凄かったです!!早く教えてくれれば良かったのに」
「……まぁ、ほら、ねぇ?」
そんなアルカの邪気のない言葉に、ユノは困った様子だ。
「…………アルカちゃん」
だが、何か意を決した様に、真面目な表情を作ってアルカの名を読んだ。
左の瞳には飛行魔法の魔法陣、二重の円と円と円の間に文字を並べた物が浮かんだままだ。それが一層、今までのユノと違う事を実感させる。
「ボクの事、怖くなったかい?」
淡白な。事務的に事実確認をするような、そういう問い。それに対してアルカは。
「そりゃそうですよ」
さも当然の様に答えた。
「うぐっ……」
なんてユノは空中で仰け反る。
「……これからユノさんを怒らせてしまったら……と思うと」
「……うん?」
だがその後に続くアルカの言葉は予想と違うものだった。
「元々、ユノさん怒ったら怖そうな人だなぁと思ってたんですけど、それが確信に変わりました」
そういうアルカの言葉と表情に、怯えはない。
「でも怒らせない様に、私が頑張れば大丈夫です……よね?」
「……えっ、え、そういう話なのかい?」
「えっ、違うんですか?」
二人揃って首を傾げる。どうやら、アルカとユノのこの件に関する意識には相違がある様だ。
「…………ボクの事が怖くなって、この家を出ていくとか……」
「なんでですか?」
さも当然の様に、アルカは即答する。
「……だって、ほら、ボクは……その、みんなから……ねぇ?」
と、今度はチラリとオーナーの方に視線を送った。が、オーナーはそれに対して小さく溜息を吐いてから。
「取り敢えず早くギルド戻って報告して来いよ」
目の前の現実に目を向けた一言が放たれる。
「……そ、それもそうだったね」
ハッと思い出したようにオーナーの言葉を肯定すれば。
「ユノさん、コーヒー入れてお帰りを待ってますね!!」
なんてアルカが笑顔で返した。
「…………アルカちゃん……」
だからこそユノは確信する。アルカは別にユノの事を怖がって──いや、怯えてなどいない。ユノの力を見て、それを知ってもなお、アルカの中に「ユノさんは怒ると怖い」なんていうレッテルが貼られただけだった。
「……うん、行ってくるよ!」
だからこそ、ユノも笑顔で返した。
「はいっ!いってらっしゃいです!」
出会って間もない。たった5日間だけの仲かもしれない。ただそれでも、「オールヴェールの黒翼」という二つ名は、アルカとユノの仲を引き裂く物にはならなかった。
圧倒的な質量っていいよね
まだまだ序盤ですが何か気に入ったとか、気になるとか、印象に残ったキャラクターが居れば投票おなしゃす!
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アルカ・コノエ
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ユノ・グレイスロータ
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ローゼ・オールヴェール
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ノヴァ・ブランク
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オーナー