読まなくなった本、魔導書、不要なスクロール、買い取ります! 作:竜田竜朗
雷轟龍の襲撃から夜が明け、時刻は朝9時30分。
MOの二階では少々遅めの朝食をとり終えた時間だ。当然、雷轟龍の襲撃のせい。アルカとしてももう少し眠って居たかったのだが、本日は予定がある上に、どうしてもこの時間に起きていたかった理由がある。
「ほんっ……………とぉうにごめんよー!」
そう言って、ユノは両手を合わせて頭を下げた。
「気にしないでください、ハンターとしてのお仕事でしたら仕方ないですよ」
本日、お店は定休日。そして明日はアルカの入学式なので、ユノと二人で買い物に行く予定だったのだが、雷轟龍の襲撃の事後処理により、ユノはギルドに行かなくてはならなかった。その事後処理も午前中だけで済むような内容ではないらしく、一緒に買い物にいけないとユノが頭を下げている次第である。
眠い目を擦ってでも起きた理由はユノを見送りたかったからだ。
「うぅ……ボクもアルカちゃんと買い物に行きたかったのに……これだからハンター協会は……!」
アルカに言われて顔を上げるも、恨み言は抜けない。
「オーナー、アルカちゃんの事は任せたからね」
「分かってる」
その代わりとして、アルカの買い物にはオーナーが付き添うことになった。
アルカはこれまで三人で外出した事はあれど、オーナーと二人で外出した経験はない。そもそもオーナーと二人きりというシチュエーション事態があまりないため、ユノには申し訳ないと思いつつも、楽しみだった。
「それじゃボクは行ってくるよ」
「はいっ!いってらっしゃいです!」
「ン、いってらっしゃい」
そうしてユノを見送った。トントントンと床を歩く音が小さく聞こえて、やがて扉の閉まる。それまでアルカは二階の扉に向いたままだった。それから直ぐ、ソファに腰を下ろしていたオーナーの方に振り返り、口を開く。
「私達はどうしましょう?あっ、ユノさんとは取り敢えず雑貨屋さんに行こうって話をしてました」
当初の予定ならば、雑貨屋の開店に合わせて出発だった。
「この辺の雑貨屋か……なら開店は10時だな」
オーナーはそう言いながらコーヒーに口をつけて、少し黙り、やがて何か思い出したように、アルカへこう尋ねた。
「ところで、もう制服は取りに行ったのか?」
その問い掛けに、アルカは一瞬呆然とする。すっかり忘れていた顔である。
「……ならまずは取り行くか。無いと話にならないからな」
それを察したオーナーが一番最初の予定を決定した。彼の言う通り、制服は学園に通うに当たって最も大切な物だ。それがなくては登校できないのだから。
「あの服屋は11時開店だったな。どうする、もう一眠りするか?」
「いえ、もう目が覚めちゃったので起きて待ちます!」
「ン、そうか」
そう言って頷くなり、オーナーはソファの向かいのテーブルの上に置いてあった本を手に取り読み始めた。
「(栞も挟んでないのに良く開けるなぁ……)」
この様子は度々目撃するのが、毎度凄い記憶力だと感心する。自分だったら最後に何ページ目を読んだのかなんて忘れてしまうからだ。そもそもページ数を確認して本を閉じるなんて滅多にない。
「……よいしょっと」
それからアルカもオーナーに倣ってソファに腰を下ろして、机の上の読み掛けの本を手に取り、栞を頼りにページを開く。
この四人がけソファと机は、この家のルールとして一人一冊本をテーブルの上に置きっぱなしにしておく事が許されている。本を机に置きっぱなしなんて行儀が悪い様に最初は抵抗があったが、ユノとオーナーの二人がここで暮らし始めて自然とできた暗黙の了解と聞いてアルカもそうし始めた。
「……」
今、アルカが読んでいるのは、お店の方で在庫として余りまくっていた、オールヴェールの歴史について纏められた本だ。
この街の成り立ちから、今現在の形に至るまでの流れが記されているやたら分厚い本。しかし殆どはかつてのオールヴェールの街の物の生産量やら消費の傾向をまとめた記述が多くあり、物語として楽しみながら知る、というよりかはデータを読み取って理解する感じ。
残念な事にアルカはそういう読み取り方をこれまでの人生でしてきた事がないので、理解の追いつきそうにない部分は飛ばしてしまうことが多い。
「……なんか飲むか?」
読み始めて少々、マグカップの中が空になったオーナーは、立ち上がってアルカにそう尋ねた。言われてアルカは喉の乾きを感じた。
「私も手伝います」
「別に……いや、そうだな。頼む」
二人揃ってソファからキッチンへと向かう。ヤカンに水を入れてから平べったくも、少し盛り上がった「✕」が印の台の上にヤカンを置いて、魔導具を起動させる。これでその印の部分が熱くなり、ヤカンの水が温かくなる仕組みだ。
「…………」
「…………」
熱くなるのは早いのだが、ものの数秒という訳にはいかない。なのでもちろんそれを待たなくちゃいけないわけで──つまるところ会話がなく沈黙がその場を支配した。
チラッとアルカはオーナーの顔を盗み見る。オーナーも気まずそうにしている……なんて言うことはなく、いつもと変わらない表情でヤカンを眺めては、何か思い立ったように背後に振り返り、冷蔵庫の戸を開けた。それから冷蔵庫の中を一通り確認した後、戸を閉める。食材の確認を行っていたのはアルカにも分かった。
「食材も帰りに買うんですか?」
「そうしようと思う。悪いが付き合ってくれるか?」
「もちろんですよ!美味しいお料理のために買い物くらいいくらでも付き合います!」
ここ数日でアルカはオーナーの料理の虜になってしまった。彼の作り料理は豪華というわけではないのだが、一つ一つ味付けがしっかりしている。家庭料理として高い完成度を誇っているのだ。
「気に入って貰えたなら良かった。買い物付き合ってくれるなら、何か食べたいものはあるか?」
「えと、特には……あ、でもお豆腐はちょっと……」
「アレルギー…………あぁ、いや、分かった」
「ありがとうございます……」
実家の方で散々豆腐を食べたので、ちょっと食べたくないというアルカの心。オーナーはそれを察してくれた。
「なんか、悪いな……ン、お湯沸いたな」
やかんが音を立ててお湯が沸いたのを教えてくれる。それを聞くなり、オーナーは魔導具を停止させ、マグカップにインスタントコーヒーの粉を小さなスプーンで二杯入れた後、お湯をマグカップへと注いだ。
「アルカは?」
「私もコーヒーにします」
アルカも同じ様にインスタントコーヒーの粉をスプーンで一杯入れ、お湯を半分ほど注ぎ、その後に冷蔵庫から牛乳を取り出して注いだ。
それから二人はソファへと戻る。並んで腰を降ろし、二人ともコーヒーに口をつけて、ホッと一息ついた。
「……あの、オーナーさん」
読書に戻る前に。アルカは改めて聞こうと思っていた事を聞くことにする。聞くタイミングはゆったりとした時間が流れる今だと思ったからだ。
「ユノさんが色んな人から……怯えられるのって、やっぱりユノさんがオールヴェールの黒翼さんだから。なんですよね?」
「そうだ」
アルカの質問に、オーナーは頷く。
「……私、やっぱりなんか納得できなくて。いくら強いからって言っても、自分達を精一杯守ってくれたユノさんに、なんで街の人はあんな……」
強過ぎるが故に恐れる。アルカもそれは分かっている。誰だって強過ぎる存在には恐怖心を捨てきれないものだ。
「アルカは、オールヴェールの黒翼がいつからオールヴェールの黒翼か知ってるか?」
「……それは知りません……」
名前だけ先行していて、ユノの昔の事についてなんて知る由もなかった。
「今から9年前。ユノが14の時からだ」
「……私の一個下」
若すぎるその年齢にアルカは驚いた。しかしそれならと反論も浮かぶ。
「だったら、昔馴染みならユノさんが優しい人だってみんな知ってるんじゃ」
「だからユノと関わりの深い人はそこまでユノを邪険にしないだろ。けど、関わりのない人や、普通の人とは違いすぎる力に怖がる人は怖がる。それにまぁ、昔のユノは少しやんちゃだったからな」
「や、やんちゃ……?」
やんちゃとは一体何かと首を傾げる。今のユノからは想像もつかない言葉だった。
「アルカの心配は分かるが、もう本人も気にしてないらしいから、あんまぶり返してやるな。そうするくらいなら、せめてアルカは怖がらずにユノに接してくれればいい」
そう言ってオーナーはコーヒーに口をつける。
「(……ユノさんがオーナーさんの事を好きな理由、何となくわかっちゃったかも)」
きっとオーナーはずっとこんな感じでユノに接して来たんだろうなと考える。人をよく見て接している。彼もユノの力──オールヴェールの黒翼ではなく、ユノ・グレイスロータを見て、こうして一緒に生活しているんだろう。
だから、アルカは少し気になった。
「……オーナーさんはユノさんの事をどう思ってるんですか?」
「どうって言われてもな。ここの店長を任せられる信頼出来る人……他の人より少し強い女性……あと他になんかあるか?」
照れ隠しとかそういう様子もない。彼のあるがままのユノの評価。
「……ふふっ……」
思わず笑みが零れた。ユノが悩んだ様子もなく過ごしているのは、間違いなく彼のお陰なんだろうと理解したから。
「ほんと、お母さんが懐くわけですね」
「……それはあんま嬉しくないな」
言って、オーナーは苦笑する。
なんて言う風な会話をそれからも続け、二人はお店の開店時間を待つのだった。
お店を出てから北へ歩き、4番通りの終点を左に曲がる。合計で15分ほど歩いてアルカとオーナーの二人はとある洋服店に到着した。MOより少し大きいお店で、外観もカラフルに塗られていて如何にも洋服店といった様相だ。
本当にこんなオシャレなお店で制服を扱っているのだろうかとアルカは不安になったが、オーナーは間違いないと言う。何の躊躇いも無しにオーナーは扉を開いて中に入った。
「いらっしゃいませ〜」
出迎えてくれたのは、ページュのロングスカートに緑のセーターにページュのカーディガンを羽織った店員だった。オシャレな格好に、ますます制服の取り扱いがあるのか怪しくなる。
「これを」
が、またしてもオーナーは躊躇いもなく制服の注文書を店員に渡した。
「これは……あ、はーい!お待ちしておりました!」
店員は注文書を受け取るなり、店の奥のカウンター裏へと消えていく。どうやら間違っていなかったらしい。
店員を追うように、二人もカウンターの方に向かって歩き始める。
「……ホントにオシャレなお店ですね」
待ってる間に店内を見渡す。店内の右半分は女性用の服があり、逆に左半分は男性用。奥のカウンターへと続く通路にはマネキンが服を着て立っていて、少し上を見上げれば「この春のコーデはこれ!」なんていうポップがぶら下がっている。
魔法的な機能を有していない、本物のオシャレのための洋服店だと言うのが読み取れた。
「俺には縁のなさそうな店だ」
「そんなことないですよ!オーナーさんの着てる服……革ジャン?って言うでしたっけ?オシャレですよ!」
「別にそういう意味じゃないんだが……まぁいい、ありがとう」
なんてやり取りをしている間に、カウンターの奥から先程の店員が紙袋を抱えて出てくる。抱えているのが制服だと言うのは直ぐにわかった。
「大変お待たせ致しました〜。あちらの試着室でお試しください」
店員は紙袋をアルカに手渡してから、手を開いて試着室らしき小さなボックスを指した。
「はいっ!」
アルカは紙袋を抱いて試着室へと足を運ぶ。その足取りは軽い。人生で初めての制服という服に興奮が隠しきれないのだ。靴を脱いで試着室へと入──ろうとして小さな段差に躓く。転倒はしなかったが、ゴンッ!と大きな音が立った。
「だ、大丈夫ですか?」
「あぅ……すいません……」
「お怪我が無いのなら良かったです。お気をつけください」
改めて試着室のカーテンを閉めて、アルカは着替えを始める。
「……妹さんですか?」
アルカが着替えている間、店員とオーナーは待ちぼうけとなる。そのため店員はオーナーへと話しかけた。
「いえ、彼女は学園に通うのにオールヴェールへ越してきたので、今は彼女の身元を私が預かっています」
「そうでしたか。あまり歳が離れているように見えませんでしたので、失礼致しました」
「お気になさらず。よく言われます」
平然と嘘を吐く。そんなことは一度も言われたことはない。
「彼女はどちらから?」
「南東の小さな村からです」
「オールヴェールから南東と言いますと、タートル湖の辺りでしょうか?」
「……えぇ」
オールヴェールから南東に進むと「チャーチアサイラム」の街がある。
大抵「アサイラム」と省略されて呼ばれるその街とオールヴェールの間には、「タートル湖」と呼ばれる面積が70km²ほどの湖がある。店員はアルカがその湖付近の村の出だと聞いたのだ。全然違うが、面倒なので肯定する。
「そうでしたか!アサイラムの文化を取り入れた衣装を召されていたので、そうなんじゃないかと思っていました」
「……アサイラムの洋服には良くフードがついていますね」
アサイラムは「神なき教会の街」なんて異名を持つくらい教会の教えが浸透している街だ。お祈りをするのに頭を下げて顔を隠すのにフードを使うらしい。
最も神は居ないと言っているので、一体何にこうべを垂れているのかはオーナーも知らない。
今日着ていたアルカの洋服にはフードが付いていたので、店員はそれを言っているのだ。黒字のパーカーだがフードの裏地だけ赤いという、オールヴェールではほとんど見たことの無い衣装を珍しがっているのだろう。
それから店員が次の言葉を紡ぐ前に、カーテンレールを滑る音が鳴った。アルカの着替えが終わったのだ。
「あっ……まあまあ!良くお似合いですよー!」
嬉々とした声を出しながら、店員はカーテンは開いているが試着室の中に立ったままのアルカの元へ寄る。
「そ、そうですか?」
対するアルカは何だかテンションの高い店員に身を引きつつ答える。そう言って貰えるのは嬉しいのだが、同時に身の危険を感じた。
「お客様もそう思いますよね!?」
なんて店員が勢いよくオーナーへと振り返って同意を求めた。
「……」
オーナーはアルカの制服姿を観察する。
膝より少し上に丈のある紺色のスカート。アルカが元々着ていたのだろう黒いTシャツの上に学園指定の白いワイシャツ。
最後に校章が左胸に縫われた学園指定の白いジャケット。腹部の左右にポケットが付いていて、ポケットの下にそれぞれ黒い紐が垂れ下がっている。ジャケットの生地は暖かさそうだ。
学園の制服としては珍しく、ジャケットはファスナーで前を閉じるタイプ。首より少し下にボタンが一個付いていて、冬場はそれで止めて襟を寄せて風を凌ぐのだろう。
「……ぁぅ……」
ジッと観察されていたせいか、アルカは頬を朱く染める。
「……アルカ、ジッパー全部下ろしてワイシャツは上から二つ目以外全部開けろ」
「えっ?へっ?」
唐突に出されたよく分からない要求に困惑する。
「やれ」
「は、はいっ!」
初めて聞いたオーナーの命令に、やらなくちゃいけない衝動に駆られ素早く行動する。ジッパーを下ろして外し、ワイシャツは言われた通り上から二つ目は残したまま他は全部下ろす。
「やりましたっ!」
「……ン」
ビシッと背筋を伸ばして終了を宣言したアルカ。オーナーは大層満足そうに頷いた。
「お客様、いい趣味してますね」
「それほどでも」
アルカの格好をもう一度よく見る。
ジャケットを開き、ワイシャツのボタンを上の方を一つ残して開けたがために中の黒いシャツが見えてしまっている。そのためラフな印象が生まれるのだが、丈の長いジャケットとポケットの下についた黒い紐のせいかジャケットが「可愛い」印象を持ってきており、アルカの小柄さもあってか、ラフさが「可愛い」へと変貌した。中の黒いシャツがまたアクセントにもなっている。
「似合ってるぞ」
「あ、ありがとうございます!」
なんてオーナーが褒めたものの。
「……ここまで着崩すと、学園では怒られちゃいますけどね」
「「……」」
店員の正論に、このスタイルはお預けとなった。
「……ええっと……あ、あぁ!こちらの制服について説明させていただきますね!」
白けた場の雰囲気を変えるために、店員は話題を転換……というか、通常業務へと戻る。
「オールヴェールの制服には魔法陣があります」
「……そういえば、裏側にありました」
我に返ったアルカが店員の言葉に反応した。
「はい、学園では魔法の実技もありますので、安全のために障壁の魔法陣と温度を調整するための魔法陣が縫われております。王都の有名な魔法服店「マジッククロースウェアハウス」、「マジクロ」様が縫ったので、効果に間違いはありません」
王都の有名──なんて言われてもアルカにはよく分からなかったが、店員が言うからには間違いないのだろうと特に何も言わない。
「それとマジクロが独自に発明した形状維持と色付きしない魔法が布そのものに込められていますので、お洗濯も気を使う必要はありません」
「へぇ……」
色々な物が施されている制服だとアルカは感心した。機能面では下手な魔法服より優れているだろう。
「説明は以上になります。着心地も確かめられましたら、着替えてください。こちらでまた紙袋に詰め直してお渡しします」
「……あの……」
店員の言葉に従う前に。アルカは最後に一点、尋ねたいことを聞くことにした。
「……どうかされましたか?」
「お会計ってどうなってるんですか?」
気になったのはそこだ。これだけ様々な技術が施されている服なら、かなり高額であることは間違いない。今の自分の所持金でどうこうできる物ではないだろうが、オーナーやユノ達がお代を持つなら、働いて返していきたいと思った。
「既に頂いていますよ。お支払いは……ヤシロ・コノエ様です」
「っ!そ、そうですか」
だが二人ではなく、どうやら母親が出してくれていた様だ。それならば。
「(……じゃ、いっか)」
お代の心配はしなくて良さそうだ。
それから普段着へと着替えたアルカは、改めて制服を店員に折り畳んで紙袋に詰めて貰い、お店を後にした。忘れてはいたが楽しみにしていた制服も受け取り、アルカのテンションは高い。
「次は雑貨屋さんですね!」
隣を歩くオーナーに、アルカは次の行動を確認した。
「ン。だが腹は減ってないか?」
「……言われてみれば」
遅めの朝食ではあったが、オーナーにそう問われると小腹が空いていることに気付く。がっつり食べたい訳では無いのだが、少しなにかお腹に入れたい感覚だ。
「近くにカフェがある。良かったら休憩して行こう」
「はいっ!」
それを察してか、カフェという丁度いいタイプのお店に連れて行ってくれるらしい。美味しい飲み物とパンを一つか二つ。気は早いがそういう注文にしようと決めて、先導するオーナーに着いて行く。
それから5分も歩かない内にお店に到着した。制服を購入したお店の16番通りと7番通りの交差点から右隅にあるカフェだ。先程の洋服店等と比べると外観は地味だが、感想としては「優雅」と言った方が良い。茶色とか深緑とか、落ち着いた装飾がしつこくない程度に施されている。
テラス席も6席ほど設けられており、街の雑音をBGMに暖かい飲み物を飲んでいるお客もいた。
店内も外観と同じく落ち着いた雰囲気。アルカは予め考えていた通り、ホットのカフェオレとクロワッサンを二つ注文した。オーナーはコーヒーと米粉ロールパンというアルカの知らないパンを注文。
昼食時ということもあり、店内にはそこそこ人が居たので、外で食事をとろうとテラス席へと移動した。席に着いて直ぐ、店員が飲み物だけ運んできたくれた。食べ物はまだ掛かるのか、持ってくる気配はないので先に飲んで待っていることにする。
「オーナーさんが頼んでた、こめこロールパン?ってどんなパンなんですか?」
「名前の通り、小麦粉に米粉を混ぜて作ったパンだ。普通のパンより、もっちり感が強い」
「……むむっ、初めて聞きました!」
「なら、物が来たら一口交換しよう」
「はいっ!ぜひお願いします!!」
嬉しい申し出を躊躇なく受け取る。まだ食べたことの無い食べ物への興味はどうにも止めることが難しかった。本当にこちらでの生活には新しい発見が沢山あって面白い。改めてここに来てよかったな、なんて思い。
「楽しみで」
す。と、続けようとしたその時だ。
「誰かっ!!その人止めてくださいっ!!」
街中にそんな声が響き渡った。その発生源はさほど遠くはない。アルカはその声の方向──視界の右側、向かいのオーナーの左肩から先の方へと視線を合わせる。
膝を着き、手を伸ばす女性が居て、その前方には何かの袋を抱えて走る、少々身なりの悪い男がいた。
盗みだ。と、判断を下すのにさほど時間はかからなかった。
「っ!!」
だからほぼ条件反射でアルカは動いた。
ガンッ!と勢いよく立ち上がり、そのついでに右足の踵で椅子の右前の脚を蹴っ飛ばしてから、同時に肉体強化の魔法を発動──アルカの二つの黒い眼に、白く「 I 」の形が現れる。
視界にそれを確認したら、少し膝を曲げて、跳ぶ。
テラス席の手すりを飛び越え、そのまま窃盗犯目掛けて飛びかかる。
「……なっ……!くそっ!」
窃盗犯も自分に飛びかかって来るアルカの姿を捉えた。悪態を吐きつつも、腰を低くして両脚を伸ばす。いわゆる「スライディング」の要領だ。トータル的な速度は落ちるが、今いる場からはほんの少しだけ早く動ける。ほんの少しではあるが、こういうギリギリな状況に置いての「ほんの少し」は、重い。
「(ちっ……届かない……!)」
アルカはやられたと思いながらも思考する。このままではひったりくりの男が滑り抜ける方が早い。ギリギリ届かない。失敗した。着地してから左足で地を蹴って追いかけて間に合うか。なんてそれ以降の行動を頭の中で弾き出す──が。
「(へっ!?)」
グイッと、何かに体を押された。
明らかに窃盗犯を自分の右側に逃がしてしまう位置だった。物理法則に従って、自分は為す術なく窃盗犯が滑り出さずに走り抜けることを想定した位置に落下するはずだった。
なのに、空中で「何か」に押されて体が少し右側に移動した。
「(……何が何だか分かんないけど、これならっ!)」
届く。このままなら、滑って減速した窃盗犯の真上に落ちる。
「ふっ!!」
「ぐえっ!?」
足元に体重を掛け、窃盗犯の膝に直撃した。
アルカはそこまで重くはないが、跳躍による高い位置からの落下で増幅された重み。それが窃盗犯の膝の皿に当たった。よっぽど軽くなければ普通に痛い。それも、少しの時間歩けなくなるくらいには。
「いってえええっ!!」
「大人しくしてくださいっ!」
トドメと言わんばかりに踏んづけている窃盗犯の膝皿から飛び跳ねて地に着地する。
「あ、ありがとうございます〜!!」
なんて声と共に、膝を着いていた女性がアルカの元へ駆け寄って来た。それを見るなりアルカは窃盗犯から紙袋をひっべがし、その女性へと差し出す。
「お荷物は無事ですか?」
「……え〜と……はい!大丈夫見たいです〜!」
中を覗き込んでから、女性は満面の笑みで返した。
「おーい!お嬢さん達大丈夫かい!」
その直後、鎧を纏った兵士が駆け寄ってきた。街を巡回していた憲兵の様だ。
「あ、憲兵さんこの人ひったくりです!」
「そうなんです〜!わたしの荷物を」
「分かった。彼はこちらで預かるよ。ただごめんね、一応被害者さんにもお話を聞かなくちゃいけないから」
少し苦い顔をしながら憲兵が告げる。当たり前だが事件があればそれに関わった者達には色々と話を聞かなければならないものだ。
「あっ……」
アルカはオーナーの方を向いて「やっちゃった」という顔を作る。
オーナーは少しだけ柔らかく微笑んでくれはしたが、どうやらパンは来てしまった様だ。テーブルにはロールパンとクロワッサンが二つ見える。
「(まっ、いいか)」
暖かいパンが食べられないのは悲しいが、人助けできたのだ。これくらいは仕方ないと自分の中で納得して、アルカは大人しく憲兵に今回の出来事を伝えるのだった。
「──ていう事があったんです!」
「そっかそっかぁ。アルカちゃんはいい子だね」
夕食を終えて、お風呂上がりユノと共に、アルカは二階のソファに腰を降ろして今日あったことをユノに報告していた。
「おかげでパンは冷めちゃいました……あ、でも米粉ロールパンは美味しかったんですよ」
「へぇ。その米粉ロールパンっていうの、ボクも今度食べてみようかな」
「おすすめですよ〜!」
なんて事の無い会話は続いた。今日一日、ユノが居なかった分、オーナーと共に街を歩いたこと、そこで感じたことを伝えていく。別に羨ましがらせたいとか言うわけじゃない。ただ、今日一日自分は楽しかったという事を精一杯伝えたかった。
「うん、なら本当に学園に行くのも平気そうだね」
そう。そう言って貰いたかったからだ。ずっと心配してくれていたユノに、大丈夫だと伝えたかったからだ。
「はいっ!明日からたくさん友達を作って、たくさん楽しい思い出を作ってきます!」
笑顔で伝える。自分は明日が楽しみで仕方ないのだと。
「そうかい。うん、それじゃあボクも楽しみにアルカちゃんが帰るのを待っているよ。さぁ、明日は早いんだし早く寝ようか」
言って、ユノは3分の1ほど残っていたホットミルクを飲み干した。
それに倣って、アルカもホットミルクを飲み干す。二人仲良く台所に空いたマグカップを持って行って、洗って、戸棚へと戻した。
「それじゃあ、お休みアルカちゃん」
「はいっ!ユノさんお休みなさい!あ、オーナーさんにもお休みなさいって伝えといてください」
「うん、帰ってきたら伝えるよ」
言って、アルカは一人階段を登って三階の自室へと戻っていく。
明日は待ちに待った入学式だ。
「──つーことで、大丈夫そうだぞ」
オールヴェールのとある建物の一角の、やたら本棚が並べられた一室に、オーナーの声だけが響いていた。右手には、この世界には見慣れない機械がある。
『うむ、元気にやってる様で妾は満足ぅ〜』
そしてその機械からはどこか時代錯誤した幼い少女の声が発せられている。
「……まさか別世界でも子守りする事になるとは思ってなかったがな」
『さて、これも神の決めた運命かもしれんの』
「くだらね」
なんていうやり取りをしつつ、オーナーは目の前の本を一冊手に取り、その状態を確認する。ここに来たのは通話よりこの在庫の状態確認がメインなのだ。
『主、くれぐれも巻き込むでないぞ』
「何度目だそれ。大丈夫だ、
育てた娘が気になって仕方ないらしい。だがその心配は杞憂という他ない。
「もうほとんど終わりなんだ。今更第三者が必要になることは無い」
『……そうじゃったの』
彼の目的が、夢が間もなく達成されるのは電話口の彼女も知っている。
「ンじゃ切るぞ。移動させなきゃいけない本が何冊かあるんだ」
『はぁ〜、相変わらず仕事熱心じゃ』
言葉を聞き切る前に、オーナーは通話をぶち切る。
「……ン、しかし大分在庫が余ってんな……」
携帯を体の中にしまって、丁寧に本棚に並べられた大量の本の数々を眺める。
「……特売セールするか」
こうして、アルカには学園生活の他にもMOの店員として大きなイベントを迎えることになる。
あんま関係ありません(念押し)
次回からは学園もスタート。タイトル詐欺にならないようには務めますがどうしても学園の描写が多いかも……
まだまだ序盤ですが何か気に入ったとか、気になるとか、印象に残ったキャラクターが居れば投票おなしゃす!
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アルカ・コノエ
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ユノ・グレイスロータ
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ローゼ・オールヴェール
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ノヴァ・ブランク
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オーナー