読まなくなった本、魔導書、不要なスクロール、買い取ります! 作:竜田竜朗
入学式!
時刻は朝8時15分。家を出てから大体30分ほど歩き、アルカはようやく目的地に到着した。
「……おぉ……」
正門の前に立ち止まり、正面の校舎を見据える。門から校舎までは400m程の通路があり、その通路の両脇にも建物がある。右脇には初等部、左脇には中等部で、突き当たりが高等部と言った具合だ。それぞれの建物はアルカの想像していた物より大きい。話に聞いただけだが、他にも様々な施設が併設されているとか。残念ながらここからではその「様々」を見ることは叶わなかった。
何はともあれ、無事に学園の敷地に到着した。さっきから同じ新入生らしき者達がアルカの脇を通過していく。
「……よしっ」
覚悟を決めて、アルカは学園へと足を踏み出す。
通路を歩いていると、迎えてくれるのは舞い落ちる桜の花弁だ。鮮やかなピンクの花弁はこの大陸では中々お目にかかれないもの。なんでも、とある貴族から贈られてきたもので、この大陸では自然と繁殖することはないのだとか。そんな話を昨晩ユノから聞いた。
「(…………人が多いー……)」
歩き改めて人の多さに驚く……というより辟易する。自分の歩速が人より速いのか、直ぐ前を歩いていた人に接近してしまう。避けようにも両脇にも人が居たりするので、大人しく速度を落とすしかなかった。
オールヴェールに来たばかりではあるが、既に都会の人の多さというものが合わないと感じて来てしまっていた。
「(……あれかな?)」
少し歩いて初等部校舎と中等部校舎を抜いた先に、「新入生の方はこちら」という立て看板が目に入った。その脇には長い机があり、四人ほど職員が居て、それぞれの向かいに机を挟んで生徒が列を作っている。入学関係の最終書類の提出だと理解して、アルカもその列に並んだ。
「次の人」
かなり早いペースで人が捌けていく。本当に提出と二三言添えて終わりの様だった。なのでアルカは先に学校指定の黒い革のカバンから入学に関わる書類を取り出して備えた。
「次の人」
あっという間に自分の番となり、準備していた書類を手渡す。
「はい。アルカ・コノエさん、入学おめでとうございます。右の入口から校舎に入り、最初の通路を右に。突き当たりの講堂で入学式を執り行うので向かってください」
「は、はい」
言われて直ぐに列から飛び出し、言われた校舎の入口へ移動する。大きく開かれた扉を抜け、校舎に入った。外から見ても白く塗装された木製の校舎だったが、中から見ると塗装がされていない分、それが顕著に見える。装飾があるわけでもない、見方によっては殺風景とも取れそうな雰囲気だ。
ゆっくり観察するわけにもいかず、アルカは言われた通りに最初の通路を右に曲がって進む。前の人に続いているので、間違えようもなかった。
やがて大きな入口が目に入った。そこを抜ければ講堂なるものなのだろう。初めて聞いたその名に少し心を震わせた。そして入ってすぐ、そう期待して間違いはなかったと確信する。
「(……すご……)」
漏れた感想はその一言に尽きる。
見渡す限り、「椅子」だったからだ。視界の少し下に大きな舞台があり、それを180度囲うように椅子がある。後ろに行けば行くほど高くなっていた。暖色系の明かりが天井に灯っており、壁の木の色と合わさって柔らかい雰囲気を醸し出している。
「新入生の方はこちらに順に座ってください」
舞台を真正面に見据えられる位置の席に、横15列ほど人が座っていて、その後ろにまた人が座っている。誘導の職員に言われるがまま、アルカは前の人が座った椅子の隣に腰を降ろした。
「(……やっばい緊張してきた……)」
オールヴェールは別世界だと思うくらいにはド田舎から引っ越して来た。そのアルカにこの講堂は少々新鮮味が強すぎた。目眩がしそうなくらい広い空間に、ただただ圧倒されている。
「(私、やってけるのかなぁ)」
昨晩、ユノに大見得切ったのにも関わらず、アルカの心は少し不安に包まれているのだった。
「(……まっ、なる様になるよね)」
無理やり楽観視して何とか不安を追い出し──とまぁ、そうやって心の中で考えを巡らせている時だ。
『お待たせしました』
という声が、四方八方から聞こえた。
「(……?)」
我に返って辺りを見渡す。しかし異常はない。
『これより、第186回オールヴェール魔導学園高等部の入学式を執り行います』
再び透き通るような女性の声が響いた。それと同時に音源はハッキリした。講堂壁に取り付けられている、小さい四角の箱から声が響いているのだ。これは恐らく、この前の「雷轟龍」の襲撃の時のそれと同じ物だと理解した。
『まずは学園長ライラック・オールヴェールからのご挨拶です。皆様、おかけになったまま舞台にご注目ください』
言われるがまま、アルカは舞台に注目した。舞台の上手から一人の若い男が歩いているのが見えた。彼はやがて舞台の真ん中に立つと、こちらを見据え、しばらく黙った。
『……』
その時間は長い。三十秒は経過した。その間も、講堂は静寂が支配している。誰かが身動ぎすれば布の擦れる音が聞こえてきてしまいそうで、こんなにも広い講堂がとても窮屈に感じる、そんな空気。
『……まずは入学おめでとう』
一分経過するかどうか。そんなタイミングで、学園長は声を出した。
『ここに居る者の八割は中等部から上がってきた者だろう。しかし残りの二割の者のためにこの学園と私の事について、少々語らせてもらう』
冷たい声、というのがアルカの感じた印象だった。淡々と、けれど台本通りではないような語り口。確かオーナーと初めて会った時も、こんな印象を受けた様な。と思い出しつつも、学園長の言葉に耳を傾ける。
『200年前、人類と魔王軍との戦いは終結した。この地、オールヴェールは勇者のパーティーメンバーであったシルフィウム・オールヴェールが当時の国王様から直々に賜った物だ。魔法使いであった彼女は、散り散りになった魔界の魔物達との長い戦いに備え、後世の育成に注力する事となった。その成果物が、今から186年前に完成したこのオールヴェール魔導学園だ』
長い歴史のある学園とは聞いていたが、そんなに前からだったのかと思い直す。
『代々、この地の領主たるオールヴェールの血筋の者はこの学園を卒業し、数年の教務を経てから学園長を務めて来た。私もその例に漏れなかった。つまり、私は君達の先輩に当たる』
学園長の彼が若い理由も、アルカはその言葉で理解した。
『ここでは魔法、剣術、一般教養のみならず、様々な職の専門知識、或いは体験を得る事ができる。それらの経験は、君達のこれからの人生をより豊かにする事だろう。ここで学に励み、王宮魔法師を目指すもよし。力を身に付けハンターとして生きていくもよし、家業に活かしてもいい。我々から君達に選択肢を与えることはあれど奪うことはしない。ここを卒業し、長となった私が言うのだ、安心してくれたまえ』
見られているはずもないが、アルカは彼の言葉に小さく頷く。
『我々の学園からは様々な偉人を輩出した。ここ数年で言えばあの黒翼、ユノ・グレイスロータや、転移魔法の産みの親、王宮魔法師のティンクタクト・ハートルーラー。両者とも良く学び、力を付けた者達だった。君達も彼女らに倣って精進して欲しい』
身近な人の名前が、こういう場に出でくると少し擽ったさを感じるが、それでもアルカは真剣に聞き入った。
『だが、それよりも。君達にしてもらいたいことがある』
続いた言葉は否定の言葉だった。
『人と人との繋がりを育め。という物だ』
ここに、アルカは初めて彼の心から出た言葉を聞いたような気がした。
『私は知っている。強くなり過ぎたが故に、孤独なってしまった者の事を。私はもうそんな者を見たくはない。私が長になった今そんな事にはさせない。しかしながら、そのためには君達自身に分かってもらうことが肝要だ。友を持て。友と共に成長するのだ。一人一人は弱くてもいい。脆くても構わない。人は、独りでないなら何度でも立ち上がれる生き物だ』
「(……この人、ユノさんのこと知ってるのかな)」
見た目の年齢で言えば、彼とユノは歳が近いように見える。もしかしたら彼はユノの事について言っているのかもしれない。なんて思う。
『世間の混乱は未だ続いている。散り散りになった魔物の脅威。山賊達の蛮行。かのブラッド・ウェポンによる被害。そして行方の知れぬ元魔王軍幹部達。これらは個人の力のみで解決できる問題じゃない。加えて、そんな天災的な物のみならず、人類は様々な問題を抱えている。それらに直面した時、君達は乗り越えられず膝を着くかもしれない。だが、独りじゃないなら、乗り越えられる。手を取り合ってくれる仲間が居れば、何度でも立ち上がれる。この学園で、その力を身につけて欲しい』
綺麗事だと鼻で笑う者は居なかった。その場に居た誰もが頷いた。学園長たる彼の想いが、新入生達に伝わったのだ。たった一人、そうしなかった者も居たが、それを指摘する者もまたどこにも居ない。
『……これで私からの挨拶を終える。君達の今後の成長を陰ながら見守っている』
言って、一礼し、彼は舞台の上手へと消えていった。その姿が見えなくなると、この場の空気が解れた──気がした。強い存在感を放つ人だったんだなと、彼が居なくなってからしみじみと理解する。
裏付けるように、次に「高等部校長」という人の話は何だか退屈に感じた。学園長よりも深く学園に関わる話をしてくれてはいるのだが、どうにも印象は薄い。
ただ、先日の雷轟龍の襲撃に関する話と関連付けて、最近は魔物の動きが活発だと言う話には耳を傾けた。しかし大して踏み込みはせず、結局「自分の身を守るためにも勉強しろ」みたいに終わらせたので拍子抜け。
「(なんか気が抜けちゃったな……)」
ガチガチに緊張していたのがアホらしくなる程度には気が抜けた。慣れて来たという事なのだろうが、なんだか少し寂さを感じるのだった。
それから30分ほどで入学式は終わり、生徒は自分達の教室に向かうことになった。講堂を出て来た道を進み、途中で壁に自分の所属するクラスが貼り出されていた。アルカは必死に自分の名前を探し──割と直ぐに見つけられた。
【1ーD】
それが、アルカが一年間お世話になるクラスだ。
一年のクラスは二階にあるらしいので、アルカと同じく自分のクラスが判明して歩き出した者達に着いていく形でアルカも廊下を進み、階段を上がって二階へ。二階へ上がって直ぐ、直進と左折の二択に迫られたが、直進した先にA〜D、左折した先はE〜Gという標識が目に入ったので、アルカは直進する。
廊下を進んで、自分のクラスを探す。と言っても、手前からABCと続いているので、四つ目の教室がそうだ。
ガラッと戸をスライドして教室に入れば、もう既に生徒が数名着席していた。教室前方の黒板に、席の順番が記されているので、それに従いアルカは自分の席を探す。出入口側から二列目の最後尾。それがアルカの席だ。
「(……)」
着席し、カバンを机の上に置いて待つ。教室の中は酷く静かだった。
「(……やっぱりみんな緊張してるのかな)」
学園長の話によれば約八割は中等部から上がってきた者達らしい。であれば顔馴染みも多いのだろう。なのに教室の中では静まり返っている。
静かな時間は十分近く続いた。アルカの後にももちろん人は入ってくるが、皆一様に口を開こうとはしない。クラスメイト全員が揃った後にやっと、この静寂を破る者が現れた。
「全員居るみたいだね」
教室の前方の扉から入ってきた白衣を羽織った、穏やかそうな男性がそうだった。
「それじゃあさっさと挨拶を始めよう。今日から一年、このクラスの担任になった、レン・クレトリー。みんなで楽しい思い出を作れればなと思っているよ。よろしくね」
そう挨拶して柔和な笑みを浮かべる。優しそうな人が担任で良かったとアルカは心の中で一息ついた。
「それじゃあドア側、一番の前の人から自己紹介をお願いできるかな?簡単でいいよ」
彼のその言葉から、このクラスの自己紹介が始まった。
「(……やばっ………どうしよう何も考えてない……!)」
取り敢えず前の人のを参考にと思って、自己紹介を聞き入る。名前、趣味。大抵その二言と、「よろしくお願いします」で締められていた。その形式を理解するだけで内容そのものは頭に入ってなかったりするのだが。そのおかげで粗方自分の自己紹介の内容は決まった。趣味なんてものはないのでそこを変える必要はあったが、話せることならあると考えて──
「おーほっほっほっほっ!!」
ガラッと椅子を引く音の次、教室に高い笑いが響いた。何事かと思ってその音源──右隣に顔をやる。そこには紺碧の髪を、ツインテールにして背中まで伸ばした少女が胸を張って立っている。
「わたくしはオールヴェールの長女!ローゼ・オールヴェールですわ!!このわたくしが居るからには、艱難辛苦傷心苦慮四面楚歌的なサムシングに見舞われても、無事安穏!!まずは一年、よろしくお願い致しますわ!!」
紺碧の髪の少女──ローゼはそう言って着席し、腕を組んで満足そうに頷いている。
「(……言葉って凄いなぁ……)」
凄まじい自己紹介にアルカは慄くもちょっと違った方向に感心した。この人の次に自己紹介する人を多少不憫にも思う。
「(……はっ!?あれ私何言おうとしてたっけ!?)」
あの苛烈な自己紹介に考えていた自己紹介の内容が飛んでしまった。やばいと思いながらまた自己紹介の内容を頭の中で組み立てて、ようやく完成したその直後。
「うん、よろしくね。じゃあ次の人いってみようか。コノエさん、お願い」
名簿と照らし合わせつつ、先生がアルカに合図を送った。アルカは、「はいっ!」と緊張混じりに返事をして立ち上がり。
「アルカ・コノエです!えと、先週、ちょっと遠いところから引っ越して来てこの学園に通うことになりました。学園そのものも初めてなので、ご迷惑をおかけすると思いますが、精一杯がんばります!よろしくお願いします!」
と言って着席した。心の中で無難に終われたことにホッと一息つく。
結局、その後の自己紹介もアルカの耳にはあまり入って来なかった。何とか終われたその安堵が頭の中を埋め尽くしているのだった。
「はい、ありがとう。じゃあこれで自己紹介タイムは終了だ」
その区切りでアルカは我に変える。ほとんど人の名前を覚えられずに終わってしまった。
「……学園長や高等部長も言ってたけれど、これから学校行事等で君達には色んなことがある。一年間だけの付き合いになるかもしれないけど、みんなで頑張っていこうね。……というわけで、早速隣人と話してみようか。五分ちょっとくらい」
「(……へ)」
隣の人と言うと、先程苛烈な自己紹介をした彼女。恐る恐るアルカは右を盗み見る。
「ふふんっ」
未だ満足そうな顔をしている彼女。ローゼ・オールヴェールが居た。しかしビビっていても仕方ないと、アルカは身体ごとそちらに向ける。それとほぼ同時に、ローゼもアルカの方へと向いた。
「初めましてアルカさん」
「は、初めまして、えと、ローゼさん」
自己紹介の時は迫力のある挨拶だったが、今こうして対面すると随分穏やかに感じられた。
「アルカさんは先週越してこられたんですってね。どうです?オールヴェールは」
どういう風に話題を振ろうか悩んだが、それはローゼが提供してくれた。
「すっごくいい所だと思います!」
「それは行幸。わたくしも鼻が高いですわ」
「……?なんでローゼさんが鼻が高いって……あ……」
というか、なぜ自己紹介の時に思い至らなかったのかと頭を抱えた。彼女の名前はローゼ・オールヴェール。どう考えても領主の娘だ。
「まぁまぁ、気負わなくて結構。わたくしは確かにオールヴェールですが、それと同時に今はこの学園の一生徒ですわ。ですので、わたくしと友達になりましょう、アルカさん」
「へっ……?」
余りにも唐突なお誘いに、アルカは困惑する。
「同じクラスで席が隣同士。であれば、友人になりましょうと誘うことに何か問題がありまして?」
「い、いえ……こちらこそ、是非お願いします!」
だがそれも願ったり叶ったりだ。友人ができることに問題などない。
「よかった……ではわたくしの事は気兼ねなく、ローゼと呼んでいただいて結構ですわ」
「それでしたら……じゃなくて、だったら、私の事もアルカでいいよっ!」
満面の笑みでアルカはローゼに伝える。友人と呼んでくれるからには、遠慮はさせない。
「そう。ではアルカ、よろしくお願い致しますわ」
「うん、よろしくね!」
自分の想像よりあっさり友人ができた。
この街に来て直ぐ、ユノと二人で遠目に4番通りの彼女の家を見た時、友達に慣れたらいいなとは言ったが、まさかこんなにも早く実現するとは思っていなかった。その事を思い返して、ハッと至る。
「ローゼちゃん!私、4番通りに住んでるんだけど、ローゼちゃんのお家ってあの御屋敷なの?」
「ろ、ローゼちゃん……?……えぇそうです。奇遇ですわね」
一瞬驚きはしたが、直ぐに微笑んで首肯する。
「お家が近い人と友達になれて良かったぁ……」
「距離なんて皆近いようなものですのに……そういえば、越して来られたのでしたら、ご家族の方と共に?」
「ううん、私一人だけ。下宿先でお世話になってるの」
「そうでしたのね。この歳で単身で越してくれば不安も多いでしょう。何かあったら、わたくしを頼りなさいな。と言っても、わたくしにできることも限られはしますが」
「そう言ってくれるだけでも救われるよ」
ぎこちなさはない。友人として二人は会話をしていた。流石に往年の友人とまではいかないが、二人はすっかり打ち解けた。他愛もない話をして、お互いの理解を掘り下げていき。
「これまで」
先生から終了の合図が入る。
「それでは」
「うんっ!」
ローゼは上品に微笑み、アルカも笑みを返す。それから先生の方へ直り、彼の言葉に耳を傾ける。
「仲良くなった人も居ると思うし、ぎこちないまま終わっちゃった人も居ると思う。けどまぁ、これから時間なんて沢山あるから、頑張っていこうね。もちろん、僕もみんなに取って頼れる先生に成れるように頑張るから」
クラスメイトの何人かがクスリと笑みを零す。彼に対して嫌悪感を浮かべている者は居ない。アルカも「いいクラスっぽい!」と内心で喜んでいた。
「次に明日の予定について話していくね。と、その前にこの紙を配っていくから、前から後ろに回して」
紙の束を先頭の生徒に渡し、先頭の人が後ろへと回していく。アルカの手元にもすぐにやってきた。
中身に目を通せば、曜日毎の授業計画が記されていた。所謂、時間割というやつだ。
「基本的にはこの教室で授業を行うけど、魔法・戦闘科目では校庭やアリーナを使ったり、別の教室に行ったりすることもあるから、頭の隅っこにでも置いといて」
校庭とアリーナ。その存在はアルカも聞いてはいたが、何処にあるかは知らない。
「明日からは授業が始まる。時間割にある通り、算術、読解、法律、魔法・戦闘の五時間授業。あぁ、魔法・戦闘の科目は二時間使う授業なんだ」
そう言われてから改めて時間割に目を通せば、確かに魔法・戦闘は二コマ使っていた。
「昼食を挟むスケジュールになってるから、お弁当の人は忘れないでね。学食もあるから使う人はそっち」
昼食があるならどうすればいいのか。学食かお弁当か。その辺りの話はユノやオーナーともしていなかったので、帰ったら話そうと決める。
「……こんな物かな。持ち物も明日はないから、ペンとノートだけあれば大丈夫……うん、よし。それじゃ、学園内を案内するよ。それが終わったら今日はもう終わりだから、みんな荷物を持って」
唐突ではあったが、アルカが楽しみにしていたことの一つだ。これだけ大きい敷地に何があるのか。きっと見たことの無い施設があるのに違いない。興奮気味に立ち上がってカバンを背負う。
「じゃ廊下に行こう。ドア側の人から二列に出てきて、静かにね」
言われるがまま、アルカは前に座っていた人の後を追うように歩き出す。必然的に隣を歩くのはローゼだった。話し掛けようと一瞬思ったが、先生の言葉を思い返して留まる。他の教室でもオリエンテーションをしているだろうし、他のフロアでは授業をやっている可能性だってある。その邪魔をしてはいけないという思いがあったからだ。
まず案内されたのは学食。講堂とまではいかずとも、かなり広い。高等部専用の学食らしいが、席は150席あると教えられた。メニューもかなり豊富で、大きめのポスターに品の名前が一覧となって表示されていた。先生のオススメはオムライスらしいので、気になる所だ。テラス席もあった。そこからは学園のアリーナを一望できる。
このタイミングでアリーナを見れるとは思っていなかったが、見れるなら見たい。テラス席から覗くと、視線の少し下を埋め尽くすのは円形の大きなコロシアムだった。やはり講堂ほどではないが、中央のフィールドを囲うように観客席も設けられている。
学食の紹介が終わると、次に足を運んだのはアリーナ。
年に一回の「闘争祭」という行事の他、様々な行事に使われ、また外部の人間が使うこともあるらしい。生徒の間でも、使用申請をして正当な理由があれば使えるとの事。ここを扱う正当な理由とは一体何なのかとも思うが。
それからは図書館やプール等が紹介されたが、その辺はアルカの心を踊らせる施設ではなかった。
そして最後に、校舎を出て「資料館」という建物に到着した。
他の建物に比べるとかなり小さい。建物の外観を色褪せていて、かなり古い物という印象がある。中に入ってみるとそれは顕著に現れていた。二部屋しかない上に、更に資料館という名前の割に物が少ない。入って最初の部屋には壁にいくつかの肖像画が吊るされていて、その下に人物の名前がある。
もう一つの部屋も似たような様相だ。ただ一点、目を引く物があった。
「見た目は酷いけど、ここはオールヴェールで最も厳重な警備が施されている建物と言っても過言じゃない。その理由がこれさ」
奥の部屋のど真ん中に、ガラスケースの中に保存されている一本の杖。
「これは200年前に魔王を討伐した勇者のパーティーメンバーの一人、シルフィウム・オールヴェールの武器であった杖、「無力な枝」。オールヴェールの一族が使う「オールヴェール」の魔法はこの杖が無ければ完成しないと言われてる」
その杖は余りにも「普通」だった。輝きもせず、ただ寝かせているだけの杖。
森の中に放置されていたら、ただの木の枝だと認識してしまいそうなくらいなんてことの無い杖だった。
「ほとんどの人は見た事のある物だとは思うけど、何人か高等部から進学してきた人も居るから、最後にこの場所を紹介させてもらったよ」
その後、五分ほどで先生から解散を告げられた。正門は少し歩いた所にあるため、この建物の紹介は何ならついでと言ったところなのだろう。アルカは一通りこの資料館を見て回ったが、興味を引く物はなかった。帰ろうと出口へと足を向け、ローゼと一緒に帰りたいと思い、彼女を探す。
「……」
直ぐに見つかったが、ローゼは何やら重たい表情で無力な枝と呼ばれる杖を眺めていた。彼女もオールヴェールの姓を持つ者なのだから、何か思い入れがあるのかもしれない。
邪魔しちゃ悪いとアルカは一人で帰る事にした。資料館を出て、正門へと向かう。
と、その時。
「待ってくださ〜い!!」
何だか間の抜けた声が資料館の方から聞こえた。何処かで聞いたような声にアルカは振り向き、足を止めた。声の主をよく見ると、つい先日見たばかりの顔があった。
「あ、ノヴァさん」
「はい〜!アルカさん昨日ぶりです〜!」
昨日、ひったくりに手荷物を奪われていた所を助けた女性だった。
「ノヴァさんもしかして同じクラスだったんですか!?」
「わ、わたしの自己紹介聞いてませんでしたか?」
「ぅ……緊張していて他の人の全然聞けてなくて……」
バツが悪そうに顔を伏せて告げる。
「そのお気持ち分かります〜……ではぁ、改めまして〜」
そう言ってから彼女は胸を張ってアルカに対して自己紹介をする。
「ノヴァ・ブランクです!アルカさん、よろしくお願いしますね〜」
ほんわか。そんな表現が良く似合う表情を浮かべながら、ノヴァが挨拶をした。
白く艶のある髪だが、銀髪ではない白。アルカのあまり見た事のない髪色がとても特徴的。昨日見た時は髪は下ろしていたが、今は背までかかりそうな長い髪を後ろで束ねて左肩に掛けて前へと持ってきている。
「(……痒くないのかな)」
要らない心配が頭をよぎるが。
「こちらこそ、アルカ・コノエです!ノヴァさんよろしくお願いしますっ!」
「あっ、わたしの事はノヴァでいいですよ〜」
「ならノヴァって呼びま……呼ぶね!私の事もアルカで」
「はい〜。アルカちゃんで〜」
やはりまったりとした口調だった。昨日、ひったくりに会った時の助けを求める声は幻聴だったんじゃないかと思うくらい。
「本当に昨日は助かりましたぁ……制服、無くしちゃうところだったんです〜」
「あの紙袋は制服だったんだね。ていうか、ノヴァ、私に敬語は使わなくていいのに」
「あ〜、これはちょっと癖みたいな物なので〜」
「な、なるほど……」
まぁ世の中には何年経とうと外見が変わらず「のじゃ」「妾」とか言う人も居るし、そういう類の物なんだと納得する。ちなみにその例えを持ち出し許容するなら、この先万人の癖を許容できるレベルになる事をアルカはまだ知らない。
ともあれ、会話を続けつつ正門を抜けて帰路へ着く。ノヴァの家は16番通りの東側──昨日のカフェを東に行ったところにあるらしいので、途中まで一緒に帰ることになった。
「アルカちゃんと帰り道が一緒で良かったです〜。お友達と一緒に帰るのを経験してみたくて〜」
「……ノヴァも高等部が初めての学校?」
「いいえ〜。初等部に通っては居たんですけど〜、途中で病気になっちゃって……でも〜、ちゃ〜んと病院でも勉強はしたから〜、中等部卒業資格試験だけ受けて高等部に入学したんです〜」
「あー、あの試験……」
アルカも実家に居た時に受けた試験を思い出した。あの時は指定された役場に行って試験を受けさせられた。何人か受けている人が居たのだが、一人だけ保護者同伴で自分より母親の方が気合い入っててとっても恥ずかしい思いをした。思い出したくない過去だった。
「さぁ〜て、わたしはこっちの道です〜」
「うん。また明日ね、ノヴァ」
「はい〜!ば〜いば〜い」
ゆる〜く手を振って、アルカの帰路とは違う方向に進んで行くノヴァ。
その後ろ姿をアルカは暫く眺め。
「……なんか、おっきかったなぁ……」
身長と上半身の一部分。前者はアルカより一回り大きく、数値でいえば160cm無いくらいだろうか。後者は一回り所ではないが。
「(……まぁ、私の周りの人はみんな小さいから気にしなくていいよね)」
母親、ユノ、ローゼ。思いつく女性達を頭に浮かべて、「大丈夫」と頷くアルカだった。
こう、なんかノヴァがしっくり来なくてずっと悩んでたんですよね。ゆるほわ敬語系女子っていう物をぶち込みたいがために生み出したんですけど、文字に起こすとまぁ難しい……
まだまだ序盤ですが何か気に入ったとか、気になるとか、印象に残ったキャラクターが居れば投票おなしゃす!
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アルカ・コノエ
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ユノ・グレイスロータ
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ローゼ・オールヴェール
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ノヴァ・ブランク
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オーナー