いつかは終わるヒーローたちのアカデミア 作:Agateram
準々決勝③ 轟 焦凍VS 耳郎響香戦です。
どうぞご覧ください。
避ける。避ける。避ける。
それしか今はできることがない。
だからそれに全力をかける。
耳郎響香VS轟焦凍との試合は一方的な試合になっていた。
耳郎響香の強みとは、音だ。
地球という気体に充満した星の上にいるかぎり、物体が動く時必ず空気の動きが乗じる。
その時に生じるのが音、大気の波だ。それを敏感に感じ取れる聴覚、相手の個性の初動を先んじて感知し動くことができることが耳郎が対戦相手よりの唯一勝っている点だった。
対戦相手、轟焦凍は同じ1年のヒーロー科に属しながら、控えめに言ってヒーローとしてのレベルが違う。圧倒的格上といっていい。
ナンバー2ヒーローの息子。その天性の才能とおそらくは幼少から受けてきたであろうヒーローのとしての英才教育。繰り出される個性を使った技はもしヴィランであったなら、一瞬でほとんどの1年生が為すすべなく氷漬けか、火傷まみれか、或いは両方か。そんな結果しか予想できない。それが大半の一年生が思う轟と自分の比較の結果であり、耳郎もその例にもれない。
気を一瞬たりとも抜いた瞬間にその予想は現実のものになるだろう。
互いの能力を考えた時にまず遠距離は個性の規模で論外。中距離ならばこちらのプラグが刺されば打倒できるチャンスはある。接近戦は男女の体の違いを別にしても相手にならないが、中距離よりはプラグをさせるチャンスが増えるという点では有利に……いや近づけば相手の初動を音として聞きとり対処するよりも相手の方が先に自分に攻撃が届く。
つまり、自分の勝ち筋はいかにして中距離から相手にプラグを差し込むか。その一点に限る。
これが四季や緑谷のように分析が得意なら別の手もあったかもしれないが、生憎と今の自分にはそれはない。ならあるもので勝負するしかない。
だからこそ、自分の聴覚に集中する。目で視るよりも早く初動に気づくことができる唯一の自分の武器。
空気が、凍る音。それはパキパキとした高い音ではない。逆なのだ。轟が放つ氷結は空気、大気中の水分などを主に凝固させて大きな氷を生み出す。それはむしろ冷気の質が低い時の現象だ。
自分は物理がそれほど詳しくない。化学にも年相応程度の知識しかない。しかし事実として、この耳が感じられる音として知っていることがある。物が凍る時、それは凍結ための冷気が低ければ低いほどに無音に近くなるということだ。氷が目に見えて生成される時の音はその後発生される凍結されたものが放つ音でしかない。
物質の熱を奪い一切の動きを止める、いや物質を構成する分子の動きを停止させることが轟 焦凍の個性によって作られる氷の、その源の冷気の正体。大規模な氷を瞬時に生み出すほどの極低温を瞬間的に発揮できる恐ろしい個性だ。正直言って物理法則に中指たてるくらいにクレイジーな現象を事もなげに行っていると言っていい。個性因子がない時代には絶対なかったであろう現象だ。
その上彼が持つ個性はそれだけではない。その半身が放つのは極低温とは真逆の超高温。そしてそこから発する炎だ。
大気が燃える。身体から炎が迸る。それを自由自在にとはいえずとも、思う方向へ、思う形で操ることができる。
それだけでも強個性だというのに、そちらは本人曰く『練度が全然足りていない』そうだ。
そしてその双方を操ることで、凍結を使えば下がる体温低下を、炎熱を使えば上がる体温上昇を、その双方のデメリットを打ち消せる。
笑えてくる。
ぐうの音もでないほどの彼我の戦闘力の差に。
けれど、まだ避けられる。まだ戦える。まだ勝つ手段が残っている。
氷を出す時は音が静まる。炎を出すときは周囲の音が揺らぐ。
前兆を見る前に聞き分けることができる。そこだけが耳郎響香が確実に相手よりも勝る点だ。そしてその前兆からその後の氷と炎の規模も掴んできた。
だからこそ左右に動かしていた脚を一歩前へ。さらに前へ。
それは氷と炎という生物的に忌避する力を操る相手との接近を意味する。炎に飛び込む虫のように、死地に自ら進んでいく。けれど、あと、3歩。およそ6メートル、そこまで進めることができれば、勝機はある。
————そうだよね、緑谷、ヤオモモ、四季!
この2週間、A組、B組の有志で行っていた放課後訓練の際に緑谷の分析、八百万の知識、彼岸との戦闘経験からわかったことがある。
『つまり、サポートアイテムなしでは耳郎さんは遠距離攻撃で必倒を狙える技は今のところない。中距離が一番持ち味を活かせると思う』
鋭い緑谷の見地は流石の一言だ。遠距離で相手に確実なダメージを与える技は今のところアイテムなしにはない。だが、長所もわかっているし解説してもらっている。まずは今やっている音による行動の先読み。そして耳たぶの先のプラグを相手に触れさえすれば、1秒かからず相手を昏倒できるということだ。
『音とは空気中よりも液体や固体のほうが流れる速度が段違いに早く、そして人間はおよそ体重の60%程度が体液、水分でできています。つまりは内部から音を体に直接伝えるなんて、通常の武器では起こせない現象を起こすこと可能な耳郎さんなら多くの生物を瞬時に昏倒させてしまえる。まさに一撃必倒ですわね。』
スタングレネードと呼ばれる武器が先行と爆音で人間の感覚を麻痺させて昏倒させるが、自分は触れてしまえば音のみでそれを成し得る。それは自分の個性の利点であることをヤオモモ、女子で仲が特にいい八百万 百から教わっている。だが、これは危険な行為であることも四季から示唆された。
『相手の内部から攻撃する技は気を付けた方がいいだろうな。13号先生も言っていたように個性は使い方によって殺傷の可能性を含む。体内に爆音を流すということは、その伝わり方や墓所によっては、特に心臓や脳といったデリケート極まる場所には必殺にもなりえてしまう。使い方を誤らないように俺で特訓だな』
普段の戦闘訓練では相手を爆音で気絶させる、くらいの認識だった。けれど緑谷と八百万という分析、知識量に長けた二人と四季が自分の体でくらいながら導き出したイヤホンジャックの『戦闘』に対して有効な『攻撃』方法。
皮肉な話だと思った。音楽を嗜む者なら多くの者はそう思うのではなかろうか。
音楽とは人が古来より嗜んできた最も古い文化の一つだ。耳に、体に伝わる空気の振動を楽しむ文化。音という空気の振動が心を震わせる素敵な文化だと思う。それを戦闘に使うのだ。世界の何者より音楽が好きな人間に対して、この個性の使い方はあまりに背徳的で、冒涜的だ。
だが自分が目指すのがミュージシャンではなく、ヒーローであるならば、この個性に、音の持つ可能性に誰よりも通じなければならない。
そして四季は危険性をもつことを自覚させた後に、最後にこう言ってくれた。
『音で魅せるミュージシャン。音で戦うヒーロー。響香はそのどちらにもなれる。それはただ目の前の敵を倒すしかできない自分よりも多くの人を救える、素敵なヒーローじゃないか』
その、珍しく笑って答えてくれた顔と言葉が心に焼き付いた。友だちの協力が心に響いた。だから、耳郎響香は音を武器にする。勝つために、ヒーローになるために。誰かを助けるヒーローになるために。
ゆえに、走った。己の身を全力で前へと押しだした。
眼前には火球。人を包んであまりある大きさ。その中へと頭を守るように抱えて突っ切る。
「なんだと!?」
轟が驚いた声が聞こえてくる。もちろん、会場の歓声や悲鳴も。
当然だ。さっきまで必死に避けていた相手がいきなり炎の中に飛び込んだのだ。
やけっぱちになったと思っても不思議じゃない。
ただし、それは間違いだ。ここが、勝てるポイントなのだ。
この火球は、見た目は激しい炎だが一瞬で人を焼き尽くせるような高温ではない。知っている。聞こえているのだ。けん制のための一撃だと、音で理解している。
だから突っ込んだ。ここしかないと、待ち望んだ好機に迷うことなく飛び込んだ。
低温でも炎は炎。服、肌が焼ける痛み、髪が焦げる音も聞こえる。最悪だ。これでも一応髪も肌もそれなりには気を使っているのに。自分から突っ込んでおいて理不尽だと思うが乙女の苦労を知らないのかこの天然イケメンは。
でも、そんなことはヒーローを目指すなら、もしヴィランと会ったなら、もし誰かを守るためなら気にしている暇などない。
———四季たちに追いつけるようなヒーローに、ウチもなるんだ!
その思いを一身にして、炎を突破する。
同時にプラグを左右から相手へと宙を走らせる。プラグと彼の距離はあと、2mもない!
あと、1秒、もう少しで勝てる!
勝利をほぼ確信した、その瞬間変化は訪れた。
察知したのは、眼ではなく、やはり耳。個性によって底上げされた聴覚が、異常を拾った。
いや、違う。異常ばかりを気にしていたから、通常の動きを疎かになっていた。異常を拾ったときにはもう遅い。
轟の右手が、プラグの先が自分に刺さるよりも先にレールとなる耳たぶを捕らえていた。
瞬間掴まれた先からプラグまでが凍らされる。
冷たい、痛い、という感覚の前にマズイという意識が先に立った。
自分の個性は耳だが、その真価は耳たぶの先にあるプラグによって起こされる音波だ。それを氷結で一度塞がれた。これを壊すために一度氷を破砕するために音を増幅して流す必要があるが、当然相手はその隙を与えてはくれない。
こちらが踏み込んだ分、近くなった間合いを相手から踏み込むことでゼロにされた。氷を砕く。背後からプラグが轟を狙う。けれど、それは一手遅く、手刀の先を氷で覆った刃がウチの喉元に突き付けられたのは、プラグが届く30cm手前の出来事だった。
「大技ばかり見せてきたからな。部分的に最速で凍らせる小技は意外だっただろ。
俺も炎を突破されたのは意外だったし、本気でヤバかった。だが、わりぃがカッコ悪い姿は今日だけは見せられねぇんだ」
「何それ。もうちょっとカッコイイ勝ち名乗り考えた方がいいよ轟」
そうか?そうだな…などとこちらの言うことを真に受けて真面目に考え始める天然にため息一つ吐いて、ミッドナイト先生が下す判定を潔く受け止めた。
頭を下げたままで、しばらく顔を上げられなかったのは、それを見せるのがロックじゃないからだ。ロックは自分の想いを貫き、人の心に元気を与えるものだ。少なくとも耳郎響香の中のロックはそうである。
だから、湿っぽいのはロックとは言わないのだ。
準々決勝3回戦 勝者 轟 焦凍
次回更新は、未定です。
しかし3月には体育祭編は終わり、緑谷とオリ主こと彼岸の過去編か職場実習編に行ける予定です。